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2019年11月 生化学発展コース
200 気分は家庭教師
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2019年11月1日金曜日の昼休み、僕は久々に阪急皆月市駅前にある粉もん料理店「たこ焼き本舗メガドン」を訪れていた。
このチェーン店は同級生にして生化学教室の研究医生である生島化奈さん、通称カナやんの実家が経営している株式会社ホリデーパッチンの傘下にあるということは今更言うまでもなく、僕は今年4月にカナやんの個人的な問題の解決に協力したことで株主優待券2万円分を受け取っていた。
メガドンをはじめとするホリデーパッチン系列企業の店舗で使えてお釣りも出るそのチケットは4月から現在までちまちまと使ってきて、今日は最後に残った1枚を使おうと考えていた。
メガドンの阪急皆月市駅前店は最近までたこ焼きや焼きそばのテイクアウト販売のみを行ってきたが今年9月に全面改装されてからはイートインの座席が多数設けられ、今日はこの店を初めてイートインで利用する日でもあった。
「いらっしゃいませー! お一人様ですか?」
「はい、一人です」
12時10分という絶妙な時間に入店すると店内は多くのサラリーマンや中高年男性でにぎわっていて、見たところ座れそうな席は2つ3つしかなかった。
「申し訳ありません、現在お席が予約で埋まっていまして相席となりますがよろしいでしょうか?」
「全然いいですよ。よろしくお願いします」
紺色の頭巾を被った若い女性の店員さんにそう答えると店員さんは相席の許可を得るため調理場直結のレジから座席へと歩いていき、すぐに僕を相席となるテーブルへと案内してくれた。
店内でも隅の方のテーブルに歩いていくとそこには何となく見覚えのある不気味な黒髪貞子ヘアの女性が座っていて、
「……お久しぶりです、白神先輩」
長髪の合間から笑顔を覗かせると僕に向かって頭を下げた。
「えーと、確か……」
「医学部1回生の黒根法子です。先輩とはオープンキャンパスでお会いして以来です」
「ああ、あの時の!」
名前やプロフィールよりも暗黒なファッションの印象だけが残っていたがその女の子は1学年下の後輩である黒根さんで、法医学教室に所属予定の研究医養成コース生だった。
畿内医大の研究医養成コースは基本的に基礎医学教室への配属を前提としているが厳密には臨床医学でなければどこの教室でもよいらしく、社会医学と呼ばれる法医学や公衆衛生学、心理学・行動科学の教室も配属先として選べるとのことだった。
「せっかくのお昼ご飯なのに邪魔してごめんね。相席でもいいかな?」
「私は全然いいですよ。やることなくてアルバイト片づけてましたし」
黒根さんは注文した料理を待っていた所らしく机の上には何かのテストの答案らしきものを何枚も並べていた。
傍らには赤いマーカーペンと4色ボールペンが置かれており、どうやらアルバイトで答案添削をやっていたらしい。
「僕も北辰の答案添削のバイトやってるんだけど、黒根さんもどこかの予備校の仕事?」
着席して店員さんにオーダーを伝えると僕は向かい側に座る黒根さんに話しかけた。
「いえ、私は特定の企業には所属せずフリーで答案添削をやってます。その方が給料がいいので家庭教師のバイトも個人でやってます」
「それは凄い……」
家庭教師や塾講師、答案添削といった受験関連のアルバイトは医学生に人気が高いが、仲介手数料が発生する派遣会社や塾・予備校を通したアルバイトに比べて個人で行うものは給料が一回り以上高いのが一般的だった。
医学生が個人アルバイト以外で時給4000円以上を狙おうとすれば医学部受験専門塾などの特殊な業態を選ぶ必要があり、そういった職場ではアルバイトの大学生であっても高度な専門性と勤勉さが要求される。
個人アルバイトの家庭教師や塾講師では仕事そのものにはそこまでの厳しさはないが顧客である生徒や保護者とトラブルが生じた際に誰も自分を守ってくれないし、安定して高収入を得るには信用を保つ必要がある。
黒根さんは家庭の事情で学費を自らのアルバイト収入で補填せねばならないらしく、本人も話した通り彼女が全てのアルバイトを個人で行っているのは高収入を得るためということになる。
「インターネットで宣伝してお客さんを集めてるんですけど、フリーの家庭教師としては結構名が知られてきてるので空き時間にできるいい小金稼ぎになってるんですよ。依頼が多くなってきたので最近ではお客さんからの紹介じゃないと受け付けないようにしてます」
「流石は黒根さんだね。一見さんお断りにしてもやっていけるなんてもはやプロ一歩手前じゃない?」
医学部医学科を卒業してから塾講師の道に進む人は珍しくないし、黒根さんの能力なら法医学者として働くよりも受験産業に就職した方が収入は高いのではないかと思った。
「そうですね。私自身受験関係のお仕事は好きですけど、やっぱり本分は医学研究者としての鍛錬だと思います。進む分野は違いますけど白神先輩には同じ研究医生として仲良くして頂きたいです」
「こちらこそ! 僕も黒根さんは貴重な女の子の後輩だから、今後ともよろしくお願いします」
黒根さんは真面目な口調でそう話し、僕の返事を聞くと笑顔を浮かべた。
