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転生したらまた魔女の男子だった件
78.台風の日のリラとの話し合い
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秋の台風の日、僕はセイラン様と静かに部屋にいた。
台風は直撃ではないらしいが、この土地を掠めて通って行く。危険がないように小学校は休みだった。
台風の風で社の木々が揺れている。びゅーびゅーと音を立てて風が巻き起こっているのが分かる。
白虎の姿のセイラン様の身体を背もたれにして座って、魔法の本のページを捲りながら僕はそわそわとしていた。
「ラーイ、どうした? 怖いか?」
「少し」
セイラン様の問いかけに僕は答える。
僕は魔法の本で何度も肉体の複写を繰り返し、その肉体に魂を宿らせることによって永遠の命を得ようとした大魔法使いの物語を読んでいた。最終的には複写は劣化していき、魂が宿せなくなって大魔法使いは死んでしまう。
この物語が本当に起きたことなのかは古すぎてよく分からないが、肉体を複写していくといつか遺伝子が劣化して複写が成り立たなくなるというのは本当のことのようだった。
魔女の森でも魔女族は自分の子どもを複写として産んでいたが、それも母の代になって体制が変わった。それだけ複写の危険性を母が理解してくれたということなのだろう。
物語は興味深くて夢中になるのだが、外の風の音がどうしても落ち着かない。
そわそわしていると、セイラン様が白虎の姿で起き上がった。
「台風を退けて来るか?」
「台風の雨も土地の恵みに関係していると聞きます。簡単に遠ざけていいものではないでしょう」
「それなら、居間に行って、みんなで茶でも飲むか?」
台風を遠ざけるのには反対だったが、僕は居間でお茶を飲むのには賛成だった。
居間に行くとレイリ様とリラも来ていて、椅子に座って話をしていた。
「スリーズちゃんったら、人間の赤ちゃんの姿にされるのがすごく嫌みたい。ずっと泣き続けているのよ。可哀想で、燕の姿にしてあげたいわ」
「部屋の中を飛び回るようになったのですよね。アマリエは心配でしょう」
「私がちゃんと見てるから、その間だけでもスリーズちゃんを燕の姿にしてあげられないかしら?」
「リラもまだ十歳ですからね。目が届かないところがあるとアマリエは思っているのでしょう」
「私、お姉ちゃんよ。ちゃんとできるわ」
お父さんが次の土地に行ってしまってから、スリーズちゃんは人間の赤ちゃんの姿を取らされることが多くなった。それはスリーズちゃんが飛べるようになってしまったからなのだ。
まだ生後半年に満たないのに飛べるということは、中身は赤ちゃんなのに自由に動けるということでとても危ない。
「スリーズちゃんは中身が赤ちゃん……?」
ふと浮かんできた疑問に僕は首を傾げる。
スリーズちゃんは赤ちゃんにしてはとても賢いような気がするのだ。燕の成長の早さがあるからかもしれないが、今にも話し出さんばかりの雰囲気がある。
離乳食を食べるときでもちゃんと口を開けるし、糞をする場所は巣からお尻を出して巣の中が汚れないようにしている。
燕の姿でそれだけできるのに、人間の姿になると自分一人ではお座りも数秒しかできないとなると、燕の姿でいたくなる気持ちは分かる。
せめて歩けるようになればスリーズちゃんも人間の姿でいようと思ってくれるかもしれないが、それにはまだ時間がかかった。
「燕の姿だとどこかに紛れ込んでしまったときに探すのが大変だし、飛んで遠くに行ってしまったら危ないし、スリーズちゃんはまだ赤ちゃんで分からないことが多いから」
本当にスリーズちゃんは赤ちゃんなのだろうか。
僕のように前世の記憶があるという可能性はないだろうか。
そうだったら、スリーズちゃんが妙に賢いことにも納得がいくのだが。
僕は悩んでいたがそれを口に出すことはなかった。
リラがいる場所で僕は自分の前世のことは話さないと決めているのだ。もしかするとリラは僕の前世の妹ではない可能性も出てきたが、それでも、僕はリラを前世の妹と思っていて、リラの記憶が戻るようなことは避けたかった。
