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転生したらまた魔女の男子だった件

164.セイラン様とまたたび酒

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「ラーイは美しいものを作るのだな」

 しみじみとセイラン様が呟いた言葉に僕はベッドから飛び起きた。
 一緒にお風呂に入って寝ようとベッドに入ったときの呟きだった。僕がこんなに反応すると思っていなかったのかセイラン様も驚いて起き上がっている。

「セイラン様に褒められました……どうしよう、すごく嬉しい」
「そんなに私はラーイを褒めていなかったか?」
「成績で褒めてくださることはあったのですが、作ったものを褒められたのは……あるけど、美しいと言われたのは初めてな気がします」

 嬉しくてそわそわしてしまう僕の髪をセイラン様が撫でて膝の上に抱き上げる。セイラン様の胸に寄りかかるようにして、僕はうっとりと目を細めた。

「アマリエの結婚式の衣装を作ったときも思っておった。ラーイは美しいものを作るのだと。私は物作りは全くできぬ。何が美しいかもよく分かっておらぬ。だが、ラーイの作ったものは確かに美しいと私の心に響いた」

 言葉を尽くして僕を褒めてくださるセイラン様に僕は誇らしい気持ちになってくる。セイラン様の心を動かすようなものを僕は作れたのだ。

「セイラン様との結婚式には羽織袴を作りますよ」
「羽織袴なのか?」
「え? いけませんでしたか?」

 セイラン様が羽織袴に反対するとは少しも思っていなかったので、僕は挙動不審になってしまう。常に着物を着ているセイラン様ならば羽織袴を望まれると思ったのだ。

「ラーイが華やかな衣装を着られぬのはもったいない気がする」
「でも、僕は男だからドレスは着ませんよ?」
「刺繍の入った衣装なら着るのではないか?」
「それは、そうですけど……結婚式はセイラン様とお揃いがいいのです」

 セイラン様だけ羽織袴で僕だけ刺繍の入った華やかな衣装というのも寂しいではないか。僕が主張するとセイラン様が考えるように顎を撫でる。しばらく考えてからセイラン様が出した答えは僕とセイラン様の折衷案だった。

「紋付き袴に刺繍を施してはいけないということはないのではないか?」

 確かにその通りだ。
 紋付き袴も僕はベーシックな黒を考えていたけれど、色も何色でもいいはずなのだ。羽織に刺繍を施したり、袴を柄物にしてはいけないという決まりは何もなかった。

「セイラン様、それですよ! セイラン様が青のグラデーションの羽織で、僕が白地に刺繍を施した羽織で、袴は金の模様付きでもいいわけです」
「それは華やかでいいな。ラーイもきっと可愛いだろう」
「かわっ……かっこいいと言ってください」
「ラーイは私にとってはずっと可愛いので無理だな」

 くすくすと笑われてしまったが、僕の中ではセイラン様と僕の衣装のイメージは出来上がりつつあった。青のグラデーションの羽織を着たセイラン様は格好いいだろうし、白地に刺繍を施した羽織を着た僕もきっと格好がつくと思うのだ。

「言えばすぐに案が出てくるのは、さすがラーイだな」
「セイラン様との結婚式ですから、真剣に考えもします」
「楽しみにしておるぞ」

 目を細めるセイラン様の胸に抱かれて僕は眠ることにした。

 セイラン様と僕の結婚の衣装の方向性も固まって、少しずつ準備を始めた冬に、セイラン様とレイリ様の元にお酒が奉納された。
 常にセイラン様とレイリ様の元には色んなものが奉納されて来るのだが、そのお酒は特別だということで、異国から取り寄せたという商人が自慢げに語っていた。

「土地神様も飲んだことのない特別なお酒です。きっと気に入ると思います」
「受け取ろう」
「いただきましょう」
「それで、土地神様には来年の我が土地の恵みをもっと増やして欲しいのですが……」
「そなたの土地は十分に収穫がなされているはずだ」
「これ以上を望めば、土地が枯れていきますよ」

