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転生したらまた魔女の男子だった件

56.生物学上の父の矢

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 いつかはこの日が来ると思っていたのだ。
 大陸では一度追い出されて去った土地神様が戻ってきて、土地のひとたちと共に貴族を倒している。土地神様がいなくなって干ばつや大水に襲われた土地のひとたちは、改めて土地神様の大事さを実感して、土地神様を追い出すように仕向けた貴族たちに怒りを向けていた。
 大陸で平民と土地神様対貴族の戦いが始まっている。

 勝敗は戦う前から分かっていた。
 土地神様は土地のひとたちを傷付けないように戦わなかっただけで、戦いに参加すれば必ず勝つに決まっているのだ。

 貴族たちは追い出されて、土地のひとたちは土地神様を崇める新しい貴族を領主にしているという。

 僕やセイラン様とレイリ様のお父上とお母上が考えたことが実現したのだ。

 大陸もゆっくりとだが平穏が戻りつつある。
 大陸にある国の支配者たちも土地神様を蔑ろにすると土地に恵みがもたらされないことを理解して、土地神様を改めて敬うように法令を強化しているようだ。
 元々貴族や王族が国を治める前から土地神様は土地のひとたちを守って来た。それを崩すことがどれだけ危ういことか、大陸の人々も思い知った形になった。

 これで大陸で土地神様が追い出される事案は解決したかのように思えたのだが、一つだけ僕には気にしていることがあった。
 それは僕の生物学上の父親のことだった。

 父親と呼びたくないので生物学上の父親と呼ぶことにする、僕の生物学上の父親は、大陸の貴族だった。過去には僕を跡継ぎにするために攫おうとしたこともあった。
 そのときにリラに股間を殴られて血を流していたので、もう子どもは作れないだろう。その人物が魔女を土地神様の代わりにするために攫って奴隷にしようとしたのではないかと僕は考えていた。

 貴族を土地神様がひっくり返したとなると、生物学上の父が動かないはずがない。

「生物学上の父が来るような気がするのです。セイラン様、警戒を怠りなく」
「生物学上の、とはどういうことだ?」
「遺伝子的には父親ですが、育ててもらっていないし、大事にもされていないし、気持ち的には父親じゃないってことです」
「ラーイは難しいことを知っておるな」

 セイラン様は以前に「遺伝子」という言葉も知らなかったし、「生物学上」という言葉の意味も理解していなかった。神族ではあるがセイラン様は万能ではないのだと理解する。

「母はどうしてあの男と子どもを作ったのでしょう」
「聞いてみればいい。疑問に思うことは何でも聞いてみるといい」

 母に遠慮することはないのだと言ってくれるセイラン様に、僕は母に聞いてみることにした。
 小学校の行きには時間がないので、帰りにお社の庭に降ろしてもらって聞いてみる。

「お母さんは、生物学上の父親とどうして子どもを作ったの?」
「顔ね」
「顔!?」

 即答した母に僕は目を丸くする。

「顔がよかったから子どもを作っただけよ。それ以外にあの男にいいところなんて何もなかった」
「顔だけだったんだ」
「おかげでラーイがとても可愛く産まれたわ。性格は少しも似ていなくて」

 顔だけで選ばれた生物学上の父親の遺伝子を、見事に顔だけ引いて、僕は生まれていた。
 僕の顔が生物学上の父親と似ていると言われると嫌な気分になるが、僕の顔を母もセイラン様もクラスの女の子たちも可愛いと言ってくれる。リラとは全く違う顔なので、やはり生物学上の父親に似たのだろう。

「お兄ちゃん、生物学上の父親ってなぁに?」
「リラと僕の父親だよ。でも、育ててもらってないし、大事にもされてないから、血の繋がりはあっても父親とは思ってないっていう意味」
「あんなの父親とは思いたくないわ」
「思いたくないけど、父親なんだよね」

