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転生したらまた魔女の男子だった件

95.前世の父と会う

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 人間の姿のセイラン様は大柄な男性よりも頭一つ背が高く、体付きも分厚くてがっしりとしている。王都に入ると白い肌に水色の目、長い銀色と黒の混ざった髪を括ったセイラン様はあまりにも目立った。

「あの偉丈夫は何者だ?」
「どこかの土地の神族か?」
「我らの土地神様は神族が来ていることを知っているのか?」

 警戒されるセイラン様をどうすればいいのか僕は分からなかった。セイラン様が目立ちすぎるのはよくないような気がする。
 先にこの国の土地神様に挨拶はしているが、それが国民の全員に知れ渡っているはずがない。
 悩んでいると、前世の母がセイラン様に布を被せようとしていた。
 前世の母の被せようとしている布では小さすぎて、セイラン様は隠せない。
 僕は虎のポーチを開けた。ポーチを開けると、お父さんが作ってくれた術のかかった水が見えた。

「セイラン様、これを飲みませんか?」
「私が燕の姿になるのか。ラーイはなる必要がなくなったからな」

 犬と鷹の土地神様から王家には話しが行っているので僕は燕の姿になる必要がなくなった。それならば、セイラン様がこの水を飲んで燕の姿になれば目立たないのではないだろうか。
 セイラン様ならば必要なときにはすぐに自分で元に戻れる。

 建物の陰に入って、セイラン様は術のかかった水を飲んだ。小さな燕の姿になったセイラン様は僕の肩に乗ってくれる。
 僕は目深に布を被っていたし、前世の母も布で姿を隠している。肌の色の濃いひとたちが多い中でも、布を被っていれば僕と前世の母ならばそれほど目立たなかった。

 王宮までの道を歩いて行くと途中に市がある。羊の肉がつるして売っていたり、羊の皮が売っていたりする。僕は滑らかな羊の皮に目を取られてしまった。
 羊の皮は加工されたものもあるようだ。
 セイラン様とレイリ様が治める土地では鹿皮がよく使われるが、羊の皮で作られたものを見るのは始めてた。

「少しだけ寄り道していくか?」
「いいのですか?」
「ラーイはあれが気になるのだろう?」

 僕のことは全てセイラン様にはお見通しだった。羊の皮の加工品を見たくてたまらない僕の気持ちにセイラン様は寄り添ってくれる。

「旅のお方かい? ここの羊は毛はほとんどとれないが、皮がしなやかで、他の国でも紳士物の手袋によく使われているんだ」
「この手袋も全部羊の皮なのですか?」
「そうだよ」
「女性ものもありますか?」
「こっちがそうだよ」

 露店で売っている主人が親切に案内してくれる。真っ白な羊の皮の手袋はとても美しくて、縫製も丁寧だった。縫い目の美しさに僕は驚いてしまう。
 皮を加工するときには、先に穴を空けてから糸を通さなければいけない。それがかなりの技術を要するものだということは、僕も裁縫に携わるものとして知っていた。

「お母さんにお土産に買いたいな。リラとスリーズちゃんにはこっちの小物入れのポーチを。お父さんには男性物の手袋を」
「いいと思うわよ」

 お金を持っていない僕のために前世の母がお財布を開いてくれる。いいものなので結構な値段がするので僕は遠慮してしまう。

「母さん、払わせるのは申し訳ないよ」
「いいのよ、あなたを愛してくれているひとたちなんだから。前世で私はあなたにほとんど何もしてあげられなかったわ。今世くらいは何かさせて」

 前世の母が僕の前世で何もしてくれなかったわけではないが、そこまで言われると甘えてしまう。
 母に支払ってもらって、僕は買い物をした。
 ついでにセイラン様とレイリ様のために美しく織られた布も買ってもらう。ここまで来たら完全に甘えることにしたのだ。

 市を抜ければ王宮はすぐそこだった。
 王宮に行けば土地神様から話が通っているのですんなりと通された。

「土地神様から御触れのあった母子だな」
「もう一人いると聞いたが……」
「もう一人はここにいます」
「なるほど。燕の神なのだな」

 警備の兵士たちは肩の上に乗っているセイラン様を燕の神と勘違いしてくれたようだ。兵士たちに連れられて、国王の寝室に行く。
 国王は寝室で窓際の椅子に座って外を眺めていた。テーブルの上には瑞々しい果物と水差しが乗っている。

