土地神様に守られて 〜転生したらまた魔女の男子だった件〜

秋月真鳥

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転生したらまた魔女の男子だった件

68.母の妊娠

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「さくらんぼちゃん、私の可愛いさくらんぼちゃん」

 リラが庭でご機嫌で遊んでいる。
 冬休みに入っても母はまだ僕とリラを預かっていた。母の家には母だけでなくアナ姉さんも一緒に暮らすようになっていた。悪阻が酷いときなどは母はアナ姉さんに料理を任せる。

「私は料理の魔女なのよ。何でも食べたいものを教えて」
「アイスクリーム!」
「リラ、それはおやつにしましょうね。お昼ご飯はどうする?」
「ミニハンバーグがゴロゴロ入ったパスタがいいわ」

 自由奔放なリラの扱いもアナ姉さんは慣れたものだった。
 お昼ご飯を作るキッチンからトマトとハンバーグのいい香りがしてくる。トマトソースでミニハンバーグを煮込むから、ミニハンバーグのパスタはとても美味しいのだ。
 楽しみにしていると、リラが母のところに行ってお腹に話しかけていた。

「さくらんぼちゃん、もうすぐご飯だからね」
「その『さくらんぼちゃん』っていうのは何だい?」
「赤ちゃんの名前よ? 女の子だったらさくらんぼちゃんがいいの」

 笑顔で答えるリラに、母が笑い出す。

「女の子だったら赤ん坊に『さくらんぼちゃん』って名前を付けるのかい?」
「そうよ。いけない?」
「さくらんぼちゃんはちょっと違うかなぁ。リラは面白いね」

 愉快そうに笑いながら母はリラが赤ちゃんに「さくらんぼちゃん」と名前をつけようとしているのを、強く否定はしなかった。
 僕は赤ちゃんの名前は母が決めるのだろうと思っているし、「さくらんぼちゃん」とはつけないだろうと分かっているので、それ以上リラを刺激しないことにした。

 アナ姉さんが作った昼ご飯のミニハンバーグのパスタを、僕とリラは口の周りを真っ赤にして食べて、母は少し食べた。

「今日は悪阻の長子もいいのね」
「少しでも食べられるときに食べておかないとね」

 お昼ご飯が食べられたことでアナ姉さんは安心しているようだ。母も悪阻が酷くないときに食べるように気を付けている。
 母の悪阻は酷くない方だと本人は言っているが、僕には食べ物の匂いで吐きに行っていたり、食べた後に気分が悪くなって横になっている母は、平気だとは思えなかった。
 こんな苦しい思いを乗り越えて母は赤ちゃんを産む。
 赤ちゃんを産むのは大変だと聞いているが、母を目の当たりにしていると、できるだけ無理をしないようにしてほしいと僕は考えていた。

 調子がいいときには母は起きて僕にビーズ刺繍を教えてくれる。細い針でビーズを掬って、一粒一粒縫っていくビーズ刺繍は手間がかかるし、簡単なものではなかったが、僕は根気強くリラのワンピースと僕のシャツにビーズ刺繍を入れた。
 リラの夜空のようなワンピースには、黒真珠花の実のビーズが飾られている。僕の黒っぽいシャツにも黒真珠花の実でビーズ刺繍を入れた。

「リラー! できたよー! 試着に来てー!」

 僕と母が縫物をしている間は、大抵庭で遊んでいるリラが僕の呼び声に部屋の中に戻ってくる。額に汗をかいて髪がくしゃくしゃになっているのを、母が一度解いて汗を拭いて、魔法で乾かして、髪を結び直している。

「お兄ちゃん、バラ乙女仮面の新衣装、見せて!」
「胸と袖に黒真珠花の実のビーズで黒バラの刺繍を入れたよ」
「素敵! 見て、アナお姉ちゃん!」
「とても可愛いよ、リラ」

 見せてもらったリラは勢いよく汗で湿ったシャツとズボンを脱いで、ワンピースを試着している。少し大きめに作ってあるワンピースは、リラの膝下まで丈があって、とても上品で可愛い。

「リラ、可愛いよ」
「本当、お兄ちゃん? 嬉しいわ。ありがとう」

 僕が頑張っただけあって、リラのワンピースはよく似合って可愛かった。

「このポーズで変身したときには前の衣装になるように、こっちのポーズで変身したときには新しい衣装になるように、できる?」
「ワンピースに魔法をかけてあげようね」
「魔女っぽいとんがり帽子も欲しいの」
「いいね。作ってあげよう。刺繍はラーイがするかい?」
「僕がしてあげる」

 ポーズを決めながら母にお願いするリラに、母も答えてワンピースに魔法をかけてリラのポーチに仕舞ってくれている。とんがり帽子も欲しいというリラに、母は作る気満々だ。
 僕は少しでも母の負担を減らすために刺繍を引き受けることにした。
 ビーズ刺繍もワンピースで練習したので、少しは慣れてきた。

