気分は基礎医学

輪島ライ

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2019年10月 解剖学発展コース

194 純度100%の友情

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「もう泣くのはやめようよ。涙を流して現実を見ないようにしても何にも解決しないからさ。……こういう時こそ、笑うんだよ」

 龍之介は穏やかな口調でそう言うと、口角をにっと挙げた。

 彼はジェスチャーで剖良にも同じようにするよう指示し、剖良は涙目のまま口角を挙上して微笑みを作った。


「さっちゃん相手だから言うけど、ボクにもやっと恋人ができた。相手はボクと同じような人で、結婚を前提に付き合ってくれるとまで言われた。今の日本では法的に無理だけど、それでも生涯のパートナーになれたらいいと思う」
「良かったね。ヤッ君も失恋して落ち込んでたけど、やっと相思相愛の相手が見つかったのね」

 剖良が率直に祝福の意を伝えると、龍之介は嬉しそうに口元を緩めた。


「それでさ……さっちゃんは、将来のことって考えたことある?」
「将来?」

 剖良が聞き返すと、龍之介は淡々と話し始めた。


「今はヤミ子ちゃんへの恋心で悩んでても問題ないけどさ、さっちゃんは卒業したら25歳で働き始めたらすぐに30歳だよ。それから35歳になって40歳になって、その時に一緒に暮らせる相手がいなかったらどうするの? 法的に結婚できないって言ったって、同棲できるパートナーさえいない人生って本当に寂しいと思うよ? その頃にはヤミ子ちゃんは旦那さんと子供たちと幸せに暮らしてるだろうけどね」
「…………」

 冷静に社会の現実を伝えた龍之介に剖良は再び黙り込んだ。


「ボクはしょせん他人だから正確には分かんないけど、さっちゃんは十分恵まれてると思うよ。お金持ちの家に生まれて将来はお医者さんだし人見知りしがちだけど本当は性格もいいし、何よりかわいいからね。マッチングアプリとかやれば相手なんていくらでも見つかるでしょ。お金も能力もなくて性格も悪くて顔もイマイチな女性なんて世の中にいくらでもいるってことは分かってた方がいいと思うよ。だからさ……」

 空になったままのコップを右手でもてあそびつつ龍之介はそのまま続けて、


「いい加減、他人ひとに甘えるのはやめようよ。自分の人生なんだから、自分で楽しくしないでどうするの」

 真っすぐな声音こわねでそう告げると、席を立ってコップに水を注ぎに行った。


 龍之介の真剣な言葉が心に染み入り、剖良は涙を流すのをやめた。

 不思議と微笑みが浮かんできて、コップを持って帰ってきた龍之介は剖良の様子を見て安心した表情を見せた。

 再び座席に戻ると龍之介は剖良の顔を見つめて静かに呼びかける。


「ボクはゲイだけどさ、笑顔のさっちゃんはこの世で一番かわいい女の子だと思うよ。……これからも、笑っていてくれる?」
「……ええ」

 剖良がにっこりと笑って答えた所で注文した料理が運ばれてきて、2人は22時近くの遅い時間に黙々と軽食を食べた。


 コーヒーゼリーを食べ終えて念のためペーパーナプキンで口元を拭くと、剖良は再び龍之介に話しかけた。

「今更だけど、今日のヤッ君本当にかっこよかったよ。ヤッ君が女の子だったら今頃惚れてると思う」
「そう言ってくれて嬉しいな。ボクもヘテロだったらさっちゃんに惚れてただろうけど、そうじゃなくて良かったとも思うんだよね」
「どうして?」

 率直に尋ねた剖良に龍之介は口元をほころばせると、


「男女の友情っていうのは、どちらか一方でもヘテロだと本当には成立しないんだよ。それが生物としての人間のサガだからね。ボクとさっちゃんみたいにお互い絶対に噛み合わない性質を持ってて初めて、純度100%の友情が成立するの。だから……」

 剖良の方にゆっくりと右手を差し出し、剖良もそれに応じて右手を差し出す。


「これからも、親友としてよろしく。夜のゲーセンに行きたい時は絶対ボクを誘ってよ。用心棒になるし、紹介したいゲームもあるし」
「……よろしく!」

 ファミレスのテーブル越しに握手を交わして2人はお互いの友情を再確認した。


 それからファミレスを出るまでの間に龍之介はスマホの画面を開いてアーケードゲーム「バクレツ少女前線」を剖良に紹介し、セクシーな美少女が多数登場するそのゲームに剖良も興味を抱いた。

 割り勘で代金を払って店を出て、2人は阪急如月市駅まで並んで歩いた。


「今日は遅くまで付き合わせてごめんね。終電大丈夫?」
「JRに乗り換えるけどそんなに時間かからないし大丈夫だよ。さっちゃんこそ夜道には気を付けてね」

 これから龍之介は京都河原町方面、剖良は大阪梅田方面の電車で帰宅するので龍之介は改札を通った所で剖良を見送ることにした。


「じゃあ、また明日大学で。……辛くなったらいつでも相談してね」
「ありがとう。私もヤッ君に悩みがあったらいつでも相談に乗るから」

 夜中の閑散とした駅の中で、龍之介は剖良に向けてずっと手を振っていた。

 ホームへと向かうエスカレーターに乗り込むと剖良は自分がいかに恵まれた人間かをようやく理解できた気がした。
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