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転生したらまた魔女の男子だった件

106.スリーズちゃんとリラと前世の母に会いに行く

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 スリーズちゃんを連れて、僕は前世の母のところに行くことにした。
 準備をしていると、リラが僕のところにやってくる。

「お兄ちゃん、生まれる前のお母さんのところに行くの?」
「そうだよ」
「スリーズちゃんも一緒?」
「一緒だよ」

 僕が答えると、リラは真面目な顔で僕にお願いする。

「私も連れて行ってもらえないかな?」

 僕が思い込んでいただけで、リラは前世の妹ではないことが分かっている。それでも僕とスリーズちゃんの前世の母に会いたいというのはどういうことなのだろう。

「リラのお母さんじゃないんだよ?」
「分かってるけど、お兄ちゃんとスリーズちゃんのお母さんなのよ。私も会っておきたいわ。小さいときに会っているかもしれないけど、あまり記憶がないのよ」

 僕は生まれたときからの記憶がはっきりとあるが、リラは生まれ変わりではない普通の子どもだったので幼い頃の記憶は忘れてしまっていた。僕の前世の母のこともすっかりと忘れているようだ。
 あのときには僕もリラも小さかったので仕方がない。

「セイラン様、リラも一緒に連れて行っていいですか?」
「構わぬよ。レイリも来るか?」
「リラが行くのならば僕も行きましょうか。リラ、僕の背中に乗っていいですよ」

 思わぬ大所帯で僕は前世の母のところに行くことになった。
 セイラン様がスリーズちゃんを迎えに行って、スリーズちゃんがセイラン様の背中に乗せられて社まで戻ってくる。僕もセイラン様の背中に乗って、スリーズちゃんを前に抱いて、レイリ様がリラを背中に乗せて、孤児院の庭に下り立った。

 孤児院の庭では子どもたちが遊んでいて、僕とリラとスリーズちゃんとセイラン様とレイリ様を見て動きを止める。

「土地神様がいらっしゃってる!」
「お二人共だ!」
「魔女様に教えないと!」

 孤児院の中から前世の母が呼ばれて、急いで庭に出て来た。
 セイラン様の背中から降りて、スリーズちゃんを抱っこして僕は前世の母に近寄る。
 スリーズちゃんが小さなお手手で前世の母を指差している。

「かか! かか! らーよ!」
「もしかして、ライラ?」
「らーよ! かか!」

 前世の母は一目でスリーズちゃんが前世の娘だということが分かったようだ。僕の腕からスリーズちゃんを抱き上げて目に涙を浮かべている。

「生まれ変わったのね……また兄妹として。二人が一緒でよかったわ」
「かか、すち! んぼ、ぱい」
「そうね、さくらんぼのパイがあなたたちは大好きだったのよね。お誕生日にさくらんぼのパイを買いに行って……」
「かか、よちよち」

 思いだしたのか泣いている前世の母の頭をスリーズちゃんが撫でていた。
 涙をおさめて前世の母はセイラン様とレイリ様に声をかけた。

「何もないところですが、お茶くらい飲んでいかれますか?」
「ご馳走になろう」
「リラも話したいことがあるのでしょう」
「私もお邪魔していい?」

 問いかけるリラに、前世の母は「もちろん」と赤い目のまま微笑んだ。
 孤児院には何度も来ているが、中に入るのは初めてだ。
 孤児院の中に入ると、広い食堂に案内された。出されたのは緑茶だった。お茶菓子の代わりに枇杷がお皿に盛ってある。

「孤児院の裏庭で採れた枇杷です。形は小さいけれど、甘いんですよ」

 進めてくれる前世の母に、皮のまま口に入れようとするスリーズちゃんを僕は止めた。スリーズちゃんを止めている間に、前世の母が皮を剝いて種を外してくれる。

「スリーズちゃんは果物が大好きだから」
「今世の名前はスリーズちゃんって言うのね。いいお名前ね」
「あいがちょ」

 皮を剥いて種を外した枇杷をスリーズちゃんは手掴みで食べていた。

「お兄ちゃんとスリーズちゃんの生まれる前のお母さんなのよね?」

 リラがスリーズちゃんと前世の母とのやり取りを見て口を開く。

「そうよ。生まれ変わる前の母親よ」
「私はリラ。ラーイお兄ちゃんの妹で、スリーズちゃんのお姉ちゃんなの。お兄ちゃんとスリーズちゃんのお母さんってことは、私にとってもお母さんみたいなものじゃない?」
「そんなことを考えていいの?」
「私だけ仲間外れは嫌なのよ。お兄ちゃんとスリーズちゃんがここに来るときには、私も連れて来て欲しい」

 僕とスリーズちゃんだけに共通する前世の記憶があって、リラにはなかった。そのことをリラは意外と気にしていたようだ。こんな繊細な思いをリラが抱いていただなんて僕は驚いてしまう。

「私もお兄ちゃんとスリーズちゃんが来るときには来てもいいですか?」

 必死に敬語を使ってお願いするリラに、前世の母が力強く頷く。

「もちろんよ。私はあなたたちを引き離すつもりは全くないのよ」

 前世の母の答えに、リラは安心したようだった。

「お兄ちゃんったら、ずっと生まれる前のことを内緒にしてたのよ。私のことを考えてだったんだけど、ちゃんと話してくれていたら、私が生まれる前の妹じゃないってことが分かったのに」
「それは、ごめん。リラには怖い記憶を思い出させたくなかったんだ」
「そんなに怖かったの?」

 素朴なリラの問いかけに、僕はこくりと頷いた。
 自分が殺される瞬間や、妹が殺される光景を、僕は朧気ながら覚えている。朧気に覚えているだけでこれだけ恐ろしくて、二度と殺されたくないと怖がってセイラン様から離れられなかったのだから、はっきりと思いだしたらどれだけ怖かっただろうと考えるだけで震える。

「死の記憶ははっきりしてないんだけど、ものすごく痛くて苦しくて怖かったのは覚えてる。そんなことをリラには思い出させたくなかった」
「お兄ちゃんはその記憶をずっと一人で抱えていたのね」
「そうだね。スリーズちゃんが今はいるけど」
「もっと早く話してくれてたら、私、お兄ちゃんに『大丈夫よ、全部終わったことだから』って言ってあげられたのに」

 リラはリラで、僕がずっと隠し事をしていたことに不満があるようだった。
 リラの優しい気持ちを受け取って、僕は泣きそうになっていた。
 僕がリラを守っているつもりで、ずっと守られていたのは僕の方なのかもしれない。

「リラ、ありがとう」
「いいのよ。私たち、生まれたときからずっと一緒の双子じゃない」

 お礼を言えばリラはあっさりと答える。
 その様子を見て前世の母がスリーズちゃんに枇杷を剥いてあげながら、感心したような声を上げていた。

「しっかりしたお嬢さんね。これなら、あなたが前世の自分の妹と間違えたのも分かるわ」
「分かる、母さん?」
「あの子もしっかりした子だった」

 前世の僕の妹もしっかりした子で、僕を引っ張っていくようなタイプだったらしい。前世も今世も、僕は妹に助けられている。

「聞いてよ、セイラン様、レイリ様」
「どうしたのだ、リラ」
「何か起きたのですか?」

 社に帰ってから、スリーズちゃんを送って帰って来たセイラン様を捕まえて、レイリ様も連れてきて、リラは怒っていた。

「お兄ちゃんに告白してきた上級生がいたでしょう? その仲間が、お兄ちゃんに陰口を叩くのよ。聞こえるように陰口を叩きながら、二年生の廊下を通って行くの」
「どのような陰口なのだ?」
「それは放っておけませんね」

 興味を示すセイラン様とレイリ様に、僕はことが大きくなりそうな気配に慌てた。

「僕は気にしていないのです。大丈夫です」
「『一人だけの男の子だから女の子を侍らせていい気になってる』とか」
「それは本当か、リラ?」
「ラーイが男の子なのは自分で選んだことではないのに」

 雲行きが怪しくなっているのに気付いて、僕はセイラン様とレイリ様を止めた。

「僕は気にしていないし、実害があるわけではないので平気です。セイラン様もレイリ様も気にしないでください」
「だが、可愛いラーイのことだぞ?」
「それはラーイだけでなく、二年生全体を馬鹿にするような発言ですよ」
「セイラン様もレイリ様も土地神様なのです。子どもの諍いに入って行ったら、ことが大きくなります。僕は気にしていないので、お願いです、忘れてください」

 僕はセイラン様とレイリ様に取り縋ってお願いしたが、セイラン様とレイリ様は納得した顔をしていない。

 これは面倒なことになるかもしれない。

 上級生たちにはこれ以上何も言わないように釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
 僕は明日、高等学校に行ったら、上級生に直に話をしに行こうと決めていた。
 セイラン様とレイリ様が出てくれば大事になるのは間違いない。

「お兄ちゃんは優しいんだから」

 そういう問題ではないのだが、僕はできるだけ穏便にことを済ませたかった。
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