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転生したらまた魔女の男子だった件

75.リラが前世の妹ではない可能性

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 夏休みに入って、お父さんがいてくれるので僕もリラも母の家に行けるようになった。夏の間中お父さんはスリーズちゃんのそばにいるつもりなのだ。

「この三か月しか一緒にいられないからね。次に会うときは一歳を超えている。赤ちゃんの間に私ができることは何でもしたいんだ」

 お父さんが巣にいてくれてスリーズちゃんは安心しているようだった。
 スリーズちゃんはお腹が空いたら目を覚まして、お腹がいっぱいになると眠る生活が続いていたが、時々は起きている時間もあるようになった。
 スリーズちゃんが起きている時間、僕とリラは交代で巣を持って抱っこさせてもらう。
 毛糸で編まれた巣の中で寛いでいるスリーズちゃんだが、僕が抱っこしたときはなぜか僕の指を突くのだ。

「リラ、スリーズちゃんに突かれる?」
「突かれないわよ」
「どうして僕だけ突かれるんだろう?」

 不思議に思っているが答えは得られない。お父さんも母もスリーズちゃんがなんで僕だけを突くのか分からないようだ。
 スリーズちゃんにも何か言いたいことがあるのかもしれないが、まだ幼すぎて言葉にできない。

「スリーズちゃんはいつ頃喋るのかしら」
「一歳くらいから言葉が出始めて、三歳には意思疎通がかなりできるようになるわ」
「燕でも?」

 リラの素朴な疑問に母の代わりにお父さんが答える。

「燕の姿でも、私のように人間の言葉を喋ることができるよ。人間の姿で話ができるようになれば、燕の姿でも話せるんじゃないかな」

 お父さんの説明に、僕は手の平の上にあるスリーズちゃんの入った巣を見詰めた。巣から身を乗り出してスリーズちゃんは必死に僕の指を突いている。なんで突かれるのか全く分からないが、スリーズちゃんにも訴えたいことがあるのだろう。

 一瞬だけ、僕は自分の小さい頃のことが過った。
 赤ん坊で言葉を喋れなくて、セイラン様やレイリ様に伝えたいことがたくさんあったのに、僕は全然伝えられなかった。僕の中身は十歳の男の子だったのに、姿は赤ん坊で喋ることができなかったのだ。
 喋れるようになって僕はセイラン様とレイリ様に色んなことを伝えた。セイラン様にだけは僕が十歳で死んで生まれ変わったことも伝えている。

「スリーズちゃんも誰かの生まれ変わり? いや、まさかそんなことはないよね」

 これだけ焦れているスリーズちゃんも誰かの生まれ変わりかと考えたが、そんなに近くに生まれ変わりがいるはずがない。
 そもそも僕とリラが前世で十歳で殺された双子の生まれ変わりなのだから、生まれ変わりばかりの兄妹というのもおかしいだろう。生まれ変わりがここだけに集中するのは何か違う気がする。

「リラは生まれる前のことは覚えてないんだよね?」
「お腹の中のことはちょっと覚えているわよ。お兄ちゃんと一緒で、お兄ちゃんが先に生まれて、私は後から生まれて、眩しくて寒くて泣いたら、レイリ様がだっこしてくれたのよ」

 そうだった。
 リラは前世の記憶ではなく、母のお腹の中にいるときの記憶を持っているのだ。それはそれで貴重な記憶だった。
 前世の記憶を持っていないが、僕はリラが前世の妹の生まれ変わりだと信じている。双子で一緒に生まれてきたのだから、きっと間違いはない。根拠はないのだが。

 スリーズちゃんは「ちよちよ」と鳴きながら僕の指を突いていたが、疲れたのか眠ってしまった。毛糸で編まれた巣を、僕はベビーベッドの枕の横に置く。巣の上にはすぐにお父さんが飛んできてスリーズちゃんを守るように上に乗った。

