後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
5 / 30
第一部

5.皇帝陛下の要望

しおりを挟む
 アズハル様の取材が終わってから、私は後宮の記録室に向かった。
 まず最初に来るべきはここだったのだ。
 そこには何年に誰が後宮に入って来たか、そして出て行ったかが詳細に記されていた。

 後宮は一度入るとその皇帝陛下が亡くなるか、世継ぎに皇帝の座を譲るまでは妾や側室や正室が出ることはない。
 新皇帝が立てば、後宮は完全に入れ替えられて、新しい男性たちが入って来る。

 皇帝を退いた先帝陛下は、後宮内でも気に入っていたもの数人だけ連れて先帝陛下のための宮に移られる。
 今の皇帝陛下も十九歳で第一子をお産みになられた後で、皇帝の座を譲られた。先帝陛下は先帝陛下の宮で、数名の男性と共に静かに暮らされているという。

 先帝陛下が皇帝の座を降りた時点で後宮は一度解体されて、今の皇帝陛下のために組み直された。

 そのときに一番に後宮に入ったのが、皇帝陛下の従弟のアズハル様だった。
 他に妾を持たず、千里様だけを愛していた皇帝陛下も、従弟で皇族であるアズハル様を断ることはできなかった。

「つまり、アズハル様は六年前にできた後宮に初めて入った方ということですね」
「そうなるな。それから、属国から様々な男性が送られてきて、皇帝陛下はその後も千里様を愛し続けたが、千里様から気を反らせるのではないかと来たのが、イフサーン殿とイフラース殿だ」

 双子で見目麗しいイフサーン様とイフラース様はきっと皇帝陛下も気に入るだろうと送り込まれてきたが、皇帝陛下は全く二人に目を向けなかった。
 それが五年前のこと。

 四年前には蜜の国からニキアス様が送られてきて、ジェレミア様は二年前からこの後宮に加わっている。

「アズハル様が現在二十一歳、イフサーン様とイフラース様が二十歳、ニキアス様が十八歳、ジェレミア様はまだ十五歳なのですか!?」

 実際に会うこともなかったし、側室の年齢までは細かく日の国までは流れて来ていなかったので、私は驚いていた。ジェレミア様が現在十五歳ということは、輿入れの時点では十三歳だったということになる。

「ジェレミア殿は他の側室とは事情が少し違って、人質代わりに連れて来られているからなぁ」
「その辺、詳しく教えていただけませんか?」

 資料を書き写す手を止めて、私はシャムス様に向き直る。シャムス様は記録室の椅子に腰かけた。
 月の帝国は乾いた大地で昼間は蒸し暑いのだが、夜はものすごく冷える。蒸し暑い部屋の中で、資料の保管のために窓も開けられず、私は書き写した紙に汗が落ちないように手拭いで拭っていた。
 上着まできっちり来ているシャムス様はじっとりと汗をかかれている。

「上着を脱いでも構いませんよ?」
「すまない。そうさせてもらおう」

 話し出す前に暑さで苦しんでいそうなシャムス様に促せば、長袖の上着を脱ぐ。
 本来ならば後宮内で女性の騎士が薄着になるなどということはあってはならないのだが、私とシャムス様は特別だったし、協力関係でもあった。
 縫ったときに気付いたのだが、上着には鉄糸が編み込まれていて、防刃の作りになっていてずっしりと重かった。

「ジェレミア殿の生まれた太陽の国は、反乱の多い国で、月の帝国の支配を受けていることを許容できぬ輩がたくさんいる。何度も繰り返される反乱で、月の帝国が太陽の国に攻め入ったこともある。それで、月の帝国の王族は反意がないことを示すために、大事な一人息子のジェレミア殿を後宮に送ったのだ」

 太陽の国と月の帝国との諍いは日の国にも届いていたが、それほどまでとは思わなかった。
 私はメモに書き加える。

 少しだけだが、後宮の側室の立場も分かって来た気がする。

 記録室での調査が終わると、部屋までシャムス様はきっちりと送ってくれた。
 これから私は皇帝陛下のための小説を書かなければいけない。

「素晴らしい物語を期待している」
「シャムス様も読まれるのですね……」
「私も伝達殿の物語はとても気に入っているのだ」

 白い歯を見せて無邪気に笑うシャムス様に、私は書くしかなくなっていた。

 その日書いた物語を、千里様の部屋に呼ばれて、目の前で皇帝陛下とシャムス様が読む。
 皇帝陛下が読んだ後で、シャムス様に渡されて、シャムス様も読んだ後で、皇帝陛下は絨毯の上に座って、刺繍のされたクッションを抱いて悶えていた。

