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転生したらまた魔女の男子だった件
42.僕とリラの一人部屋
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僕もリラも六歳。
いつかこの日が来るのではないかと気付いてはいた。
気付いてはいたのだが、目を逸らし続けて来た。
しかし、その日は来てしまった。
社に新しいベッドが運び入れられる。それも二台も。
新しい箪笥が用意されて、勉強机も、椅子も用意される。
僕とリラは一人部屋をもらう日が来てしまったのだ。
「ラーイは私の隣りの部屋だ。縁側もあって、庭にもすぐに出られるようになっている」
「リラは僕の隣りの部屋ですよ。濡れ縁があって、雨の日も遊べます」
セイラン様の隣りの部屋と分かっていても、僕はセイラン様と離れたくなくて涙が滲んでしまう。リラは無邪気に自分の部屋を覗いて歓声を上げている。
「かわいいベッドだわ! ベッドカバーがおはなばたけになっているのね」
「そのベッドカバーはアマリエが作ってくれたのですよ」
「ベッドカバーとおそろいのまくらもある! すてき! イスのクッションもおなじがらなのね!」
「アマリエがクッションも作ってくれました」
「おかあさんに、いっぱいありがとうをいわなくちゃ!」
こんな風に喜ぶ様子をレイリ様も見たかったのだろう。にこにこしてリラを見守っている。部屋をぐるりと見てからリラはレイリ様に飛び付いた。
「でも、わたし、レイリさまといっしょにねるわ」
「え?」
「おひるねは、ここでしてもいい。よるはレイリさまがいないと、だれがおっぱいをくれるの?」
当然のように堂々と言うリラにレイリ様は「敵いませんね」と苦笑していた。
自分の部屋を見に行くことなくぷるぷると震えて半泣きの僕にセイラン様は気付いていた。セイラン様が僕を膝の上に抱き上げる。
「ラーイには少し早かったかな?」
「うれしいのです。ぼくにへやをくださるなんて。でも……セイランさまとはなれたくないよぉ!」
我慢できずにセイラン様の胸に縋り付いて泣いてしまった僕の背中を、セイラン様が優しく撫で下ろす。
「夜に一人で眠れなければ私の部屋に来てもいい。そのために隣りの部屋にしたのだ」
「いいのですか? あかちゃんだとおもわれませんか?」
「リラは堂々とレイリと寝る宣言をしておるぞ。ラーイはリラを赤ちゃんだと思うのか?」
「おもいません。おもいませんが、ぼくはリラとはすこしちがいます」
僕には前世の記憶があって、僕は本当は十歳の男の子なのだ。十歳で死んでから、生まれ変わって更に六年を生きているが、精神年齢が十歳から変わらないのは、肉体の年齢が十歳を超えていないからだろう。
肉体の年齢が十歳を超えれば僕もきっと十歳以上になれるはずなのだ。
ぐすぐすと洟を垂らして泣いている僕の顔をセイラン様が拭いてくれる。セイラン様は僕の洟も嫌がらずに綺麗に拭いて、僕のぐしゃぐしゃの顔を整えてくれる。
「ラーイ、私にとっては十歳も六歳も同じだ。きっと、ラーイが十五歳になっても、二十歳になっても同じだ」
「おなじ、ですか?」
「ラーイは私がオムツを替えて、乳を与えて育てた可愛い息子だ。何歳になっても可愛くて堪らない。レイリもそうであろう?」
話を振られてレイリ様が後ろからリラを抱き締める。
「リラは僕の大事な娘ですよ。何歳になってもそれは変わりません。僕は白虎族で神族なので、十年も二十年もあっという間というのもありますけどね」
そうだった。
