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2019年9月 微生物学発展コース
174 気分は祝福
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それからすぐに僕は付き添いで来ただけの他人であるということを伝えると看護師さんは大慌てで待合室へと取って返し、お手洗いから戻ると僕の姿がなくて困惑していたマレー先輩を連れてきた。
先輩と交代でそそくさと診察室を出て待合室に戻りそのまま数十分ほど待っていると、マレー先輩もゆっくりと歩いて帰ってきた。
無言で僕の隣に腰かけたマレー先輩は感無量といった様子で、先輩は嬉しくてもショックを受けているという感じではないようだった。
「先輩、本当におめでとうございます。美波さんはご懐妊されてたんですね」
愛し合っている婚約者同士という関係なら婚前交渉には何の問題もなく、今の時代は授かり婚も珍しくないので僕は心から先輩を祝福した。
「ああ、本当に良かった。連日の練習の疲れで失神して倒れたけど母体には特に問題はなくて、今日1日だけ入院したら自宅に帰れるらしい。大きな病気とかじゃなくて本当に良かった……」
先輩はそう話すと嬉し涙を流し始め、僕は先輩が一通り泣き終えるまで待った。
「発覚するのはもうちょっと後になると思ってたけど、美波が妊娠してたこと自体は実は想定内だったんだ。本当なら来月ぐらいに美波が自分で調べて分かるはずだったから、流石に動転したけどな」
「そうなんですか? 別に悪いことでも何でもないですけど、先輩には何か心当たりが……?」
驚いて聞くと先輩はここに至るまでに何があったのかを語り始めた。
別の大学に通わざるを得なくなったことによる不安のあまりストーカー一歩手前になっていた美波さんとの関係が行き詰まり、マレー先輩は一時は彼女との婚約解消を示唆するほどの苦境に追い込まれていた。
7月下旬の「文芸マーケット大阪」で大喧嘩をした2人はその後に話し合って仲直りしたが、そのままでは美波さんが再び不安定になりいずれはもっと大きなトラブルが起こることは目に見えていた。
意を決したマレー先輩は美波さんに対し、8月下旬に静岡県の熱海温泉へと一緒に旅行に行こうと提案した。
旅行の真の目的は美波さんと子供を作ることで、2人が子供を授かって正式に結婚すれば美波さんもマレー先輩との関係を心配しなくても済むだろうという考えだったらしい。
お互い実家はお金持ちで産まれた子供は2人が社会人になるまで美波さんの実家で育てて貰えて、妊娠のタイミングが8月なら美波さんの歯学部4回生への進級にも影響がないということで2人は夏休み中に仲良く旅行に行った。
「2泊3日の旅行中は暇さえあれば美波と……ああ、いや、これは白神君に言うことでもないな」
「は、ははは……」
長年付き合ってきた婚約者とはいえトランジスタグラマーな美女と2泊3日でそういう行為に及び続けたと白状するのは恥ずかしかったのか、先輩は自慢気に喋りかけてすぐに話を打ち切った。
ずっと前からこういうことをできる立場だった人が学内では非リア充を気取っていたということに僕はこれまでになく人生の不条理さを感じた。
「それにしても旅行に行かれたのは8月の下旬だったんですよね? そうすると美波さんはまだ妊娠1か月のはずですけど……」
「うーん、実は8月の初めに仲直りしてからはお互い避妊に気を配らなくなってて……」
「ああ、なるほど……」
誰に対しても誠実な人格者であるマレー先輩でも男性の性には逆らえなかったらしい。
ともあれ美波さんはご懐妊されたことで確かに精神的な安定を得られた訳で、先輩の取った対応は結果的に大成功に終わったのだった。
その日はそこで先輩と別れて帰り、翌日の日曜日の夕方にはメッセージアプリでその後のことを伝えられた。
美波さんは無事退院でき、お互いの両親に正直に事実を伝えた上で2人はその日のうちに入籍して夫婦となった。
これに伴い美波さんの名前は「物部美波」となり、産まれた子供は2人が大学を卒業するまで美波さんの実家で育てられることになった。
マレー先輩の実家はお父さんと先輩と弟さんの男所帯だし美波さんのお母さんは専業主婦の上にまだ49歳なので、一時的とはいえ2人目の子育てに向けて張り切っているらしい。
美波さんのご懐妊について畿内歯科大にも正式に申し出た結果、美波さんは歯学部3回生の間はこれまで通り講義や実習に参加して4回生への進級が決まり次第1年間大学を休学することになった。
医学部医学科と同様に歯学部歯学科のカリキュラムには映像講義の受講や課題提出では代替できない実習や試験が多く、出産に伴う出席不足で留年するぐらいならば休学して学費を減免して貰おうという考えらしい。
先輩からのメッセージに返信すると美波さんからも再び電話がかかってきて、大学祭で倒れた時に病院まで付いてきてくれて不安に押し潰されそうなまれ君を傍で支えてくれてありがとうと丁寧に感謝を伝えられた。