「何なのだ、この胸のときめきは! たまらんではないか! この素直ではない男が、実はずっと年下の教育係を愛していて、身分違い故に告白できず、最終的に言ったのが、『これは主からの命令だ! 私を抱け!』など、何故思い付くのだ! 最高ではないか!」
「それから続く交わりの展開の素晴らしいこと」
「それだ! 本当にエッチで、命令していた男が、よがってしまって、恥ずかしがるのもなんと尊い!」

 皇帝陛下もシャムス様も私が書いた小説にとても満足しているようだった。
 そして、皇帝陛下に私は気付かれてしまった。

「そなた、午前中にアズハルのところに行ったようだな」
「は、はい」
「この高貴で素直ではない男は、もしかして、アズハルがモデルなのではないか?」

 気付かれてしまった!
 ネタがなくて私はアズハル様をモデルにしてしまったのだ。
 皇帝陛下は千里様を寵愛していて、アズハル様のところには通っていないと聞いていたから、油断してしまった。

「お許しください、大事な従弟君をそのような立場にさせるとは」

 土下座で謝ろうとする私に、皇帝陛下はクッションを抱き締めて脚をバタバタと動かした。

「最高ではないかー! 私は気付かなかった。こんなにも胸をときめかす相手が後宮にいたとは!」
「へ?」
「アズハルに恋愛感情はないが、アズハルのような男が抱かれるのが堪らなくよい! そのための取材だったのだな。伝達、よくやった!」
「あ、ありがとうございます?」
「して、次はイフサーンとイフラースか? あの二人はどうなるのだ? あの二人の性格は少ししか知らないが、イフサーンの方が燃えるような赤い目で、情熱的にイフラースを抱きそうではないか? 見目のいい双子が交わる小説を読みたい! 私はあの二人の小説が読みたい! 書け、伝達!」

 興奮している皇帝陛下にものすごいことを言われてしまった気がする。
 取材をしているという名目がこれで完全に成り立ったのはよかったが、これから私は後宮の男性をモデルにした小説を書かされることになりそうだ。

「ナマモノは危険ですから、避けてくださいね。絶対にモデルにしないでください」

 前世の編集さんの声が聞こえる。
 実際に存在する人物をボーイズラブで書くのは前世でも禁じられていた。

「絶対にイフサーンがイフラースを抱くのだ! そうでなければならぬ!」

 はしゃいでいる皇帝陛下に、私は逆らうことなどできなかった。

 千里様が皇帝陛下とシャムス様と私に緑茶を入れてくださる。
 取っ手の付いた小さな可愛いカップに入った緑茶は、運ばれて来る課程で若干発行して若い烏龍茶に近い味わいになっているが、すっきりとしてとても美味しい。
 興奮して喉が渇いたのだろう、皇帝陛下とシャムス様はお代わりをしていた。

「千里の部屋に通えるし、素晴らしい物語も読める。私は幸せだ」
「皇帝陛下、ハウラ殿下と万里はどうしておりますか?」
「ハウラは毎日元気に庭で遊んでおる。乳姉妹ともとても仲がよい。ハウラの乳姉妹もシャムスのようにずっとそばにいてくれるよう、騎士団に入れさせようと思っておる」
「ハウラ殿下は元気なのですね」
「万里は乳母の乳をたくさん飲んで大きくなっておる。最近、掴まり立ちをするようになった」
「それは可愛いでしょうね。会いたいです」

 千里様にとっては、皇太子のハウラ殿下も、皇子の万里殿下も、大事な娘と息子である。特にこの世界では死にやすい息子の万里殿下については、心配でもあるのだろう。

「共に過ごさせてやりたいのだが、後宮で血生臭い事件が起こってしまったからな……。今度、二人を連れて来よう。私とシャムスが一緒ならば安心だ」
「よろしくお願いいたします。ハウラ殿下の顔も長らく見ておりませんし、万里に至っては生まれてから一度も会えておりません」

 後宮での自殺未遂事件は千里様とそのお子様との関係にまでひびを入れていた。
 千里様が安心してお子様と会えるようになる日が一日も早く来るように、私はシャムス様と共に事件解決に努力するつもりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...