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転生したらまた魔女の男子だった件

69.赤ちゃんの名前

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 新年には母は社に挨拶に来てくれた。母のお腹は目立つようになってきている。

「アンナマリに診てもらってるんだが、赤ん坊は燕の姿にもなるようなんだよ」
「燕の赤ちゃんなの!?」
「お父さんに似ているの!?」

 おなかの赤ちゃんの父親であるエイゼン様は燕の姿の渡る神様だ。神族の血を引いている赤ちゃんも燕の姿になれるようだ。

「燕の雛は小さいから、急にお腹の中でなられると、お腹がへこむような気がするよ」

 人間の赤ちゃんのサイズと燕の雛のサイズは全く違う。お腹の中で燕の雛になられると、母は急にお腹の中に入っている赤ちゃんのサイズが変わるから、分かるようだった。

「燕のさくらんぼちゃん。お姉ちゃんがお手手で抱っこしてあげるわ」
「リラ、赤ちゃんの名前はさくらんぼちゃんじゃないよ? 男の子かもしれないんだよ?」
「男の子だったら新しく考えるわ。女の子なら絶対にさくらんぼちゃんよ!」

 「さくらんぼちゃん」を譲らないリラに、母が提案をする。

「スリーズってのはどうだろうね?」
「スリーズちゃん?」
「さくらんぼちゃんじゃないの?」

 不満そうなリラに母が意味を教える。

「スリーズってのは大陸の言葉でさくらんぼのことだよ」
「スリーズちゃん……さくらんぼちゃんなのね!」

 意味を知るとリラは自分の主張を認められた気分になって納得していた。
 女の子だったら生まれて来る赤ちゃんの名前はスリーズちゃんになる。

「リラは妹だけど同じ年だから、年下の妹ができるのは初めてです」
「妹かどうかは分からぬがな」
「弟でも僕は嬉しいです」
「ラーイはよい兄だな」

 セイラン様と話していると、マオさんが母に話しかけている。いつもは母が魔女族の長ということもあって、マオさんは遠慮していることが多いのだが、今日は積極的だった。

「アマリエ様の妊娠中にお困りのことはありませんか? 私でよければお手伝いに参ります」
「料理はアナが来てくれているし、医者はアンナマリが診に来てくれている。困っていることはないよ」
「赤ん坊を産むのは大変だと思うのです。お掃除や洗濯だけでもお手伝いできないでしょうか?」
「気持ちは嬉しいけど、手は足りているね。それより、マオさんにはラーイとリラのことを頼みたい。私が赤ん坊にかかりっきりになっている間、ラーイとリラを見ていてくれる大人が必要だ」

 マオさんの気持ちを汲みつつも、母はアナ姉さんとアンナマリ姉さんで手が足りることをはっきりと言っていた。肩を落とすマオさんに母が言う。

「赤ん坊が見たいのかい?」
「え?」
「赤ん坊を可愛がりに来たいなら歓迎するよ。子どもはたくさんの大人に愛されて育つ方が幸せになるからね」

 微笑んだ母にマオさんが頬を染めている。

「分かっていましたか……。私、赤ちゃんを見たくて」

 マオさんには自分で産んだ赤ん坊を亡くした悲しい経験がある。僕とリラを育ててくれていたが、僕とリラはかなり大きくなってしまった。赤ん坊をもう一度抱きたいとマオさんが思ってもおかしくはなかった。

「抱っこしたり、可愛がったりしてくれるのは大歓迎だよ。いつでもおいで」
「ありがとうございます。ラーイ様とリラ様の弟妹です。愛情を注いで可愛がります」

 深く頭を下げたマオさんに、母はじっとマオさんの顔を見ていた。見られてマオさんは首を傾げている。

「マオと言ったよね。何歳になる?」
「私は今年で二十六になります」
「年齢より若いのは、土地神様のお傍で働いているからだろうね」

 言われてマオさんの顔を見る。僕は初めて会ったときからマオさんがほとんど変わっていない気がしていた。マオさんも土地神様の神力を浴びているので、年を取るのが遅いのだろうか。