セイラン様もレイリ様も白虎族で神族だった。人間よりもずっと長い年月を生きる。既にセイラン様もレイリ様もこの土地を治めてから百年以上経っている。ベテランの土地神とは言えないが、中堅くらいにはなっているだろう。
僕もリラも魔女なので人間よりも長い年月を生きる。神族ほどではないが、人間と神族の中間のような種族なので、それなりの寿命はあるのだ。
僕やリラ、セイラン様やレイリ様の寿命から考えれば、六年なんて瞬く間で、十年なんて誤差の範囲内でしかない。
セイラン様にとっては何年経っても僕が可愛いと言ってくださる気持ちが分かったような気がした。
「よるはいっしょにねてください。おひるねは、じぶんのへやでします」
「構わないぞ」
「おっぱいも、ときどきください」
「魔女の森に行かぬ日は、仕方がないな」
お乳に関してはセイラン様は喜んであげているわけではないのだが、僕が生きていくためには必要だと理解してくれていた。
「ぜんせで、ぼくはまりょくがたりなくて、ずっとびょうじゃくで、ねつをだしてばかりで、ねこんでいました。じゅっさいのたんじょうびも、ははがサクランボのパイをかいにいっているあいだ、ぼくといもうとはねこんでいたのです」
僕が元気で動けていれば、母について行って、僕も妹も殺されなかったかもしれない。前世で魔力が足りなくて病弱だったことは、僕の心に深い傷を残していた。
「魔力が足りなくてラーイが寝込むと困る。私はラーイが本当に可愛いのだ」
抱き締められて、しみじみと言われると、僕はまた泣きそうになってしまった。
僕の部屋は夜空の柄のベッドカバーで、枕もクッションも同じ柄で作ってあった。星の煌めく夜空の柄はとても綺麗で、僕は見惚れてしまった。
母が一針一針丁寧に縫ってくれたのだろう。
クッションの上に座ると、椅子の高さがちょうどよくなる。僕が大きくなっても使えるようにクッションで高さを調節しているのだ。
机もベッドの枠も椅子も箪笥も、艶のある飴色で、上等なものだということがよく分かる。
セイラン様とレイリ様は僕とリラのために一流の家具職人に注文して作ってもらったのだろう。
「おにいちゃん、しゅくだい、おしえて!」
走り込んで来たリラはノートと魔法の本を持っている。
ちょっと不便なのは、僕とリラの部屋が遠いことくらいだった。
居間を挟んで逆側にレイリ様とリラの部屋はある。リラが僕の部屋に来るには廊下を歩いて、居間を通って、廊下を歩いて、セイラン様の部屋の隣りにまで来なければいけなかった。
「ぼく、いまにいくよ。いっしょにべんきょうしよう」
「ありがとう、おにいちゃん」
居間のテーブルで勉強すればそれも解決する。
問題が分からなくなるたびに部屋から走ってくるリラも可愛いのだが、それではちょっと不便ではあった。
「リラは、ぼくのこと『おにいちゃん』ってよぶよね。ふたごなんだから、どっちがおにいちゃんかわからないのに」
「よくわからないけど、わたしがいもうとなきがするのよ」
「そうなの?」
「それに、いもうとのほうがかわいいきがするし」
リラにはリラなりの理屈があって、僕のことをお兄ちゃんと呼んでいるようだった。
僕としては前世の記憶があるのでリラが妹だと思っているが、リラにも何か感じるものがあったのだろうか。リラには前世の記憶はないと思い込んでいたが、何かあるのかもしれない。
「リラ、うまれるまえのこと、おぼえてる?」
「ちょっとだけ」
「え? ほんとうに?」
僕はリラに聞いてみてものすごく驚いてしまった。詳しく聞きたくて身を乗り出す。
「うまれるまえ、どんなかんじだった?」
「おかあさんのおなかのなかで、おにいちゃんといっしょだった。おにいちゃんがさきにでていって、わたしはあとだった」
あ、そっちの方か!