「さくらんぼちゃん、お姉ちゃんが守ってあげるからね」
「この子の名前は、『さくらんぼちゃん』に決まってるんだね」
「いけない?」

 母のお腹にリラが話しかけると笑い出す母に、リラは何がいけないのか首を傾げていた。

 社に帰ってもリラの関心は薔薇乙女仮面の衣装と赤ちゃんにあった。
 新しいワンピースは早速セイラン様とレイリ様とマオさんに見せている。

「変身! ほら、このワンピース素敵でしょう? お母さんが作ってくれて、お兄ちゃんが刺繍してくれたのよ」
「とてもよく似合うよ、リラ」
「黒真珠の輝きが豪華ですね」
「上品で素敵ですよ、リラ様」

 褒められてリラは胸を張って鼻の穴を膨らませている。

「この衣装を着て、さくらんぼちゃんを守るのよ!」
「さくらんぼちゃん?」
「誰ですか?」
「お友達ですか?」

 戸惑うセイラン様とレイリ様とマオさんに、リラは自信満々で言う。

「生まれて来る赤ちゃんが妹だったら、さくらんぼちゃんってお名前を付けてもらうのよ」
「さくらんぼちゃんか……それは止めた方が」
「さくらんぼは可愛いですが、名前には相応しくないかもしれません」
「魔女族の長様がいい名前を考えてくれると思います」

 自信満々だったのに反対されてしまってリラはほっぺたを膨らませていた。

「さくらんぼちゃんは可愛いのに! なんでみんな分かってくれないのかしら」

 リラは完全に赤ちゃんの名前を「さくらんぼちゃん」で決めているが、そもそも赤ちゃんは男の子が生まれて来るか女の子が生まれて来るか、生まれるまで分からないのだ。その上で名前が「さくらんぼ」というのはちょっと長すぎる気がする。

「僕の名前はラーイで三文字、リラの名前は二文字、さくらんぼは五文字でちょっと長すぎるんじゃない?」
「アンナマリお姉ちゃんは五文字よ?」

 あ、あっさりと論破されてしまった。

「さくらんぼは可愛いし美味しいけど、名前には相応しくないと思うんだ」
「可愛くて美味しいのに、なんで名前に相応しくないの?」
「それは……さくらんぼだから?」
「意味が分からない」

 また論破されてしまった。
 僕の前世は十歳だが、リラももう九歳になっている。十歳と九歳では考えることが近くなっているのかもしれない。僕ではリラを説得しきれない。

「アマリエがきっといい名前を付ける」
「そんなに心配しなくても平気ですよ、ラーイ」

 セイラン様もレイリ様も母を信頼していて、僕がリラに押し切られて母が赤ちゃんに「さくらんぼちゃん」という名前を付けないか心配しているのを、大丈夫だと言ってくれている。
 母はセイラン様とレイリ様すらブラジャーを着けさせるくらいに狡猾で、色んな手を使って口車に乗せるのは得意なので、きっと大丈夫だろうとは思っている。それと同時にリラが頑固で、扱いにくいのも僕は知っている。
 リラが押し切るようなことがないように僕の弟妹なのだから僕が守らなければいけない気分になるのだ。

「春には生まれるとアマリエから聞いている」
「年明けからはアマリエの家にラーイとリラが行くことはなく、社で過ごすようにお願いされていますよ」

 春には赤ちゃんが生まれて来る。
 その準備のために母は僕とリラの面倒を見なくていいように、社にいてくれるようにセイラン様とレイリ様に頼んでいた。
 赤ちゃんが生まれてくるのは楽しみだが、その期間母に会えないのはちょっと寂しい。

「お母さんに会いたいです」

 母の邪魔にならないようにするから、母の様子を時々でも見に行くことができないのか。僕が頼むと、セイラン様もレイリ様も微笑んで答えてくれる。

「行ってはいけないわけではない。行ってもアマリエが相手ができないだけだ。様子を見に行くのは構わないだろう」
「アマリエの負担にならないように、僕とセイラン兄上とラーイとリラで行きましょうね」
「私も連れて行ってもらえませんか?」

 セイラン様とレイリ様が言うのに、マオさんが口を挟んでくる。こんな風にマオさんが言うのは初めてなのでセイラン様もレイリ様も驚いている。

「ラーイ様とリラ様のお母様が赤ん坊がいるのならば、私、少しでもお手伝いしたいんです。料理はラーイ様とリラ様のお姉様がされるようなので、お掃除や洗濯だけでも」

 マオさんの優しい気持ちに僕は胸がいっぱいになる。

「ありがとう、マオさん。母も喜ぶと思う」
「マオお姉ちゃんが手伝ってくれたら、お母さん、助かるわ!」

 僕もリラも母に会いに行けるし、マオさんは母の手伝いをしてくれる。それはとても母にとっていい環境なのではないだろうか。
 年明けからもセイラン様とレイリ様と僕とリラとマオさんで母の家に行くのを、僕は楽しみにしていた。
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