大和田行長の無限転生記 ~異世界受験ゴールデンメソッド~

輪島ライ

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第2章 魔術学院受験専門塾

17 浪人生

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「本日はどうもありがとうございました。受験生たちも大和田先生のお顔を見られて喜んでいましたよ」
「それは光栄です。どの生徒も真っすぐな目をしていましたが、講演の間は常に視線が集中して驚きました。普通は興味がなさそうだったり寝ていたりする生徒もいるものですが……」

 メディカイン新宿校の入り口のガラス扉を通り抜けたユキナガが目にしたのは前世の自分、すなわち大和田行長その人だった。

 今がいつの時点なのかは分かっていなかったが、少なくとも春台しゅんだい予備校の大阪校で予備校生に殺害されるより前だということはその光景を見てはっきりした。

 正確な年月日は思い出せないが、自分は幻影の中で大和田行長がメディカイン新宿校に招致されて講演会を行い講演を終えて帰路に就こうとしている場面に遭遇したらしい。


 大和田行長とメディカイン新宿校の塾長との会話は続いており、ユキナガはその内容に耳を傾けた。

「ええ、先生もご存知の通りわが塾は全寮制で、日曜祝日以外は不必要な外出を許可していませんからね。日曜祝日も門限を設定しておりますので塾生は普段外の世界をあまり見ていないのです」
「なるほど。全寮制とはお聞きしていましたが、そこまでとは……」

 現代日本の医学部受験専門塾の中でも浪人生が通うコースは、塾生を1年間でどこかの大学の医学部医学科に合格させるために生徒に猛勉強を課す。

 全寮制というシステムも珍しくない上に塾によっては1日13時間の勉強は当たり前であり、その勉強量を実現するために校舎側はあらゆる手を尽くす。

「今は既に6月ですが、たった2か月前はひどいものでしたよ。この塾で学習への態度を矯正される前なら大和田先生のありがたいお話を真面目に聞く生徒などほとんどいなかったでしょう。こちらも前もっての準備には手を尽くしたのです」
「そうですか。それは本当に、ありがとうございます……」

 塾長の話を聞いた大和田行長が驚嘆と若干の不気味さを感じているということは幻影の中のユキナガにもよく分かった。

 大和田行長は東京大学医学部在学中に難関大受験専門塾「緑青会ろくしょうかい」を立ち上げ、他の理事たちとの経営方針の衝突から緑青会の代表を退いた後は通信教育で受験指導を行う私塾「アイアンゲート・ゼミナール」を経営していたが、医学部受験専門塾の実情を詳しく知ったのはこの時が始めてだった。


「……先生、俺もう無理です。もう受験なんてやめます!」
「落ち着きなさい。話はちゃんと聞くからここで話すのはよそうじゃないか。一緒に面談室に行こう」

 校舎の入り口から父親らしき男性と共に入ってきたのは20代後半ぐらいに見える塾生だった。

 明らかに浪人生であるにも関わらず今校舎に入ってきたということは、大和田行長の講演会には出席していなかったらしい。

 若い男性の塾講師に連れられ、塾生と父親は校舎の奥の面談室へと歩いていった。

「塾長先生、彼は?」
「お気になさらず。わが塾は生徒の合格のために力を尽くしますが、本人の意欲が失われてしまった際に無理に引き留めるようなことはしません。それでは本日はありがとうございました。お礼は後日ご確認ください」
「ええ、分かりました……」

 塾長は話を早く打ち切りたい様子で大和田行長に別れの挨拶を告げた。

 大和田行長は先ほど見た光景を追及せずに校舎を立ち去ったが幻影の中のユキナガはあの塾生に何があったのかを確かめたかったし、誰の妨害も受けず確かめることができる状況でもあった。


「先生方には本当に申し訳ないと思ってます。でも、俺もう無理なんです。勉強しても勉強しても頭に入ってこないし、受験当日は毎年動悸がして試験どころじゃないし。俺は病気なんです……」
「伊藤君……」
「先生、知人の精神科医に診て貰ったところ息子はストレスに起因する精神疾患と診断されました。決してこの塾にも先生方にも問題はなく、すべては息子に医学部受験に耐えられるだけの強さがなかったことが原因です」
「お父様、伊藤君を責めないであげてください。今一番辛いのは彼なんですよ」

 医学部医学科への合格を目指して何年も、おそらく5年以上は浪人していたらしい塾生は長年の受験生活のストレスから精神疾患を発症していた。

 自らも医師であるらしい厳格な父親は塾や講師たちに責任はないと強調する意味もあって息子の弱さに問題があると口にしたが、若い講師は冷静に塾生の気持ちに寄り添おうとしていた。

 伊藤という名の塾生は面談室の机に突っ伏して号泣し始め、ユキナガはいたたまれない気持ちでその姿を見ていた。


 自分に再び来世があり、そこでも教育者として生きられるのならば、決して生徒をこのような立場に追い込むまい。

 そう決意した瞬間にユキナガの見ている幻影は薄れていき、そのままユキナガは再び意識を失った。
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