気分は基礎医学

輪島ライ

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2021年5月 2021年5月の微生物学ボーイと元ヤンデレ歯学生

第2話 妻として恋人として

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 今でこそ美しく穏やかな大人の女性となった美波だが、以前はどうにも手の付けようがない大変な女の子だった。

 詳しい経緯は改めて説明しないが彼女の強迫的な嫉妬心から俺と美波は恋人同士で何度も衝突し、一度は婚約破棄寸前の事態にまで陥った。

 それから紆余曲折うよきょくせつあって俺は美波との関係を見つめ直し、結局は彼女が俺の子を宿したことで2019年9月に学生結婚をした。

 その当時畿内歯科大学の歯学部歯学科3回生だった美波は出産のため4回生に進級した時点で1年間休学をして、現在は1年遅れで歯学生生活に復帰している。


 昨年5月に母子ともに無事に産まれた子供は男の子で、俺と美波の話し合いにより事前に決めてあった「初人はつひと」という名前が命名された。

 美波は俺とこれから何人も子供を作りたいと希望していて、1人目の子供であることを強調した名前という条件を課していた。

 子供からするとあまり意味のない由来になるのでそれはどうなのかと正直思ったが、美波が2人目以降も欲しいと思ってくれるのはありがたいので物部一族のネーミングセンスを踏襲とうしゅうして「初人」という名前に決めたのだった。


 妊娠してから精神的に落ち着いてくれた美波は2020年に入ってからパンデミックの影響で再び不安定になり、自分や夫である俺が新型ウイルスに感染することへの不安で何度もノイローゼ気味になっていた。

 彼女に余計な心配をかけないよう初人が産まれるまでも産まれてからも俺は不必要な外出をほとんどしていないし、友人や後輩と話したい時はDoomを用いてパソコン画面越しのオンライン飲み会を開催することにしている。

 お互いまだ学生なので元々は結婚してからも同居はしていなかったが、パンデミックが始まってからは美波のご両親の許可を得て俺も美波の実家で生活するようになっていた。

 お互いの実家の行き来での感染リスクがなくなったこともそうだが精神的に不安定になっている美波をそばにいて支えてやれたのは本当にありがたく、書斎を俺の部屋にしてくれた義理の父には感謝が尽きなかった。

 まだ乳児の初人は専業主婦である美波の母(初人にとっては母方の祖母)に育てられており、美波も俺も安心して大学生活を送れている。

 義理の両親との同居ではあるが美波と初人と同じ家庭で暮らせるのは本当に嬉しくて、充実した臨床実習の毎日もあって俺は今が人生で一番幸せな時かも知れないとさえ感じていた。


「このワンピース、どう? 体型は元に戻ってきたけど、まだ女子大生みたいな格好してていいのか分からなくて……」
「最高に似合ってるし、どんな体型でも美波はこの世で一番かわいい女の子だよ。年齢なんて気にしなくていいさ」
「……ありがとう」

 今の自分のファッションを気にしている美波だが、彼女の美しさは結婚前からほとんど衰えていなかった。

 妊娠中の健康管理には必要以上に気を配っていたから出産から1年が経つ今では体重も元通りになっていた。

 小柄でありながら非常に女性らしいトランジスタグラマーな身体つきもそのままで、休学明けには既婚者であることを知らない1回生男子にナンパされたらしい。

 彼女のトレードマークであり本人も気に入っていたベリーロングヘアは出産が近くなってからカットされ、今では普通のロングヘアの長さになっていたが美波がこの世のどんな女性よりも美しいという事実は何も変わっていなかった。


 天使のような美波の姿を眺めて、俺は右手を伸ばすと芝生に腰かけている彼女の左手をぎゅっと握った。

 そっと身体に触れた俺に対し、美波は少しだけ驚いた表情をすると芝生に背中を下ろしながら俺の隣に寝転んだ。


 緑の芝が広がる斜面で、俺と美波は寝転んだまま見つめ合う。

 家の外では常にマスクを着用するのが当たり前のご時世だがここで休憩を始めてから辺りには誰の姿も現れず、今だけはお互いにマスクを外していた。

 彼女の美しい顔が眼前にやって来て、俺は久しぶりにこの唇の感触を味わいたいと思った。


 そもそも俺と美波がなぜ今現在、京都市内の自然公園に来ているのか。

 京都府内に緊急事態宣言が発出されている最中で、俺も美波も大学からは不要不急の外出を自粛するよう命じられている。

 世間的にも夫婦とはいえ大学生同士が遊びに行くのはあまりいい目で見られないが、これにも色々な事情がある。


 初人が産まれてから1年が経ち、俺と美波はお互いにそろそろ恋人同士というモードも楽しみたいと考えていた。

 とはいえお互い大学生活で日中は忙しいし、帰ってきても美波のご両親との同居生活では完全に恋人同士として過ごすことはできない。

 最近では離乳が進んだことで初人のベビーベッドをご両親の寝室に置いてくれているが、それまでは夜中に性行為に及ぶのも難しい状況だった。

 久々に恋人同士としてイチャイチャしたいだろうとご両親は配慮してくれて、俺と美波は2人でデートしてきてはどうかと提案されたのだった。

 パンデミックの発生中かつ緊急事態宣言の期間中という状況もありどこにでも行けるということはあり得なかったが、俺は2回のワクチン接種を済ませているし三密という条件からは程遠い施設ならばまだ許容できると考えて今日は自然公園にやって来たのだった。


 ここは公園でも隅の方の場所であり、来客自体が激減していることもあって今に至っても周囲には誰の姿もない。

 今なら美波にキスをしても許されるだろうと思った俺だが、彼女は俺が顔を近づける前に上半身を斜面から起こした。


 少し残念に思いながらその様子を眺めていると、美波は突然意を決した表情になり、


「まれ君。……ちょっと、お願いがあるんだけど」

 真剣な口調で話を切り出した。


「お願い? ああ、全然いいよ。何でも言ってくれ」

 気軽にそう答えた俺に、美波はとても言いづらそうな様子で、


「ごめん、まれ君! まれ君の書いた小説を、後輩に見せなきゃいけないの……」

 一息にそう言うと両手で顔を押さえた。


「……え?」

 突然の「お願い」の内容を聞き、俺は唖然あぜんとした表情でそう呟くしかなかった。
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