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転生したらまた魔女の男子だった件

74.僕の十歳のお誕生日

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 僕とリラのお誕生日の前に、ナンシーちゃんがスリーズちゃんを見に来た。
 ナンシーちゃんはお土産に山盛りのさくらんぼを持って来ていた。

「お父さんの果樹園で採れたのよ。ラーイくんとリラちゃんがさくらんぼが好きで、スリーズちゃんの名前の由来もさくらんぼたってお父さんに話したら、お土産に持たせてくれたの」
「こんなにいっぱい! ありがとう」
「とても美味しそうだわ。ナンシーちゃん、ありがとう」
「お父さんにもお礼を言っておいてね」

 山盛りのさくらんぼだけで僕とリラのテンションは上がっていた。
 ナンシーちゃんにはリラがスリーズちゃんを紹介する。

「この巣の中にいるのがスリーズちゃんよ。お口が大きくて、お目目がくりくりしてて可愛いの。お父さん、ちょっとずれて、スリーズちゃんを見せてあげて」
「ラーイとリラのお友達だね。スリーズもよろしく」

 巣の上に乗っているお父さんにずれてもらって、目を覚ましたスリーズちゃんをリラがナンシーちゃんに見せている。ナンシーちゃんは巣を覗き込んでスリーズちゃんの姿に驚いていた。

「小鳥さんなのね」
「そうなのよ。お父さんが燕だから、お父さんに似たみたい」
「小さい。うちの弟とは全然違うけど、可愛いわ」
「スリーズちゃん、お腹が空いたみたい。お父さん、お願い」

 リラが頼むと、お父さんはすり鉢の中から離乳食をついばんでスリーズちゃんの口の中に入れていく。スリーズちゃんは離乳食を飲み込んで強請るように「ちよちよ」と鳴いている。

「お父さんが来るまでは、針を外した注射器で飲ませていたんだけど、お父さんが来てからはスリーズちゃんに食べさせてくれるから助かってるのよ」
「本当にうちの旦那様は働き者で助かるわ」

 母もにこにこしながらお父さんがスリーズちゃんの口に離乳食を詰め込んでいるのを見ていた。

「予想外だったけど、とても可愛かったわ。羽も生え始めているのね」
「まだ大人の羽じゃないけどね」

 赤ちゃんを見に来たナンシーちゃんは、まさか燕の雛を見ることになるとは思っていなかったようだ。戸惑いつつも、楽しかったと言って帰って行った。

 お父さんが付きっきりでスリーズちゃんの世話をしてくれるので、母は縫物の仕事に復帰できるようだ。スリーズちゃんの服やオムツを作っている。

「いつ人間の姿になるか分からないからね。そのときに着られるものがなかったら困るだろう?」
「スリーズちゃんは毎日成長しているもんね」
「スリーズちゃん、人間の姿だったらどれくらいなのかしら」

 気になりはするが、スリーズちゃんが自分の姿を制御できるまで育っていない様子なので、人間の姿を見ることはできない。寝ている間に人間の赤ちゃんの姿になることはあるようだが、その時間も決まっているわけではないので、僕もリラもスリーズちゃんの人間の姿をほぼ見ることがなかった。

「ラーイとリラはスリーズの人間の姿が見たいのかな?」

 お父さんに聞かれて、僕とリラは顔を見合わせる。

「燕の姿のスリーズちゃんも可愛いんだよ。嘘じゃないよ」
「燕の姿も可愛いけど、たまには人間の赤ちゃんも見たいわ」
「スリーズちゃんの産着に刺繍を入れたんだ。着ないままに大きくなっちゃったら、少し寂しい」

 僕とリラが正直に言えば、お父さんも考えてくれた。

「ラーイとリラのお誕生日には、スリーズを人間の姿にしてみようか」
「そんなことができるの!?」
「お父さん、いいの?」
「私の神力があればできると思うよ。スリーズは私の娘で、眷属だからね」

 お父さんにそんなことができるなんて知らなかった。

「長時間本人の意思に反して人間の姿にしておくのはよくないから、お誕生日だけだよ」

 意思というか、スリーズちゃんが白虎族のように幼少期は燕の姿でないと育てないというのならば、それに無理やり反するようなことをするのは本意ではない。それでも僕とリラのお誕生日くらいはお願いしてもいいのかもしれない。

