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第1章 異世界予備校

9 偏差値

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「リナイさん、私はこの異世界に模擬試験というものを定着させたいと思います。少しお時間を頂けませんでしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ。その模擬試験とは一体……?」

 カンラと相談してカッソー士官学校政治学科の目標得点率を決めたユキナガはその日の夕方、生徒の小テストを採点していたリナイに声をかけた。

「模擬試験というのは高等学校や上級学校、つまり入試のある学校の入学試験を模して行う大規模な試験です。これまでのエデュケイオンでは受験生は学校の定期試験の成績から自らの合格可能性を推し量るしかありませんでしたが、定期試験の難易度は学校によって全く異なりますから受験生同士の学力を比較するためには共通の指標が必要なのです。それが模擬試験、略して模試というものです」
「なるほど。具体的にはどのように実施すればよいのでしょうか?」

 ユキナガの提案を聞き、リナイは傍にあった鉛筆とメモ帳を取り出した。


「模試の中で受験生にとって最も有用なのは志望校ごとに特化した模試で、例えばジェシカ君であればミサリー士官学校の入試に即した内容の模試が最適ということになります。とはいえエデュケイオンにある全ての上級学校のそれぞれに対応した模試は用意できませんから、まず最初に実施すべきはどのような大学の入試にもある程度準拠している模試です。この模試を受けた受験生にはその成績に応じて偏差値という数値が計算でき、受験生は偏差値を指標として自らの合格可能性を知ることができるのです」

 ユキナガは続けてリナイに「偏差値」という用語の意味を説明し始めた。

「偏差値という概念がこの世界の数術体系に存在しているかは存じ上げませんが、簡単に言えば偏差値は模試の受験生全体の中で自分がどの序列に位置するかを示す数値です。例えば平均点が60点である試験で60点を獲得した受験生の偏差値は50となり、偏差値が50より高ければ全体の中で上位の、50より低ければ全体の中で下位の成績ということになります。母集団にもよりますが、偏差値が60を超えてくればかなり出来のよい受験生と言えるでしょう」
「なるほど。偏差値の算定方法は私どもには分かりませんから、必要とあらば数術者や魔術師の力を借りましょう。模擬試験の問題はどうにか作るとして、この塾でのみ実施するのですか?」
「いえ、母集団となる受験生の数は多ければ多いほどよいので高等学校や他の塾にも参加を呼びかけます。これから忙しくなりますよ」

 そう言うとユキナガは模擬試験の名称や対象となる受験生、出題科目と出題範囲を瞬く間に考え、その日は夜遅くまでエデュケイオン初の模擬試験の実施に向けて働いていた。
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