前に会った時は若干不気味な感じの女の子に見えていたが、ちゃんと寝ていて機嫌がいい時の彼女は明るく人懐っこい性格なのだろう。
このチェーン店は同級生にして生化学教室の研究医生である生島化奈さん、通称カナやんの実家が経営している株式会社ホリデーパッチンの傘下にあるということは今更言うまでもなく、僕は今年4月にカナやんの個人的な問題の解決に協力したことで株主優待券2万円分を受け取っていた。
メガドンをはじめとするホリデーパッチン系列企業の店舗で使えてお釣りも出るそのチケットは4月から現在までちまちまと使ってきて、今日は最後に残った1枚を使おうと考えていた。
メガドンの阪急皆月市駅前店は最近までたこ焼きや焼きそばのテイクアウト販売のみを行ってきたが今年9月に全面改装されてからはイートインの座席が多数設けられ、今日はこの店を初めてイートインで利用する日でもあった。
「いらっしゃいませー! お一人様ですか?」
「はい、一人です」
12時10分という絶妙な時間に入店すると店内は多くのサラリーマンや中高年男性でにぎわっていて、見たところ座れそうな席は2つ3つしかなかった。
「申し訳ありません、現在お席が予約で埋まっていまして相席となりますがよろしいでしょうか?」
「全然いいですよ。よろしくお願いします」
紺色の頭巾を被った若い女性の店員さんにそう答えると店員さんは相席の許可を得るため調理場直結のレジから座席へと歩いていき、すぐに僕を相席となるテーブルへと案内してくれた。
店内でも隅の方のテーブルに歩いていくとそこには何となく見覚えのある不気味な黒髪貞子ヘアの女性が座っていて、
「……お久しぶりです、白神先輩」
長髪の合間から笑顔を覗かせると僕に向かって頭を下げた。
「えーと、確か……」
「医学部1回生の黒根法子です。先輩とはオープンキャンパスでお会いして以来です」
「ああ、あの時の!」
名前やプロフィールよりも暗黒なファッションの印象だけが残っていたがその女の子は1学年下の後輩である黒根さんで、法医学教室に所属予定の研究医養成コース生だった。
畿内医大の研究医養成コースは基本的に基礎医学教室への配属を前提としているが厳密には臨床医学でなければどこの教室でもよいらしく、社会医学と呼ばれる法医学や公衆衛生学、心理学・行動科学の教室も配属先として選べるとのことだった。
「せっかくのお昼ご飯なのに邪魔してごめんね。相席でもいいかな?」
「私は全然いいですよ。やることなくてアルバイト片づけてましたし」
黒根さんは注文した料理を待っていた所らしく机の上には何かのテストの答案らしきものを何枚も並べていた。
傍らには赤いマーカーペンと4色ボールペンが置かれており、どうやらアルバイトで答案添削をやっていたらしい。
「僕も北辰の答案添削のバイトやってるんだけど、黒根さんもどこかの予備校の仕事?」
着席して店員さんにオーダーを伝えると僕は向かい側に座る黒根さんに話しかけた。
「いえ、私は特定の企業には所属せずフリーで答案添削をやってます。その方が給料がいいので家庭教師のバイトも個人でやってます」
「それは凄い……」
家庭教師や塾講師、答案添削といった受験関連のアルバイトは医学生に人気が高いが、仲介手数料が発生する派遣会社や塾・予備校を通したアルバイトに比べて個人で行うものは給料が一回り以上高いのが一般的だった。
医学生が個人アルバイト以外で時給4000円以上を狙おうとすれば医学部受験専門塾などの特殊な業態を選ぶ必要があり、そういった職場ではアルバイトの大学生であっても高度な専門性と勤勉さが要求される。
個人アルバイトの家庭教師や塾講師では仕事そのものにはそこまでの厳しさはないが顧客である生徒や保護者とトラブルが生じた際に誰も自分を守ってくれないし、安定して高収入を得るには信用を保つ必要がある。
黒根さんは家庭の事情で学費を自らのアルバイト収入で補填せねばならないらしく、本人も話した通り彼女が全てのアルバイトを個人で行っているのは高収入を得るためということになる。
「インターネットで宣伝してお客さんを集めてるんですけど、フリーの家庭教師としては結構名が知られてきてるので空き時間にできるいい小金稼ぎになってるんですよ。依頼が多くなってきたので最近ではお客さんからの紹介じゃないと受け付けないようにしてます」
「流石は黒根さんだね。一見さんお断りにしてもやっていけるなんてもはやプロ一歩手前じゃない?」
医学部医学科を卒業してから塾講師の道に進む人は珍しくないし、黒根さんの能力なら法医学者として働くよりも受験産業に就職した方が収入は高いのではないかと思った。
「そうですね。私自身受験関係のお仕事は好きですけど、やっぱり本分は医学研究者としての鍛錬だと思います。進む分野は違いますけど白神先輩には同じ研究医生として仲良くして頂きたいです」
「こちらこそ! 僕も黒根さんは貴重な女の子の後輩だから、今後ともよろしくお願いします」
黒根さんは真面目な口調でそう話し、僕の返事を聞くと笑顔を浮かべた。
前に会った時は若干不気味な感じの女の子に見えていたが、ちゃんと寝ていて機嫌がいい時の彼女は明るく人懐っこい性格なのだろう。
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