土地神様に守られて 〜転生したらまた魔女の男子だった件〜

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
116 / 180
転生したらまた魔女の男子だった件

116.セイラン様のお気持ち

しおりを挟む
 夜中に目が覚めるとセイラン様がいなかった。
 ベッドは冷たく、布団は寒くて、僕は震えて起きてしまった。お手洗いにも行きたいし、セイラン様がいないと眠れない。
 まずお手洗いに行くと、リラも来ていた。
 リラと順番にお手洗いを使うと、リラが小声で言う。

「目が覚めたら、レイリ様がいなかったの」
「僕もセイラン様がいなかったんだ」

 リラもレイリ様がいなくて探しに来たようだ。
 社の居間に近付くと、セイラン様とレイリ様がお酒を飲んでいる。神族は食事をほとんどとらない代わりに、清められたお酒で力を蓄えているところがあるから、夜中に飲むときもあるのだろう。

「レイリさ……」
「しっ!」

 呼びかけてレイリ様のところに走って行こうとしたリラを僕は止める。セイラン様とレイリ様の間に緊迫した空気が流れているような気がしたからだ。

「ラーイに泣かれてしまった。乳を飲むのをやめたくないと」
「僕もリラに泣かれましたよ。乳離れはしたくないと」

 数日前、セイラン様とレイリ様は僕とリラが乳離れできるように、マンドラゴラを育てよと一つの村にお命じになった。村のひとたちは土地神様に捧げるマンドラゴラを育てるのだからと喜んでいた。
 けれど、僕とリラの胸中は複雑だった。

 マンドラゴラを食べるようになればセイラン様とレイリ様のお乳は卒業しなければいけない。もう十三歳になるのだからお乳を飲んでいるのはおかしいと言われそうだが、僕にとってはセイラン様のお乳を飲むのは大事な時間だったし、リラにとってもレイリ様のお乳を飲むのは同じ感覚だっただろう。

 僕は泣いてセイラン様に訴えた。
 乳離れしたくないこと、セイラン様のお乳を飲んでいたいこと。
 セイラン様は納得して、これからもお乳を飲ませてくれるが、対外的にはマンドラゴラで栄養を補っていることにすると決めた。
 多分、リラとレイリ様の間でも同じようなやり取りがあったはずだ。

「ラーイが泣くと、私は胸の辺りがきゅーっとなって、内側から握り込まれたような感覚がして、ラーイの涙を止めてやらねばと思ってしまうのだ。虎の姿でラーイの涙を舐め取ろうとしてしまう」
「セイラン兄上、それはいけません。虎の舌は鋭利で骨についた肉を剥がすほど。ラーイが血まみれになってしまいます」
「そうなのだ。いけないと分かりつつ、私はラーイが泣いているとどうしようもない気持ちになってしまう。どうにかしなければと焦るのだ」

 セイラン様のこのようなお気持ちを聞くのは初めてだった。驚いていると、リラが身を乗り出している。

「分かります。僕もリラが泣いていると胸が痛いのです。リラを泣かせるくらいならば、乳くらい差し出してもいいと思ってしまう」
「私もなのだ。涙を止められるならば何でもしてしまう気がする」
「ラーイとリラが何かはかりごとをするとは思いませんが、利用されれば厄介ですね」
「ラーイとリラには平和であってもらわねばならぬ」
「そのためにも土地を治めて行かねばなりませんね」

 レイリ様とセイラン様が話していると、僕とリラを追い駆けて来た蕪マンドラゴラのシロウと大根マンドラゴラのダイが大きな声を上げた。

「びぎゃ!」
「びょえ!」

 その声にセイラン様とレイリ様の目がこちらへ向く。廊下の壁に隠れていても、鋭い白虎の目は僕とリラを見逃さなかった。
 立ち上がって近寄り、セイラン様が僕を抱き上げる。レイリ様もリラを抱き上げる。

「目が覚めたのか?」
「セイラン様がいなかったから、寒かったのです。お手洗いに行ってこちらを見に来たらセイラン様とレイリ様がいました」
「私がいないと寒かったか。それは悪かった」

 謝ってくれるセイラン様に僕はぎゅっと抱き付く。
 レイリ様もリラに言われている。

「目が覚めたらレイリ様がいないんだもの。寂しかったわ」
「それは悪かったですね。お布団はかけて行ったのですが」
「蹴とばしちゃってたわ。レイリ様、私が寝てる間にお布団をかけてくれてたのね」
「リラは小さな頃からお布団をよく蹴とばす子どもでしたからね」

 盗み聞きしたのはバレていないようだ。
 僕はセイラン様に抱っこされて、リラはレイリ様に抱っこされて部屋に戻った。
 セイラン様の部屋で白虎の姿のセイラン様の胸に顔を埋めて布団を被って眠る。セイラン様の胸はもふもふでとても暖かい。

「セイランさまぁ……だいすきですぅ……」
「私も大好きだ、ラーイ」

 その言葉に嘘がないことを僕は知っている。セイラン様も僕に対して複雑な感情を持っているのだ。それが恋心だときっとセイラン様は気付いていない。

 セイラン様も僕に恋している。
 泣いていたらどうしようもない、何でもしてやりたいくらいの気持ちがある。
 それが分かれば、ますます僕は自分を大事にしなければいけなかった。

 冬休みの間に、僕はフウガくんに誘われた。

「大陸の貴族がこの土地に来てて、狩りをやっているんだって。見に行かないか?」
「狩りを?」

 僕の中で嫌な記憶が蘇る。
 背中から胸とお腹の境目までを貫いた、生物学上の父が放った矢。あれは本当に僕も命を落とすかと思った。
 生物学上の父が僕の大事な妹のリラを狙ったことも許せないし、その矢が僕を貫いたことに関しては、セイラン様も母もものすごく怒っていた。

「大陸の貴族は危ないかもしれない。流れ矢が飛んできて、フウガくんが怪我をしたら、フウガくんのご家族も、コウガくんも悲しむよ」
「流れ矢? 平気だって」
「平気じゃないよ。僕は大陸の弓に撃たれて死にかけたんだ」
「え!?」

 誘って来るフウガくんに打ち明けると、軽い表情だったフウガくんの表情が硬くなる。死にかけたと聞けばそうなるだろう。

「僕の生物学上の父が僕を撃ったんだ。大陸の弓は、僕の背中からお腹側まで貫くほど力が強かった」
「そ、そうなんだな。ごめん、軽率なことを言ってしまって」
「ううん、フウガくんが怪我をしなければそれでいいんだ」

 僕の言葉にフウガくんはちょっと震えているようだった。
 さすがに僕が死にかけた話をリアルにしてしまったらそれは怖かっただろう。
 ものすごい力を持つ大陸の武器はフウガくんには想像できない脅威だった。他にも狩りと聞いて近寄って行った子が怪我をしてはいけない。
 僕は社に戻ってセイラン様とレイリ様に伝えた。

「大陸の貴族がこの土地で狩りをしているそうです。流れ矢に当たるものがいないか心配なのです」

 矢のことになると神経質になるのは僕だけではない。床の上に座って寛いでいたセイラン様も、虎の姿でリラの背もたれになっていたレイリ様も、すぐに立ち上がった。

「その貴族と話をして来よう」
「行きましょう、セイラン兄上」

 飛び立つ寸前のセイラン様に僕が飛び付き、レイリ様にリラが飛び付く。

「連れて行ってください!」
「レイリ様、お願い!」
「落ちるなよ!」

 虎になったセイラン様の背に乗って、リラがトラの姿のレイリ様の背に乗って狩りをしている貴族たちの前に降り立つ。狩りをしている貴族たちは、どこかで見たことのあるような格好をしていた。

「これは、前世のお父さんの国……?」
「そのようだな」

 前世のお父さんの国から来た貴族はセイラン様とレイリ様の前に膝をついて頭を下げている。

「こちらの土地に入らせていただいております。大陸の砂漠の国から参りました」
「この土地を治める土地神だ。この周辺には村もある。ひとに矢の当たることを考えなかったのか!」
「この地で狩りをするつもりなら、先に僕たちに挨拶が必要でしたね」
「お許しください! 狩りはもう致しません!」

 平伏して謝っている貴族に、僕は問いかける。

「あなたの国の国王陛下はどうですか?」
「養子を取られて、養子の君と仲良くしています。この土地には魔女がいると聞いて、好奇心で来てみました」
「僕が魔女です。何か面白いことでも?」
「ま、魔女!? ひぇ!? お許しを!」

 魔女を何か面白いものとでも思っているような物言いが気に食わなくて僕が言えば、貴族は仰け反って謝る。

「さっさと国へ帰るがよい、無礼者め!」

 セイラン様に叱責されて、貴族は慌てて逃げかえっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...