「お父さん、お願い」
「スリーズちゃんを人間の赤ちゃんの姿にして」

 僕とリラのお願いに、お父さんは頷いていた。

 僕とリラのお誕生日には、ナンシーちゃんからもらったさくらんぼでタルトが作られた。半分に切られて種を外された艶々のさくらんぼがぎっしりと乗ったタルトに僕もリラも唾を飲み込む。
 作ってくれたアナ姉さんもお誕生日のお祝いに来てくれていた。

 お誕生日のタルトは気になったのだが、もっと気になるのは人間の姿のお父さんの腕に抱かれているスリーズちゃんだ。スリーズちゃんは白い産着を着て人間の赤ちゃんの姿で抱っこされていた。
 スリーズちゃんの体にはもう産着は小さいようで、少し動きにくそうにしているが、お父さんと母は僕が刺繍した産着をわざわざ着せてくれたようだ。

「スリーズちゃん、お兄ちゃんだよ」
「お姉ちゃんよ、スリーズちゃん」
「うー」

 燕の姿で何度も見ているので、「知っているわ」という風情のスリーズちゃんを僕とリラが覗き込む。
 生まれたすぐはぽやぽやでちょっとしか生えていなかった髪は伸びてきている。お目目が真っ黒で、横の髪がひと房赤いのはお父さんに似たようだ。

「スリーズちゃん、お父さんに似てるね」
「大きくなったらお父さんみたいになるのかしら」

 人間の姿のスリーズちゃんを堪能できるのは次いつか分からない。僕もリラも順番にスリーズちゃんを抱っこさせてもらった。スリーズちゃんは生まれたときよりもずっしりと重くなっていて、確かに成長していた。

「ラーイ、リラ、お誕生日おめでとう」
「最高のお誕生日プレゼントをありがとう、お父さん」
「嬉しいわ、ありがとう」

 スリーズちゃんの人間の赤ちゃん姿を見られるのは嬉しくて、僕とリラはお礼を言った。
 スリーズちゃんの人間の赤ちゃん姿に興味を持っているのは、僕とリラだけではなかった。うずうずしているマオさんに、母が声をかける。

「抱っこしてくれる?」
「いいんですか?」
「約束したじゃない。子どもはたくさんの大人に愛されて育った方が幸せになれるから、マオさんも会いに来てくれるって」

 声をかけられて嬉しそうにマオさんが出てきてスリーズちゃんを抱っこする。お手手を舐めながら黒いお目目でマオさんをじっと見つめるスリーズちゃんに、マオさんが涙ぐんでいた。

「なんて可愛いんでしょう……。ラーイ様とリラ様の妹君を抱っこできて幸せです」
「これからイヤイヤ期も来るし、思春期にはもっと大変になるんだから。ラーイとリラもこれからよ。よろしくね」
「はい!」

 母の言葉にマオさんは涙を拭いて応えていた。

 お誕生日のお茶会が終わると、お父さんはスリーズちゃんを燕の姿に戻して巣に入れた。巣に入ったスリーズちゃんを母が巣ごと持って、お父さんは燕の姿になって巣の上に乗る。
 お茶会の間にお乳をもらっていたスリーズちゃんは大人しく眠っていた。

 この日、僕は十歳になった。
 十歳のお誕生日に僕は殺されたから、お誕生日を一日でも過ぎれば、前世を超えることになる。
 お誕生日の夜に、僕はセイラン様の胸に吸い付いていた。
 思えばセイラン様にお乳を飲ませてもらうところから今世の僕の人生は始まった気がする。
 むっちりと筋肉の付いた胸を撫でて、乳首に吸い付いてお乳を飲んでいると、甘い味とセイラン様の匂いにうっとりしてしまう。

「セイラン様、僕は十歳を超えます」
「そうだな。明日からが、ラーイにとっては今世での新しい人生なのかもしれぬな」

 十歳までの人生は前世で経験した。これからの時間は僕が経験したことがないものになる。

「ラーイ、これからも健やかに育てよ」
「はい、セイラン様」

 セイラン様に愛されて、お父さんもできて、母からも姉たちからも愛されて、僕は今世を生きる。
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