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転生したらまた魔女の男子だった件
145.キュートアグレッション
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スリーズちゃんのお誕生日にレオくんは今年も大量の苺を持って来てくれた。スリーズちゃんは少し考えてから、苺を箱の中でえり分け始めた。
「にぃに、ねぇね、これ、セイランさまとレイリさまとマオさんに」
「え!? スリーズちゃんがもらった苺だよ?」
「セイラン様とレイリ様とマオお姉ちゃんにもらっていいの?」
食いしん坊で果物が大好きなスリーズちゃんが自分の分が減るのを我慢して、セイラン様とレイリ様とマオさんにお土産を持たせようとしている。そのことに僕とリラは驚いていた。
「セイランさまはにぃにの、レイリさまはねぇねのおよめさんになるんでしょう? マオさんはだいじなかぞくだってにぃにいってるし。わたしのおたんじょうびのおすそわけをしたいの」
ちょっと間違っている。
レイリ様はリラのお嫁さんになるのではなくてお婿さんになるのだが、それはスリーズちゃんには難しいのかもしれない。
スリーズちゃんの心遣いを受け取って、僕はえり分けた大きな苺をウエストポーチの中に入れた。
「レオくん、ことしもありがとう」
「スリーズちゃん、おたんじょうびおめでとう」
「レオくん、だいすき!」
スリーズちゃんがレオくんのそばかすの散る頬にキスをした。
母がキッチンから出て来てスリーズちゃんとレオくんに言い聞かせる。
「キスはとても大事なことだから、大人になってからしたい相手とするのよ」
「わたし、もうじゅっさいよ!」
「スリーズは五歳よ。それに、十歳でもダメよ」
「えぇー!? ダメなの!?」
納得していないスリーズちゃんにレオくんがほっぺたを真っ赤にさせてスリーズちゃんの肩を叩く。
「キスしてくれたのはうれしいけど、おれ、もっとおとなになって、おおきくなってから、スリーズちゃんにキスするよ」
「レオくん!」
「スリーズちゃんのことがだいすきでだいじなら、そうじゃないとダメなんだろ?」
レオくんの方が立派な大人に見えるから不思議だ。小学校一年生ともなるとちゃんとそういう教育もされているのだろう。
「ととのほっぺにキスするのはいーの?」
「エイゼンはお父さんだから」
「かかは?」
「私はお母さんだから」
「レオくんだけダメなの?」
「レオくんだけじゃなくて、他の子もダメよ。こういう大事なことは大人になってからじゃないといけないの」
真面目に母がスリーズちゃんに言っているのを見て、僕も考えてしまった。
社に帰ってから、僕はずっとセイラン様の唇が気になっていた。
苺をもらってきたとマオさんに渡すと、洗ってセイラン様とレイリ様に出している。マオさんの分もあるので、僕とリラはセイラン様とレイリ様とマオさんが食べるのを見守る形になった。
「ラーイも一緒に食べぬか? とても甘くて美味しいぞ?」
「僕は母の家で食べて来ました。スリーズちゃんはセイラン様とレイリ様とマオさんに食べて欲しいのです」
「一緒に食べた方が美味しいではないですか。リラ、おいでなさい?」
「レイリ様がそう言うなら」
リラはレイリ様の膝の上に座って一緒に苺を食べているが、僕はちょっと抵抗があってセイラン様を少し離れた位置から立って見ていた。セイラン様の尖った歯が苺を齧って、苺の瑞々しい果汁が溢れてセイラン様が唇を舐める。
その動作に僕は胸がドキドキとしていた。
もうすぐ僕も十五歳になる。
そろそろセイラン様とキスをしてもいい年齢なのではないだろうか。
僕が泣いてしまったときに、セイラン様は僕の顔じゅうにキスをした。唇にはしてくれなかったけれど、瞼に、頬に、額に触れた唇の柔らかさを僕はもう知っている。
僕はセイラン様とキスをしたい。
春というのに妙に冷える夜があって、僕が目を覚ますと、セイラン様がベッドにいなかった。心細くてセイラン様を探しに行くと、レイリ様と二人で居間で飲んでいる様子だった。
