158 / 181
第5部 天然女子高生のための真そーかつ
第141話 ボディポジティブ運動
しおりを挟む
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)
ある日の放課後、同じクラスの漫研部員である宝来遵さんに借りていた漫画を返しに漫研部室のある文化部棟に寄った私は、最上階から聞こえてきた歌声が気になって階段を上った。
「模試の時から~~100点を取り~~ボクらが~目指した~志望校~は~~あぁ~~」
「流石はカラオケ部の部長、男性の低音の歌でも上手だね。私は高音はおろか低音でもいまいちで……」
「石北さん、それに寒下さん、カラオケの練習されてるんですか?」
4階最奥の部室ではある程度の防音が施された部屋の中で同じクラスの石北香衣さんがマイクを手に歌っており、この部室は彼女がつい先日設立したというカラオケ部の部室らしかった。
石北さんの横では学生食堂調理師長の寒下丹次郎さんが腕を組んでモニターの採点画面を見ており、生徒でも教員でもない寒下さんは何らかの理由でこの部室を訪れたようだった。
「ああ、野掘さん。今日はカラオケ部の練習の日じゃないんだけど、寒下さんからカラオケの練習に付き合って欲しいと頼まれてね。学食の食事券2000円分と引き換えに指導を引き受けたのさ」
「今年の教職員の忘年会には私も呼んで頂けることになったんだけど、実は昔からカラオケというのが苦手で、娘からはパパとはカラオケに行きたくないとまで言われてしまう次第なんだ。実際に聴いて貰えば早いから、一曲入れるね」
「分かりました。……ああー……」
寒下さんはモニターのリモコンを操作すると一昔前の歌謡曲を予約して歌い始め、確かにカラオケ愛好家の石北さんでもアドバイスに苦労しそうなほど寒下さんは音痴だった。
「忘年会は二次会のカラオケが恒例行事らしいから今のうちに少しでも練習しておきたいんだけど、指導して貰ってこの上達度ではどうにも厳しそうだね。でも私はまだまだ練習を続けるよ」
「寒下さん、指導を引き受けておいて何ですが、カラオケは採点で高得点を取るのが偉いとか得点が低ければ恥ずかしいとかいうものではなくて、自分自身が楽しく歌ってこそだとボクは思いますよ。社会的評価に囚われず自分自身のありのままの体型を肯定するボディポジティブ運動のように、寒下さんも自らのありのままの歌唱力を肯定してみてはいかがですか? そう思って練習した方が結局は得点も上がりますよ」
「確かに、私はカラオケ本来の楽しみ方を見失っていたようだ。よし、今日はあと30分思う存分歌うよ!」
寒下さんはそう言うとそれから30分間自らの思いのままに歌い続け、歌唱力は相変わらずだがカラオケを心から楽しんでいる寒下さんの姿は率直に美しいと思った。
「いやー、石北さんって本当にカラオケの指導が上手だね。得点の良し悪しにこだわってる寒下さんを悩みから解放してあげてたし」
「ははは、ボクは世界中のあらゆる人に心の底からカラオケを楽しんで欲しいだけさ。おっと、お出でになったようだね」
「石北さん、遅くなっちゃってごめんなさい! 忘年会のことでよかったかしら?」
練習を終えた寒下さんが帰っていった後に石北さんと話していると、部室の入り口から硬式テニス部の顧問でもある国語科の金坂えいと先生が入室してきた。
「金坂先生、お疲れ様です。忘年会の二次会のカラオケの際にお願いしたいんですけど、今から言う操作を寒下さんがログインした後に行って欲しいんです。まず、機種がライジングDだった場合は本体にこのコードを入力して……」
石北さんは金坂先生に何かの指示を伝え始め、私もそろそろ帰ることにして部室を後にした。
そして忘年会の二次会で……
「いやはや、寒下さんがこんなにカラオケがお上手だったとは! 先ほどから90点台しか出てませんよ!!」
「教頭先生、私自身も驚きですよ! 普段は良くて70点台前半ですから、自分自身の才能に惚れ惚れします。金坂先生はどう思われます?」
「い、石北さんのご指導のおかげでしょうねー……」
「石北さん、さっき寒下さんが忘年会のカラオケで90点台を連発したって自慢してたんだけど……」
「世の中には知らない方がいい秘密もあるのさ☆」
昼休みに学食で寒下さんから聞いた話を持っていった私に、石北さんはドヤ顔をしながらそう答えたのだった。
(続く)
ある日の放課後、同じクラスの漫研部員である宝来遵さんに借りていた漫画を返しに漫研部室のある文化部棟に寄った私は、最上階から聞こえてきた歌声が気になって階段を上った。
「模試の時から~~100点を取り~~ボクらが~目指した~志望校~は~~あぁ~~」
「流石はカラオケ部の部長、男性の低音の歌でも上手だね。私は高音はおろか低音でもいまいちで……」
「石北さん、それに寒下さん、カラオケの練習されてるんですか?」
