土地神様に守られて 〜転生したらまた魔女の男子だった件〜

秋月真鳥

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転生したらまた魔女の男子だった件

66.南の土地での小旅行

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 エイゼン様と僕とリラと母が歩いていると、土地のひとたちから声をかけられる。

「エイゼン様、この時期に来られるのは珍しいですね」
「エイゼン様、夏にもおいでくださいね」

 声をかけて来る土地のひとたちにエイゼン様はゆったりと頭を下げる。母が縫った黒地に赤い模様の着物を着ているエイゼン様は、本当に母の夫のようだった。
 もう九歳になったので、僕もリラも母とずっと手を繋いでおくことはなくなった。段差があるとエイゼン様が母の手を恭しく取る。美しい青年の神族に手を差し出されて、母はまんざらでもない顔でその手に手を重ねていた。

 黒真珠花の実は、山の斜面に棚になっている畑に実っていた。
 見に行くと小さなビーズのような実が、鈴蘭の花のようについて垂れ下がっている。

「これが黒真珠花の実ですか?」
「真珠そっくりの綺麗な光沢でしょう? 魔法をかけるのもとても相性がいいと聞いています」

 黒真珠花の実を見ていると、その畑の農家のひとが出て来る。

「エイゼン様ではありませんか。黒真珠花の実はもう収穫時期ですよ」
「こちらは私の大事な女性とその息子さんと娘さんです。彼女たちに黒真珠花の実を渡したいのです」
「土地神様から伺っています。収穫してビーズに加工したものがありますよ」
「それをいただけますか?」
「もちろんです。報酬は土地神様からいただいております」

 既に海の土地神様はこの農家に報酬を支払っていた。
 大きな袋いっぱいの黒真珠花の実のビーズをもらって、母が頭を下げる。

「ありがとうございます」
「エイゼン様は渡る神で年に数か月しかお会いできないかもしれない。でも、素晴らしい方です」
「エイゼン様と幸せになります」

 そんなことを言っている母は、頬を染めていて少女のようだった。
 次の綿畑に行く前にエイゼン様が母の手を取って話し出す。

「私は夏が終わればあの土地を離れます。アマリエ殿が赤ん坊を産んでも見られるのは次の夏になる」
「夏まで待っているよ。毎年毎年、夏が来るのを楽しみに生きていくのも悪くないと思っている」

 母の答えにエイゼン様の表情が真剣なものになる。

「四十年か五十年経てば、私の後継も育つでしょう。その暁には、アマリエ殿と共に暮らしたいと思っています」
「私は魔女だ。四十年や五十年は待てる。待っているよ、エイゼン様」

 四十年や五十年と言われると、まだ九年しか今世では生きていないし、前世でも十年しか生きていない僕にすれば気が遠くなるような時間だ。それでも魔女である母にはあっという間で、神族であるエイゼン様にもあっという間なのだ。
 四十年か五十年後には母はエイゼン様と一緒に暮らすことになる。
 それは母が結婚するということではないだろうか。

「お母さん、結婚するの?」
「そのときにはそうしてもいいかもしれない」
「綺麗なウエディングドレスを着るのよ。お母さん、絶対素敵だわ!」

 飛び跳ねて喜ぶリラに、母も微笑んでいた。

 綿の畑では綿花の咲始める頃だった。まだ収穫には至らない時期だ。
 綿の花を見ていると、農家のひとたちが出て来る。

「昨年の綿を加工した布があります」
「土地神様からエイゼン様にと報酬はいただいております」

 ふわふわの柔らかな綿の布を持ってきてくれる農家のひとたちに、母が受け取って頭を下げる。

「生まれて来る赤ん坊のために使います」

 母の言葉に、エイゼン様が母を見詰めた。

「アマリエ殿、妊娠したのですか?」
「まだ早期なので分からないけれど、多分。ぬか喜びさせたくなかったので言わなかったけど……」
「本当に!? 私は父親になれるのですね!」

