104 / 338
2019年7月 微生物学基本コース
104 気分はスマイル
しおりを挟む
愉快な先輩や後輩たちと時間を過ごしているといつの間にか時計は8時18分を指していた。
大講堂の方々の座席に学生や職員さんが着席し始めたので僕もそれに従って椅子に座り直した。
講堂最奥の教壇よりは少し手前に立って、入試広報センター長を務める微生物学教室の松島教授がスピーチを始める。
「えー皆様、おはようございます。本日は医学部の2019年度第2回オープンキャンパスにご協力頂き誠にありがとうございます。前回に引き続き、教職員と学生の力を合わせて頑張って参りましょう。さて、学生諸君には事前にマニュアルのデータを配ってあるし今日も紙媒体で渡してるけど、このオープンキャンパスで最も重要なのは何でしょうか。じゃあ1回生に聞いてみよう、チャラミツ君」
場を和ます意味合いもあってか松島教授は僕の近くに着席している計良君に質問を投げかけた。
「はいっ! そうですねー、やっぱりこの大学を受験したいって思って貰うことじゃないでしょうか?」
「まあ間違ってはいないけど、大正解とは言えないね。次、道心君」
「うーん、受験生や保護者に対してこの大学に関する情報を正確に伝えることですか?」
「ちょっとズレたかな。まあ時間もないから正解を言って貰おうか。山井さん」
松島教授の指名を受け、ヤミ子先輩は颯爽と立ち上がった。
「松島先生の受け売りですけど、オープンキャンパスで一番大事なのはこの大学にいい印象を持ってもらうことです。その結果としてこの大学を受験して頂ければありがたいですけど、まずはそこまで欲張らずにとにかくいい印象を持ってもらうことに専念すべきなんです。そのために必要なのはスマイル。皆さんもこうやって、にっと笑ってみてください」
そこまで話すとヤミ子先輩は不自然にならない範囲で口角を上げ、自然な笑みを意図的に作った。
「ほら男子も恥ずかしがらずに、にって笑って」
「は、はい……」
男子学生の中でもヤッ君先輩は普段からニコニコしているので簡単に口角を上げていたが元々いかつい顔をしている道心君には難しいらしく、必死に口角を上げようとしていた。
「……どうですか? できてます……?」
低い声でそう尋ねたのは黒根さんで、目に隈があり全体的に暗い雰囲気の彼女が口角を上げて笑顔を作っている姿は若干ホラーだった。
「できてるできてる! そんな感じで、お客さんの前では常に笑顔を浮かべてください。オープンキャンパスに来てくれる受験生や保護者はこの大学にある程度興味のある人たちですけど、だからこそ初対面でいい印象を与える必要があるんです。私から言いたいことはこれだけですけどこの心得だけはぜひ守ってください」
ヤミ子先輩はそこまで話すとぺこりと頭を下げて着席し、松島先生や入試広報センターの職員さんたちは先輩に拍手を送っていた。
「それじゃあ今から役割分担表に基づいて移動して貰います。山井さん、チャラミツ君は正門前。薬師寺君、滝藤さんは北門前。解川さん、芦原さんは図書館棟前。それ以外の人はここで設営作業。では頑張って!」
松島教授の指示を受け、大講堂内に集まった14名の医学部生たちはそれぞれ役割に従って動き始めた。
14名の中には全く知らない人も何人かいたが滝藤さんは確か壬生川さんの女子バスケ部の後輩で、芦原さんは2回生でカナやんの友達のはずだ。設営に回る8名の中には東医研のお茶会でお会いしたことのある5回生の渡部先輩もいて、後で一言挨拶しておこうと思った。
設営作業のため大講堂を出て講義実習棟5階の小教室に向かおうとすると、講堂前のロビーで剖良先輩と計良君が何やら話していた。
こっそり近寄って聞き耳を立てると剖良先輩は計良君と向かい合って顔面を凝視し、
「……計良君。あなたが誰にアプローチしたって勝手だけど」
「は、はいっ……」
「二人きりだからってヤミ子に何かしたら、私が許さないから……!」
「ひいっ!」
そう言うと先輩は計良君ににじり寄り、計良君は恐怖で後ずさりしてロビーの壁に背中を打ちつけた。
「白神君、そろそろ5階に行こう」
「あ、すいません。すぐ行きます……」
今の剖良先輩に話しかけるのは色々とまずいと直感し、僕はマレー先輩に従ってそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
大講堂の方々の座席に学生や職員さんが着席し始めたので僕もそれに従って椅子に座り直した。
講堂最奥の教壇よりは少し手前に立って、入試広報センター長を務める微生物学教室の松島教授がスピーチを始める。