4階最奥の部室ではある程度の防音が施された部屋の中で同じクラスの石北香衣さんがマイクを手に歌っており、この部室は彼女がつい先日設立したというカラオケ部の部室らしかった。
石北さんの横では学生食堂調理師長の寒下丹次郎さんが腕を組んでモニターの採点画面を見ており、生徒でも教員でもない寒下さんは何らかの理由でこの部室を訪れたようだった。
「ああ、野掘さん。今日はカラオケ部の練習の日じゃないんだけど、寒下さんからカラオケの練習に付き合って欲しいと頼まれてね。学食の食事券2000円分と引き換えに指導を引き受けたのさ」
「今年の教職員の忘年会には私も呼んで頂けることになったんだけど、実は昔からカラオケというのが苦手で、娘からはパパとはカラオケに行きたくないとまで言われてしまう次第なんだ。実際に聴いて貰えば早いから、一曲入れるね」
「分かりました。……ああー……」
寒下さんはモニターのリモコンを操作すると一昔前の歌謡曲を予約して歌い始め、確かにカラオケ愛好家の石北さんでもアドバイスに苦労しそうなほど寒下さんは音痴だった。
「忘年会は二次会のカラオケが恒例行事らしいから今のうちに少しでも練習しておきたいんだけど、指導して貰ってこの上達度ではどうにも厳しそうだね。でも私はまだまだ練習を続けるよ」
「寒下さん、指導を引き受けておいて何ですが、カラオケは採点で高得点を取るのが偉いとか得点が低ければ恥ずかしいとかいうものではなくて、自分自身が楽しく歌ってこそだとボクは思いますよ。社会的評価に囚われず自分自身のありのままの体型を肯定するボディポジティブ運動のように、寒下さんも自らのありのままの歌唱力を肯定してみてはいかがですか? そう思って練習した方が結局は得点も上がりますよ」
「確かに、私はカラオケ本来の楽しみ方を見失っていたようだ。よし、今日はあと30分思う存分歌うよ!」
寒下さんはそう言うとそれから30分間自らの思いのままに歌い続け、歌唱力は相変わらずだがカラオケを心から楽しんでいる寒下さんの姿は率直に美しいと思った。
「いやー、石北さんって本当にカラオケの指導が上手だね。得点の良し悪しにこだわってる寒下さんを悩みから解放してあげてたし」
「ははは、ボクは世界中のあらゆる人に心の底からカラオケを楽しんで欲しいだけさ。おっと、お出でになったようだね」
「石北さん、遅くなっちゃってごめんなさい! 忘年会のことでよかったかしら?」
練習を終えた寒下さんが帰っていった後に石北さんと話していると、部室の入り口から硬式テニス部の顧問でもある国語科の金坂えいと先生が入室してきた。
「金坂先生、お疲れ様です。忘年会の二次会のカラオケの際にお願いしたいんですけど、今から言う操作を寒下さんがログインした後に行って欲しいんです。まず、機種がライジングDだった場合は本体にこのコードを入力して……」
石北さんは金坂先生に何かの指示を伝え始め、私もそろそろ帰ることにして部室を後にした。
そして忘年会の二次会で……
「いやはや、寒下さんがこんなにカラオケがお上手だったとは! 先ほどから90点台しか出てませんよ!!」
「教頭先生、私自身も驚きですよ! 普段は良くて70点台前半ですから、自分自身の才能に惚れ惚れします。金坂先生はどう思われます?」
「い、石北さんのご指導のおかげでしょうねー……」
「石北さん、さっき寒下さんが忘年会のカラオケで90点台を連発したって自慢してたんだけど……」
「世の中には知らない方がいい秘密もあるのさ☆」
昼休みに学食で寒下さんから聞いた話を持っていった私に、石北さんはドヤ顔をしながらそう答えたのだった。
(続く)
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最近の女子高生は思想が強い ~雇用・利子および女子高生の一般りろん~
輪島ライ
大衆娯楽
東京都千代田区にある私立ケインズ女子高校は本来の意味でリベラルな学校で、在学生には寛容の精神と資本主義思想が教え込まれている。
社会派ドタバタポリティカルコメディ、ここでも開幕!!
※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。
※これは架空の物語です。過去、あるいは現在において、たまたま実在する人物、出来事と類似していても、それは偶然に過ぎません。
※姉妹作「天然女子高生のためのそーかつ」を並行連載中です。(内容に一部重複があります)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!
コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。
性差とは何か?
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる