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24.天音に打ち明ける
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告白した恋に対する雅親の答えは「友達から」だったので、正式には交際ではないのではないかと恋は思うのだが、雅親の中ではそれでも交際らしかった。
雅親が望んでいないのならば何もするつもりはないが、恋も健全な二十代の男性なので、したい気持ちはある。男性同士のカップルでは最後までしないこともあるらしいが、それにしてもハグくらいは許されたいし、キスもできればしたい。
こういうことこそ、天音の言っていた、雅親は恋愛をしたくないのかもしれないということならば、恋はしっかりと自分を制していかなければいけないと思っていた。
雅親が望まないことはしたくない。
それに男性同士となると、どっちがどっちをするかというのも問題にはなってくる。
雅親は肉体関係を望むようなことは考えていないようなのだが、恋の方は考えてしまうから、どっちがどっちをするかを思い浮かべないわけではない。
こういうのがいけないのだと分かっているが、恋は健全な二十代の男性なのだ。欲望があっても仕方がない。
邪念を払いつつ、迎えに来た天音の車に乗り込むと、天音が正面を向いたまま恋に言った。
「弟から連絡がありました。あなたとのことについて話したいって」
「雅親さん、天音さんに連絡してくれたんだ」
「昨日、弟と一緒に過ごしたんですか? それで何があったんですか?」
「詰問口調にならないでよ。雅親さんと一緒にちゃんと説明するから」
これから先も雅親と関係を続けていくのならば、天音には味方になってもらわなくてはいけない。天音の助けがなければ、雅親との関係もやっていけると思えない。
雅親は恋との関係を公にするつもりがあると言っていた。それに関しても、天音の助けが必要なのは間違いなかった。
「雅親さん、鰻があまり好きじゃないんだね」
「弟から聞いたんですか?」
「昨日一緒に食べたの。僕の好物だって知っててくれて、雅親さんが食べようって言ってくれたんだけど、雅親さんはあまり食が進んでなくて、聞いてみたらそうだった」
昨日のことを思い出すと恋は表情が作れなくなる。
自分ではあまり好まないものを、雅親は恋が好きだからと食べさせてくれた。恋が好きなものを、自分が好まないのに食べさせるだなんて、愛情を感じても仕方がない。
雅親は恋に対して愛情を持っている。
雅親も自覚がないようだが、舞台二日目に出た記事に怒りを感じたのだって、好きでもない鰻を恋に食べさせるために一緒に食べたのだって、愛情がなければできないことだと恋は思う。
好きと思っているのは恋だけかと考えていたら、雅親の方も意外と恋に気持ちが傾いている気がしていた。
勢い余って恋が雅親を抱き締めてしまったときには、胸を押されて嫌がられてしまったが、その後に恋の胸の柔らかさに雅親が驚いていた。恋は雅親が好きなのでどこに触られても構わないと思うのだが、胸に触られて柔らかいという感想を持たれるとは思わなかった。
「にやけてますね……気持ち悪いです」
「ちょっと、天音さん、僕に対する態度が酷くない?」
「自分の弟と担当の俳優がどうにかなるって想像すると、どうしても……」
ミラー越しに見える天音の顔は複雑そうだ。
恋愛からほど遠いと思っていた弟の雅親が、不倫でスキャンダルになったような担当俳優の恋と恋愛関係になるのは信じられないのだろう。
不倫のことは本当に天音にも雅親にも迷惑をかけたと思っているが、恋はスキャンダルのせいで雅親と出会えたことに感謝したいくらいだった。
舞台の反省会を終えて、天音は雅親のマンションに恋を連れて行った。雅親のマンションの部屋に入ると、雅親が紅茶を用意して待っていてくれている。
「マスカットダージリンだ」
「覚えたんですね」
爽やかなマスカットの香りと、薄い水色の紅茶の銘柄を、恋はしっかりと覚えていた。
ソファに座ると天音が半眼になっている。
「姉さん、私は馨さんと……」
「僕から話したい。天音さん、僕は雅親さんと友達からお付き合いをすることになって、そのことを公にしたいと思ってる」
雅親の言葉を遮って恋が言うと、天音が顎に手を当てて考えている。
「前の不倫のスキャンダルから二か月しか経ってないんですよ? 舞台の二日目には、弟とあなたであることないこと書かれたのを忘れたんですか?」
「あることないこと書かれたからこそ、真実を明らかにしておきたいと思うんです」
「二度とあんな風に書かれないようにしたいんだ」
眉間にしわを寄せる天音に、雅親と恋で真剣に伝える。
長くため息をついて、天音が紅茶を一口飲んだ。
「まさくんが恋愛をするなんて思わなかった」
「私も、自分が恋愛をできる人間だったとは知らなかったです」
「まさくんは、逆島さんのこと、どう思っているの?」
雅親に話が向けられて、恋は口出しできなくなる。
逡巡してから、雅親が口を開く。
「最初は手に負えない相手だと思いました。でも、一緒に暮らすうちに、馨さんの素直さや純粋さ、私が教えることに対して誠実に向き合う姿勢に印象が変わりました。映画を見直して、舞台を見て、馨さんは素晴らしい俳優だと思います。演技でなんでもできる俳優が、私の前だと演技もできなくなってしまうのを見て、胸の中に愛しさのようなものが生まれました」
それは恋も聞いたことのない話だった。雅親がそんな風に想っていてくれただなんて知らなかった。
「すぐに恋人になるというのは難しいですが、友達からなら始められると思って、そう返事をしました」
「いずれ恋人になることを前提とした友達、なのね」
「私はそのつもりです」
「本当に、雅親さん?」
「そのつもりでしたが、通じてなかったですか?」
「全然通じてなかった。友達とかいうから、僕は振られたのかと思った」
そこまで深く雅親が恋のことを考えてくれていただなんて思いもしなくて、恋は驚いていた。
「それで、その『馨』って?」
「僕の本名だよ。雅親さんにはそう呼んでほしくて」
「そこまで話が進んでいるなら、私が口出しすることじゃなかったですね。悪かったです。弟が恋愛をしたくないのに、逆島さんが弟の優しいところに付け込んだのかとか、お節介なことを考えてしまっていました。ごめんなさい」
完全に反対されると思っていただけに、天音の態度が軟化したことには恋は安心していた。
「関係を公にしたいと思っている」
「私もその方がいいと思っています」
「まだ『友達』なんでしょう? これからどう転がるか分からないですよ?」
「でも、馨さんの今後のキャリアを考えると、私の原作の作品に出演するにあたって、二度とあんな記事が出ないようにはっきりとさせておきたいのです」
舞台二日目に出た記事に関しては、雅親はかなり根に持っているようだ。恋も怒りを覚えたが、穏やかを通り越して感情の起伏がほとんどないように見える雅親がそんなに怒ってくれたことが恋にとっては不謹慎かもしれないが嬉しかった。
「関係を公にすることについては、こちらの事務所とまさくんの出版社でも話し合いをしないといけないと思うのよね」
「それは当然ですね」
「僕も話し合いに加わりたい」
「当事者が出てくると面倒なことになりやすいから、まずは私とまさくんの編集さんに任せてくれた方がありがたいですね」
当事者だからこそ意思をはっきりと伝えたいのだが、それは天音にとっても雅親の編集にとっても迷惑をかけることになりそうなので恋は我慢して引くことにした。
「結婚会見というわけじゃないんだし、交際なら公にすることもないとは思うんだけど、二人はそれじゃ納得できないんですよね」
舞台二日目の記事があったからか、雅親は最初から関係を公にすることを望んでいたし、恋は隠すことなど何もないから関係が公になっても構わないとは思っていた。
「考えてない、わけじゃないです」
「まさくん?」
「私にとっては、愛だの恋だの言われてもよく分からないけれど、家族は理解できます。だから、馨さんと家族になることを考えてないわけではないんです」
「それって、結婚!? いや、この国ではまだ同性婚は認められてないから、パートナー制度? それとも養子縁組?」
「公正証書を作るという手もあります」
「雅親さん、そこまで考えてたの!?」
先走っているのは天音かと思っていたが、公正証書まで持ち出してきた雅親に、そこまで考えていてくれたのかと恋は抱き締めたい気分になる。抱き締めたら雅親は嫌がるだろうし、天音の前でそんなことはできなかったが。
「そのつもりなら、お姉ちゃん、まさくんを全力で応援する!」
手の平を返すようなことを言う天音も、ずっと雅親が心配で、雅親のことを心から思っていたのだろう。
「乗り込みましょうか、逆島家!」
息子さんをください、をされるのはもしかして自分の方なのか。
恋はやっとその可能性に気付いていた。
雅親が望んでいないのならば何もするつもりはないが、恋も健全な二十代の男性なので、したい気持ちはある。男性同士のカップルでは最後までしないこともあるらしいが、それにしてもハグくらいは許されたいし、キスもできればしたい。
こういうことこそ、天音の言っていた、雅親は恋愛をしたくないのかもしれないということならば、恋はしっかりと自分を制していかなければいけないと思っていた。
雅親が望まないことはしたくない。
それに男性同士となると、どっちがどっちをするかというのも問題にはなってくる。
雅親は肉体関係を望むようなことは考えていないようなのだが、恋の方は考えてしまうから、どっちがどっちをするかを思い浮かべないわけではない。
こういうのがいけないのだと分かっているが、恋は健全な二十代の男性なのだ。欲望があっても仕方がない。
邪念を払いつつ、迎えに来た天音の車に乗り込むと、天音が正面を向いたまま恋に言った。
「弟から連絡がありました。あなたとのことについて話したいって」
「雅親さん、天音さんに連絡してくれたんだ」
「昨日、弟と一緒に過ごしたんですか? それで何があったんですか?」
「詰問口調にならないでよ。雅親さんと一緒にちゃんと説明するから」
これから先も雅親と関係を続けていくのならば、天音には味方になってもらわなくてはいけない。天音の助けがなければ、雅親との関係もやっていけると思えない。
雅親は恋との関係を公にするつもりがあると言っていた。それに関しても、天音の助けが必要なのは間違いなかった。
「雅親さん、鰻があまり好きじゃないんだね」
「弟から聞いたんですか?」
「昨日一緒に食べたの。僕の好物だって知っててくれて、雅親さんが食べようって言ってくれたんだけど、雅親さんはあまり食が進んでなくて、聞いてみたらそうだった」
昨日のことを思い出すと恋は表情が作れなくなる。
自分ではあまり好まないものを、雅親は恋が好きだからと食べさせてくれた。恋が好きなものを、自分が好まないのに食べさせるだなんて、愛情を感じても仕方がない。
雅親は恋に対して愛情を持っている。
雅親も自覚がないようだが、舞台二日目に出た記事に怒りを感じたのだって、好きでもない鰻を恋に食べさせるために一緒に食べたのだって、愛情がなければできないことだと恋は思う。
好きと思っているのは恋だけかと考えていたら、雅親の方も意外と恋に気持ちが傾いている気がしていた。
勢い余って恋が雅親を抱き締めてしまったときには、胸を押されて嫌がられてしまったが、その後に恋の胸の柔らかさに雅親が驚いていた。恋は雅親が好きなのでどこに触られても構わないと思うのだが、胸に触られて柔らかいという感想を持たれるとは思わなかった。
「にやけてますね……気持ち悪いです」
「ちょっと、天音さん、僕に対する態度が酷くない?」
「自分の弟と担当の俳優がどうにかなるって想像すると、どうしても……」
ミラー越しに見える天音の顔は複雑そうだ。
恋愛からほど遠いと思っていた弟の雅親が、不倫でスキャンダルになったような担当俳優の恋と恋愛関係になるのは信じられないのだろう。
不倫のことは本当に天音にも雅親にも迷惑をかけたと思っているが、恋はスキャンダルのせいで雅親と出会えたことに感謝したいくらいだった。
舞台の反省会を終えて、天音は雅親のマンションに恋を連れて行った。雅親のマンションの部屋に入ると、雅親が紅茶を用意して待っていてくれている。
「マスカットダージリンだ」
「覚えたんですね」
爽やかなマスカットの香りと、薄い水色の紅茶の銘柄を、恋はしっかりと覚えていた。
ソファに座ると天音が半眼になっている。
「姉さん、私は馨さんと……」
「僕から話したい。天音さん、僕は雅親さんと友達からお付き合いをすることになって、そのことを公にしたいと思ってる」
雅親の言葉を遮って恋が言うと、天音が顎に手を当てて考えている。
「前の不倫のスキャンダルから二か月しか経ってないんですよ? 舞台の二日目には、弟とあなたであることないこと書かれたのを忘れたんですか?」
「あることないこと書かれたからこそ、真実を明らかにしておきたいと思うんです」
