転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N

文字の大きさ
上 下
141 / 223
帰って来た

じゃあ後で!

しおりを挟む
「おー、走ってる走ってる」

 朝飯の片づけが終わって、昼食の準備が一段落したところで窓から外を眺めると、偵察隊の人達が走っていた。

「私もよく走ってたなあ……」

 今だって過去形ではなく、まったくの他人事ごとではない。調理室でご飯作りをしていても、自衛官であることには変わらないし、定期的に訓練に参加することもあるのだから。

「でも、最近じゃ脚力より、絶対に腕力の方が強くなっているわよね」

 大鍋でおかずをかき混ぜたりするのはかなりの重労働。二の腕には、ここに来た時よりも絶対に筋肉がついたと思う。そう思いながら腕を曲げて力こぶを作ってみた。ほら見て、立派な力こぶができた♪

 私の後ろでは、駐屯地内のいろんな部署から派遣されてくる隊員さん達が昼食の準備をしていた。別に私がサボっているわけでも、彼等が懲罰ちょうばつでここに来させられているわけでもない。これも、一応は訓練のうちなのだ。

 どういうことかというと、なにか有事が起きてここの隊員達がてんでばらばらになった時にでも、ちゃんと一人でサバイバルできるように調理技術も身につけさせるという、まあいわば親心みたいなものなんだとか。

 いま作業している彼等も、最初に来た時はそりゃもう使いものにならなくて大変だった。

 まさか自衛隊に来て、誰かにジャガイモの皮のむき方から仕込まなくちゃいけなくなるなんて、私も思いもしなかった。だけど、そんな彼等も今ではなんとか形になるものを作れるようになり、味つけに関しても私が確認すれば良いだけになっていた。すごい進歩でしょ? 鍋をひっくりかえしたくなる衝動をこらえながら、我慢強く指導した自分をほめてあげたい。

「あれ、ペースが遅くなってきた」

 最初は張り切って走っていた一団の、走るスピードがどんどん遅くなっている。もしかしてスタミナ切れ? ああ、やっぱりもっと栄養価が高くて腹持ちのする朝ご飯を用意しなくちゃ駄目かな?

「……でも、後ろについて走ってる人はずっと同じペースで走り続けてるよね」

 人によってエネルギー代謝率はさまざまだし、後ろを走っている人は省エネタイプなのかな。そう言えば見たことのない顔かも。あ、新しく着任した小隊長さんかな?

 そんな私の頭の中の声が聞こえたのか、グループの最後尾を走っていた人がこっちを見た。や、やばい、糧食班がサボっていると思われちゃうよ! 慌てて姿勢を正してみたものの、窓際に立っていたら同じことだって気がついた。な、中に引っ込まなくちゃ!

「わあ」

 後ろに下がろうとしたら、濡れていた床に足をとられて尻餅をついてしまった。よく見ればジャガイモの皮が。どうやらこれで滑ったらしい。

「もう! なんでこんなところにジャガイモの皮?!」

 もしかして私の長靴にでもひっついてきた? 皮をつまむ。そして皮を見つめたところで、その向こう側でこちらを見ている数名の隊員と目が合った。

「ちょっと。そこはこう、なんて言うか、大丈夫ですかって声をかけないまでも、見ないふりをする優しさとか無いんですか?」

 私のムカついた言葉に、慌てて視線を自分達の手元におとす。どうして肩が震えているかな、まったく。あ。

「あ、これってもしかして、私に対する嫌がらせですか?!」

 つまみあげたジャガイモの皮を突き出すと、全員がとんでもないと慌てて首を振った。

「違う違う、嫌がらせなんてとんでもない!」
「そうですよ。ここにきて二ヶ月、ここまで任せてもらえるまで調理の腕が上達できたのは、音無おとなし三曹の指導のお蔭なんです。感謝することはあっても、嫌がらせなんてとんでもない」
「音無三曹がいなくなったら、俺達は美味しいご飯が食べられなくなるじゃないか。嫌がらせする奴は俺達が許さないから……俺達の胃袋のためにも」
「それって喜んでいいんですか?」
「もちろんですよ!」

