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転生したらまた魔女の男子だった件
80.男湯と女湯の話
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スリーズちゃんは僕が来ると燕の姿で肩の上に乗って、飛び上がってはこつこつと額を突いてくる。なんでそんなことをされるのか分からないが、思い出せと言われているような気分になる。
まだ幼いスリーズちゃんにとってはただの遊びかもしれないけれど、それに意味を持たせてしまうのが兄というものなのだ。
「いたっ! 痛いよ、スリーズちゃん」
「変ね。スリーズちゃん、私にもお母さんにもあんなことしないのに」
「スリーズちゃん、何で僕だけ!?」
「お兄ちゃんのことが余程好きなのね」
攻撃されているので好意を持たれているとは考えにくいが、スリーズちゃんの中ではそうなのかもしれない。一緒に生まれて育ってきたリラは、肉体強化の魔法が得意で、力の強い子だったけれど、僕に乱暴なことをしてきたことはないので、僕は戸惑ってしまう。
「スリーズちゃんが喋れればね」
「スリーズちゃんと早くお喋りしたいわ」
スリーズちゃんを手の平の上に抱いて、リラがうっとりと言う。リラの手の平に抱かれているとスリーズちゃんは大人しかった。
まだ大人になり切っていないせいか、スリーズちゃんは寒がりだ。飛んで冷えると僕かリラか母のところに降りて来る。巣に戻ればいいのに、戻りたがらないのは自由に飛んでいる時間が好きだからだろう。
冷えた体を僕やリラや母が両手で包むと温まるようで、スリーズちゃんはまた元気に飛んでいく。
スリーズちゃんが燕の姿でいられるのは、母がちゃんと見ていられる時間か、僕やリラが来た休日だけだ。人間の赤ちゃんの姿にすると泣いてしまうが、母はスリーズちゃんがある程度動くとベビーベッドに寝かせて人間の赤ちゃんの姿にしていた。
「人間の姿で生きる時間の方が長いだろうから、慣れさせておかないとね」
「びえええええええ!」
「我慢するのよ、スリーズ」
「ぎょえええええええ!」
大声で泣いて嫌がっているスリーズちゃんを見るのは可愛そうだったが、これも仕方がないのだと僕は割り切ることにした。
社に帰るとセイラン様が僕を抱き締めてくれる。
「お帰り、ラーイ。楽しかったか?」
「はい。スリーズちゃんは、なぜか僕の額を突くんです。なんででしょう?」
「幼い子どものやることだ。意味はないかもしれぬ」
話をしているとセイラン様が僕を膝の上に乗せてくれる。セイラン様は人間の姿のときは僕を膝の上に座らせてくれて、白虎の姿のときは僕の背もたれのようになってくれる。
寝そべっているセイラン様を背もたれにして座るのも、人間のセイラン様の膝の上に座るのも、僕は大好きだった。
リラも同じようにレイリ様に膝の上に抱っこされているし、レイリ様を背もたれにしているのでそういうものだと僕は思っていた。
小学校でナンシーちゃんが授業の合間に他の女の子と話しているのを耳にする。
「ナンシーちゃんはお父さんがいるから、いっぱい甘えられるんでしょう?」
「甘えるのは甘えるけど、もう膝の上に乗る年でもないしね」
「ナンシーちゃんのお父さんのお膝は弟くんのものかしら」
「そうね。私はもう大きいもの」
十二歳のナンシーちゃんは大人と変わらないだけの背丈になって来ている。体付きも丸みを帯びてきて女性らしくなってきているような気がする。
リラも僕もまだすらりと細身で大人っぽくないので、ナンシーちゃんが大人の身体に近付いてきているのが羨ましい。
「ナンシーちゃん、お風呂も一人で入っているの?」
「そうよ。髪を乾かすのはお母さんに手伝ってもらってる」
ナンシーちゃんはお風呂も一人で入っていた!
