気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
39 / 338
2019年4月 生化学基本コース

39 男女の友情必勝法

しおりを挟む
 2019年4月26日、金曜日。時刻は昼12時30分頃。

 畿内医科大学医学部医学科2回生の生島化奈は、ここ最近はいつも上機嫌だった。


 家庭の問題に付き合って貰ったことをきっかけに同級生の白神塔也に惹かれるようになり、先週月曜日には実家の会社である株式会社ホリデーパッチンの株主優待券をお礼として渡していた。

 塔也はとても喜んでくれて、今後もホリデーパッチンには頭が上がらないと言ってから化奈にも「今月の研修が終わっても学生研究仲間としてずっと仲良くして欲しい」と伝えてくれたのだった。


 ただの同級生ではなく、仲間。

 ともすれば女友達の一人として扱われかねないという懸念があった化奈にとってその言葉には何物にも代えがたい嬉しさがあった。


 いつも一緒に昼食を取る陸上部の友人が用事で不在だったため、その日の化奈は珍しく一人で学食に行っていた。

 天ぷらうどんを普通に食べて帰りに図書館棟2階を通った化奈は、向こうから愛しい塔也の声が聞こえてくるのに気づいた。

「……でさー、壬生川さんにいきなり話しかけられてびびったんだけど話を聞いてみると単に学生研究つながりだったんだよ」
「ははは、まあ白神みたいな普通の男に何の用もなく話しかけないよな」

 図書館前のロビーには低めの机と椅子が並んでおり、その一角で塔也と誰かが話していた。

 親友とはいえがさつな返事を口にしているのは塔也の男友達の林庄一郎だろう。

 男友達と一緒なら話しかけてもいいかなと考えつつ、でもどうやって話しかけようと化奈はロビーから死角となる廊下に隠れて迷っていた。

 無意識的に耳を澄ませていると会話の続きが聞こえてきた。


「でもあれだな。白神は最近カナやんと仲良くしてるのにお前からこれといって嬉しそうな話を聞いたことがないぞ」
「へっ?」

 林が不穏な話を始めたと化奈は直感した。

「要するにあれだろ? 壬生川さんは美人だしゴージャスだしセクシーだしグラマーだから話せて嬉しかったけど、カナやんは貧乳だから緊張もしないと」
「いやいやいや、そりゃ壬生川さんはゴージャスな美女でセクシーでグラマーで、ってちょっと重複してる気がするけど……というよりカナやんと仲良くなれたのだって僕は嬉しいよ。あの子は真面目で優しい女の子だから」

 下品な話題を口にする林に塔也は堂々と自分の素晴らしさをアピールしてくれたので、化奈はほっと胸をなでおろしていた。


「じゃあ聞くけどよ、白神は無条件でどちらかを彼女にできるとしたらカナやんと壬生川さんのどっちを選ぶ?」
「それは、まあ、壬生川さんかな」
「だろ? やっぱり男は本能に忠実なもんだよ」


「はあ?」


 頭の中で思うだけのつもりが、化奈は既に口に出してしまっていた。


 そのまま反射的につかつかと歩き出し、化奈は無表情のまま塔也と林が向かい合って話しているテーブルに姿を見せた。

 塔也は発泡スチロールのトレーに入ったメガドンのたこ焼きを、林はコンビニ弁当を食べながら話していたようだが今はどうでもよかった。


「うわっカナやん。どうしたんだよ、いきなり」

 林は何事もないような顔をしているがたらりと冷や汗をかいている。

「は、ははは、さっきの聞いてた……?」

 塔也も引きつった笑みを浮かべているが、昨日まで愛しい異性だった塔也の姿は今の化奈には卑劣な裏切り者にしか見えていなかった。

「聞いてたも何も、あらへんやろが……」

 低い声でそう呟くと、化奈は低い椅子に座っている林の頬を平手打ちにした。

 小柄な身体のどこから生じるのか分からない一撃の威力を受けて林は椅子ごと横向きに倒れた。

 恐怖して椅子ごと後ずさりした塔也を見て化奈はもう一撃をこの男に加えてやろうかと思ったが、


「……っ、ひっく、んぐ……ううっ……」

 どうしようもない悲しさと悔しさと怒りが脳内にこみあげてきて、化奈はその場で泣き出してしまった。


「か、カナやん、大丈夫?」

 本気で心配して立ち上がった塔也に、


「近寄らんといて!!」

 泣きながら怒りの声を上げると、塔也はビデオテープを逆再生するかのように椅子へと戻った。


「もう知らんわ。白神君の変態! 野獣! 裏切り者!!」

 化奈はそう叫びながらそのまま第二講堂につながる廊下を走っていった。

 その直後、第二講堂の机に突っ伏して泣く化奈の姿が目撃され、塔也の評判がしばらく地に落ちたことは言うまでもない。


 男女の友情が成り立つかどうかには諸説あるが、お互いがお互いを恋愛対象として見ないことが成立の必要条件なのではないだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ウェブ小説家見習いの第117回医師国家試験受験記録

輪島ライ
エッセイ・ノンフィクション
ウェブ小説家見習いの現役医学生が第117回医師国家試験に合格するまでの体験記です。 ※このエッセイは「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。 ※このエッセイの内容は一人の医師国家試験受験生の受験記録に過ぎません。今後国試を受験する医学生の参考になれば幸いですが実際に自分自身の勉強法に取り入れるかはよく考えて決めてください。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...