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転生したらまた魔女の男子だった件
32.五歳のままならない体
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僕はジアちゃんとラナちゃんに聞いてから興味があることがあった。
「うちではねこをかっているのよ」
「うちにもねこちゃんがいるの」
僕とリラは猫を飼っていないが、猫に興味はあった。社にはセイラン様とレイリ様の匂いがついているので、猫は寄って来ないのだ。だから、僕とリラにとって猫とは未知の生物だ。
「ねこちゃんをもんでいると、ぐにゃぐにゃになるの」
「そこにかおをつけてすいこんだら、いいにおいがして、ものすごくしあわせなきぶんになれるのよ」
吸い込む場所はお腹、背中、耳の後ろ、頭など好みでいいらしいのだが、猫を吸うと幸せな気分になれるというのは、僕もリラも初耳だった。
「ねこじゃなくてもいい?」
「リラちゃんはねこをかってないものね」
「びゃっこでもいいかな?」
リラがものすごいことを言い始めた。
セイラン様とレイリ様は本性が白虎という白い巨大な虎だ。虎は猫科であることには変わりないが、猫と同等に扱うのは神族でもある白虎のセイラン様とレイリ様に失礼に当たるような気がしていた。
「リラ、ダメだよ」
「おにいちゃんは、いつもわたしのすることにダメっていう。おにいちゃん、うらやましいんじゃない?」
「え? ぼくが!?」
「おにいちゃんがしたいけどできないから、わたしにダメっていってるんじゃない?」
僕はリラにとってそんな意地悪な兄に思えているのだろうか。生まれ変わる前の十歳の分別でものを言うのは、リラにとっては煩わしい様子だった。
「そんなんじゃないよ。ぼくはリラがだいすきだよ」
「わたしもおにいちゃんがだいすきよ?」
「リラはぼくにダメっていわれていやだったの?」
「レイリさまとのことを、レイリさまがダメっていうならわかるけど、どうしておにいちゃんがいうのか、わからないわ」
それはそうだ。
僕は自分がリラの兄で十歳の分別があるから、レイリ様の負担にならないようにと思ってリラを止めていた。しかし、レイリ様の方は新年にお乳をあげるのを了承したように本当は嫌じゃないかもしれない。
「ごめん、リラ。レイリさまとリラのことには、くちだししないようにする」
「いいのよ、おにいちゃんはわたしとレイリさまのことをかんがえてくれたんでしょう」
仲直りをしたところで、僕とリラは喉が渇いて虎のポーチから水筒を取り出した。
小学校でも水分補給をするために水筒を持っていくことを許されている。水筒の中身は麦茶と牛乳はすぐに傷んでお腹を壊すことがあるので、お茶か紅茶か水と決められていたが、僕とリラは薄めのほうじ茶を入れてもらっていた。
冷たいほうじ茶を飲んで一息つくと、ジアちゃんとラナちゃんと遊ぶ。
ジアちゃんとラナちゃんは手先が器用で、折り紙を僕とリラに教えてくれた。
折り紙を三枚使った独楽の作り方を教えてもらって、自分でも作ろうとするのだがなかなか難しい。
「うまくせんにあわせておれないよ」
「おにいちゃん、きあいよ!」
リラは線からずれているのに無理やり作り上げて、形は悪いが回る独楽を作っている。僕は何度も折り直しているので全然独楽を作るのが進まない。
「さいしょは、ちょっとくらいずれてもきにしないことよ」
「ラーイ、がんばれ!」
ジアちゃんとラナちゃんは応援してくれる。少しずれていても気にしないようにしても、やっぱり形の悪い独楽しか作れない僕は屈辱に床に崩れ落ちていた。
五歳の手はどうしても自分の思い通りに動いてくれない。文字を書くときにも、手首が安定しないので、ぐにゃぐにゃになってしまう。
ノートに書かれた僕の字を見て、自分で絶望する。文字が大きくしか書けないのもつらいところだ。ノートからはみ出そうになってしまう。
「ラーイはかんぺきしゅぎなのね」
「ごさいなんだから、できなくてもいいのよ」
「ぼくは、ちゃんとしたいんだ」