僕はまだ危ないのでお風呂のときにはセイラン様が見守ってくれている。リラもレイリ様に見守られてお風呂に入っている。
セイラン様もレイリ様も一緒にお風呂に入るということはなく、着物を着たままでお風呂を見守ったり、手伝ったりしてくれるのだが、小さい頃からずっとそうなので疑問に思ったことはなかった。
何故セイラン様とレイリ様は脱がないのだろう。湯船に一緒に入らないのだろう。
社に帰ると僕は部屋で二人きりになってセイラン様に聞いてみた。
「セイラン様とレイリ様は何で着物を脱いで一緒に湯船につかってくれなかったんですか?」
「赤子とは別々に湯をつかうように言われたのだ。大人と入ると雑菌がつくやもしれぬと」
「もしかして、それをずっと守っていらっしゃった?」
「いつからが赤子ではないのか分からなくなってな。ラーイもリラもずっと小さいから」
セイラン様とレイリ様にしてみれば僕とリラはずっと小さいイメージのままだったのだ。だから赤子とは一緒に風呂に入ってはいけないという言いつけをセイラン様もレイリ様もずっと守ってくれていた。
「僕はもう赤子じゃないです……けど、今更セイラン様とお風呂に入るなんておかしいですね」
十歳になった僕がセイラン様とお風呂に入りたいというのはちょっとおかしいかもしれない。何より、僕は大きくなりすぎて、セイラン様と入るには湯船が狭すぎた。
セイラン様とお風呂に入れないとしょんぼりしていると、セイラン様が提案してくれる。
「温泉に行ってみぬか?」
「温泉ですか?」
「地脈によって水が温められて吹き出した温泉がこの土地にもある。そこならば、一緒に風呂に入れるぞ」
地脈によって水が温められて吹き出した温泉。
どんなものかよく分からないが、セイラン様とお風呂に入れるのならば行きたい。
「行きたいです。リラも行きたがると思います」
「そのことなのだがなぁ」
リラの話題を出すとセイラン様が困ったように眉を下げる。何か問題があるのだろうか。
「温泉は男湯と女湯に別れておって、リラは女湯、私とレイリとラーイは男湯なのだ」
それは大問題だ!
リラは絶対にレイリ様と一緒に入りたいと言うだろうし、レイリ様もリラと離れるのは不安だろう。
「男湯と女湯というのは絶対に別々にしなければいけないのですか?」
「別々にしなければいけない。考えてみるがよい、ラーイよ。裸の男性の中に女性が裸で入って来ては困るだろう」
それは確かに困る。
リラとレイリ様を誘うには何か策が必要だ。
僕が考えていると、リラが僕を呼びに来た。
「お兄ちゃん、おやつができたわよ! 今日はサクサクのクッキーよ」
居間からはいい匂いが漂ってきている。バターとお砂糖の甘い匂いだ。
居間に行くとレイリ様もリラもマオさんも揃っていた。
「牛乳にしますか? ミルクティーにしますか?」
「ミルクティーがいいな」
「私もミルクティー」
マオさんにミルクティーを入れてもらってサクサクのクッキーを頬張りながら、僕はリラに話す。
「セイラン様と温泉に行こうって話してたんだ」
「温泉ってなぁに?」
「大きいお風呂みたいなものかな?」
「素敵! 私も行きたい!」
リラはすぐに飛びついてきた。ここで僕はリラにつらいことを告げなければいけない。
「女湯と男湯っていうのがあって、リラは女湯、僕とセイラン様とレイリ様は男湯なんだ」
「えー!? レイリ様と一緒じゃないのー!?」
思っていた通りリラはショックを受けている。
僕は厳かに告げる。
「リラは女の子だろう? 女の子が一人で男性ばかりのお風呂に来るのは危ないよ」
「えー! レイリ様と一緒がいいわー!」
唇を尖らせて不満を口にするリラに、マオさんがミルクティーを入れてくれながら口を開いた。