 話していると、社の庭に走り込んでくる人影があった。
 僕はそれが誰か一瞬分からなかった。

 薄茶色の髪に紫の目。
 服は薄汚れて、整っていたはずの顔立ちは目が落ち窪んでぎらぎらとして、恐ろしい形相になっている。

「魔女の子を渡せ!」
「性懲りもなくやってきたのかい?」
「バラ乙女仮面、変身よ!」

 母とリラが戦闘態勢を取ると、その男性、僕とリラの生物学上の父親は弓のようなものを構えた。
 歴史の本で見たことがある。
 あれはクロスボウではないだろうか。

 矢をつがえるのにとても時間がかかるが、強いばね仕掛けでものすごい威力を発揮する機械仕掛けの弓。

「魔法とクロスボウとどっちが強いかな?」

 生物学上の父親がクロスボウを構える。狙いはリラに向いている。リラはお面を取り出して薔薇乙女仮面に変身しているところだった。

「リラ、危ない!」
「お兄ちゃん!?」

 とっさにリラを抱き締めて庇った僕の身体をクロスボウの矢が貫いた。
 痛いなんてものじゃない。
 熱くて苦しい。
 息ができない。
 息をしようとすると、ごぼりと真っ赤な血が口から逆流してくる。

「ラーイ! よくもラーイを!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん、死なないで! レイリ様ー! セイラン様ー! お兄ちゃんを助けてー!」

 ぼろぼろとリラが涙を零しているのが分かる。大丈夫だと言えるような状況ではなかったが、僕はリラの頬に手を伸ばした。
 そこで意識が途切れた。

 気が付くと僕は前世の姿に戻っていた。
 十歳のお誕生日。
 僕は母に言う。

「お誕生日にはサクランボのパイが食べたい」
「私もサクランボのパイがいいわ」

 森の中の小屋に隠れていたときのことだ。
 サクランボのパイを手に入れるのが難しいと分かっていたのに、僕は母に我が儘を言った。妹もサクランボのパイが大好物だった。

「あなたたちの年齢が二桁になる大事な年だものね。サクランボのパイをどうにか手に入れて来ましょう」

 やっと十歳になれる。
 その喜び。
 忘れられないあの日。
 帰って来たのは母ではなくて、マントのフードを目深に被った魔女だった。
 十歳のお誕生日に僕は殺された。

 このまま死んでしまうのだろうか。
 セイラン様の声が遠くに聞こえる気がする。
 前世は十歳で、今世は八歳で死んでしまうなんて悔しすぎる。今世こそは十歳を超えて生きられると信じていたのに。成人してセイラン様と結婚して、平穏なときを過ごせると思っていたのに。

 僕の人生はここで終わってしまうのか。

 ぽたぽたと冷たい水が僕の顔に落ちて来る。
 僕も泣きたかった。
 こんな風に死にたくなかった。

 目を開けると、セイラン様が水色の目から涙を流して僕を見下ろしていた。
 身体を起こそうとすると、胸とお腹の間辺りが痛くて動くことができない。

「ラーイ、気が付いたのか?」
「セイラン、さ、ま?」

 声を出すと酷く僕の声がかすれているのが分かった。
 何日も水を飲んでいないかのようだ。

「三日も生死の境をさまよったのだぞ。意識が戻ってよかった」

 涙を流すセイラン様に僕は抱き締められる。セイラン様の泣き顔など見たことがなかったから、僕はセイラン様に力強く抱き締められながら驚いていた。

「みっか、も?」
「傷はすぐに私とレイリと魔女の森から呼んだ医者で塞いだのだが、当たり所が悪かったらしい。意識が戻らなくて、高熱を出して、死んでしまうかと思った。生きていてくれてよかった」

 完全に死んでしまったと思っていたが、僕はセイラン様とレイリ様と魔女の森の医者に助けられたようだった。

「お兄ちゃん! お兄ちゃん、意識が戻ったのね!」
「ラーイ、苦しくはありませんか?」

 部屋に入って来たリラは泣き腫らした目をしていた。レイリ様も心配そうに僕を見下ろしている。

「まだ少し痛いけど、平気です。のどがかわいたかな」

 セイラン様は僕を抱き締めて離さないので、お膝の上に座ったままで僕はレイリ様が持って来てくれたほうじ茶を飲んだ。飲むと体がべたべたしているのが気になってくる。
 三日間も寝付いていたのならば、お風呂も入っていないだろう。

「お風呂に入りたいです。それにご飯も食べたいです」
「すっかり元気になったようだな。ラーイ、お風呂に行こう。食事もしっかり食べるといい」

 魔法や神力でも完全に治すことはできないほどの傷を負ったようだが、僕は奇跡的に生還した。まだ胸とお腹の境目は痛いけれど、動けないほどではない。
 それでもその日はセイラン様がお風呂で僕の身体も髪も洗ってくれて、ご飯も食べさせてくれた。

 生物学上の父親のことは気になっていたが、それを聞く余裕もなく、僕はセイラン様のお乳を飲むと疲れて眠ってしまった。
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