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最終話 戦争クラウドファンディング
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それから9年が経ち、刑務官を60歳で定年退職した私は妻と共に世界一周の船旅に出た。
中学校教諭を務めていた妻との間には子供に恵まれなかったが、その分だけ老後は2人で楽しく生きようと決めていた。
2020年代前半よりはましとは言え日本円の価値は安く、クルーズ船での3年間の船旅は相当な出費となったが、妻と2人きりの世界旅行は長年の刑務官生活で消耗した身体と心を癒やしてくれた。
日本への帰還を1年後に控えた私はオーストラリアのホテルで久々にインターネットニュースを目にして、あの谷田部健一が再び総理大臣に選出され、今回もクラウドファンディングを軸とした財政改革を打ち出していることを知った。
あの谷田部健一も50代ともなれば落ち着いているだろうと考え、その日はインターネットを見るのをやめた。
そして1年後、私は妻と共に日本へと無事に帰還した。
定年前にローンの支払いを終えた一軒家で久々に目覚め、私はまだ寝ている妻を起こさずに隣人への挨拶に向かった。
「山田さん、お久しぶりです。留守の間は色々と連絡を下さりありがとうございました」
「どうも、お帰りなさい。それにしても日本は大騒ぎですよ、何でも戦争が始まるっていうんです。インターネットニュースとかでご存知でしょう?」
「そうなのですか? それは一体……」
隣人の中年女性は詳しくは自分で調べてみてくださいと私に言って、今日の夕方にヨーチューブで開戦に関する谷田部首相のリアルタイム配信があると教えてくれた。
私は妻には事実を知らせず、配信時刻になる前に自室でパソコンを開いていた。
風貌が亡き父に似てきた谷田部健一は懐かしい執務室のソファにゆったりと腰かけ、私たち国民へと政策を語りかけ始める。
『国民の皆さん、お久しぶりです。第四次谷田部政権の首相を拝命しました谷田部健一です。早速本題に入りますが、かねてより隣国に実効支配を受けている北西の島の周辺海底にシェールオイルが蓄積されていることが明らかになりました。日本の財政健全化をより一層進めるため、私は日本国防軍に奪還の命を下したいと思います。とはいえ特別軍事作戦に反対する国民の皆さんがいらっしゃることは承知していますから、ここでも私が得意とするクラウドファンディングを活用することに致しました。日本の権益を守る特別軍事作戦にご協力頂ける方は、どうかクラウドファンディングへの応募を……』
画面の向こうの谷田部健一がそこまで話した瞬間、私はパソコンの画面を閉じた。
リビングにいる妻に全ての事実を伝え、私は妻とともにこの狂った国を脱出することにした。
荷物をまとめてタクシーに乗り込み、私と妻は空港へと向かった。
「今すぐこの国を脱出したいのです。どこか、今すぐチケットが取れる国はありませんか!?」
「ああ、先ほどの配信をご覧になられたのですね。証明書はご提示できますか?」
空港の受付でチケットを取ろうとすると、女性職員は私にそう尋ね返した。
「証明書? 一体何のことですか?」
「ご存知ないのですか? 特別軍事作戦に伴い海外への渡航は制限されますから、今チケットを取れるのはクラウドファンディングの特典を受け取った方だけなのですが……」
不思議そうな顔で説明する職員に、私と妻はその場に立ちすくむしかなかった。
(END)
中学校教諭を務めていた妻との間には子供に恵まれなかったが、その分だけ老後は2人で楽しく生きようと決めていた。
2020年代前半よりはましとは言え日本円の価値は安く、クルーズ船での3年間の船旅は相当な出費となったが、妻と2人きりの世界旅行は長年の刑務官生活で消耗した身体と心を癒やしてくれた。
日本への帰還を1年後に控えた私はオーストラリアのホテルで久々にインターネットニュースを目にして、あの谷田部健一が再び総理大臣に選出され、今回もクラウドファンディングを軸とした財政改革を打ち出していることを知った。
あの谷田部健一も50代ともなれば落ち着いているだろうと考え、その日はインターネットを見るのをやめた。
そして1年後、私は妻と共に日本へと無事に帰還した。
定年前にローンの支払いを終えた一軒家で久々に目覚め、私はまだ寝ている妻を起こさずに隣人への挨拶に向かった。
「山田さん、お久しぶりです。留守の間は色々と連絡を下さりありがとうございました」
「どうも、お帰りなさい。それにしても日本は大騒ぎですよ、何でも戦争が始まるっていうんです。インターネットニュースとかでご存知でしょう?」
「そうなのですか? それは一体……」
隣人の中年女性は詳しくは自分で調べてみてくださいと私に言って、今日の夕方にヨーチューブで開戦に関する谷田部首相のリアルタイム配信があると教えてくれた。
私は妻には事実を知らせず、配信時刻になる前に自室でパソコンを開いていた。
風貌が亡き父に似てきた谷田部健一は懐かしい執務室のソファにゆったりと腰かけ、私たち国民へと政策を語りかけ始める。
『国民の皆さん、お久しぶりです。第四次谷田部政権の首相を拝命しました谷田部健一です。早速本題に入りますが、かねてより隣国に実効支配を受けている北西の島の周辺海底にシェールオイルが蓄積されていることが明らかになりました。日本の財政健全化をより一層進めるため、私は日本国防軍に奪還の命を下したいと思います。とはいえ特別軍事作戦に反対する国民の皆さんがいらっしゃることは承知していますから、ここでも私が得意とするクラウドファンディングを活用することに致しました。日本の権益を守る特別軍事作戦にご協力頂ける方は、どうかクラウドファンディングへの応募を……』
画面の向こうの谷田部健一がそこまで話した瞬間、私はパソコンの画面を閉じた。
リビングにいる妻に全ての事実を伝え、私は妻とともにこの狂った国を脱出することにした。
荷物をまとめてタクシーに乗り込み、私と妻は空港へと向かった。
「今すぐこの国を脱出したいのです。どこか、今すぐチケットが取れる国はありませんか!?」
「ああ、先ほどの配信をご覧になられたのですね。証明書はご提示できますか?」
空港の受付でチケットを取ろうとすると、女性職員は私にそう尋ね返した。
「証明書? 一体何のことですか?」
「ご存知ないのですか? 特別軍事作戦に伴い海外への渡航は制限されますから、今チケットを取れるのはクラウドファンディングの特典を受け取った方だけなのですが……」
不思議そうな顔で説明する職員に、私と妻はその場に立ちすくむしかなかった。
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