「土地神様が私のためにそなたを探して来てくれたのか?」
「そういうわけではありません。私の方から参りました」
「顔を見せてくれ……あの頃から全く変わらないな」

 椅子から立ち上がった国王が前世の母に近付いて行く。背が高く、白い服を着た髭を生やした国王は、五十歳前後に見えた。
 皇子の時代に前世の母と関係を持って、前世の僕と妹が生まれたのだから、それくらいの年にもなるだろう。

「私はずっとそなたを探していた。国王として義務で結婚はしたが、妻を愛していない。そなただけを愛している」
「もったいないお言葉で御座います。ですが、私はもう違う人生を歩んでいます。生まれた子どもは双子でしたが、殺されました……。その子たちの供養をすることに残りの人生を懸けたいと思っております」
「殺された!?」

 前世の母の言葉に国王が眉間に皺を寄せる。前世の母は深く頷いた。

「この国と関係があるからではありません。生まれた子は男の子と女の子の双子で、魔女族では男の子が生まれると災厄の子として処分される因習があったのです。今はなくなりましたが」

 説明する前世の母に、国王が僕の方を見た。布で目深に顔を隠しているが、僕はびくりと肩を震わせてしまう。
 濃い肌の色に黒髪に黒い目。前世の父なのだから、今の僕と似ているところがあるはずがない。

「その子は私の子ではないのか?」
「違います。今の魔女族の長の子です」
「私はその子が何だか自分の子のように思える」

 近付いてこようとする国王と僕の間に、人間の姿に戻ったセイラン様が入った。セイラン様は素早く僕を抱き上げて、国王に鋭い視線を向ける。

「この子は私の養い子で、婚約者だ。冷静になって年月を数えるといい。この子は十一歳になったばかり。そなたの子であるはずがない」

 国王の子どもならばとっくに成人しているはずだというセイラン様の言葉に、国王も言い返せずにいる。僕はセイラン様に降ろしてもらって、国王に自分から近付いて行った。

「結婚するのも国王の義務ならば、子どもを持つのも義務ではないのですか?」
「厳しいことを言う」
「国が荒れないために、後継者が必要なのでしょう? そのために彼女を探した。けれど、彼女の子どもは死んでいた」
「彼女とならば、また子どもを……」
「それを彼女が望むでしょうか?」

 前世の母の顔を見れば、前世の母は僕が返した月の形のイヤリングを手にしていた。月の形のイヤリングを前世の母が国王陛下の手に握らせる。

「これを返しに来ました。どうか、子どもは養子をもらってください。それがこの国の争いを避けるための一番の方法です」

 受け取った月の形のイヤリングを手にして、国王は呆然と立ち尽くしている。
 自分の好意をこんな形で返されるとは思っていなかったのだろう。

「私は今、生まれた土地で孤児院を開いています。血の繋がっていない子どもたちですが、育てるととても可愛いものです。あの子たちが私の帰りを待っている。私は帰らねばならないのです」

 孤児院の子どもたちのために前世の母は帰ると言っている。
 月の形のイヤリングを握り締めて、国王は長くため息を吐いた。

「そうか……甘い夢に浸っていたのは私だけだったようだ。そなたはもう前に進んだのだな」
「息子と娘を失い、世界を憎んだこともありました。それも過去のこと。今は血の繋がらない子どもたちと幸せに穏やかに暮らしています」
「血の繋がらない子どもたちか……そうだな、私も養子をもらうべきなのだ」

 国王に前世の母の気持ちが伝わった。
 それを確認して僕はほっと胸を撫で下ろしていた。

 国王の寝室を出る前に、僕はもう一度国王の顔をしっかりと見た。
 これが前世の僕の父。
 濃い蜜を流したような肌に、黒い髪黒い目、髭を生やしていて、白い衣装をまとった異国の国王。

「ラーイ、満足したか」
「はい、ありがとうございます、セイラン様」

 前世の父にあったら人生が変わるような何かが起きそうな気がしていた。それは全くの勘違いで、前世の父にあっても僕は何も変わらなかった。
 前世の父には養子をもらって国を治め、幸せになって欲しいと思うが、それ以上の感情はない。
 僕は早く母とお父さんとリラとレイリ様とマオさんとスリーズちゃんの元に帰りたくなっていた。

「帰りましょう」
「帰るか」

 セイラン様の手を握ると、セイラン様からも握り返された。
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