廊下の向こうにいるリラと目が合って、僕はリラを止めていた。
セイラン様とレイリ様が僕の話をしているような気がしたのだ。
物陰に隠れてリラと聞いていると、盃を傾けて飲み干したセイラン様が切ないため息をついている。
「私はおかしいのかもしれぬ」
「どうなさったのですか、セイラン兄上」
「ラーイが可愛くて可愛くて、おかしいのだ」
「それはいつもではありませんか」
セイラン様も僕に関して悩んでいる。
僕は耳を澄ました。
リラも目を見開いて耳を澄ましているのが分かる。
「ラーイを見ると、噛み付いてしまいたくなることがある」
「セイラン兄上は昔から穏やかで、子どもの頃もじゃれ合いをしたことがありませんでしたからね」
「昔はレイリの方がやんちゃであったな。近所の子とじゃれ合っておった」
「可愛いものを見ると、噛み付きたくなる衝動が出るのは白虎族の血なのではないですか?」
大型の肉食獣として、可愛いと思うものに噛み付いてしまいたいと思うのは本能なのではないかとレイリ様は言っている。
「ならば、レイリはリラに噛み付きたいのか?」
「僕にはそういう衝動はありません。リラを甘やかして、お姫様のように大事にしたいですね」
さらりとすごいことを言うレイリ様に、リラが目を輝かせているのが分かる。本当に肉食獣のように夜の闇の中で金色の目がきらりと光ったから、僕はびっくりしてしまった。
声が出ないように口を押えると、セイラン様とレイリ様の話を詳しく聞く。
「可愛くて可愛くて、食べてしまいたい……そんな狂暴な本能が私にあったとはな」
「セイラン兄上がそれだけラーイを愛しいと思っている証でしょう? ラーイに打ち明けてしまえば、そんな恐怖は消え失せますよ」
「ラーイは私を怖がらないだろうか?」
「ラーイはセイラン兄上のことが大好きですよ」
レイリ様に言われてセイラン様が納得している様子なのを見て、僕とリラは暗がりの中で頷き合って部屋に戻った。
部屋でベッドに座っていると、セイラン様が帰って来たのが分かる。僕が起きていることに気付いて、セイラン様は人間の姿のまま僕を抱き締めた。
お酒の匂いが漂ってくる。
「ラーイ、私を怖がらないでくれ。私はラーイが好きなだけなのだ」
「どうしたのですか、セイラン様。僕がセイラン様を怖がるなんてないですよ」
「ラーイが大事で愛しくて堪らないのに、どうして噛み付いて無茶苦茶にしたくなるのであろう……。私も浅ましい獣の本性を持っておるということか」
耳元で囁かれる嘆きに、僕はぞくぞくと興奮していた。
セイラン様がこんなにも感情を露わにするのは珍しい。
「セイラン様、僕も魔女で簡単には死にません。セイラン様の思うようにして下さったらいいのです」
「ラーイ、そなたが成人する日が楽しみなのに、私は怖いのだ。自分がどうなってしまうか分からなくて」
「セイラン様は大丈夫です。僕が死ぬほど噛んだりしません」
手加減ができるはず。
僕の言葉がセイラン様に聞こえたか分からない。
セイラン様は僕を抱き締めたままベッドに倒れて眠ってしまっていた。
翌朝、セイラン様は起き出して僕の顔を見て赤くなった。
「昨日は酒を過ごしてしまったようだ。変なことを口走ったかもしれぬ。忘れてくれ」
「忘れません。セイラン様からの熱烈な愛の告白だと思っています」
「ラーイ!」
忘れてくれという願いに僕がお断りすると、セイラン様はますます赤くなって、恥ずかしかったのか虎の姿になって居間まで歩いて行った。
僕は洗面所で身支度を整えて、朝ご飯を食べて高等学校に行く。
「ラーイ、気を付けて行っておいで」
虎の姿のままで見送りに来てくれたセイラン様に言われて僕は手を挙げて返事をする。
「はい、気を付けて行ってきます!」
「セイラン様、私には?」
「リラも行っておいで」
「はーい!」
リラも手を挙げてセイラン様に返事をしていた。
キュートアグレッションというらしい。
可愛いと思ったものを噛みたくなってしまうような衝動を。
