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転生したらまた魔女の男子だった件

64.保守派の魔女との戦い

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 最近、母の家に燕の神様がやってくる。
 燕の神様は季節を連れて来る渡る神で、毎年この土地にやってくるのだが、この燕の神様は代替わりしたばかりだった。

「前職の季節の神が婚姻を結んで、土地に根付いたので、今年からは私が来るようになりました」

 若い青年の姿の神様で、普段は燕の姿でこの土地を飛び回っている。

「この土地の服を誂えておきたかったのです」
「夏場にいるんだから、涼しい生地がいいよね」
「そうですね。秋になると次の季節の神と交代しますからね」

 黒地に赤い模様のある反物を母は選んでいる。これで着物を作るつもりなのだろう。
 人間の姿になった燕の神様は、黒髪で横の髪がひと房赤かった。
 大柄ではない母とあまり変わらない身長で採寸されている燕の神様に僕は手伝いをしながら名前を聞いてみた。

「僕はラーイ、妹はリラです。渡る神様のお名前は?」
「私はエイゼンといいます」

 エイゼン様は穏やかで優しそうである。
 僕と母が仕立て屋の仕事をしていても普段は興味を持たないリラも、目を見開いてエイゼン様を見ている。

「お兄ちゃん、もしかすると……」
「もしかするかもしれない」

 僕とリラの生物学上の父親は酷い男だったが、次の赤ちゃんの父親がエイゼン様ならば申し分がない。魔女と神族の組み合わせは非常に相性がいいし、生まれて来る子どもが神族であっても魔女であっても能力が高いのは間違いないだろう。

 生物学上の父親のせいで僕は生死の狭間をさまよったし、母には次の相手は慎重に選んでほしかった。

「夏の間しかいないのよね。それなら、私、急がなきゃ!」
「リラ、何を急ぐの!?」
「もちろん、巨悪を倒すのよ!」

 やる気に満ちたリラに、僕はリラをどう止めるか考えていた。

 結果として、リラは止まらなかった。
 母自体も魔女の森が分裂するような今の状況に耐えかねていたのだ。
 保守派の魔女と話し合いをしようと場を設けた。

 話し合いの場所は広場で、保守派の魔女の家には一軒ずつ母は丁寧な手紙を入れたはずだった。
 それなのに、保守派の魔女は一人も話し合いの場に来なかったのだ。

「これは間違いなく示し合わせているね」
「魔女族の長が手紙を送ったのに、話し合いの場にも来ないなんて、馬鹿にされているわ!」
「どうしたものか……」

 広場で立ち尽くす母に、リラがその手を握る。

「来ないのならば、こっちから行くまでよ!」
「リラ!? やめて!?」
「そうね……それしか方法はないかもしれない」
「行くわ! 決闘よ!」
「リラ!? 落ち着いて!?」

 僕は止めたのだが、母とリラは行く気になっていた。
 母とリラが手を繋いで行った一軒の家は、特に年を取った魔女の住んでいる場所だった。年をとっても魔女は外見が全盛期で止まっている。全盛期まで来ると、魔女は老いるのを止めるのだ。

 銀色の髪をなびかせた美しい魔女に、母が詰め寄る。

「今日は話し合いをしようと手紙を送ったつもりだけど、どうして来なかったんだい?」
「話し合い? あんたたちと話し合うことは何もないよ」

 よく見ればその魔女が立っている扉の向こうで、部屋の中には他の魔女も集まっているようだ。
 魔女の集会のようになっているそこに、リラが扉をこじ開けて顔を突っ込む。

「全員出て来なさいよ! 私が相手よ!」

 室内にいた魔女たちから笑い声が聞こえる。

「あんな小娘が相手なんて」
「決闘でも申し込むつもりかね」
「私たちも舐められたものだ」

 完全にリラのことを馬鹿にしている魔女たちに、母も黙っていられなかったようだ。

「これからリングを用意するわ。あなたたちと私たちで、どちらが正しいのか決めましょう」

 結局魔女は物理的に殴り合って物事を決めるしかないのだ。
 僕はそういう魔女のしきたりが怖くて嫌なのだが、母もリラもやる気に満ち溢れている。
 土地神様を見届け人に呼んで、魔女の戦いが始まりつつあった。

 広場にはリングが作られている。
 魔法をかけると広場の中央にリングがせり上がってくる作りになっているのだ。
 今回のリングは今世の母と前世の母が争ったときよりもかなり大きい気がする。
 それもそのはず、母とリラ対保守派の魔女の戦いなのだ。