「エイゼンが本当にいいお父さんで助かるわ」
「お父さんがお父さんでよかったよ」
「お母さん、いいお父さんを選んでくれてありがとう」

 年に三か月しか会えないのは寂しくないというと嘘になるが、お父さんは間違いなくいいお父さんだった。生物学上の父親とは比べ物にならない。
 スリーズちゃんのことを可愛がって、僕やリラにも優しくしてくれる。

「エイゼンの服を縫うつもりなんだけど、ラーイが刺繍を入れるかい?」
「うん、僕がやりたい。お父さんは、服を着ている間は遠く離れていても、僕たちのことを忘れないだろうから」
「その服じゃなくても、私はラーイのこともリラのことも、スリーズのことも、アマリエのことも忘れないよ」

 刺繍をやると申し出ると、お父さんは僕とリラとスリーズちゃんと母のことを忘れないと笑っていた。

「強く思いだして欲しいんだよ。お父さんが大好きだから」
「私もお父さんが好き。私にできることがある?」

 主張する僕とリラに、母は少し考えてリラに針の使い方を教えた。

「リラはボタンをつけてくれるかい? リラもそろそろ自分でボタンくらい付けられてもいい年齢だからね」
「分かったわ、教えて、お母さん」

 やる気のリラに母はボタン付けを教えていた。

 夜寝るときにセイラン様と二人きりになって、僕はベッドの上でセイラン様と向かい合って座っていた。
 色々と考えることがあるのでセイラン様に話したかったのだ。

「僕は十歳になりました。一緒に寝ていてはおかしいですか?」
「おかしくはないぞ。ラーイが一緒に寝たくなくなるまで、私は一緒に寝ても構わない」

 セイラン様の答えに一度は安堵するが、また不安が胸の中を渦巻く。

「セイラン様と手を繋いでいてはいけませんか?」

 母の家でスリーズちゃんを見に来たラナちゃんが、六年生になるのに僕がセイラン様と手を繋いでいるのはおかしいと言った。あの言葉が僕の胸に刺さっていた。

「ラーイと手を繋いでいるのは好きだが、ラーイは嫌か?」
「いいえ、セイラン様と手を繋いでいると落ち着きます」

 魔女族の長に狙われていた時期、僕はセイラン様からできる限り離れないようにしていた。セイラン様から離れたら僕の命はないかもしれないと思っていたのだ。
 セイラン様は僕の一番傍にいてくれて、いつも僕を安心させてくれた。
 それがなくなるのを思うと不安でたまらなくなる。

「セイラン様と手を繋いでいたいのです。でも、僕はもう十歳で六年生になりました」
「何歳でも手を繋いでいていいと思うぞ。私は構わん。ラーイが手を繋ぎたくなくなるまで、繋いでいていいであろう」
「いいのですか? ずっとそんな日は来ないかもしれませんよ?」
「来なければそれでも構わぬ」

 大らかなセイラン様の物言いに僕は安堵してセイラン様に抱き付く。セイラン様は僕を抱き留めてくれた。

「僕は前世の年齢を超えました。僕は生まれ変わって前世のことを覚えている。一緒に生まれてきたのに、リラは何で覚えていないのでしょう?」
「リラが前世の妹だというのは確かなのか?」
「確かかどうかは分かりませんが、僕はそう思っています」

 ずっと疑問に思っていたことを口にしてみるとセイラン様が小首を傾げる。

「気になっていたのだが、私の両親はラーイの魂の輝きが普通の子どもと違うと言っていた。だが、リラのことは何も言わなかった。リラはもしかすると、前世の妹ではないのではないか?」
「え!? でも、また双子として生まれてきたのですよ。僕は前世の妹だと思うのですが……」

 前世も双子として生まれてきて、今世も双子として生まれて来た。双子の妹であるリラが前世の妹の生まれ変わりだということを僕は疑ったことがなかった。

「もしかすると、違うかもしれない……」

 今更その可能性にぶち当たっても、僕は気持ちを切り替えることができない。

「リラはリラだ。前世の妹でも、そうでなくても、今は大事な妹だということは変わりなかろう」
「そうですけど……」

 リラがもしも前世の妹でなければ、本当の前世の妹はどこにいるのだろう。
 僕は分からずに混乱していた。
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