僕はそれを母から聞いた。
「セイラン様も大変ね。ラーイ、噛み痕だらけになったら、アンナマリのところに行くのよ?」
相談した母は笑いながらそう言ってくれた。
「にぃに、ねぇね、これ、セイランさまとレイリさまとマオさんに」
「え!? スリーズちゃんがもらった苺だよ?」
「セイラン様とレイリ様とマオお姉ちゃんにもらっていいの?」
食いしん坊で果物が大好きなスリーズちゃんが自分の分が減るのを我慢して、セイラン様とレイリ様とマオさんにお土産を持たせようとしている。そのことに僕とリラは驚いていた。
「セイランさまはにぃにの、レイリさまはねぇねのおよめさんになるんでしょう? マオさんはだいじなかぞくだってにぃにいってるし。わたしのおたんじょうびのおすそわけをしたいの」
ちょっと間違っている。
レイリ様はリラのお嫁さんになるのではなくてお婿さんになるのだが、それはスリーズちゃんには難しいのかもしれない。
スリーズちゃんの心遣いを受け取って、僕はえり分けた大きな苺をウエストポーチの中に入れた。
「レオくん、ことしもありがとう」
「スリーズちゃん、おたんじょうびおめでとう」
「レオくん、だいすき!」
スリーズちゃんがレオくんのそばかすの散る頬にキスをした。
母がキッチンから出て来てスリーズちゃんとレオくんに言い聞かせる。
「キスはとても大事なことだから、大人になってからしたい相手とするのよ」
「わたし、もうじゅっさいよ!」
「スリーズは五歳よ。それに、十歳でもダメよ」
「えぇー!? ダメなの!?」
納得していないスリーズちゃんにレオくんがほっぺたを真っ赤にさせてスリーズちゃんの肩を叩く。
「キスしてくれたのはうれしいけど、おれ、もっとおとなになって、おおきくなってから、スリーズちゃんにキスするよ」
「レオくん!」
「スリーズちゃんのことがだいすきでだいじなら、そうじゃないとダメなんだろ?」
レオくんの方が立派な大人に見えるから不思議だ。小学校一年生ともなるとちゃんとそういう教育もされているのだろう。
「ととのほっぺにキスするのはいーの?」
「エイゼンはお父さんだから」
「かかは?」
「私はお母さんだから」
「レオくんだけダメなの?」
「レオくんだけじゃなくて、他の子もダメよ。こういう大事なことは大人になってからじゃないといけないの」
真面目に母がスリーズちゃんに言っているのを見て、僕も考えてしまった。
社に帰ってから、僕はずっとセイラン様の唇が気になっていた。
苺をもらってきたとマオさんに渡すと、洗ってセイラン様とレイリ様に出している。マオさんの分もあるので、僕とリラはセイラン様とレイリ様とマオさんが食べるのを見守る形になった。
「ラーイも一緒に食べぬか? とても甘くて美味しいぞ?」
「僕は母の家で食べて来ました。スリーズちゃんはセイラン様とレイリ様とマオさんに食べて欲しいのです」
「一緒に食べた方が美味しいではないですか。リラ、おいでなさい?」
「レイリ様がそう言うなら」
リラはレイリ様の膝の上に座って一緒に苺を食べているが、僕はちょっと抵抗があってセイラン様を少し離れた位置から立って見ていた。セイラン様の尖った歯が苺を齧って、苺の瑞々しい果汁が溢れてセイラン様が唇を舐める。
その動作に僕は胸がドキドキとしていた。
もうすぐ僕も十五歳になる。
そろそろセイラン様とキスをしてもいい年齢なのではないだろうか。
僕が泣いてしまったときに、セイラン様は僕の顔じゅうにキスをした。唇にはしてくれなかったけれど、瞼に、頬に、額に触れた唇の柔らかさを僕はもう知っている。
僕はセイラン様とキスをしたい。
春というのに妙に冷える夜があって、僕が目を覚ますと、セイラン様がベッドにいなかった。心細くてセイラン様を探しに行くと、レイリ様と二人で居間で飲んでいる様子だった。
廊下の向こうにいるリラと目が合って、僕はリラを止めていた。
セイラン様とレイリ様が僕の話をしているような気がしたのだ。
物陰に隠れてリラと聞いていると、盃を傾けて飲み干したセイラン様が切ないため息をついている。
