気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
298 / 338
2021年7月 私たちのOSCE合格体験記

第2話 私たちの同棲生活

しおりを挟む
 その日の実習は17時過ぎまで続き、夕方カンファレンスが長引いたため田中教授は学生たちを先に帰らせてくれた。

 朝8時半に始まる朝カンファレンスから現在までほとんど休む間もなく続いた実習に私の身体は疲れ切っていて、まだ初日なのに大丈夫なのだろうかと不安に感じた。


 コアクリクラの班は原則として10人単位で、私のいるE班には微生物学教室所属の物部もののべ微人まれひと君、通称マレー君も所属している。

 弓道部の同級生は1人もいないし私がこの世で一番好きな人とも別の班になってしまったけど、1回生の頃から仲良しのマレー君がいるだけでも十分にありがたいと思った。

 マレー君は総合医療コースでは救急科を中心に回ることになっていて、今頃は過酷な救急医療の現場で頑張っているのだろう。

 私もマレー君も研究医養成コース生なので将来的に臨床医になることはないけど研究医養成コース生でも卒業するまでにやることは普通の学生と変わらないし、卒後も初期臨床研修までは必ず受けるのでコアクリクラの経験が無駄になることはない。

 研究医であっても国家から医師免許を与えられている以上は必要最低限の医療行為は行える必要があるので、私は現在のコアクリクラにも来年1月からのアドバンストクリクラにも全力で取り組んでいこうと心に決めていた。


 そうしてヘトヘトになった身体を引きずって、私は畿内医科薬科大学医学部のキャンパスを出るとJR皆月駅の方向に歩いた。

 大学から歩いて8分ほどの街中にある築30年4階建てのマンションに入り、階段で2階まで上がる。

 廊下を歩いて角部屋の鍵を開けると私は2LDKの下宿の玄関に上がった。

 脱いだ靴を揃えて廊下を真っすぐに進み、扉を開けて10じょうの広さのLDKに入るとそこには私がこの世で一番好きな人がいる。


「おかえりー。ご飯今準備してるからテレビでも見てゆっくりしててくれる?」
「うん。……今日は和食?」
「そうそう。精神科結構暇みたいだから今月はちょっと手間かけてお料理できそう」
「なるほど。ヤミ子の作るご飯大好きだから、楽しみにしてるね」

 2口あるコンロを駆使して夕食を作っているのは同級生で病理学教室所属の研究医養成コース生である山井やまい理子りこ、通称ヤミ子。

 彼女は私とは予備校生の頃からの付き合いで、私は紆余曲折うよきょくせつあって3回生の終わり頃からヤミ子と恋人同士になった。


 今日はヤミ子が何もしていなければ部屋に入るなり抱きついて、彼女の柔らかい身体で癒されたいと思っていた。

 当然料理中にそんなことはできないけど、今は同棲している間柄だからいつだってチャンスはある。


 私の部屋にして貰っている6帖の和室に荷物を置くと、私は洗面所に行って手洗いとうがいをした。

 2021年7月現在も新型ウイルスの世界的流行は続いていて、私とヤミ子はワクチン接種を済ませてからも手洗いやうがいなどの基本的な感染予防策は欠かしたことがない。


「ご飯できたよー。今日は焼き魚と和風カニ玉にしたけどもっと重い方がよかった?」
「ううん、実習ですごく疲れてるからこれぐらいが一番。カニ玉もボリュームあるし」

 ヤミ子に呼ばれて和室からLDKに戻ると、テーブルの上には和食のご飯が準備されていた。

 ヤミ子手作りの焼き魚とカニカマを具材にしたカニ玉の他にはご飯とサラダとお味噌汁があり、サラダはスーパーの出来合いのものでお味噌汁はレトルトだ。

 お互い忙しい医学生なので、家事で手を抜ける所は手を抜こうと同棲し始めた頃から約束していた。

 私はどうしても料理が苦手なので食事はいつもヤミ子が準備してくれていて、その代わりに私はお皿洗いと風呂掃除を含めた掃除全般を担当している。

 洗濯はその月の実習が忙しくない方が担当することにしていて、今のところはこのやり方で問題なく生活できていた。


 いつも美味しいヤミ子の手料理の味は疲れた身体にみ入る感じがして、私は食事をしながらヤミ子にいつもありがとう、と伝えた。

 このLDKの部屋にはテレビを置いているけれど私たちは食事中にはテレビを観ない習慣だった。

 夕食の半分以上を食べ終えた所で、私はヤミ子と今日から始まった実習の話をした。


「ヤッ君から聞いてたけど精神科の実習はすっごく楽だよ。月曜は合計4時間もカンファレンスあるけど他は1日休みとか午前中で終わりとかが当たり前みたい。今日だって16時前には終わったし。そっちはやっぱり大変?」
「うん、内科系に限ればこれまでの実習で一番大変だと思う。循環器コースで9時間ぶっ続けで手術見学した時が一番辛かったけどあれも1日だけだったし。明日からも遅くなるから」
「そうなんだ。さっちゃんを癒してあげられるように引き続きお料理頑張るね」

 ヤミ子は元気よくそう言ってくれたけど、私はヤミ子と一緒に暮らせているだけで十分以上に癒されている。

 そのことを一々口に出して伝える必要もない間柄なので、私は素直にありがとうとだけ答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ウェブ小説家見習いの第117回医師国家試験受験記録

輪島ライ
エッセイ・ノンフィクション
ウェブ小説家見習いの現役医学生が第117回医師国家試験に合格するまでの体験記です。 ※このエッセイは「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※このエッセイの内容は一人の医師国家試験受験生の受験記録に過ぎません。今後国試を受験する医学生の参考になれば幸いですが実際に自分自身の勉強法に取り入れるかはよく考えて決めてください。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...