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2019年5月 生理学基本コース
43 気分はカラオケマニア
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「隔絶されし世界に光を、解き放たれる力は何処……」
階段しかない店舗の3階の最奥にある部屋で壬生川さんがマイクを手に歌っている。
収容定員の4人だとやや狭い部屋も今は余裕があり、黒縁の眼鏡をかけた彼女は肩掛けカバンを座席に置きプロジェクター出力の映像の前に立ったまま絶唱している。
「III! 轟く雷鳴! III! 嵐を裂く剣!」
こういう時に友達の歌が下手だと気まずくなるものだが壬生川さんは素人レベルではあるが相当上手で、激しい曲調のアニメソングにも関わらず高音域で見事に歌い上げている。
原曲を知らないのにアニソンだと分かったのは何故かというとカラオケで時々設定されている原作映像サービスがこの歌にも適用されていたからで、どうもIIIというタイトルの(おそらく最近の)アニメの主題歌らしい。
「己のペルソナを前にして、君も戦士になれ……」
巨大ロボットが高速回転する円盤を射出して怪獣を切り裂き槍の投擲でとどめを刺された怪獣が爆散するアニメ映像をバックに、壬生川さんは最後のサビを歌い終わってマイクを置いた。
仰々しい効果音で画面に採点結果が表示され、ファンファーレとともに96.4点という点数が映し出された。
「すごい、壬生川さんはやっぱり上手なんだね」
「こんなの大したことないわよ。何十回も行ってれば得意な曲ならこれぐらい出せるようになるから」
率直に感想を伝えると壬生川さんはドリンクバーのウーロン茶を飲みながらそっけなく答えた。
ちなみに彼女が飲んでいるのは正確にはウーロン茶を半分ほどコップに注いでからおいしい水で薄めたものだ。
本人曰くウーロン茶は喉の粘膜の油分を奪うため、半々ぐらいに薄めて飲んだ方が歌唱中の喉に優しいらしい。
「はいどうぞ。歌わないの?」
薄型の電子端末を手に取って渡しつつ壬生川さんは次の曲を予約するよう促してきた。
先ほどからお互い交代しながら5曲ずつ歌っており、流行りのJ-POPから今時のアニソンまで幅広く歌う彼女に対して僕は普段からあまり代わり映えしないレパートリーを平均80点ぐらいで歌っていた。
「ちょっと疲れたから休憩したいかな。もう1曲歌っていいよ」
「ああ、そう。あたしもそろそろお昼ご飯にしたいかも」
壬生川さんはそう言うと少し硬めのソファ型座席でうーんと背伸びをした。
彼女も今の状況に幾分緊張しているのかも知れないが、こういうラフな格好をしてもやはり美人だなあと改めて思った。
2019年5月2日、木曜日。時刻は昼の12時少し前。
連休中に行われた生理学教室の初回オリエンテーションの直後、僕は変身と呼べるほどラフな格好に着替えた壬生川さんに訳も分からないまま大学近くのカラオケに連行されていた。
カラオケチェーン店「ジャッカル」の店舗は阪急皆月市駅周辺に3つもあり畿内医大から最も近い2号店には僕も林君などの友達と何度か行ったことがあった。
壬生川さんはこの店を頻繁に利用しているらしく、入店してからの利用手続きは極めて迅速かつ正確だった。
自動受付機を操作しつつ壬生川さんは自分のものに加えて僕にもスマホアプリの会員証QRコードを提示させ、僕の都合も聞かずに3時間パックで部屋を確保した。
彼女は2階のドリンクバーで飲み物を取ってからさっさと3階まで上がり、僕も慌ててそれに追従した。
選ばれていたのは3階の最奥の部屋でちょうどライジングDの最新機種が導入されている部屋だった。
日本で現在流通しているカラオケの機種にはライジングDとサウンドホープの2種類があるが、壬生川さんは前者を好んでいるらしい。
彼女は昨日僕にメッセージアプリで「誰の目にもつかない所で話したい」と伝えてきていたが、カラオケ店の最上階の最奥というのは確かに誰の目にもつかない場所だった。
