気分は基礎医学

輪島ライ

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2019年12月 生理学発展コース

235 気分はポチ袋

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 1年ぶりに帰った実家で一夜を過ごし、翌朝は母が作った和食の朝食を壬生川さんと共に頂いた。

 今日は壬生川さんと今治のホテルに泊まるためトランクは丸ごと持っていくことにして、僕は実家を一旦後にした。


「あ、塔也。ちょっと来て欲しいんだけど」
「どうしたの?」

 特急の松山駅までは母に車で送ってもらうことになり、壬生川さんと一緒に玄関先に出ていた僕は玄関にいる母に呼ばれた。

 トランクを置いて玄関に戻ると母は小さなポチ袋を僕に渡した。


「これ、少ないけど旅行代の足しにして。彼女ちゃんのために気前よく使ってあげるのよ」
「……ありがとう。大事にするね」

 ポチ袋には後で見ると1万円札が3枚入っていて、母は彼女と初めて2人でホテルに泊まる僕を気遣ってくれていた。


 松山駅で車を降りると壬生川さんは母にしばしの別れを告げた。

「杏子さん、今回はいきなり押しかけたのに優しくもてなしてくださって本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
「うちの息子にはもったいないほど素敵な彼女ちゃんのためなら、あれでもまだ足りないぐらいよ。こちらこそ、またいつでも泊まりに来てね」

 この2日間で壬生川さんと母はとても仲の良い間柄になれたらしく、僕はほっと安堵した。

 僕はまた明日実家に戻ることになるので母には軽く挨拶をして、そのまま壬生川さんと共に今治へ向かう特急に乗り込んだ。



 特急今治駅には朝10時頃に到着したがホテルのチェックインにはまだ早い時間帯なので、僕と壬生川さんは先に彼女の祖父母の実家を訪問することにした。

 駅前の乗り場で再びタクシーを拾うと15分ほどかかって僕らは目的地に着いた。

 愛媛県内は最も都会である松山や今治においても電車やバスの交通網が乏しく、車の免許がないとタクシーで移動するしかなくなるのが不便な所だった。


 壬生川さんの祖父母の実家は瓦屋根の古めかしい豪邸で、立派な門をくぐって玄関先まで行くと僕はチャイムを鳴らした。

 老夫婦の住居でインターホンがないのは防犯上好ましくないが、すぐに家の中から歩いてくる音が聞こえてきた。

 扉がガラガラと開かれるとその向こうから白髪をヘアピンで留めたおばあさんが出てきて、


「いらっしゃいませ~、恵理ちゃんと将来の旦那さん」

 にこやかな笑顔でそう言うと、すぐに家の奥に引っ込んでいった。


「……えーと」
「居間で待ってるってことよ。さ、入りましょ」

 壬生川さんは慣れた様子で玄関に入って靴を脱ぎ、僕もそれに追従した。
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