 下心があっての酒の奉納に、セイラン様もレイリ様もあっさりとそれを一蹴していた。
 特別なお酒というのはどんなものなのだろう。
 僕は気になっていたが、セイラン様もレイリ様もそのお酒を飲む気はないようだった。突っ返すことはなかったが、完全に受け入れたつもりでもないらしい。

 特別なお酒ということで僕は気になっていたけれど、セイラン様とレイリ様はそれを眷属に振舞うことに決めた。お父さんが受け取りにやって来て、お酒を匂って顔を顰める。

「セイラン様、レイリ様、これはまたたび酒ですよ」
「なに!?」
「僕たちをまたたびで酔わせようとしたのですか」

 セイラン様とレイリ様に分不相応な恵みを望んだだけでなく、あの商人はまたたび酒でセイラン様とレイリ様を酔わせようとしていた。
 そのやり口は気に食わないが、僕はまたたび酒を飲んだセイラン様の反応が気になってしまった。

「お父さん、それ、僕にくれる?」
「ラーイはまだ飲めないだろう?」
「飲めるようになるまで取っておくから」

 僕がお酒を飲めるようになったら、セイラン様と一緒に飲んでもいいかもしれない。そう思って、僕はこっそりお父さんからまたたび酒をもらって部屋に隠しておいた。

 セイラン様は白虎の本性を持っていらっしゃる。
 猫科である白虎はまたたびに酔う性質があるのだ。

 どれだけお酒を飲んでも酔った素振りを見せないセイラン様が酔っている姿を見てみたいという欲が僕にはあった。
 僕だけにしか見せないセイラン様の顔を見てみたかったのだ。

 お正月の夜に僕はセイラン様が寝る準備をしているときに、お酒の瓶を持って部屋に行った。
 僕が一緒に飲めるようになってからと思っていたが、やはりセイラン様の反応が気になってしまったのだ。
 セイラン様は瓶を見てすぐに気付いた。

「それをなぜラーイが持っておる?」
「お父さんにもらいました」
「ラーイはまだ酒を飲めぬはずだが?」
「セイラン様に飲んで欲しいのです」
「なに!?」

 お酒の瓶からはまたたびの香りがするのだろう、セイラン様の表情が険しくなっている気がする。またたび酒と分かっていて飲ませる僕は、性格が悪いのかもしれない。

「セイラン様が酔っているところが見たいのです!」
「それくらいでは酔わぬぞ?」
「へ?」
「あの商人は私とレイリが酔っていい返事をくれると思ったようだが、人間が飲むようなまたたびでは酔わぬ」
「そうなのですか?」
「神族が酔うのは神気を帯びたまたたびだけだ」

 僕の企みは儚く消えてしまった。
 セイラン様は盃を持って来てまたたび酒を飲んでくれたけれど、確かにセイラン様に変化はなかった。

「あの商人の考えが浅かったのだ」
「僕だけに見せるセイラン様の顔があると思ったのにー!」

 悔しがる僕に、セイラン様は巨大な白虎の姿になった。
 白虎の姿でセイラン様は僕の膝の上に頭を乗せる。ごろごろと喉が鳴っていて、白いお腹が見えている。

「これでいいのか? 存分に撫でていいぞ?」
「セイラン様、もふもふ……」

 酔っているわけではないが、セイラン様は僕に甘えてくれている。
 もふもふの毛皮を撫でると、ふかふかですべすべで心地よい。顔をくっ付けて匂いを嗅ぐと、お日様に干した布団に似たいい匂いがする。

「セイラン様、可愛いです」
「私を可愛いと言えるとは、ラーイも肝が据わっておる」
「セイラン様のことが大好きだからですよ」

 もふもふと撫でているとセイラン様がごろごろと喉を鳴らす。手を伸ばして喉の下からお腹までを撫でると、セイラン様が腕を曲げて完全にお腹を見せている。
 これはまさに僕しか見たことのないセイラン様だろう。

「セイラン様、愛してます」
「私もラーイが大好きだ」
「セイラン様……」

 虎の姿で甘えてくれるのは可愛くて嬉しいのだけれど、キスはできない。

「セイラン様、キスをしましょう?」

 結局、キスがしたくなって、僕はセイラン様に人間の姿に戻ってもらったのだった。
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