「えー皆様、おはようございます。本日は医学部の2019年度第2回オープンキャンパスにご協力頂き誠にありがとうございます。前回に引き続き、教職員と学生の力を合わせて頑張って参りましょう。さて、学生諸君には事前にマニュアルのデータを配ってあるし今日も紙媒体で渡してるけど、このオープンキャンパスで最も重要なのは何でしょうか。じゃあ1回生に聞いてみよう、チャラミツ君」
場を和ます意味合いもあってか松島教授は僕の近くに着席している計良君に質問を投げかけた。
「はいっ! そうですねー、やっぱりこの大学を受験したいって思って貰うことじゃないでしょうか?」
「まあ間違ってはいないけど、大正解とは言えないね。次、道心君」
「うーん、受験生や保護者に対してこの大学に関する情報を正確に伝えることですか?」
「ちょっとズレたかな。まあ時間もないから正解を言って貰おうか。山井さん」
松島教授の指名を受け、ヤミ子先輩は颯爽と立ち上がった。
「松島先生の受け売りですけど、オープンキャンパスで一番大事なのはこの大学にいい印象を持ってもらうことです。その結果としてこの大学を受験して頂ければありがたいですけど、まずはそこまで欲張らずにとにかくいい印象を持ってもらうことに専念すべきなんです。そのために必要なのはスマイル。皆さんもこうやって、にっと笑ってみてください」
そこまで話すとヤミ子先輩は不自然にならない範囲で口角を上げ、自然な笑みを意図的に作った。
「ほら男子も恥ずかしがらずに、にって笑って」
「は、はい……」
男子学生の中でもヤッ君先輩は普段からニコニコしているので簡単に口角を上げていたが元々いかつい顔をしている道心君には難しいらしく、必死に口角を上げようとしていた。
「……どうですか? できてます……?」
低い声でそう尋ねたのは黒根さんで、目に隈があり全体的に暗い雰囲気の彼女が口角を上げて笑顔を作っている姿は若干ホラーだった。
「できてるできてる! そんな感じで、お客さんの前では常に笑顔を浮かべてください。オープンキャンパスに来てくれる受験生や保護者はこの大学にある程度興味のある人たちですけど、だからこそ初対面でいい印象を与える必要があるんです。私から言いたいことはこれだけですけどこの心得だけはぜひ守ってください」
ヤミ子先輩はそこまで話すとぺこりと頭を下げて着席し、松島先生や入試広報センターの職員さんたちは先輩に拍手を送っていた。
「それじゃあ今から役割分担表に基づいて移動して貰います。山井さん、チャラミツ君は正門前。薬師寺君、滝藤さんは北門前。解川さん、芦原さんは図書館棟前。それ以外の人はここで設営作業。では頑張って!」
松島教授の指示を受け、大講堂内に集まった14名の医学部生たちはそれぞれ役割に従って動き始めた。
14名の中には全く知らない人も何人かいたが滝藤さんは確か壬生川さんの女子バスケ部の後輩で、芦原さんは2回生でカナやんの友達のはずだ。設営に回る8名の中には東医研のお茶会でお会いしたことのある5回生の渡部先輩もいて、後で一言挨拶しておこうと思った。
設営作業のため大講堂を出て講義実習棟5階の小教室に向かおうとすると、講堂前のロビーで剖良先輩と計良君が何やら話していた。
こっそり近寄って聞き耳を立てると剖良先輩は計良君と向かい合って顔面を凝視し、
「……計良君。あなたが誰にアプローチしたって勝手だけど」
「は、はいっ……」
「二人きりだからってヤミ子に何かしたら、私が許さないから……!」
「ひいっ!」
そう言うと先輩は計良君ににじり寄り、計良君は恐怖で後ずさりしてロビーの壁に背中を打ちつけた。
「白神君、そろそろ5階に行こう」
「あ、すいません。すぐ行きます……」
今の剖良先輩に話しかけるのは色々とまずいと直感し、僕はマレー先輩に従ってそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ウェブ小説家見習いの第117回医師国家試験受験記録
輪島ライ
エッセイ・ノンフィクション
ウェブ小説家見習いの現役医学生が第117回医師国家試験に合格するまでの体験記です。
※このエッセイは「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。
※このエッセイの内容は一人の医師国家試験受験生の受験記録に過ぎません。今後国試を受験する医学生の参考になれば幸いですが実際に自分自身の勉強法に取り入れるかはよく考えて決めてください。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる