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転生したらまた魔女の男子だった件

104.スリーズちゃんの真実

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 春になって僕は高等学校の二年生に進級した。
 リラも問題なく進級できたし、僕の同級生で進級できなかった子はいなかった。

「ラーイくんのおかげね」
「勉強教えてくれてありがとう」
「すごく助かったわ」

 同級生たちにお礼を言われて僕はちょっと照れ臭かった。
 ナンシーちゃんはお礼に山盛りの苺を母の家に持って来てくれた。

「お父さん、果樹園だけじゃなくて、苺の栽培も始めたのよ。ラーイくんには進級試験でお世話になったって話したら、持って行ってあげなさいって」
「ありがとう、ナンシーちゃん」
「もうすぐ末っ子のスリーズのお誕生日なのよ。スリーズは果物が大好きだから喜ぶわ。ありがとう」
「ちご! ちご!」

 箱に山盛りの苺に興奮してスリーズちゃんはナンシーちゃんの周りを走り回っている。ナンシーちゃんは苺の箱を母に渡してから、スリーズちゃんに手を差し伸べた。

「抱っこしていい?」
「あい!」
「いいわよ。ナンシーちゃんなら、弟がいるから安心だわ」

 本人と母に許可を取ってナンシーちゃんはスリーズちゃんを抱っこした。抱っこされてスリーズちゃんはきゃっきゃと笑っている。

「女の子も可愛いわ! 私、妹も欲しいって言ってみようかな」

 弟がいるがスリーズちゃんの可愛さにナンシーちゃんは妹も欲しいと思ったようだ。可愛いと言われてスリーズちゃんもご機嫌である。

「スリーズちゃんって、言ってることがほとんど分かってるよね?」
「多分、そんな気がするわ」

 ナンシーちゃんが帰ってから僕とリラはスリーズちゃんが賢いことについて話していた。
 スリーズちゃんは僕たちが話していることをほとんど理解しているように見える。スリーズちゃんが賢いのではないかとずっと思っていたが、その核心を得る出来事があった。

「リクにぃに」
「え?」

 二歳を目前に、スリーズちゃんははっきりと口にした。
 ずっと僕のことを「りーにぃに」と呼んでいたが、それはリラの名前と間違えているのだとばかり思っていた。リラは「り」がついているし、僕はラーイで「り」が付いていない。
 しかし、スリーズちゃんは僕を「リク」と呼んだ。

 僕の名前はラーイで「リク」ではない。

 だが、僕は「リク」という名前に聞き覚えがあった。

――前世の僕と妹は何ていう名前だったの?

 前世の名前を僕は覚えていなかった。前世の記憶は鮮明なところと曖昧なところがあって、名前や母の顔や妹の顔などは僕はほとんど覚えていなかった。
 覚えていなかったので僕は過去に前世の母に聞いている。

――前世のことを克明に思いだすのはつらいかもしれないと思って、呼ばないようにしていたのよ。あなたはリク、妹はライラよ。
――僕はリク、妹はライラ。

 前世の母に聞いて僕は前世の自分の名前と妹の名前を思い出したのだ。

――思いだしたよ……母さん。

 あの日のことは僕も忘れていない。

「嘘……!? スリーズちゃんが、ライラ!?」

 生まれたときから一緒だったリラのことを僕は前世の妹だと思い込んでいた。
 リラは前世のことを一言も話さなかったけれど、それは思い出せていないだけだと思っていたのだ。前世はとても幸せとは言えない状況だった。
 魔力が足りなくて体調を崩すことが多かったし、追手からも逃げ回っていた。最終的には追いかけて来た魔女族の長に殺されたのだが、そんな凄惨な記憶を思い出すとつらいだけだからリラには伝えないように気を付けていた。

 この気遣いがいけなかったのかもしれない。

 リラは前世のことなど全く知らないままにこれまで育ってしまった。

「リラ! リラは前世の僕の妹だよね?」
「前世? ぜんざいの仲間?」
「えーっと、生まれて来る前」
「お母さんのお腹の中にいたときは、お兄ちゃんと一緒だったわよ」

 あれぇ?