 そう、私はここの駐屯地の男連中の胃袋を、わしづかみにしているらしい。

「その調子で、新しく来た幹部殿のことも調略ちょうりゃくしてほしいんですけどねえ」
調略ちょうりゃくって、どこの陰謀時代劇ですか」
「だってすっげー怖い人らしいですよ。鬼、悪魔って呼ばれているらしいです。その人が配属された小隊から死人が出るかも」
「えー?」

 俺、ここから戻りたくないなあなんて言い出す人までいる始末。いったい、どんな怖い人がやって来たのやら。

「その人って、どこか別のところから来たベテランさんなんですか?」
「いや。BOCを終えたばかりの若い幹部だよ。今年度うちに来たのは二人なんだけどね、そのうちの一人が、そりゃえげつないぐらい化け物じみているらしいよ。あ、これは人事の知り合いからの伝聞で、俺はまだ会ったことがないけど」
「それって一体どういう……」

 もしかして私の憧れるなんとか兵曹みたいな人なんだろうか? あ、でも彼は特殊部隊の指揮官をしていたベテランで、新米さんではないわよね? ってことはミリオタかぶれの変人とか? ああ、でもそれだったらBOCなんて行かないような気はするし。

「あ、そういえば」

 さっき偵察小隊の一団の後ろを走っていた人も、見たことのない顔だった。ってことは、そのなんとか兵曹もどきさんの可能性もあり?

 気になってもう一度、こっそりと窓から外をのぞいてみる。さっきの小隊はまだ走っていて足元がおぼつかない隊員が何人かいる中で、一番後ろの隊長さんらしき人はまったくさっきと変わらない。どのぐらいの時間を走っているのかわからないけど、なかなかのスタミナだよね。

「もしかしてー、もしかするのかなー?」

 どんな人なのかな? ちょっと興味があるかもしれない。普段は厨房ちゅうぼうの奥に隠れている私も、その新しい小隊長さんは気になる存在になりつつあった。だって憧れのなんとか兵曹だよ? 気になって当然じゃない? ああ、鬼か悪魔だったら困るけど。

音無おとなし三曹、味の確認をお願いします」

 声をかけられたので窓から離れる。

「今日のカレーのできばえはどうでしょうか」

 本日の味つけを任されたのは、この中で一番若い陸士長君だ。この子も、来たばかりの時は、包丁の持ち方からしてどうしようかと思うぐらいだったけれど、今では野菜の皮むきをさせたら右に出るものはいないぐらいなっていた。最近では、捨てる皮を使って細工切りまでするんだから感心してしまう。

 小皿にルーを入れてフーフーしながら味見。うん、素晴らしい。

「うん、おいしいです。もしかして今回が、今までで一番のできじゃないですか? 合格です」
「本当に? やったー! ここにいる間に合格もらえたー!!」

 よっしゃー!と言う感じで両手をあげて喜ぶ陸士長君。ここまで長かったねー、お姉さんも嬉しいよ。

「この調子で夕飯の時も頑張りましょう」
「了解しました!!」

 そういうわけで隊員の皆さーん、本日のお昼ご飯は皆の大好きなカレーですよー!


+++++


 昼食の時間になって、外にいた隊員達が一斉に食堂に戻ってきた。

 さっき私が走るのを観察していた小隊の人達も戻ってきたけど、心なしか顔色が悪い。さらにはその中の大森おおもり二曹と山本やまもと二曹が、ご機嫌ななめな様子でなにやらブツブツと悪態をついている。なになに? あの森永もりながってやつの持久力は化け物か?

 ああ、やっぱりさっきの隊長さんらしき人がケーシーなにがしさんなんだ。遠くからしか見えなかったけれど、どんな人なんだろう? 顔を見たいけど、幹部はこことは違う場所で食事をしているので、残念ながら遠目でしかご尊顔を拝することはできない。

「今日のカレーはうまいな」

 そんな声が聞こえてきて、自分のことのように嬉しくなる。ぜいたくを言うなら、もう少しゆっくり味わって食べて欲しいんだけどなかなかそれは難しい。でも、ここからながめていても、おいしそうに食べてくれているのがわかるから良しとするか。

