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2019年9月 微生物学発展コース
156 気分は研究医合宿
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病理学教室で動物実験に明け暮れた夏休みが終わり、いよいよ2回生の後半が始まった。
10月下旬には免疫学・微生物学・感染症学の試験があり12月中旬には薬理学と病理学の試験が控えているが、2回生後半の僕にとって最も重要なのは試験勉強ではない。
というのは……
「だからさ、フィリピンでは死にかけたこともあったけど日本では研究できない微生物と直接触れ合えるのは本当に楽しいんだよ。現地の人々と話すのは英会話の練習にもなるし、白神君もうちに来てくれたら国際的に大活躍できるんじゃないか」
「ええ、そうだといいですね……」
2019年9月9日、月曜日。時刻は夕方17時頃。
夏休み明けの9月2日から始まった微生物学教室の発展コース研修で僕は今日もマレー先輩から勧誘を受けていた。
勧誘といっても文芸研究会にはとうの昔に加入しているので、ここで言う勧誘とは部活の話ではない。
「今時はちゃんとワクチンを接種してからじゃないと留学させないから、狂犬病とか破傷風は心配しなくても大丈夫だ。むしろ現地で狂犬病ウイルスの研究をしてみたりしても楽しいんじゃないか?」
「は、ははは……」
7月以来の再会となる物部微人先輩、通称マレー先輩は今月の研修が始まってから僕を微生物学研究者にしようと必死であり最近は会う度に微生物学教室の魅力を語って聞かせられる。
本人的には微生物学研究の面白さを力説されているようなのだが先輩のセンスは常人からは若干ずれているようで、フィリピン留学中にコレラに感染して死にかけた話を聞かされれば微生物学教室への興味は薄れるばかりである。
コレラに感染すると実際どうなるかをここで述べるのはやめておきたいので興味のある人は食事中でない時に自分で調べてみて欲しい。
「白神君は英語は得意かな? TOEFLの点数は覚えてるか?」
「えーと、1回生で受けたやつだと学年50位ぐらいだったような……」
「そうかそうか、まあ母集団が医学生で真ん中ぐらいなら十分だろう。何より英会話はとにかく実践だ!」
「なるほど……」
マレー先輩は元々明るい人柄だが1か月ぶりに再会してからは何故か常にテンションが高い。
7月に破局寸前まで行っていた婚約者の宇都宮美波さんとはあれから仲良くやれているらしいが、そのこととハイテンションに関係があるのかは今のところ不明だった。
8月に病理学教室の紀伊教授から聞かされた通り研究医養成コース2年次転入生の発展コース研修はその教室の研究医生の研究を手伝うのが主な内容であり、その過程で教室の魅力を改めて教わることになる。
実態としては微生物学教室の魅力を教わるというよりもマレー先輩からひたすら勧誘を受けており、来月になれば剖良先輩から解剖学教室へと誘われるのかも知れない。
この生活を来年2月まで続けて、それから来年度以降どの教室に所属するかを決めるのが2回生後半の僕に課せられた最大の使命だった。
「そういえば来週はいよいよ研究医合宿だな。白神君自身は発表しないけどぜひポスター発表を見学して欲しい。俺のはもう見ちゃってるけどな」
「ええ、ぜひ見てみたいです。3回生の研究医生は全員発表されるんですか?」
「3回生についてはそうだ。4回生以上の先輩も何名か来られるけど、高学年になると忙しいから全員は発表しないな」
今週末の土日である9月14日と15日には近畿圏の5大学の医学部が合同で開催する「研究医養成コース合宿」が予定されており、僕も含めて2回生以上の研究医養成コース生は原則として出席が必須になっていた。
この合宿はその名の通り研究医養成コースが設置されている5つの大学(畿内医大・京阪医科大学・西宮医科大学・神山大学医学部・紀州医科大学)が研究医を目指す医学生同士の交流を目的として実施するものであり、主催校である京阪医科大学や研究医養成が盛んな西宮医科大学からは特に多くの医学生が参加するという。
当日のイベントとしては合同ミーティングや食事会に加えて例年の名物企画である各大学の研究医生によるポスター発表があり、僕も先週からマレー先輩のポスター発表の準備を手伝っていた。
ポスター発表というのは自らの研究成果を背景・目的・方法・結果・考察というすべての項目を含めて1枚の巨大なポスターにまとめて発表を行うもので、限られた面積の中で自分の研究の面白さを最大限に伝える必要がある。
マレー先輩は文筆を趣味としているので文章は長くなりがちらしいがそれでも自らの研究成果をグラフや写真も駆使して1枚のポスターに要領よくまとめており、この内容なら当日も人気になりそうだと思った。
「ポスター発表では解剖学や生化学よりも病理学や微生物学、あるいは公衆衛生学というような臨床医学に近いテーマの方が受けがいいんだが、それでも内容が伴ってないと誰にも見て貰えない。公衆衛生学で閑古鳥が鳴いてた先輩も生化学で人を集められてた先輩も両方知ってるから、結局は本人の能力次第だな」
「そうなんですね。僕も先輩方の発表はなるべく全部見るようにします」
「ありがとう! 俺の場合、今年はヤミ子君より人気が出るかが勝負だな。白神君をうちの教室に振り向かせられるよう全力で発表するぞ」
「ははは、期待してます……」