「お母さん、危ないよ。人数の差がある」
「全員纏めて黙らせてやるわ」
「安心して、お兄ちゃん。私殴られても平気よ!」

 大事な母も大好きな可愛い妹も殴られる様子など見たくないのだが、母もリラも引くことがない。
 リングの上は臨戦状態に入っていた。

「勝負、始め!」

 見届け人のセイラン様とレイリ様が到着すると、審判役のアマンダ姉さんが声をかける。
 リラと母対八人の保守派の魔女が戦いを始めた。
 身体の軽いリラは掴まれて投げられてしまう。リングの柱に顔をぶつけてリラが鼻血を出すのを、僕は見ていられなくてセイラン様に抱き付いた。
 母は髪を掴まれて腕を掴まれて、複数の魔女に殴る蹴るされている。

「お母さん、リラ! もうやめて!」
「バラ乙女仮面、変身よ!」
「これくらいなんともないわ!」

 リラが叫ぶとリラの服装が夜空のようなマントと手袋とワンピースに靴下に靴という姿に変わる。きらきらと輝いているのは、母が刺繍したクリスタルのビーズだ。
 翻るマントが攻撃を防ぎ、リラの拳を的確に保守派の魔女に打ち込んでいく。母も囲みを解かれて、相手の髪を掴んで顔面に膝蹴りを打ち込んでいる。

 血みどろの争いに僕が震えてセイラン様に抱き付いて泣いていると、渡る神のエイゼン様が広場に来ていた。

「アマリエ殿、なんと逞しい」
「え!?」

 エイゼン様は頬を染めているような気がする。母の勇姿に見惚れているのだろうか。僕には恐怖でしかないのだが。

「バラ乙女仮面に敵対するものは悪よ! 滅びなさい!」
「滅ぼさないで!?」
「古い考えを改めるんだね」

 気が付けばリングに立っているのはリラと母だけになっていた。昏倒して倒れている保守派の魔女たちは、医者に運ばれていく。
 鼻血を出しつつ、目の周りに青あざも作りつつ、リラも母も勝利に拳を掲げていた。

「これで誰も文句は言えなくなったはずよ」

 誇らしげな顔でリングから降りて来たリラに、レイリ様が水を飲ませて、顔を冷たいタオルで拭いて冷やしてあげる。
 母のところにはエイゼン様が駆け寄っていた。

「アマリエ殿、美しい顔に痛々しい傷が」
「すぐに治るから気にすることはないよ」
「見事な戦いぶりでした」
「ありがとう。魔女の長なのだからこれくらいはできないとね」

 戦いは血みどろで恐ろしかったが、母とエイゼン様の雰囲気はよくなっている。これは母に新しい相手ができるのではないだろうか。

「お母さん、リラ、こっちへ来てください。治療します」

 アンナマリ姉さんが母とリラを呼んで治療してくれている。
 アンナマリ姉さんの魔法で母もリラも傷が綺麗に消えていた。

「狭い場所で複数の敵と戦うには、変身衣装も工夫が必要ね」
「新しい衣装を作るかい?」
「お母さん、作ってくれる?」

 今回の戦いでリラは学びを得たようだ。
 母と僕でリラの衣装を作ることになるかもしれない。
 それもリラを守るためならば仕方がないと僕は思い始めていた。

「傷も治ったことだし、土地神様も、エイゼン様も、うちでお茶でもどうかな?」

 母に誘われて、僕はセイラン様を見る。
 土地神様を見届け人としてお願いしたのだから、お礼にお茶に招くのは当然のことだった。でも、僕はセイラン様に言う。

「怖い場面を見て疲れました。社に早く帰りたいです」

 僕の言葉を聞いてリラも勘付いたようだ。

「レイリ様とゆっくりしたいわ。社に帰りましょう」

 僕とリラに、セイラン様とレイリ様が母に答える。

「ラーイが疲れておるようなので今日は失礼する。お茶はまた今度いただこう」
「今日はやめておきます。リラと社で過ごします」

 こうすれば、母はエイゼン様と二人で過ごせるはずだ。
 正式な決闘の場で倒されたとはいえ、保守派の魔女はすぐには意見を変えないだろう。それでも大っぴらに母に文句を言って来ることはできなくなった。
 後は魔女の森全体で保守派の魔女の意見も包括しながら、これからの生き方を決めていくのだ。
 これは魔女族全体の問題だった。

「私はお邪魔ではありませんか?」
「息子と娘のために作ったお菓子が余ってしまうわ。よろしければ食べてくれる?」
「喜んでいただきます」

 遠慮しようとするエイゼン様に母が微笑んで促す。
 母とエイゼン様の距離も縮まりそうだった。
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