「スリーズちゃんは不自由だから泣いているのよ。あんなに泣いていたら、引き付けを起こしてしまうわ」
確かにリラの言う通り、人間の赤ちゃんの姿にされたスリーズちゃんは大声で泣いていた。あれをギャン泣きというのだろう。抱き上げても、揺すっても泣き止まず、お乳も離乳食も口にしないスリーズちゃんに母は困り切っていた。
仕方なく燕の姿にすると、自分で離乳食のすり鉢に頭を突っ込んでついばんで食べている。
「自立心が旺盛なのかな」
「赤ちゃんのときのことはあまり覚えてないけど、スリーズちゃんを見てて、あんなに不自由だったら、嫌になると思うわ」
「僕も小さい頃セイラン様に気持ちが伝わらなくてもどかしかったし、オムツは恥ずかしかったもんな……」
「お兄ちゃんは小さい頃のことをよく覚えているのね」
「そうだね。僕は記憶力がいいのかもしれない」
慌てて誤魔化したが、僕はつい小さい頃のことを話してしまった。十歳の前世の記憶があったので、僕は生まれたときから物心ついていて、赤ちゃんのときのことも鮮明に覚えている。
オムツ替えが屈辱だったこと、パンツを早くはきたかったこと、セイラン様の名前を呼ぼうとしても上手く言えなくて「ママ」になってしまったこと。
「スリーズちゃんも自分が動けないもどかしさと折り合いがついてないのかもしれないね」
「そうね。燕なら自由なのにね」
リラはスリーズちゃんを燕の姿で自由にしてやりたいようだが、母としても、僕も、それは危険が多すぎて賛成できない。カーテンの裏に落ちて探せなかったというだけで、燕のスリーズちゃんは死んでしまう可能性があるのだ。
「スリーズちゃんを追跡する魔法をかけるとか、方法はあると思うのよ」
「それでも、スリーズちゃんに家の中は危険だよ」
「スリーズちゃん、あと半年泣きっぱなしなのかと思うと、胸が痛いのよ」
姉としてリラはスリーズちゃんの味方に付いてやりたいようだ。その気持ちは分かるが、母の考えも尊重されなければいけない。
「なんとかお母さんの考えとスリーズちゃんの要求がかみ合えばいいんだけどね」
部屋の中を飛び回りたいスリーズちゃんと、危険だからベビーベッドから離れて欲しくない母の攻防はまだまだ続きそうだ。
「ラーイ様、リラ様、パンケーキを焼きましたよ」
マオさんに声をかけられて僕とリラは話し合いを中断する。丸いふわふわのパンケーキが運ばれて来ると、口の中に唾が出て来る。
「アナ様から桃のジャムをいただきました。たっぷり乗せてお召し上がりください」
「やったー! ありがとう、マオさん」
「マオお姉ちゃん、牛乳をもらってもいい?」
「ミルクティーにしましょうか?」
「ミルクティー! 嬉しいわ」
ミルクティーを入れてもらって、丸いふわふわのパンケーキに桃のジャムをたっぷりと乗せて食べる。元々お茶にしようと思って居間に来たのだから、マオさんはその気持ちを汲んでくれたようだ。
「セイラン様、美味しいですよ」
「一口もらおうか」
「はい、あーん」
セイラン様の口に一切れ運ぶと、セイラン様が僕のフォークで食べてくれる。セイラン様に食べさせて僕は恋人同士みたいだと胸がドキドキした。
「お兄ちゃん、いいわね! 私もレイリ様にあーんしたい!」
「それでは、一口もらいましょうかね」
「どうぞ」
リラもレイリ様に食べさせている。
ふわふわのパンケーキは美味しかったが、セイラン様と食べるとますます美味しい。
セイラン様とレイリ様もミルクティーを入れてもらって飲んでいた。マオさんは紅茶にジャムを入れている。
「マオさん、それなに?」
「紅茶にジャムを入れるの?」
「アナ様に教えてもらったのです。こうしても美味しいと」
「僕もやりたい!」
「私も!」
紅茶にジャムを入れるとどんな味わいなのか僕もリラも興味津々だった。
急いでミルクティーを飲み終わると、お代りの紅茶にジャムを入れてみる。ジャムは淡いピンクだったので紅茶の色は変わらなかったが、紅茶に華やかな桃の香りがついて、甘くて美味しくなる。
「ジャムを入れた紅茶も美味しいね」
「とても美味しいわ。レイリ様もやってみて」
「セイラン様もぜひ」
リラと僕に言われて、ミルクティーを飲み終えたセイラン様とレイリ様が紅茶にジャムを入れている。