「二度とあんな風に書かれないようにしたいんだ」
眉間にしわを寄せる天音に、雅親と恋で真剣に伝える。
長くため息をついて、天音が紅茶を一口飲んだ。
「まさくんが恋愛をするなんて思わなかった」
「私も、自分が恋愛をできる人間だったとは知らなかったです」
「まさくんは、逆島さんのこと、どう思っているの?」
雅親に話が向けられて、恋は口出しできなくなる。
逡巡してから、雅親が口を開く。
「最初は手に負えない相手だと思いました。でも、一緒に暮らすうちに、馨さんの素直さや純粋さ、私が教えることに対して誠実に向き合う姿勢に印象が変わりました。映画を見直して、舞台を見て、馨さんは素晴らしい俳優だと思います。演技でなんでもできる俳優が、私の前だと演技もできなくなってしまうのを見て、胸の中に愛しさのようなものが生まれました」
それは恋も聞いたことのない話だった。雅親がそんな風に想っていてくれただなんて知らなかった。
「すぐに恋人になるというのは難しいですが、友達からなら始められると思って、そう返事をしました」
「いずれ恋人になることを前提とした友達、なのね」
「私はそのつもりです」
「本当に、雅親さん?」
「そのつもりでしたが、通じてなかったですか?」
「全然通じてなかった。友達とかいうから、僕は振られたのかと思った」
そこまで深く雅親が恋のことを考えてくれていただなんて思いもしなくて、恋は驚いていた。
「それで、その『馨』って?」
「僕の本名だよ。雅親さんにはそう呼んでほしくて」
「そこまで話が進んでいるなら、私が口出しすることじゃなかったですね。悪かったです。弟が恋愛をしたくないのに、逆島さんが弟の優しいところに付け込んだのかとか、お節介なことを考えてしまっていました。ごめんなさい」
完全に反対されると思っていただけに、天音の態度が軟化したことには恋は安心していた。
「関係を公にしたいと思っている」
「私もその方がいいと思っています」
「まだ『友達』なんでしょう? これからどう転がるか分からないですよ?」
「でも、馨さんの今後のキャリアを考えると、私の原作の作品に出演するにあたって、二度とあんな記事が出ないようにはっきりとさせておきたいのです」
舞台二日目に出た記事に関しては、雅親はかなり根に持っているようだ。恋も怒りを覚えたが、穏やかを通り越して感情の起伏がほとんどないように見える雅親がそんなに怒ってくれたことが恋にとっては不謹慎かもしれないが嬉しかった。
「関係を公にすることについては、こちらの事務所とまさくんの出版社でも話し合いをしないといけないと思うのよね」
「それは当然ですね」
「僕も話し合いに加わりたい」
「当事者が出てくると面倒なことになりやすいから、まずは私とまさくんの編集さんに任せてくれた方がありがたいですね」
当事者だからこそ意思をはっきりと伝えたいのだが、それは天音にとっても雅親の編集にとっても迷惑をかけることになりそうなので恋は我慢して引くことにした。
「結婚会見というわけじゃないんだし、交際なら公にすることもないとは思うんだけど、二人はそれじゃ納得できないんですよね」
舞台二日目の記事があったからか、雅親は最初から関係を公にすることを望んでいたし、恋は隠すことなど何もないから関係が公になっても構わないとは思っていた。
「考えてない、わけじゃないです」
「まさくん?」
「私にとっては、愛だの恋だの言われてもよく分からないけれど、家族は理解できます。だから、馨さんと家族になることを考えてないわけではないんです」
「それって、結婚!? いや、この国ではまだ同性婚は認められてないから、パートナー制度? それとも養子縁組?」
「公正証書を作るという手もあります」
「雅親さん、そこまで考えてたの!?」
先走っているのは天音かと思っていたが、公正証書まで持ち出してきた雅親に、そこまで考えていてくれたのかと恋は抱き締めたい気分になる。抱き締めたら雅親は嫌がるだろうし、天音の前でそんなことはできなかったが。
「そのつもりなら、お姉ちゃん、まさくんを全力で応援する!」
手の平を返すようなことを言う天音も、ずっと雅親が心配で、雅親のことを心から思っていたのだろう。
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