キャンセルカルチャーと私の人生について

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
1 / 4

第1話 舞い込んだ取材

しおりを挟む
 児童養護施設を退所して10年が経ち、市の職員として働いていた私のもとに雑誌社の取材が舞い込んできた。

 取材の内容は直接会ってから伝えるという申し出には胡散臭いものを感じたが、休日のたった1時間の取材で10万円を受け取れるとなれば独身の私には断る理由もなかった。


 取材場所である喫茶店に入ると、奥の席でスーツ姿の中年男性2人が私を待っていて、私は彼らの向かい側のソファに無言で腰かけた。

「この度は取材を引き受けてくださりありがとうございます。私どもの名刺をお渡ししますね」

 受け取った名刺には普段雑誌というものを読まない私でも知っている有名週刊誌の名前が書かれていて、事前に聞いてはいたが実際に見てみるとやはり平常心ではいられなかった。


「ご丁寧にありがとうございます。それで、私は何を話せばよいのでしょうか?」

「お話が早くて助かります。念のため確認させて頂きたいのですが、マスケティアーズというロックバンドはご存知ですよね?」

 雑誌記者が口にしたその言葉を聞いて、胸を杭で打たれるような感覚が走った。


「ええ、存じております。知人と言えるかは分かりませんが」

「そのバンドのギターボーカルである高林たかばやし斉治せいじは、あなたと同じ児童養護施設に入所されていましたよね。その時の高林さんはどんな人だったか、正直な所をお聞かせ願いたいのです」

 記者は大まかな事情を把握した上で質問しているということは私にも分かった。


 高林は私より2つ年上で、児童養護施設では気に入った少年を舎弟のようにしてかわいがる反面、反抗的と見なした少年には懲罰と称して日常的に暴力を振るっていた。

 私は彼のことを嫌っていたし、彼も私には事あるごとに難癖をつけては物理的にも精神的にも暴力を振るって喜んでいた。


「……あなた方はそれを聞いて、何をなさりたいのです?」

「その反応で、彼が当時あなたにしたことは概ね理解できました。私どもは有名人が抱える暗い過去を暴きたい訳ではなく、過去に過ちを犯したのに罪を償っていない人物がタレントとして活躍することの是非を誌面で問いたいと思っています。暴力や暴言の被害者に過去のトラウマを呼び起こしかねない取材とは理解しておりますが、高林氏が実際にどのような過ちを犯したのかを、当事者から直接聞き取りたいのです。ご協力願えませんでしょうか」


 冷静な口調で言った雑誌記者の姿を見て、私の中に高林への怒りと復讐心が蘇ってきた。

 それから2時間以上、私は2人の記者に高林から受けた仕打ちを事細かに語り、これで彼の名誉に少しでも傷が付けばいいと思った。



 高林のバンドが世界的なロックフェスティバルに出場する予定だったと知ったのは取材の翌日で、私への取材を基にした週刊誌の記事が日本中に知れ渡ったことで高林のバンドがロックフェスへの出場を辞退したと知ったのはその1週間後だった。

 自宅にテレビがない私は役所の同僚の話でそのことを知り、興味本位でインターネットを検索してみるとSNSや匿名掲示板には高林に対する非難が溢れていた。


 高林のバンドはロックフェスへの出場を辞退した後も様々な音楽イベントへの参加を拒否され、発売が予定されていた新作CDも制作上の都合という建前で発売延期となった。

 有名人が過去に問題を起こしていたことであらゆる名誉を剥奪される「キャンセルカルチャー」について学者が問題提起を行っている記事もあったが、そのような発言は誰からも被害を受けたことがない幸せな人間だけが口にできる戯言だと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最近の女子高生は思想が強い ~雇用・利子および女子高生の一般りろん~

輪島ライ
大衆娯楽
 東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。  社会派ドタバタポリティカルコメディ、ここでも開幕!! ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※これは架空の物語です。過去、あるいは現在において、たまたま実在する人物、出来事と類似していても、それは偶然に過ぎません。 ※姉妹作「天然女子高生のためのそーかつ」を並行連載中です。(内容に一部重複があります)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

美人女子大生を放心状態にさせ最後は大満足させてあげました

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
若い女子達との素敵な実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

置餅表明でおじゃる

輪島ライ
歴史・時代
朝廷より三位の位を賜りし置餅表明殿はそれはそれは短歌の才に秀でたお方で、暇を持て余しては俗世のよろずの事にお気持ちを表明しておられたそうな。 ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。

天然女子高生のためのそーかつ

輪島ライ
大衆娯楽
 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。  再試にかかったら → 先生に自己批判させる  共産主義は → 金で買う  男女平等実現のため → 相撲部にも女子部員  体育会系への差別には → 報道しない自由を行使  部活の予算は → MMTで調達  左派系ドタバタポリティカルコメディ、ここに開幕!! ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※本作は小説賞・コンテストへの応募を含む一切の商業化を行いません。 ※これは架空の物語です。過去、あるいは現在において、たまたま実在する人物、出来事と類似していても、それは偶然に過ぎません。 ※姉妹作「最近の女子高生は思想が強い」を並行連載中です。(内容に一部重複があります)  そうかつ【総括】  [名](スル)  1.個々のものを一つにまとめること。全体をとりまとめて締めくくること。「各人の意見を―する」  2.労働運動や政治運動で、それまでの活動の内容・成果などを評価・反省すること。「春闘を―する」  (出典:デジタル大辞泉)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...