それならそれですぐに本題に入れるはずだが、最新機種を前にして歌い手の血が疼いたのか彼女は「とりあえず話は歌ってから」と言って絶唱していたのだった。
階段しかない店舗の3階の最奥にある部屋で壬生川さんがマイクを手に歌っている。
収容定員の4人だとやや狭い部屋も今は余裕があり、黒縁の眼鏡をかけた彼女は肩掛けカバンを座席に置きプロジェクター出力の映像の前に立ったまま絶唱している。
「III! 轟く雷鳴! III! 嵐を裂く剣!」
こういう時に友達の歌が下手だと気まずくなるものだが壬生川さんは素人レベルではあるが相当上手で、激しい曲調のアニメソングにも関わらず高音域で見事に歌い上げている。
原曲を知らないのにアニソンだと分かったのは何故かというとカラオケで時々設定されている原作映像サービスがこの歌にも適用されていたからで、どうもIIIというタイトルの(おそらく最近の)アニメの主題歌らしい。
「己のペルソナを前にして、君も戦士になれ……」
巨大ロボットが高速回転する円盤を射出して怪獣を切り裂き槍の投擲でとどめを刺された怪獣が爆散するアニメ映像をバックに、壬生川さんは最後のサビを歌い終わってマイクを置いた。
仰々しい効果音で画面に採点結果が表示され、ファンファーレとともに96.4点という点数が映し出された。
「すごい、壬生川さんはやっぱり上手なんだね」
「こんなの大したことないわよ。何十回も行ってれば得意な曲ならこれぐらい出せるようになるから」
率直に感想を伝えると壬生川さんはドリンクバーのウーロン茶を飲みながらそっけなく答えた。
ちなみに彼女が飲んでいるのは正確にはウーロン茶を半分ほどコップに注いでからおいしい水で薄めたものだ。
本人曰くウーロン茶は喉の粘膜の油分を奪うため、半々ぐらいに薄めて飲んだ方が歌唱中の喉に優しいらしい。
「はいどうぞ。歌わないの?」
薄型の電子端末を手に取って渡しつつ壬生川さんは次の曲を予約するよう促してきた。
先ほどからお互い交代しながら5曲ずつ歌っており、流行りのJ-POPから今時のアニソンまで幅広く歌う彼女に対して僕は普段からあまり代わり映えしないレパートリーを平均80点ぐらいで歌っていた。
「ちょっと疲れたから休憩したいかな。もう1曲歌っていいよ」
「ああ、そう。あたしもそろそろお昼ご飯にしたいかも」
壬生川さんはそう言うと少し硬めのソファ型座席でうーんと背伸びをした。
彼女も今の状況に幾分緊張しているのかも知れないが、こういうラフな格好をしてもやはり美人だなあと改めて思った。
2019年5月2日、木曜日。時刻は昼の12時少し前。
連休中に行われた生理学教室の初回オリエンテーションの直後、僕は変身と呼べるほどラフな格好に着替えた壬生川さんに訳も分からないまま大学近くのカラオケに連行されていた。
カラオケチェーン店「ジャッカル」の店舗は阪急皆月市駅周辺に3つもあり畿内医大から最も近い2号店には僕も林君などの友達と何度か行ったことがあった。
壬生川さんはこの店を頻繁に利用しているらしく、入店してからの利用手続きは極めて迅速かつ正確だった。
自動受付機を操作しつつ壬生川さんは自分のものに加えて僕にもスマホアプリの会員証QRコードを提示させ、僕の都合も聞かずに3時間パックで部屋を確保した。
彼女は2階のドリンクバーで飲み物を取ってからさっさと3階まで上がり、僕も慌ててそれに追従した。
選ばれていたのは3階の最奥の部屋でちょうどライジングDの最新機種が導入されている部屋だった。
日本で現在流通しているカラオケの機種にはライジングDとサウンドホープの2種類があるが、壬生川さんは前者を好んでいるらしい。
彼女は昨日僕にメッセージアプリで「誰の目にもつかない所で話したい」と伝えてきていたが、カラオケ店の最上階の最奥というのは確かに誰の目にもつかない場所だった。
それならそれですぐに本題に入れるはずだが、最新機種を前にして歌い手の血が疼いたのか彼女は「とりあえず話は歌ってから」と言って絶唱していたのだった。
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