天然女子高生のためのそーかつ

輪島ライ

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第1部 天然女子高生のためのそーかつ

第16話 違法労働

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 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。


「おはようハムリン。床材が汚れてるからケージごと替えてあげるね」

 ある日曜日の朝。私、野掘のぼり真奈まなは部屋着のホットパンツ姿のまま飼っているハムスターのケージを交換しようとしていた。

「失礼します、この家庭の世帯主はあなた様でしょうか」
「ギャー変態!!」

 ノックもせずに入ってきた弟の正輝まさきに洗い立てのケージを投げつけると、金網かなあみのケージは正輝の顔面に直撃した。

 失神している正輝をとりあえず室内まで引きずると、私は念のため外行きの服に着替えた。


「いきなり何をなさるのですか、私たちローキ星人に敵対の意思はありませんよ」
「ローキ星人? 何か前に聞いたような……」

 少し前、飼っているハムスターに付いていたノミにブラッキ星人という外宇宙の異星人が憑依していたことがあり、その時の記憶によればローキ星人とはブラッキ星人と延々戦争を続けている異星人のはずだ。

「私は今回、日本在住の地球人から無作為に憑依対象を選ばせて頂きました。今日一日身体をお借りするだけですが、もしすぐに憑依を解きたくなったらこの髪の毛を抜いてください」

 そう言うと正輝(に憑依している異星人)は頭から生えている不自然に太いアホ毛を指し示し、この異星人はブラッキ星人よりは腰が低いと思われた。


「ご丁寧にありがとうございます。それで、地球に何のご用ですか?」
「私の母星はブラッキ星人の支配下に置かれた惑星を解放することを目的に戦争を続けているのですが、人民の解放に当たって児童の人権という概念をより深く理解したいと考えています。この惑星の日本という国ではあらゆる児童が労働から解放されていると聞き、この度は子供たちの暮らしぶりを見学させて頂きたく思っています」
「確かに、今の日本では子供は働かなくていいですけど。とりあえずお散歩してみます?」

 人民を解放したがる集団は大体どこか危ないような気もするが、この異星人が地球に来た目的自体は健全そうだった。

 それから正輝(に憑依している異星人)にも手伝わせつつハムスターの飼育ケージを交換すると、私は弟とショッピングに行くふりをして自宅を出た。


「どうしたことでしょう、幼い子供の姿はたまに見かけますが、小学生や中学生と呼ばれる年代の子供を全然見かけません。情報によれば公園という公共の施設に子供たちが集まっているはずなのですが」
「今時は外で遊ぶ子供自体あんまりいませんし、公園も危ないからって遊具が撤去されたりそもそも閉鎖されたりしてますから」

 外宇宙だからかローキ星人が入手した情報は若干古かったらしく、私は残念そうな表情をしているローキ星人を見て少しかわいそうに思った。


「あっ、子供の集団がそこに! ちょっと声をかけてみます」
「はいはい……」

 外見は男子中学生といっても最近は見知らぬ子供に話しかけただけで面倒なことになりがちなので、私は正輝(に憑依している異星人)の近くで見守ることにした。

「君たち、今日は皆でどこかに遊びに行くのかい?」
「お兄さん誰ですか? 僕たち、今から塾に行くんですけど」

 子供たちの見た目は小学5年生か6年生ぐらいで、背負っているリュックサックには私も名前を知っている有名な中学受験塾のロゴマークが印刷されていた。

「じゅ、塾? それは何をしに行く所かな?」
「何をって、受験勉強をしに行く所です。僕たちもう5年生なので、今日は夕方まで合計7時間ぐらい授業があります。平日は大体3時間ですね」
「何だって!? この国の子供たちは1日に5時間から6時間の常勤に加えて放課後1時間の持ち帰り残業、さらには3時間ものパートタイム労働を強いられているのか!?」
「いやまあ、確かにそうとも取れますけど……」

 ローキ星人は小学生の学校の授業と宿題、そして塾通いの時間をすべて労働時間に換算して現代日本の中学受験生の多忙さに驚愕していた。


「6年生になると土日は1日10時間は塾にいますし、僕らも頑張って名門校を目指します」
「いや、君たちは騙されている! この国の子供たちは労働から解放されているなど建前だけで、児童がこれほどの労働を強いられているのは異常だ。こうしてはいられない、ローキ光線で塾の建物を木っ端微塵にイッーーーー」
「あはは、ごめんね。弟が最近中二病ってやつになっちゃって」

 即座にアホ毛を引っこ抜くと異星人に憑依されていた正輝は失神し、子供たちはよく分からない男子中学生と女子高生をかわいそうな目で見ながら塾へと歩いていった。


「あれ、どうしたの姉ちゃん? 何で俺こんな所に?」
「正輝、あんたも少しは勉強頑張りなさいよ……」

 おそらく毎日1時間も勉強していない正輝に、私は中学受験の大変さを改めて認識しながらそう言った。


 (続く)
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