気分は基礎医学

輪島ライ

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2019年12月 生理学発展コース

223 恋のABC

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 2019年12月上旬。壬生川恵理は焦っていた。


「……ねえ、あんたクリスマスとか年末はどうするの?」
「ああ、そういえばもうそんな時期かな」

 畿内医科大学本部キャンパス研究棟7階の生理学教室。

 実験室にある大きな水槽で飼育されているゼブラフィッシュの筋に電流を加えつつ尋ねると、恋人であるところの白神塔也は何気なく答えた。

 彼は現在同じ部屋のソファに腰かけて恵理が報告する筋の刺激伝導速度をノートパソコンで記録している。


「どっちも特に予定ないけど年末年始は流石に実家に帰ろうかなと思って。そろそろ母さんにも連絡するつもり」
「まあ確かに帰った方がいいでしょうね……」

 自分が聞きたいのはそんなことではないのだが、塔也がこういう姿勢なのは今に始まったことではない。

「壬生川さんは何か予定あるの? 女子バスケ部の練習もあるしやっぱり忙しいかな」
「…………」

 流石に腹に据えかねてきたがゼブラフィッシュに侵襲を加えている最中に感情を動かされては実験動物に失礼と考え、恵理はぐっと我慢した。


 恵理が塔也との関係に問題意識を抱え始めたのは11月下旬に行われた女子バスケットボール部の忘年会がきっかけだった。

 女子バスケ部では試験日程を考慮して例年年度末ではなく11月下旬に忘年会が行われており、普段は学生研究の都合で飲み会を欠席することが多い恵理もこのイベントには必ず出るようにしていた。

 バスケ経験者の1回生としてちやほやされていた前回と異なり今回は2回生として後輩を接待する立場に回っていたが、今年になってようやく打ち解けた女子バスケ部の面々と宴会を楽しむのは恵理にとって幸せな時間だった。


「そういえばあ、恵理ちゃんって白神君って子とはどうなのよ? うぃっ」
「えっ……」

 風向きが変わってきたのは忘年会が後半に差し掛かった所で、普段は生真面目な主将である4回生の金森は完全に酔っぱらった状態で隣に座る恵理にそう尋ねてきた。

「私も気になりますー! 恵理先輩のプライベート聞きたい~」
「どうなのって言われても……まあ、仲良くやってます」

 まだ19歳なので飲酒はしていない1回生の滝藤もいつものテンションで聞いてきて、恵理は返事に困りつつ答えた。


「そうゆう意味じゃないでしょおがぁー!! お姉さんが聞いてるのはぁ、ひっく、Bまで行ったかCまで行ったかってことですぅ!!」
「び、B? C?」

 金森は若干レトロな用語を叫び、恵理は対応に苦慮していた。

「恵理先輩、ご存じないんですか? Bっていうのは男の人が女の人の」
「いいから! 流石にそれは説明しなくていいから!!」

 隠語の意味を大真面目に説明し始めた滝藤を恵理は慌てて制止した。


「んでぇ、どうなのよ? AかBかCか、さあ言ってごらんなさい! ばばん!!」

 擬音を口にしつつクリティカルな質問をぶつけた金森に、恵理は覚悟を決めると、


「A……までも行ってないから……スモールエー、ぐらい?」

 上手い回答をしたつもりでそう答え、周囲の空気は凍り付いた。


「あ、ちょっと金森先輩外の空気に当ててあげて来ますね~。恵理先輩、ウーロン茶頼んどいてください」

 その場から逃げるようにして酔いつぶれた金森を居酒屋の外に連れ出した滝藤を見て恵理は初めて後輩に殺意を覚えた。

 それからは他の部員も一切塔也の話題には触れず、恵理は自分が周囲から情けをかけられた屈辱を感じた。
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