みんなで使ったのでジャムはほとんどなくなってしまったけれど、とても楽しいお茶の時間だった。
台風は直撃ではないらしいが、この土地を掠めて通って行く。危険がないように小学校は休みだった。
台風の風で社の木々が揺れている。びゅーびゅーと音を立てて風が巻き起こっているのが分かる。
白虎の姿のセイラン様の身体を背もたれにして座って、魔法の本のページを捲りながら僕はそわそわとしていた。
「ラーイ、どうした? 怖いか?」
「少し」
セイラン様の問いかけに僕は答える。
僕は魔法の本で何度も肉体の複写を繰り返し、その肉体に魂を宿らせることによって永遠の命を得ようとした大魔法使いの物語を読んでいた。最終的には複写は劣化していき、魂が宿せなくなって大魔法使いは死んでしまう。
この物語が本当に起きたことなのかは古すぎてよく分からないが、肉体を複写していくといつか遺伝子が劣化して複写が成り立たなくなるというのは本当のことのようだった。
魔女の森でも魔女族は自分の子どもを複写として産んでいたが、それも母の代になって体制が変わった。それだけ複写の危険性を母が理解してくれたということなのだろう。
物語は興味深くて夢中になるのだが、外の風の音がどうしても落ち着かない。
そわそわしていると、セイラン様が白虎の姿で起き上がった。
「台風を退けて来るか?」
「台風の雨も土地の恵みに関係していると聞きます。簡単に遠ざけていいものではないでしょう」
「それなら、居間に行って、みんなで茶でも飲むか?」
台風を遠ざけるのには反対だったが、僕は居間でお茶を飲むのには賛成だった。
居間に行くとレイリ様とリラも来ていて、椅子に座って話をしていた。
「スリーズちゃんったら、人間の赤ちゃんの姿にされるのがすごく嫌みたい。ずっと泣き続けているのよ。可哀想で、燕の姿にしてあげたいわ」
「部屋の中を飛び回るようになったのですよね。アマリエは心配でしょう」
「私がちゃんと見てるから、その間だけでもスリーズちゃんを燕の姿にしてあげられないかしら?」
「リラもまだ十歳ですからね。目が届かないところがあるとアマリエは思っているのでしょう」
「私、お姉ちゃんよ。ちゃんとできるわ」
お父さんが次の土地に行ってしまってから、スリーズちゃんは人間の赤ちゃんの姿を取らされることが多くなった。それはスリーズちゃんが飛べるようになってしまったからなのだ。
まだ生後半年に満たないのに飛べるということは、中身は赤ちゃんなのに自由に動けるということでとても危ない。
「スリーズちゃんは中身が赤ちゃん……?」
ふと浮かんできた疑問に僕は首を傾げる。
スリーズちゃんは赤ちゃんにしてはとても賢いような気がするのだ。燕の成長の早さがあるからかもしれないが、今にも話し出さんばかりの雰囲気がある。
離乳食を食べるときでもちゃんと口を開けるし、糞をする場所は巣からお尻を出して巣の中が汚れないようにしている。
燕の姿でそれだけできるのに、人間の姿になると自分一人ではお座りも数秒しかできないとなると、燕の姿でいたくなる気持ちは分かる。
せめて歩けるようになればスリーズちゃんも人間の姿でいようと思ってくれるかもしれないが、それにはまだ時間がかかった。
「燕の姿だとどこかに紛れ込んでしまったときに探すのが大変だし、飛んで遠くに行ってしまったら危ないし、スリーズちゃんはまだ赤ちゃんで分からないことが多いから」
本当にスリーズちゃんは赤ちゃんなのだろうか。
僕のように前世の記憶があるという可能性はないだろうか。
そうだったら、スリーズちゃんが妙に賢いことにも納得がいくのだが。
僕は悩んでいたがそれを口に出すことはなかった。
リラがいる場所で僕は自分の前世のことは話さないと決めているのだ。もしかするとリラは僕の前世の妹ではない可能性も出てきたが、それでも、僕はリラを前世の妹と思っていて、リラの記憶が戻るようなことは避けたかった。
「スリーズちゃんは不自由だから泣いているのよ。あんなに泣いていたら、引き付けを起こしてしまうわ」
確かにリラの言う通り、人間の赤ちゃんの姿にされたスリーズちゃんは大声で泣いていた。あれをギャン泣きというのだろう。抱き上げても、揺すっても泣き止まず、お乳も離乳食も口にしないスリーズちゃんに母は困り切っていた。