「私、温泉って行ったことがないんです。ご一緒してもいいですか?」
「マオお姉ちゃんも一緒?」
「私、リラ様と女湯に入ります」
レイリ様と入りたいと駄々を捏ねていたリラがマオさんの言葉で表情を変える。
「マオお姉ちゃんと一緒ならいいわ」
助け舟を出してくれたことをマオさんに感謝しつつ、僕はミルクティーを飲んでクッキーを食べた。
まだ幼いスリーズちゃんにとってはただの遊びかもしれないけれど、それに意味を持たせてしまうのが兄というものなのだ。
「いたっ! 痛いよ、スリーズちゃん」
「変ね。スリーズちゃん、私にもお母さんにもあんなことしないのに」
「スリーズちゃん、何で僕だけ!?」
「お兄ちゃんのことが余程好きなのね」
攻撃されているので好意を持たれているとは考えにくいが、スリーズちゃんの中ではそうなのかもしれない。一緒に生まれて育ってきたリラは、肉体強化の魔法が得意で、力の強い子だったけれど、僕に乱暴なことをしてきたことはないので、僕は戸惑ってしまう。
「スリーズちゃんが喋れればね」
「スリーズちゃんと早くお喋りしたいわ」
スリーズちゃんを手の平の上に抱いて、リラがうっとりと言う。リラの手の平に抱かれているとスリーズちゃんは大人しかった。
まだ大人になり切っていないせいか、スリーズちゃんは寒がりだ。飛んで冷えると僕かリラか母のところに降りて来る。巣に戻ればいいのに、戻りたがらないのは自由に飛んでいる時間が好きだからだろう。
冷えた体を僕やリラや母が両手で包むと温まるようで、スリーズちゃんはまた元気に飛んでいく。
スリーズちゃんが燕の姿でいられるのは、母がちゃんと見ていられる時間か、僕やリラが来た休日だけだ。人間の赤ちゃんの姿にすると泣いてしまうが、母はスリーズちゃんがある程度動くとベビーベッドに寝かせて人間の赤ちゃんの姿にしていた。
「人間の姿で生きる時間の方が長いだろうから、慣れさせておかないとね」
「びえええええええ!」
「我慢するのよ、スリーズ」
「ぎょえええええええ!」
大声で泣いて嫌がっているスリーズちゃんを見るのは可愛そうだったが、これも仕方がないのだと僕は割り切ることにした。
社に帰るとセイラン様が僕を抱き締めてくれる。
「お帰り、ラーイ。楽しかったか?」
「はい。スリーズちゃんは、なぜか僕の額を突くんです。なんででしょう?」
「幼い子どものやることだ。意味はないかもしれぬ」
話をしているとセイラン様が僕を膝の上に乗せてくれる。セイラン様は人間の姿のときは僕を膝の上に座らせてくれて、白虎の姿のときは僕の背もたれのようになってくれる。
寝そべっているセイラン様を背もたれにして座るのも、人間のセイラン様の膝の上に座るのも、僕は大好きだった。
リラも同じようにレイリ様に膝の上に抱っこされているし、レイリ様を背もたれにしているのでそういうものだと僕は思っていた。
小学校でナンシーちゃんが授業の合間に他の女の子と話しているのを耳にする。
「ナンシーちゃんはお父さんがいるから、いっぱい甘えられるんでしょう?」
「甘えるのは甘えるけど、もう膝の上に乗る年でもないしね」
「ナンシーちゃんのお父さんのお膝は弟くんのものかしら」
「そうね。私はもう大きいもの」
十二歳のナンシーちゃんは大人と変わらないだけの背丈になって来ている。体付きも丸みを帯びてきて女性らしくなってきているような気がする。
リラも僕もまだすらりと細身で大人っぽくないので、ナンシーちゃんが大人の身体に近付いてきているのが羨ましい。
「ナンシーちゃん、お風呂も一人で入っているの?」
「そうよ。髪を乾かすのはお母さんに手伝ってもらってる」
ナンシーちゃんはお風呂も一人で入っていた!