「私はおかしいのかもしれぬ」
「どうなさったのですか、セイラン兄上」
「ラーイが可愛くて可愛くて、おかしいのだ」
「それはいつもではありませんか」
セイラン様も僕に関して悩んでいる。
僕は耳を澄ました。
リラも目を見開いて耳を澄ましているのが分かる。
「ラーイを見ると、噛み付いてしまいたくなることがある」
「セイラン兄上は昔から穏やかで、子どもの頃もじゃれ合いをしたことがありませんでしたからね」
「昔はレイリの方がやんちゃであったな。近所の子とじゃれ合っておった」
「可愛いものを見ると、噛み付きたくなる衝動が出るのは白虎族の血なのではないですか?」
大型の肉食獣として、可愛いと思うものに噛み付いてしまいたいと思うのは本能なのではないかとレイリ様は言っている。
「ならば、レイリはリラに噛み付きたいのか?」
「僕にはそういう衝動はありません。リラを甘やかして、お姫様のように大事にしたいですね」
さらりとすごいことを言うレイリ様に、リラが目を輝かせているのが分かる。本当に肉食獣のように夜の闇の中で金色の目がきらりと光ったから、僕はびっくりしてしまった。
声が出ないように口を押えると、セイラン様とレイリ様の話を詳しく聞く。
「可愛くて可愛くて、食べてしまいたい……そんな狂暴な本能が私にあったとはな」
「セイラン兄上がそれだけラーイを愛しいと思っている証でしょう? ラーイに打ち明けてしまえば、そんな恐怖は消え失せますよ」
「ラーイは私を怖がらないだろうか?」
「ラーイはセイラン兄上のことが大好きですよ」
レイリ様に言われてセイラン様が納得している様子なのを見て、僕とリラは暗がりの中で頷き合って部屋に戻った。
部屋でベッドに座っていると、セイラン様が帰って来たのが分かる。僕が起きていることに気付いて、セイラン様は人間の姿のまま僕を抱き締めた。
お酒の匂いが漂ってくる。
「ラーイ、私を怖がらないでくれ。私はラーイが好きなだけなのだ」
「どうしたのですか、セイラン様。僕がセイラン様を怖がるなんてないですよ」
「ラーイが大事で愛しくて堪らないのに、どうして噛み付いて無茶苦茶にしたくなるのであろう……。私も浅ましい獣の本性を持っておるということか」
耳元で囁かれる嘆きに、僕はぞくぞくと興奮していた。
セイラン様がこんなにも感情を露わにするのは珍しい。
「セイラン様、僕も魔女で簡単には死にません。セイラン様の思うようにして下さったらいいのです」
「ラーイ、そなたが成人する日が楽しみなのに、私は怖いのだ。自分がどうなってしまうか分からなくて」
「セイラン様は大丈夫です。僕が死ぬほど噛んだりしません」
手加減ができるはず。
僕の言葉がセイラン様に聞こえたか分からない。
セイラン様は僕を抱き締めたままベッドに倒れて眠ってしまっていた。
翌朝、セイラン様は起き出して僕の顔を見て赤くなった。
「昨日は酒を過ごしてしまったようだ。変なことを口走ったかもしれぬ。忘れてくれ」
「忘れません。セイラン様からの熱烈な愛の告白だと思っています」
「ラーイ!」
忘れてくれという願いに僕がお断りすると、セイラン様はますます赤くなって、恥ずかしかったのか虎の姿になって居間まで歩いて行った。
僕は洗面所で身支度を整えて、朝ご飯を食べて高等学校に行く。
「ラーイ、気を付けて行っておいで」
虎の姿のままで見送りに来てくれたセイラン様に言われて僕は手を挙げて返事をする。
「はい、気を付けて行ってきます!」
「セイラン様、私には?」
「リラも行っておいで」
「はーい!」
リラも手を挙げてセイラン様に返事をしていた。
キュートアグレッションというらしい。
可愛いと思ったものを噛みたくなってしまうような衝動を。
僕はそれを母から聞いた。
「セイラン様も大変ね。ラーイ、噛み痕だらけになったら、アンナマリのところに行くのよ?」
相談した母は笑いながらそう言ってくれた。
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