生まれる前の記憶と言ったから前世のことかと思っていたが、リラは母のお腹の中にいたときの記憶があったようだ。確かにそれも生まれる前の記憶ではある。
「ぼくはそんなのぜんぜんおぼえてない」
「おかあさんのおなかからでたら、さむくて、まぶしくて、わたし、ないたの。そしたら、レイリさまがだっこしてくれて、おなかのなかにいたときみたいなあたたかいおゆにつけてくれて、だきしめてくれた」
これは貴重な記憶なのではないだろうか。
僕は気が付いたら生まれていて、前世の記憶があったが、逆にリラは母のお腹の中にいたときから生まれるまでの記憶があった。
「すごいね、リラ」
「これ、すごいことなの?」
「ずっとわすれないでいるといいよ。とてもだいじなきおくだから」
母のお腹の中にいたときの記憶があるなんて、前世の記憶があるよりもすごいことかもしれない。リラに言えば、実感はわいていないようだがこくこくと頷いていた。
小学校に行くときに迎えに来てくれた母に、僕とリラはお礼を言った。
「よぞらのがらのベッドカバーとまくらカバーとクッション、すごくきれいだった。ありがとう」
「おへやがおはなばたけで、すごくうれしいの。おかあさん、ありがとう!」
お礼を言われて母は嬉しそうに微笑んでいた。
いつかこの日が来るのではないかと気付いてはいた。
気付いてはいたのだが、目を逸らし続けて来た。
しかし、その日は来てしまった。
社に新しいベッドが運び入れられる。それも二台も。
新しい箪笥が用意されて、勉強机も、椅子も用意される。
僕とリラは一人部屋をもらう日が来てしまったのだ。
「ラーイは私の隣りの部屋だ。縁側もあって、庭にもすぐに出られるようになっている」
「リラは僕の隣りの部屋ですよ。濡れ縁があって、雨の日も遊べます」
セイラン様の隣りの部屋と分かっていても、僕はセイラン様と離れたくなくて涙が滲んでしまう。リラは無邪気に自分の部屋を覗いて歓声を上げている。
「かわいいベッドだわ! ベッドカバーがおはなばたけになっているのね」
「そのベッドカバーはアマリエが作ってくれたのですよ」
「ベッドカバーとおそろいのまくらもある! すてき! イスのクッションもおなじがらなのね!」
「アマリエがクッションも作ってくれました」
「おかあさんに、いっぱいありがとうをいわなくちゃ!」
こんな風に喜ぶ様子をレイリ様も見たかったのだろう。にこにこしてリラを見守っている。部屋をぐるりと見てからリラはレイリ様に飛び付いた。
「でも、わたし、レイリさまといっしょにねるわ」
「え?」
「おひるねは、ここでしてもいい。よるはレイリさまがいないと、だれがおっぱいをくれるの?」
当然のように堂々と言うリラにレイリ様は「敵いませんね」と苦笑していた。
自分の部屋を見に行くことなくぷるぷると震えて半泣きの僕にセイラン様は気付いていた。セイラン様が僕を膝の上に抱き上げる。
「ラーイには少し早かったかな?」
「うれしいのです。ぼくにへやをくださるなんて。でも……セイランさまとはなれたくないよぉ!」
我慢できずにセイラン様の胸に縋り付いて泣いてしまった僕の背中を、セイラン様が優しく撫で下ろす。
「夜に一人で眠れなければ私の部屋に来てもいい。そのために隣りの部屋にしたのだ」
「いいのですか? あかちゃんだとおもわれませんか?」
「リラは堂々とレイリと寝る宣言をしておるぞ。ラーイはリラを赤ちゃんだと思うのか?」
「おもいません。おもいませんが、ぼくはリラとはすこしちがいます」
僕には前世の記憶があって、僕は本当は十歳の男の子なのだ。十歳で死んでから、生まれ変わって更に六年を生きているが、精神年齢が十歳から変わらないのは、肉体の年齢が十歳を超えていないからだろう。
肉体の年齢が十歳を超えれば僕もきっと十歳以上になれるはずなのだ。
ぐすぐすと洟を垂らして泣いている僕の顔をセイラン様が拭いてくれる。セイラン様は僕の洟も嫌がらずに綺麗に拭いて、僕のぐしゃぐしゃの顔を整えてくれる。
「ラーイ、私にとっては十歳も六歳も同じだ。きっと、ラーイが十五歳になっても、二十歳になっても同じだ」
「おなじ、ですか?」
「ラーイは私がオムツを替えて、乳を与えて育てた可愛い息子だ。何歳になっても可愛くて堪らない。レイリもそうであろう?」
話を振られてレイリ様が後ろからリラを抱き締める。
「リラは僕の大事な娘ですよ。何歳になってもそれは変わりません。僕は白虎族で神族なので、十年も二十年もあっという間というのもありますけどね」
そうだった。
セイラン様もレイリ様も白虎族で神族だった。人間よりもずっと長い年月を生きる。既にセイラン様もレイリ様もこの土地を治めてから百年以上経っている。ベテランの土地神とは言えないが、中堅くらいにはなっているだろう。