身体は五歳でも魂は十歳という乖離した状態が僕には怖かった。
魔女の森から社に帰って、僕はセイラン様に相談してみた。
「ぼくはごさいだけれど、じゅっさいのきおくがあります。じゅっさいのぼくが、ごさいのからだでいることを、どうしてもうけいれられないことがあります」
真剣にセイラン様に相談するとセイラン様も背筋を伸ばして聞いてくれる。
「ラーイは前世でのことを忘れなくてもいいし、忘れることはできないのだろうと思う。だが、今は五歳なのだから、できないことはできないと受け入れていいのだと思うぞ」
「できないことがくやしくて、ぼくはないてしまいそうになります。あかちゃんのときも、オムツをかえられるたびにないていたのは、はずかしかったからなんです」
「そうであったのか。ラーイはいつ頃から前世の記憶があったのだ?」
「うまれてすぐだとおもいます。めもよくみえなくて、からだもうまくうごかせなかった。はなとみみはよくききました」
こういうことをセイラン様に話すのは初めてかもしれない。いつかはセイラン様にも知ってほしいと思っていたが、僕はずっと流暢に喋ることができなかった。
「そんなに早くから前世の記憶があったのか。全く知らなんだ。ラーイは大変だったのだな」
労われるとそれだけで涙が出てきそうになる。
僕が生まれ変わって前世の記憶を持っているというのをはっきりと知っているのはセイラン様だけだ。母も勘付いているかもしれないが、何も言わないでいてくれる。レイリ様も恐らく気付いているが、僕がセイラン様との秘密にしておきたいと分かっているので口出しはしない。
こういうことを話せるのは、僕にとってはセイラン様だけだった。
「ラーイ、そなたはいつか、前世の年齢を超えて生きることになるだろう。そのときには、新しい世界が拓ける。それまでは、今の身体の成長に合わせてゆっくりと生きていくがいい」
前世の年齢を超えるときがくる。
セイラン様の言葉に僕ははっとしていた。
このまま生きていけば僕は十歳を超えて生き延びるだろう。
そのときには、十歳までの記憶しかない前世の僕を超えることになる。
今は前世よりも幼くてできないことが多くて苦しいが、前世の年齢を超えたら、前世よりもできることが多くなるということになる。
「ぼくは、いつかぜんせのねんれいをこえる……」
セイラン様に言われるまで想像したことのない世界だった。
そのときには僕には新しい世界が拓ける。それを希望として生きていけとセイラン様は言ってくれている。
「セイランさま、ありがとうございます」
セイラン様に話してみてよかったと心から思えた瞬間だった。十歳の僕よりもセイラン様のお考えはずっと深かった。
これまでの五年間も永遠のように長かったけれど、残りの五年を過ごすことができれば、僕は十歳になれる。
十歳のお誕生日に命を落とした前世よりも長く生きることになる。
そこからが僕の始まりなのかもしれない。
やっと気持ちも落ち着いたところで、僕はジアちゃんとラナちゃんの言葉を思い出していた。
猫は吸ったら幸せな気分になるという。虎はどうなのだろう。
「セイランさま、びゃっこになってくださいますか?」
「いいぞ。眠くなったか?」
小さい頃から僕は白虎の姿のセイラン様のお腹の上に乗って眠っていた。もふもふのお腹に埋もれて眠るのは心地いいし、毛を掻き分けて乳首に吸い付けばお乳が飲める。最高の環境だった。
巨大な白虎になってお腹を見せてごろんと寝転んだセイラン様を、両手で一生懸命揉む。小さな手なので、なかなか広範囲には揉めない。
「どうした? くすぐったいぞ」
笑っているセイラン様のお腹に僕は顔を埋めた。
吸い込むといい匂いがする。
「セイランさま、いいにおい」
「どうした、ラーイ?」
耳の後ろも嗅いで、後ろ頭にも顔を突っ込んで、背中にも顔を突っ込む僕に、セイラン様が戸惑っている。
セイラン様がいい匂いすぎて僕は自分が止められなかった。
「セイランさま、いいにおい。すごくいいにおい」
甘いような、香ばしいような匂いがして、僕はうっとりしてくる。
「甘えたくなったのか?」