「私、幼いですか?」
「そういう意味じゃなくて、神力に触れているから、老いが遅くなってる印象を受けるよ」

 母が指摘するまで僕もマオさんも気付いていなかった。
 毎日マオさんとは接しているから、僕は気付くはずがないし、マオさんも自分のことだから気付くのは難しい。客観的に見ている母のような存在がなければずっと気付かなかっただろう。

「土地神様の巫女になると長く生きるということがあるのですか?」
「巫女は代々長寿だな」
「そういえば、若々しいままだった気がしますね」

 これまでに巫女がいたことがあるようで、セイラン様もレイリ様も巫女が代々長寿で、若々しいままだということを教えてくれた。

「若々しいままなら、長くラーイ様とリラ様のお世話をできますね。ラーイ様とリラ様のお子様のお世話もできるかもしれません」

 喜んでいるマオさんに僕は聞きたいことがあった。

「マオさんはもう赤ちゃんは産まないの?」
「そういうつもりはありません。私はラーイ様とリラ様の成長を見守るだけで幸せです」

 マオさんには赤ちゃんを持つ未来は来ないのか。
 隣りの家にフウガくんがマオさんにずっと求婚しているが、それが実ることはないのか。
 僕はフウガくんは本当に大きくなったらマオさんに正式に申し込むのではないかと思っていた。子どもの言葉だとマオさんも本気にしていないが、僕はセイラン様と婚約しているし、セイラン様が大好きだ。セイラン様と将来結婚したいという気持ちが大きくなったら消えるとは思えなかった。

 新年には土地のひとたちも挨拶に来る。
 山積みのお供え物をもらって、セイラン様もレイリ様もそれを分別していた。
 酒類が多いが、魚や肉類、それにお米や味噌もある。セイラン様とレイリ様は社にお参りに来たひとのお賽銭やお守り代でお金を稼いでいるが、基本的に土地のひとたちが持ってくるお供え物で食事は賄えていた。
 毎日代わり映えのしない食事であることは確かだが、僕もリラも不満なくそれを食べている。マオさんも調理方法を工夫してくれたり、時々食材を魔女の森から母に運んできてもらって、豪華な食事を作ってくれたりする。

「今年も尾頭付きの鯛があるぞ」
「去年あり難くいただきましたから、また持って来てくれたのでしょうね」

 大きなざるの上に置かれた尾頭付きの鯛は、一年に一度しか食べられないご馳走だ。尾頭付きの鯛を見詰める僕もリラも喉がごくりと鳴る。

「お刺身を鯛茶漬けにしましょうか。鯛の煮つけも作りましょう」

 鯛茶漬けと鯛の煮つけの晩ご飯なんて、ものすごく豪華だ。

「スリーズちゃんが何歳になったら、一緒に晩ご飯が食べられるかしら?」
「スリーズちゃんは、お母さんの家で食べるんじゃない?」
「泊まりに来てもいいじゃない!」

 生まれてくるのが妹と決まったわけではないけれど、リラはもうスリーズちゃんと決めつけて、その子が社に泊まりに来れる日を楽しみにしている。
 僕もスリーズちゃんの名前を呼んでしまっているから、妹が生まれるのを期待しているのかもしれない。僕にとってリラは可愛い妹だから、もう一人妹が増えるのはやぶさかではなかった。
 もちろん、弟でも嬉しいことには変わりない。

「スリーズちゃんにもこの美味しい鯛を食べさせてあげたい」
「鯛の煮つけは一歳を越したら食べられるようになるかもしれないね。お刺身はもうちょっと先かな」
「美味しさを分かち合いたいのよ!」
「分かる! 可愛い妹と美味しさを分かち合いたい!」

 リラの気持ちは僕にはよく分かった。ほっぺたに米粒をつけて鯛茶漬けを食べているリラの頬についた米を、レイリ様が取って自分の口に運ぶ。

「リラが弟妹にかかりきりになってしまうと、少し寂しいですね」
「レイリ様は特別よ。弟妹が生まれても、レイリ様との関係は変わらないわ」

 微笑ましそうに言うレイリ様にリラは真剣に答える。

「僕もセイラン様が大好きなのは変わりません」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「セイラン様、大好きです」
「私もラーイが大好きだぞ」

 お互いに言い合うと安心する。
 赤ちゃんが生まれてもセイラン様との関係に変化が起きることはない。
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