僕もリラも魔女なので人間よりも長い年月を生きる。神族ほどではないが、人間と神族の中間のような種族なので、それなりの寿命はあるのだ。
僕やリラ、セイラン様やレイリ様の寿命から考えれば、六年なんて瞬く間で、十年なんて誤差の範囲内でしかない。
セイラン様にとっては何年経っても僕が可愛いと言ってくださる気持ちが分かったような気がした。
「よるはいっしょにねてください。おひるねは、じぶんのへやでします」
「構わないぞ」
「おっぱいも、ときどきください」
「魔女の森に行かぬ日は、仕方がないな」
お乳に関してはセイラン様は喜んであげているわけではないのだが、僕が生きていくためには必要だと理解してくれていた。
「ぜんせで、ぼくはまりょくがたりなくて、ずっとびょうじゃくで、ねつをだしてばかりで、ねこんでいました。じゅっさいのたんじょうびも、ははがサクランボのパイをかいにいっているあいだ、ぼくといもうとはねこんでいたのです」
僕が元気で動けていれば、母について行って、僕も妹も殺されなかったかもしれない。前世で魔力が足りなくて病弱だったことは、僕の心に深い傷を残していた。
「魔力が足りなくてラーイが寝込むと困る。私はラーイが本当に可愛いのだ」
抱き締められて、しみじみと言われると、僕はまた泣きそうになってしまった。
僕の部屋は夜空の柄のベッドカバーで、枕もクッションも同じ柄で作ってあった。星の煌めく夜空の柄はとても綺麗で、僕は見惚れてしまった。
母が一針一針丁寧に縫ってくれたのだろう。
クッションの上に座ると、椅子の高さがちょうどよくなる。僕が大きくなっても使えるようにクッションで高さを調節しているのだ。
机もベッドの枠も椅子も箪笥も、艶のある飴色で、上等なものだということがよく分かる。
セイラン様とレイリ様は僕とリラのために一流の家具職人に注文して作ってもらったのだろう。
「おにいちゃん、しゅくだい、おしえて!」
走り込んで来たリラはノートと魔法の本を持っている。
ちょっと不便なのは、僕とリラの部屋が遠いことくらいだった。
居間を挟んで逆側にレイリ様とリラの部屋はある。リラが僕の部屋に来るには廊下を歩いて、居間を通って、廊下を歩いて、セイラン様の部屋の隣りにまで来なければいけなかった。
「ぼく、いまにいくよ。いっしょにべんきょうしよう」
「ありがとう、おにいちゃん」
居間のテーブルで勉強すればそれも解決する。
問題が分からなくなるたびに部屋から走ってくるリラも可愛いのだが、それではちょっと不便ではあった。
「リラは、ぼくのこと『おにいちゃん』ってよぶよね。ふたごなんだから、どっちがおにいちゃんかわからないのに」
「よくわからないけど、わたしがいもうとなきがするのよ」
「そうなの?」
「それに、いもうとのほうがかわいいきがするし」
リラにはリラなりの理屈があって、僕のことをお兄ちゃんと呼んでいるようだった。
僕としては前世の記憶があるのでリラが妹だと思っているが、リラにも何か感じるものがあったのだろうか。リラには前世の記憶はないと思い込んでいたが、何かあるのかもしれない。
「リラ、うまれるまえのこと、おぼえてる?」
「ちょっとだけ」
「え? ほんとうに?」
僕はリラに聞いてみてものすごく驚いてしまった。詳しく聞きたくて身を乗り出す。
「うまれるまえ、どんなかんじだった?」
「おかあさんのおなかのなかで、おにいちゃんといっしょだった。おにいちゃんがさきにでていって、わたしはあとだった」
あ、そっちの方か!
生まれる前の記憶と言ったから前世のことかと思っていたが、リラは母のお腹の中にいたときの記憶があったようだ。確かにそれも生まれる前の記憶ではある。
「ぼくはそんなのぜんぜんおぼえてない」
「おかあさんのおなかからでたら、さむくて、まぶしくて、わたし、ないたの。そしたら、レイリさまがだっこしてくれて、おなかのなかにいたときみたいなあたたかいおゆにつけてくれて、だきしめてくれた」
これは貴重な記憶なのではないだろうか。
僕は気が付いたら生まれていて、前世の記憶があったが、逆にリラは母のお腹の中にいたときから生まれるまでの記憶があった。
「すごいね、リラ」
「これ、すごいことなの?」
「ずっとわすれないでいるといいよ。とてもだいじなきおくだから」
母のお腹の中にいたときの記憶があるなんて、前世の記憶があるよりもすごいことかもしれない。リラに言えば、実感はわいていないようだがこくこくと頷いていた。
小学校に行くときに迎えに来てくれた母に、僕とリラはお礼を言った。
「よぞらのがらのベッドカバーとまくらカバーとクッション、すごくきれいだった。ありがとう」
「おへやがおはなばたけで、すごくうれしいの。おかあさん、ありがとう!」
お礼を言われて母は嬉しそうに微笑んでいた。
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