 大喜びして母に抱き付いているエイゼン様に、僕もリラも抱き締め合って喜ぶ。母が妊娠したということは、弟か妹が生まれるということなのだ。

「ラーイくん、リラちゃん、私のことは父と思ってくれると嬉しいです」
「お父さんね! エイゼン様のような素敵なお父さんができて嬉しいわ!」
「お父さんと呼ばせてもらいます。大事な弟妹のお父さんですから」

 生物学上の父親は酷かったのでもう思い出したくもないが、エイゼン様はそれに比べてとても優しいし、僕やリラのために小旅行を考えてくれて、生まれて来る赤ちゃんのために柔らかな綿の布を手に入れることまで考えてくれた。
 年に数か月しか傍にいられないのは残念だが、エイゼン様が申し分のない父親であることは間違いなかった。

「私、お母さんとママはいるから、お父さんが欲しかったのよ」
「僕もナンシーちゃんが羨ましかった」

 ナンシーちゃんのお父さんのようなできた父親がいることが僕にとっては夢だった。それをエイゼン様が叶えてくれる。

 南の土地から帰る前に、エイゼン様は海の土地神様に深く頭を下げてお礼を言っていた。

「素晴らしい黒真珠花の実も、綿の布も手に入れることができました。本当にありがとうございました」
「もう一月もせずにこちらの地に来るのでしょう。そのときには、話を聞かせてください」
「美味しいお酒を持って参ります」
「大事な方のことも、子どもたちのことも、語り合いましょう」

 海の土地神様が澄んだ青い色の目を細める。エイゼン様も黒い目を細めて二人は向かい合っていた。
 海の土地神様の社は氷柱が立てられて、部屋を冷やしている。
 出されたお茶が薄い黄色っぽい色で、ものすごく香りがよかったので僕は驚いてしまった。冷たく冷やされた香りのいいお茶を飲むと、いい匂いが鼻から抜けていく。

「これは何ですか?」
「ジャスミンティーです。花茶とも言います。この土地の特産品です」
「ジャスミンティー!」
「花茶ですって。お花が入っているのですか?」

 リラも目を丸くして飲んでいる。リラの問いかけに海の土地神様が答えてくださる。

「ジャスミンという花の香りを茶葉に移しているのです。とても手間のかかっているお茶なのですよ」

 僕はジャスミンティーをすっかり気に入ってしまった。

「このお茶を買えるところがありますか?」
「あちらの土地神様のご子息のためにお包みしましょうかね」
「いいのですか?」
「私の土地の特産品をあちらの土地神様にも知ってほしいのです」

 包んでもらったジャスミンティーを僕は大事に虎のポーチに仕舞った。

 社まで送ってもらうと、セイラン様とレイリ様が出て来る。セイラン様は僕を抱き上げて、服装が違うことに気付いたようだ。

「南の土地は暑かったか?」
「とても暑かったです。知らなかったので、魔法でお母さんに着替えさせてもらいました」
「私は行ったことがないから分からなかった」

 この島国の中の土地なのにセイラン様は南の土地には行ったことはない。
 レイリ様と離れて土地を空にするのを恐れているのだろう。

「美しい土地でした。いつか一緒に行きましょう」
「ラーイと共に行くのは楽しいであろうな」

 僕が誘えばセイラン様は微笑んで答えてくれる。

「レイリ様ー! ただいまー! 今帰ったわよー!」
「お帰りなさい、リラ。お土産話がたくさんありそうですね」
「そうなのよ! 私、お姉ちゃんになるかもしれないの!」

 レイリ様に飛び付きながらリラが悲鳴を上げて喜んでいる。

「ジャスミンティーをお土産に持ってきました」
「ジャスミンティーとは何だ?」
「ジャスミンというお花の香りをつけたお茶のことです。とても美味しかったので、お土産にいただいてきました」
「それは南の土地にもお礼をしなければいけないな」

 ジャスミンティーの包みを虎のポーチから出すと、淹れ方を書いたメモも入っていた。マオさんにお願いして淹れてもらって、セイラン様とレイリ様とリラと僕とマオさんで楽しむ。
 社の中にはジャスミンの香りが満ちていた。

「これはいい香りだ」
「飲むとすっきりしますね」

 セイラン様もレイリ様もジャスミンティーを気に入ってくれて、僕はもらってきてよかったと思ったのだった。
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