 何だかリラと話が通じない。
 スリーズちゃんは僕のズボンを引っ張っている。

「リクにぃに、ちやう。すー、らー」
「え!? えぇぇ!?」

 スリーズちゃんが前世の妹だとしたら、僕がこれまで思い込んできたことは何だったのだろう。
 リラに前世の記憶が戻らないように気を付けてきたし、リラのことを守らないといけないとずっと思ってきた。
 リラは絶対に前世から一緒なのだと思い込んでいた。だって、リラは僕の双子の妹なのだから。

「リラは、違うの……!?」

 あまりの衝撃によろめく僕に、スリーズちゃんが足にしがみ付く。

「すー、らーよ!」
「スリーズちゃんが、ライラなの!?」

 それならば、スリーズちゃんが賢いのも分かる。
 スリーズちゃんにも前世の記憶があって、僕と同じで中身が十歳だったならば、生まれたときに燕の姿を選択して、できるだけ自分で動けるようにしていたのも気持ちが分かる。
 十歳の記憶を持って生まれ変わってからの赤子として扱われる姿は、ものすごく屈辱なのだ。

「リラじゃなかった……僕は何のためにずっとリラを守っていたの!?」
「リクにぃに、らーにぃに!」

 前世の僕の妹がもう一度僕の妹として生まれ変わって来てくれたのは嬉しいけれど、ずっとリラだと思っていたからすぐには切り替えられない。にこにこと笑っているスリーズちゃんを抱き上げて僕はじっとその顔を見た。スリーズちゃんは僕に抱き付いてくる。

「まさか十年も間が空いて生まれて来るとは思わないじゃないか。双子だから一緒に生まれ変わると思うじゃないか」

 運命の理不尽さに僕は崩れ落ちそうだった。

 社に帰ってから僕はセイラン様に真実を伝えた。

「リラは前世の妹ではありませんでした。スリーズちゃんが前世の妹です」
「そうであろうなとは思っていた」
「えぇぇ!? 思っていたんですか!?」

 それなら何で教えてくれなかったのだろう。
 僕はあの場で崩れ落ちそうなくらい脱力したし、転げ回りたいくらい恥ずかしかったのに。

「両親がリラの魂にラーイのような輝きは感じないと言っておったし、スリーズの方を気にしておった」
「そういえばそうだった気がします」
「ラーイは聡いから気付いておると思ったのだが」
「全然気付きませんでした」

 セイラン様とレイリ様のご両親はリラには何も感じていなかった。スリーズちゃんには何か感じていた。
 僕の前世の母もリラには何も感じていなかった。

 今になって考えてみると変なところはたくさんあったのだが、僕はそれから目を背けていた。

「嘘でしょう……気付いてなかったのが僕だけなんて」

 セイラン様の膝に取り縋って、僕は脱力していた。脱力する僕の髪をセイラン様が撫でてくれる。目を閉じたら涙が零れそうで、僕は必死に耐えていた。

 リラは前世の妹ではなかった。
 前世の妹はスリーズちゃんだった。
 その事実は母にも伝えなければいけない。

 スリーズちゃんのお誕生日に母の家に行ったときに僕は母にそのことを告げた。

「リラは僕の前世の妹じゃなかったよ。スリーズちゃんが僕の前世の妹だった」

 「リク」という僕の前世の名前を知っていて、自分を「ライラ」だというのならば、間違いなくスリーズちゃんが僕の前世の妹だろう。

「そうじゃないかなと思っていたのよ」
「思ってたの!? なんで言ってくれなかったの!?」

 あっさりと受け入れる母に、僕は詰め寄ってしまった。

「ラーイは思い込んでるみたいだし、言っても聞かないかと思って。スリーズは賢くて手がかからないし、土地神様のご両親から魂の色が違うと言われていたから、そうかなとは思っていたのよ」

 セイラン様とレイリ様のご両親に会ったときに僕は聞いていた。

――セイラン様のお父上、お母上、スリーズちゃんを見て何か感じますか?

 あのときには、スリーズちゃんも前世があるのかどうかを知りたかっただけなのだ。まさか僕の前世の妹だったなんて思いもしない。

――魂の輝きが少し違うような気がするな。
――ラーイと似ていますね。

 思い出してみると、スリーズちゃんの魂の輝きは僕と似ていると言われていた。
 それもそのはず、スリーズちゃんは僕の前世の妹だったのだ。

「スリーズちゃんだったなんて……僕は何のためにリラにこのことを伝えないようにしようとしていたのか!?」
「お兄ちゃん、またぜんざいの話? そんなにぜんざいが好きなら、また作ってあげるから」
「違うー!」

 相変わらずリラは前世を理解していなかった。
 こうなったらリラにも僕の前世のことを話した方がいいのではないだろうか。レイリ様にもはっきりと僕の前世のことは話していない。

「スリーズちゃんお誕生日おめでとう!」
「らーにぃに、りーねぇね、あいがちょ」
「スリーズちゃん、大きくなってね」

 スリーズちゃんは僕がきちんと自分のことを前世の妹と理解したと分かって、呼び方を今世の名前に変えてくれた。この賢さは間違いなく中身が十歳だ。
 僕が前世の年齢を超えるまで悩んでいたことやつらかったことをスリーズちゃんに味合わせないように、これからは気を付けていかなければいけない。

 リラに説明するのは、レイリ様と揃って、社に帰ってからにしようと僕は決めていた。
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