 そんな感じで慌ただしい食事作りの任務もとどこおりなく終わり、在庫確認を終えると、食器を片づけるという一日の最後の作業に入った。人数が人数だからこれもなかなか重労働な作業だ。所定の場所に食器を片づていると、コンコンとカウンターをたたく音がした。ふりかえると、トレーを持った隊員が立っていた。

「ああ、もう。なんでもう少し早く持ってきてくれないんですか? そりゃあ任務のうちですから片づけますけどね、次の準備もありますし、こっちにも手順ってものがあるんですよ?」
「すまない。名取なとり一佐に呼び出しを受けていて、食べるのが遅くなってしまった」
「そうなんですか? しかられていたのならしかたないですね、こっちに渡してください」
「べつに、しかられていたわけじゃないんだが」
「どちらにしろ呼び出しを食らったんでしょ? 似たようなものですよ」

 そう言いながら、その人が立っているところに足早に向かう。

「……あまり見かけない顔ですね?」

 と言いながら、階級章に目をやって飛び上がった。二尉ってことは幹部! 幹部がどうして食器を自分で運んでくるの?! こういうことって下の子達がすることなんじゃ?!

「あ、失礼しました! 幹部のかたとは知らずに」
「いや、かまわない。遅くなったのは事実だから。ところで、ここでは君がすべて食事を作っているのか?」

 カウンターにトレーを置くと少しだけこちらを覗き込むように身を屈めてから尋ねてきた。

「ここは民間に委託してませんからね。糧食班には、駐屯地内の色んな部署から隊員が派遣されてくるのは御存知でしょう? 彼らが慣れるまでは私がしますが、ある程度任せられるようになったので、今はほとんど彼らが作ってますよ。お口にあいませんでしたか?」

 心配になって思わず聞いてしまった。

「いや、うまかったよ」
「そうですか、それは良かった。今日は新人陸士長君会心のできでしたからね。幹部の人にほめてもらったって知ったら喜びます」

 食器をシンクに運んでから、その人がまだそこに立っていることに気がついた。

「あの、まさかご飯のおかわりがしたいとか、言いませんよね?」
「あるのかい?」
「残念ながら完食御礼です。幹部のかたなら営外住みで自由に出来るんだから、色々と自宅に備蓄はしてるんでしょう? まだお腹が寂しいならそれを食べてください」

 私の言葉に、その人がおかしそうに笑った。真面目な顔をしている時はちょっと怖そうな感じではあったけど、笑うと急に可愛くなっちゃうのね、意外なギャップだ。

「そう言えば、昼間のカレーはうまかったな」
「ここは毎週水曜日がカレーの日なんですよ、昼だったり夜だったり、まちまちですけど」

 陸自カレーに関しては、海自カレーとは違って全体で曜日が統一されているわけではないのだ。

「そうか。じゃあ、来週の水曜日をまた楽しみにしているよ」
「ここはカレーしかおいしくないって言われてるみたい」
「そんなことはないさ。朝飯もうまかったし、この夕飯もうまかった」
「なら良いんですけどね」
「じゃあ。二度手間をかけてもうしわけなかった」
「いいえ。次からはできるだけ時間内に食べてくださいね。そうしたらカレーのおかわりにありつけるかも」

 頑張るよと笑いながら立ち去ろうとしたその人は、急に立ち止まってふりかえった。

「ところでそっちの名前は?」
「私ですか? まさか無礼な口振りを上に告げ口するとか」
「そんなことはしないよ。社交辞令の一環として」
「なら良いんですけど。音無です、音無三等陸曹です。そちらのことをおうかがいしても?」
「森永だ」

 あ、つい最近その名前を聞いた覚えが。

「ああ、ケー」

 ケーシーなにがしと言いかけて、あわてて口をつぐんだ。

「ケ?」
「いえ。新しく着任された小隊長のお一人なのかなと」
「ああ、そうだ。これからはしばらく俺の胃袋がお世話になると思うけどよろしく」

 こうして私は、気になるケーシーなにがし的な小隊長さんと対面することができた。

「……思っていたより細身で小柄だったかな」

 映画と現実をごっちゃにしたら駄目だよって話だよね。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

処理中です...