気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
99 / 338
2019年7月 微生物学基本コース

99 気分は衛生的手洗い

しおりを挟む
「中々上手くなってきたじゃないか。今日初めて習って45秒はかなり早いぞ」
「そうですか? 正直、まだ順番すら頭に入ってないんですけど……」

 2019年7月6日、土曜日。時刻は朝10時頃。

 今月の土曜日の午前中はマレー先輩が行うグラム染色を見学させて貰うことになっていて今日はその第1回だった。

 そろそろ買い換えたい白衣を着て講義実習棟4階の大実習室に入り、先輩に渡されたマスクと手袋を着用して器具・試薬の説明を受けた後は手袋を外して衛生的手洗いの指導を受けていた。

 先輩が実演してみせたのを見よう見まねでやってみたが、少ない行程といっても初学者には複雑で中々手早く済ませられない。

「うちの教室で教える分には洗う順番を決めているが、実際に臨床の現場で衛生的手洗いをやる時は結構アバウトで少しぐらい順番が前後しても問題はない。大事なのは決まった手順を守れているかじゃなくてちゃんと両手の隅々まで洗えているかだから、その点も考えて練習を繰り返してくれ」
「分かりました。臨床現場でも使う手技っていいますけどこれなら自宅でも練習できそうですね」

 臨床現場で必要になる手技には縫合や採血など医療機器を用いるものが多いが、衛生的手洗いに関しては流水と石鹸さえあれば実践できるように思えた。


「その通り。9月の試験では衛生的手洗いも当然問われるから、2回生は手技試験が近づくと普段の生活にも衛生的手洗いを取り入れるのが一般的だ。まあ、それが終わればあっさり忘れるんだけどな……」
「やっぱりそうですか……」

 2回生の僕にしても1回生前半の教養科目の記憶は既に薄れており、これから改めて学ぶ機会がなければそのまま忘却の彼方になりそうではある。

 教養科目で学んだ内容に比べると大学受験で勉強したことの方が強く記憶に残っているが、これは再試のある大学の定期試験に比べて大学入試は基本的に一発勝負だからかも知れない。

「といってもこういう手技は身体で覚えるものだから、一度忘れたって復習すればすぐに思い出す。それでも4回生のOSCEオスキーの前にすぐ思い出せるよう今から丹念に練習しておいて損はないぞ」
「確かにそうですね。友達にも伝えておきます」

 まだ2回生なのでCBTやOSCEといった国家試験について真剣に考えている学生は少ないが、それでも今習っていることが国試でも役に立つという情報は有用だろう。

「いい心がけだ。それでは今から実際にグラム染色をやってみる。近くで見たって感染する危険性はほぼないが、ガスバーナーの火を使ったりするから一応離れた場所で見ていてくれ」

 そう言うとマレー先輩は新しい手袋を装着し、僕も同じく装着した上で実験テーブルから距離を取った。


「言い忘れていたが、グラム染色の作業はやって貰えないけど染色後の顕微鏡観察は白神君にも見て欲しいんだ。各種の細菌の染色像は参考書にも載っているがやっぱり自分の目で見ると面白いぞ。それでいいか?」
「もちろん、ぜひ見てみたいです。よろしくお願いします」
「任せろ!!」

 そうしてマレー先輩は白金耳と呼ばれる金属の棒を手に取り、試験管に入った生理食塩水を新品のスライドグラスに1滴垂らした。

 寒天培地に細菌が培養されたシャーレを左手で掴み右手で蓋を取ってから白金耳で細菌をすくい取り、スライドグラス上の水滴に混ぜ込んで乳濁液エマルジョン状に広げるという手順が極めて迅速かつ丁寧に行われ、先輩の表情も真剣そのものだった。


 過度に緊張させないようテーブルから距離を取り目線は真っすぐに先輩の手元を見つめつつ、僕は人生で初めて見るグラム染色を注視していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ウェブ小説家見習いの第117回医師国家試験受験記録

輪島ライ
エッセイ・ノンフィクション
ウェブ小説家見習いの現役医学生が第117回医師国家試験に合格するまでの体験記です。 ※このエッセイは「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※このエッセイの内容は一人の医師国家試験受験生の受験記録に過ぎません。今後国試を受験する医学生の参考になれば幸いですが実際に自分自身の勉強法に取り入れるかはよく考えて決めてください。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...