大きな肉球のある手でぽんぽんと優しく頭を叩かれて、僕はセイラン様に抱き付く。セイラン様は僕を優しく受け止めてくれた。
「うちではねこをかっているのよ」
「うちにもねこちゃんがいるの」
僕とリラは猫を飼っていないが、猫に興味はあった。社にはセイラン様とレイリ様の匂いがついているので、猫は寄って来ないのだ。だから、僕とリラにとって猫とは未知の生物だ。
「ねこちゃんをもんでいると、ぐにゃぐにゃになるの」
「そこにかおをつけてすいこんだら、いいにおいがして、ものすごくしあわせなきぶんになれるのよ」
吸い込む場所はお腹、背中、耳の後ろ、頭など好みでいいらしいのだが、猫を吸うと幸せな気分になれるというのは、僕もリラも初耳だった。
「ねこじゃなくてもいい?」
「リラちゃんはねこをかってないものね」
「びゃっこでもいいかな?」
リラがものすごいことを言い始めた。
セイラン様とレイリ様は本性が白虎という白い巨大な虎だ。虎は猫科であることには変わりないが、猫と同等に扱うのは神族でもある白虎のセイラン様とレイリ様に失礼に当たるような気がしていた。
「リラ、ダメだよ」
「おにいちゃんは、いつもわたしのすることにダメっていう。おにいちゃん、うらやましいんじゃない?」
「え? ぼくが!?」
「おにいちゃんがしたいけどできないから、わたしにダメっていってるんじゃない?」
僕はリラにとってそんな意地悪な兄に思えているのだろうか。生まれ変わる前の十歳の分別でものを言うのは、リラにとっては煩わしい様子だった。
「そんなんじゃないよ。ぼくはリラがだいすきだよ」
「わたしもおにいちゃんがだいすきよ?」
「リラはぼくにダメっていわれていやだったの?」
「レイリさまとのことを、レイリさまがダメっていうならわかるけど、どうしておにいちゃんがいうのか、わからないわ」
それはそうだ。
僕は自分がリラの兄で十歳の分別があるから、レイリ様の負担にならないようにと思ってリラを止めていた。しかし、レイリ様の方は新年にお乳をあげるのを了承したように本当は嫌じゃないかもしれない。
「ごめん、リラ。レイリさまとリラのことには、くちだししないようにする」
「いいのよ、おにいちゃんはわたしとレイリさまのことをかんがえてくれたんでしょう」
仲直りをしたところで、僕とリラは喉が渇いて虎のポーチから水筒を取り出した。
小学校でも水分補給をするために水筒を持っていくことを許されている。水筒の中身は麦茶と牛乳はすぐに傷んでお腹を壊すことがあるので、お茶か紅茶か水と決められていたが、僕とリラは薄めのほうじ茶を入れてもらっていた。
冷たいほうじ茶を飲んで一息つくと、ジアちゃんとラナちゃんと遊ぶ。
ジアちゃんとラナちゃんは手先が器用で、折り紙を僕とリラに教えてくれた。
折り紙を三枚使った独楽の作り方を教えてもらって、自分でも作ろうとするのだがなかなか難しい。
「うまくせんにあわせておれないよ」
「おにいちゃん、きあいよ!」
リラは線からずれているのに無理やり作り上げて、形は悪いが回る独楽を作っている。僕は何度も折り直しているので全然独楽を作るのが進まない。
「さいしょは、ちょっとくらいずれてもきにしないことよ」
「ラーイ、がんばれ!」
ジアちゃんとラナちゃんは応援してくれる。少しずれていても気にしないようにしても、やっぱり形の悪い独楽しか作れない僕は屈辱に床に崩れ落ちていた。
五歳の手はどうしても自分の思い通りに動いてくれない。文字を書くときにも、手首が安定しないので、ぐにゃぐにゃになってしまう。
ノートに書かれた僕の字を見て、自分で絶望する。文字が大きくしか書けないのもつらいところだ。ノートからはみ出そうになってしまう。
「ラーイはかんぺきしゅぎなのね」
「ごさいなんだから、できなくてもいいのよ」
「ぼくは、ちゃんとしたいんだ」
身体は五歳でも魂は十歳という乖離した状態が僕には怖かった。
魔女の森から社に帰って、僕はセイラン様に相談してみた。
「ぼくはごさいだけれど、じゅっさいのきおくがあります。じゅっさいのぼくが、ごさいのからだでいることを、どうしてもうけいれられないことがあります」