僕が今のところ病理学教室に最も興味があるというのは先輩方のネットワークで既に知られているらしく、マレー先輩もヤミ子先輩には対抗心を燃やしているようだった。
10月下旬には免疫学・微生物学・感染症学の試験があり12月中旬には薬理学と病理学の試験が控えているが、2回生後半の僕にとって最も重要なのは試験勉強ではない。
というのは……
「だからさ、フィリピンでは死にかけたこともあったけど日本では研究できない微生物と直接触れ合えるのは本当に楽しいんだよ。現地の人々と話すのは英会話の練習にもなるし、白神君もうちに来てくれたら国際的に大活躍できるんじゃないか」
「ええ、そうだといいですね……」
2019年9月9日、月曜日。時刻は夕方17時頃。
夏休み明けの9月2日から始まった微生物学教室の発展コース研修で僕は今日もマレー先輩から勧誘を受けていた。
勧誘といっても文芸研究会にはとうの昔に加入しているので、ここで言う勧誘とは部活の話ではない。
「今時はちゃんとワクチンを接種してからじゃないと留学させないから、狂犬病とか破傷風は心配しなくても大丈夫だ。むしろ現地で狂犬病ウイルスの研究をしてみたりしても楽しいんじゃないか?」
「は、ははは……」
7月以来の再会となる物部微人先輩、通称マレー先輩は今月の研修が始まってから僕を微生物学研究者にしようと必死であり最近は会う度に微生物学教室の魅力を語って聞かせられる。
本人的には微生物学研究の面白さを力説されているようなのだが先輩のセンスは常人からは若干ずれているようで、フィリピン留学中にコレラに感染して死にかけた話を聞かされれば微生物学教室への興味は薄れるばかりである。
コレラに感染すると実際どうなるかをここで述べるのはやめておきたいので興味のある人は食事中でない時に自分で調べてみて欲しい。
「白神君は英語は得意かな? TOEFLの点数は覚えてるか?」
「えーと、1回生で受けたやつだと学年50位ぐらいだったような……」
「そうかそうか、まあ母集団が医学生で真ん中ぐらいなら十分だろう。何より英会話はとにかく実践だ!」
「なるほど……」
マレー先輩は元々明るい人柄だが1か月ぶりに再会してからは何故か常にテンションが高い。
7月に破局寸前まで行っていた婚約者の宇都宮美波さんとはあれから仲良くやれているらしいが、そのこととハイテンションに関係があるのかは今のところ不明だった。
8月に病理学教室の紀伊教授から聞かされた通り研究医養成コース2年次転入生の発展コース研修はその教室の研究医生の研究を手伝うのが主な内容であり、その過程で教室の魅力を改めて教わることになる。
実態としては微生物学教室の魅力を教わるというよりもマレー先輩からひたすら勧誘を受けており、来月になれば剖良先輩から解剖学教室へと誘われるのかも知れない。
この生活を来年2月まで続けて、それから来年度以降どの教室に所属するかを決めるのが2回生後半の僕に課せられた最大の使命だった。
「そういえば来週はいよいよ研究医合宿だな。白神君自身は発表しないけどぜひポスター発表を見学して欲しい。俺のはもう見ちゃってるけどな」
「ええ、ぜひ見てみたいです。3回生の研究医生は全員発表されるんですか?」
「3回生についてはそうだ。4回生以上の先輩も何名か来られるけど、高学年になると忙しいから全員は発表しないな」
今週末の土日である9月14日と15日には近畿圏の5大学の医学部が合同で開催する「研究医養成コース合宿」が予定されており、僕も含めて2回生以上の研究医養成コース生は原則として出席が必須になっていた。
この合宿はその名の通り研究医養成コースが設置されている5つの大学(畿内医大・京阪医科大学・西宮医科大学・神山大学医学部・紀州医科大学)が研究医を目指す医学生同士の交流を目的として実施するものであり、主催校である京阪医科大学や研究医養成が盛んな西宮医科大学からは特に多くの医学生が参加するという。
当日のイベントとしては合同ミーティングや食事会に加えて例年の名物企画である各大学の研究医生によるポスター発表があり、僕も先週からマレー先輩のポスター発表の準備を手伝っていた。
ポスター発表というのは自らの研究成果を背景・目的・方法・結果・考察というすべての項目を含めて1枚の巨大なポスターにまとめて発表を行うもので、限られた面積の中で自分の研究の面白さを最大限に伝える必要がある。
マレー先輩は文筆を趣味としているので文章は長くなりがちらしいがそれでも自らの研究成果をグラフや写真も駆使して1枚のポスターに要領よくまとめており、この内容なら当日も人気になりそうだと思った。
「ポスター発表では解剖学や生化学よりも病理学や微生物学、あるいは公衆衛生学というような臨床医学に近いテーマの方が受けがいいんだが、それでも内容が伴ってないと誰にも見て貰えない。公衆衛生学で閑古鳥が鳴いてた先輩も生化学で人を集められてた先輩も両方知ってるから、結局は本人の能力次第だな」
「そうなんですね。僕も先輩方の発表はなるべく全部見るようにします」
「ありがとう! 俺の場合、今年はヤミ子君より人気が出るかが勝負だな。白神君をうちの教室に振り向かせられるよう全力で発表するぞ」
「ははは、期待してます……」
僕が今のところ病理学教室に最も興味があるというのは先輩方のネットワークで既に知られているらしく、マレー先輩もヤミ子先輩には対抗心を燃やしているようだった。
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