美波さんにも直接ご懐妊おめでとうございますと祝福の意を伝えて、お二人の幸せを願っていますと心からの言葉を送って電話を終えた。
先輩と交代でそそくさと診察室を出て待合室に戻りそのまま数十分ほど待っていると、マレー先輩もゆっくりと歩いて帰ってきた。
無言で僕の隣に腰かけたマレー先輩は感無量といった様子で、先輩は嬉しくてもショックを受けているという感じではないようだった。
「先輩、本当におめでとうございます。美波さんはご懐妊されてたんですね」
愛し合っている婚約者同士という関係なら婚前交渉には何の問題もなく、今の時代は授かり婚も珍しくないので僕は心から先輩を祝福した。
「ああ、本当に良かった。連日の練習の疲れで失神して倒れたけど母体には特に問題はなくて、今日1日だけ入院したら自宅に帰れるらしい。大きな病気とかじゃなくて本当に良かった……」
先輩はそう話すと嬉し涙を流し始め、僕は先輩が一通り泣き終えるまで待った。
「発覚するのはもうちょっと後になると思ってたけど、美波が妊娠してたこと自体は実は想定内だったんだ。本当なら来月ぐらいに美波が自分で調べて分かるはずだったから、流石に動転したけどな」
「そうなんですか? 別に悪いことでも何でもないですけど、先輩には何か心当たりが……?」
驚いて聞くと先輩はここに至るまでに何があったのかを語り始めた。
別の大学に通わざるを得なくなったことによる不安のあまりストーカー一歩手前になっていた美波さんとの関係が行き詰まり、マレー先輩は一時は彼女との婚約解消を示唆するほどの苦境に追い込まれていた。
7月下旬の「文芸マーケット大阪」で大喧嘩をした2人はその後に話し合って仲直りしたが、そのままでは美波さんが再び不安定になりいずれはもっと大きなトラブルが起こることは目に見えていた。
意を決したマレー先輩は美波さんに対し、8月下旬に静岡県の熱海温泉へと一緒に旅行に行こうと提案した。
旅行の真の目的は美波さんと子供を作ることで、2人が子供を授かって正式に結婚すれば美波さんもマレー先輩との関係を心配しなくても済むだろうという考えだったらしい。
お互い実家はお金持ちで産まれた子供は2人が社会人になるまで美波さんの実家で育てて貰えて、妊娠のタイミングが8月なら美波さんの歯学部4回生への進級にも影響がないということで2人は夏休み中に仲良く旅行に行った。
「2泊3日の旅行中は暇さえあれば美波と……ああ、いや、これは白神君に言うことでもないな」
「は、ははは……」
長年付き合ってきた婚約者とはいえトランジスタグラマーな美女と2泊3日でそういう行為に及び続けたと白状するのは恥ずかしかったのか、先輩は自慢気に喋りかけてすぐに話を打ち切った。
ずっと前からこういうことをできる立場だった人が学内では非リア充を気取っていたということに僕はこれまでになく人生の不条理さを感じた。
「それにしても旅行に行かれたのは8月の下旬だったんですよね? そうすると美波さんはまだ妊娠1か月のはずですけど……」
「うーん、実は8月の初めに仲直りしてからはお互い避妊に気を配らなくなってて……」
「ああ、なるほど……」
誰に対しても誠実な人格者であるマレー先輩でも男性の性には逆らえなかったらしい。
ともあれ美波さんはご懐妊されたことで確かに精神的な安定を得られた訳で、先輩の取った対応は結果的に大成功に終わったのだった。
その日はそこで先輩と別れて帰り、翌日の日曜日の夕方にはメッセージアプリでその後のことを伝えられた。
美波さんは無事退院でき、お互いの両親に正直に事実を伝えた上で2人はその日のうちに入籍して夫婦となった。
これに伴い美波さんの名前は「物部美波」となり、産まれた子供は2人が大学を卒業するまで美波さんの実家で育てられることになった。
マレー先輩の実家はお父さんと先輩と弟さんの男所帯だし美波さんのお母さんは専業主婦の上にまだ49歳なので、一時的とはいえ2人目の子育てに向けて張り切っているらしい。
美波さんのご懐妊について畿内歯科大にも正式に申し出た結果、美波さんは歯学部3回生の間はこれまで通り講義や実習に参加して4回生への進級が決まり次第1年間大学を休学することになった。
医学部医学科と同様に歯学部歯学科のカリキュラムには映像講義の受講や課題提出では代替できない実習や試験が多く、出産に伴う出席不足で留年するぐらいならば休学して学費を減免して貰おうという考えらしい。
先輩からのメッセージに返信すると美波さんからも再び電話がかかってきて、大学祭で倒れた時に病院まで付いてきてくれて不安に押し潰されそうなまれ君を傍で支えてくれてありがとうと丁寧に感謝を伝えられた。
美波さんにも直接ご懐妊おめでとうございますと祝福の意を伝えて、お二人の幸せを願っていますと心からの言葉を送って電話を終えた。
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