仕方なく燕の姿にすると、自分で離乳食のすり鉢に頭を突っ込んでついばんで食べている。
「自立心が旺盛なのかな」
「赤ちゃんのときのことはあまり覚えてないけど、スリーズちゃんを見てて、あんなに不自由だったら、嫌になると思うわ」
「僕も小さい頃セイラン様に気持ちが伝わらなくてもどかしかったし、オムツは恥ずかしかったもんな……」
「お兄ちゃんは小さい頃のことをよく覚えているのね」
「そうだね。僕は記憶力がいいのかもしれない」
慌てて誤魔化したが、僕はつい小さい頃のことを話してしまった。十歳の前世の記憶があったので、僕は生まれたときから物心ついていて、赤ちゃんのときのことも鮮明に覚えている。
オムツ替えが屈辱だったこと、パンツを早くはきたかったこと、セイラン様の名前を呼ぼうとしても上手く言えなくて「ママ」になってしまったこと。
「スリーズちゃんも自分が動けないもどかしさと折り合いがついてないのかもしれないね」
「そうね。燕なら自由なのにね」
リラはスリーズちゃんを燕の姿で自由にしてやりたいようだが、母としても、僕も、それは危険が多すぎて賛成できない。カーテンの裏に落ちて探せなかったというだけで、燕のスリーズちゃんは死んでしまう可能性があるのだ。
「スリーズちゃんを追跡する魔法をかけるとか、方法はあると思うのよ」
「それでも、スリーズちゃんに家の中は危険だよ」
「スリーズちゃん、あと半年泣きっぱなしなのかと思うと、胸が痛いのよ」
姉としてリラはスリーズちゃんの味方に付いてやりたいようだ。その気持ちは分かるが、母の考えも尊重されなければいけない。
「なんとかお母さんの考えとスリーズちゃんの要求がかみ合えばいいんだけどね」
部屋の中を飛び回りたいスリーズちゃんと、危険だからベビーベッドから離れて欲しくない母の攻防はまだまだ続きそうだ。
「ラーイ様、リラ様、パンケーキを焼きましたよ」
マオさんに声をかけられて僕とリラは話し合いを中断する。丸いふわふわのパンケーキが運ばれて来ると、口の中に唾が出て来る。
「アナ様から桃のジャムをいただきました。たっぷり乗せてお召し上がりください」
「やったー! ありがとう、マオさん」
「マオお姉ちゃん、牛乳をもらってもいい?」
「ミルクティーにしましょうか?」
「ミルクティー! 嬉しいわ」
ミルクティーを入れてもらって、丸いふわふわのパンケーキに桃のジャムをたっぷりと乗せて食べる。元々お茶にしようと思って居間に来たのだから、マオさんはその気持ちを汲んでくれたようだ。
「セイラン様、美味しいですよ」
「一口もらおうか」
「はい、あーん」
セイラン様の口に一切れ運ぶと、セイラン様が僕のフォークで食べてくれる。セイラン様に食べさせて僕は恋人同士みたいだと胸がドキドキした。
「お兄ちゃん、いいわね! 私もレイリ様にあーんしたい!」
「それでは、一口もらいましょうかね」
「どうぞ」
リラもレイリ様に食べさせている。
ふわふわのパンケーキは美味しかったが、セイラン様と食べるとますます美味しい。
セイラン様とレイリ様もミルクティーを入れてもらって飲んでいた。マオさんは紅茶にジャムを入れている。
「マオさん、それなに?」
「紅茶にジャムを入れるの?」
「アナ様に教えてもらったのです。こうしても美味しいと」
「僕もやりたい!」
「私も!」
紅茶にジャムを入れるとどんな味わいなのか僕もリラも興味津々だった。
急いでミルクティーを飲み終わると、お代りの紅茶にジャムを入れてみる。ジャムは淡いピンクだったので紅茶の色は変わらなかったが、紅茶に華やかな桃の香りがついて、甘くて美味しくなる。
「ジャムを入れた紅茶も美味しいね」
「とても美味しいわ。レイリ様もやってみて」
「セイラン様もぜひ」
リラと僕に言われて、ミルクティーを飲み終えたセイラン様とレイリ様が紅茶にジャムを入れている。
みんなで使ったのでジャムはほとんどなくなってしまったけれど、とても楽しいお茶の時間だった。
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