僕はまだ危ないのでお風呂のときにはセイラン様が見守ってくれている。リラもレイリ様に見守られてお風呂に入っている。
セイラン様もレイリ様も一緒にお風呂に入るということはなく、着物を着たままでお風呂を見守ったり、手伝ったりしてくれるのだが、小さい頃からずっとそうなので疑問に思ったことはなかった。
何故セイラン様とレイリ様は脱がないのだろう。湯船に一緒に入らないのだろう。
社に帰ると僕は部屋で二人きりになってセイラン様に聞いてみた。
「セイラン様とレイリ様は何で着物を脱いで一緒に湯船につかってくれなかったんですか?」
「赤子とは別々に湯をつかうように言われたのだ。大人と入ると雑菌がつくやもしれぬと」
「もしかして、それをずっと守っていらっしゃった?」
「いつからが赤子ではないのか分からなくなってな。ラーイもリラもずっと小さいから」
セイラン様とレイリ様にしてみれば僕とリラはずっと小さいイメージのままだったのだ。だから赤子とは一緒に風呂に入ってはいけないという言いつけをセイラン様もレイリ様もずっと守ってくれていた。
「僕はもう赤子じゃないです……けど、今更セイラン様とお風呂に入るなんておかしいですね」
十歳になった僕がセイラン様とお風呂に入りたいというのはちょっとおかしいかもしれない。何より、僕は大きくなりすぎて、セイラン様と入るには湯船が狭すぎた。
セイラン様とお風呂に入れないとしょんぼりしていると、セイラン様が提案してくれる。
「温泉に行ってみぬか?」
「温泉ですか?」
「地脈によって水が温められて吹き出した温泉がこの土地にもある。そこならば、一緒に風呂に入れるぞ」
地脈によって水が温められて吹き出した温泉。
どんなものかよく分からないが、セイラン様とお風呂に入れるのならば行きたい。
「行きたいです。リラも行きたがると思います」
「そのことなのだがなぁ」
リラの話題を出すとセイラン様が困ったように眉を下げる。何か問題があるのだろうか。
「温泉は男湯と女湯に別れておって、リラは女湯、私とレイリとラーイは男湯なのだ」
それは大問題だ!
リラは絶対にレイリ様と一緒に入りたいと言うだろうし、レイリ様もリラと離れるのは不安だろう。
「男湯と女湯というのは絶対に別々にしなければいけないのですか?」
「別々にしなければいけない。考えてみるがよい、ラーイよ。裸の男性の中に女性が裸で入って来ては困るだろう」
それは確かに困る。
リラとレイリ様を誘うには何か策が必要だ。
僕が考えていると、リラが僕を呼びに来た。
「お兄ちゃん、おやつができたわよ! 今日はサクサクのクッキーよ」
居間からはいい匂いが漂ってきている。バターとお砂糖の甘い匂いだ。
居間に行くとレイリ様もリラもマオさんも揃っていた。
「牛乳にしますか? ミルクティーにしますか?」
「ミルクティーがいいな」
「私もミルクティー」
マオさんにミルクティーを入れてもらってサクサクのクッキーを頬張りながら、僕はリラに話す。
「セイラン様と温泉に行こうって話してたんだ」
「温泉ってなぁに?」
「大きいお風呂みたいなものかな?」
「素敵! 私も行きたい!」
リラはすぐに飛びついてきた。ここで僕はリラにつらいことを告げなければいけない。
「女湯と男湯っていうのがあって、リラは女湯、僕とセイラン様とレイリ様は男湯なんだ」
「えー!? レイリ様と一緒じゃないのー!?」
思っていた通りリラはショックを受けている。
僕は厳かに告げる。
「リラは女の子だろう? 女の子が一人で男性ばかりのお風呂に来るのは危ないよ」
「えー! レイリ様と一緒がいいわー!」
唇を尖らせて不満を口にするリラに、マオさんがミルクティーを入れてくれながら口を開いた。
「私、温泉って行ったことがないんです。ご一緒してもいいですか?」
「マオお姉ちゃんも一緒?」
「私、リラ様と女湯に入ります」
レイリ様と入りたいと駄々を捏ねていたリラがマオさんの言葉で表情を変える。
「マオお姉ちゃんと一緒ならいいわ」
助け舟を出してくれたことをマオさんに感謝しつつ、僕はミルクティーを飲んでクッキーを食べた。
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