真剣にセイラン様に相談するとセイラン様も背筋を伸ばして聞いてくれる。
「ラーイは前世でのことを忘れなくてもいいし、忘れることはできないのだろうと思う。だが、今は五歳なのだから、できないことはできないと受け入れていいのだと思うぞ」
「できないことがくやしくて、ぼくはないてしまいそうになります。あかちゃんのときも、オムツをかえられるたびにないていたのは、はずかしかったからなんです」
「そうであったのか。ラーイはいつ頃から前世の記憶があったのだ?」
「うまれてすぐだとおもいます。めもよくみえなくて、からだもうまくうごかせなかった。はなとみみはよくききました」
こういうことをセイラン様に話すのは初めてかもしれない。いつかはセイラン様にも知ってほしいと思っていたが、僕はずっと流暢に喋ることができなかった。
「そんなに早くから前世の記憶があったのか。全く知らなんだ。ラーイは大変だったのだな」
労われるとそれだけで涙が出てきそうになる。
僕が生まれ変わって前世の記憶を持っているというのをはっきりと知っているのはセイラン様だけだ。母も勘付いているかもしれないが、何も言わないでいてくれる。レイリ様も恐らく気付いているが、僕がセイラン様との秘密にしておきたいと分かっているので口出しはしない。
こういうことを話せるのは、僕にとってはセイラン様だけだった。
「ラーイ、そなたはいつか、前世の年齢を超えて生きることになるだろう。そのときには、新しい世界が拓ける。それまでは、今の身体の成長に合わせてゆっくりと生きていくがいい」
前世の年齢を超えるときがくる。
セイラン様の言葉に僕ははっとしていた。
このまま生きていけば僕は十歳を超えて生き延びるだろう。
そのときには、十歳までの記憶しかない前世の僕を超えることになる。
今は前世よりも幼くてできないことが多くて苦しいが、前世の年齢を超えたら、前世よりもできることが多くなるということになる。
「ぼくは、いつかぜんせのねんれいをこえる……」
セイラン様に言われるまで想像したことのない世界だった。
そのときには僕には新しい世界が拓ける。それを希望として生きていけとセイラン様は言ってくれている。
「セイランさま、ありがとうございます」
セイラン様に話してみてよかったと心から思えた瞬間だった。十歳の僕よりもセイラン様のお考えはずっと深かった。
これまでの五年間も永遠のように長かったけれど、残りの五年を過ごすことができれば、僕は十歳になれる。
十歳のお誕生日に命を落とした前世よりも長く生きることになる。
そこからが僕の始まりなのかもしれない。
やっと気持ちも落ち着いたところで、僕はジアちゃんとラナちゃんの言葉を思い出していた。
猫は吸ったら幸せな気分になるという。虎はどうなのだろう。
「セイランさま、びゃっこになってくださいますか?」
「いいぞ。眠くなったか?」
小さい頃から僕は白虎の姿のセイラン様のお腹の上に乗って眠っていた。もふもふのお腹に埋もれて眠るのは心地いいし、毛を掻き分けて乳首に吸い付けばお乳が飲める。最高の環境だった。
巨大な白虎になってお腹を見せてごろんと寝転んだセイラン様を、両手で一生懸命揉む。小さな手なので、なかなか広範囲には揉めない。
「どうした? くすぐったいぞ」
笑っているセイラン様のお腹に僕は顔を埋めた。
吸い込むといい匂いがする。
「セイランさま、いいにおい」
「どうした、ラーイ?」
耳の後ろも嗅いで、後ろ頭にも顔を突っ込んで、背中にも顔を突っ込む僕に、セイラン様が戸惑っている。
セイラン様がいい匂いすぎて僕は自分が止められなかった。
「セイランさま、いいにおい。すごくいいにおい」
甘いような、香ばしいような匂いがして、僕はうっとりしてくる。
「甘えたくなったのか?」
大きな肉球のある手でぽんぽんと優しく頭を叩かれて、僕はセイラン様に抱き付く。セイラン様は僕を優しく受け止めてくれた。
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