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転生したらまた魔女の男子だった件

7.魔女の長の来訪

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 冬の間、僕は寒くてセイラン様の抱っこから離れられなかった。セイラン様のお体はいつも温かくて抱き締められるとほっとする。
 社は風通しがよくて、冬場はとても寒いのだ。

 白虎族で神族のセイラン様とレイリ様は寒さというものを感じていないようだった。
 洗濯物を洗うマオさんの手が赤くなっているのに気付いている気配もない。
 レイリ様の膝の上に抱っこされているリラは、「くちん! くちん!」とくしゃみをして洟を垂らしている。

 ここは僕が頑張らなくてはいけない。

 遠慮して言えないマオさんや、前世の記憶のないリラのためにも、僕が頑張って伝えなくてはいけない。

「ママ!」

 まだ「セイラン様」と呼べないので「ママ」になってしまうのは仕方がない。

「どうした、ラーイ?」

 セイラン様も僕がずっと「ママ」と呼んでいるのでその響きに慣れてしまっている。

「ちゃむーい」
「寒いのか? もう少し服を着るか?」

 そうではない。
 それでは根本的な解決にならない。

「ちゃむい、やーの」

 できれば炭や薪で部屋を暖めるストーブが欲しいのだが、それが僕の口では上手く言えない。
 一歳児はあまりにも無力だった。

 自分の無力さに崩れ落ちていると、レイリ様が気付いてくれる。

「暖房器具が必要なんじゃないですかね。リラも洟を垂らしています」
「くちん! くちん!」
「はい、ちーんしましょうね」

 洟を拭いてもらってずびずびと洟を啜っているリラに、レイリ様は僕たちが寒いことに気付いてくれたようだ。

「暖房器具か。火を使うものはラーイとリラが触ってしまうかもしれぬ」
「魔法を使ったものがいいかもしれませんね。部屋を暖める魔法のかかった暖房器具など」

 僕は火に触るようなことはないが、前世の記憶がないリラは火に触ってしまうかもしれない。リラに危険がないようにしたいのは僕も同じだった。
 暖房器具は魔女の森に注文して作らせることになった。

 魔女の森から暖房器具を持ってきたのは、魔女族の長だった。

「長直々に来てもらえるとは思わなかった」
「ずっと社に入る隙を狙っていた。この社には厳重な結界が張られていて、招かれた者しか入ることができないからね」

 ぎらぎらと目を光らせる魔女族の長に、僕は震え上がってセイラン様の足にしがみ付いた。オムツがじんわりと濡れる感触がする。

「その子たちは魔女族の子どもだね?」

 やはり魔女族の長には見抜かれていた。
 若く美しい姿だが、何百年生きているか分からない魔女族の長は、そこにいるだけで恐ろしい。その体からぶわりと黒い靄のような瘴気が立ち上って、リラがレイリ様の腕の中で大声で泣き出した。
 僕も半泣きで、リラは激しく泣いている。
 鋭い目を光らせる美しい魔女族の長に、セイラン様もレイリ様も怯むことはない。

「その問いかけに答える義理はない」
「この子たちは僕たちの元に来た子ども。既に僕たちの子どもです」

 取り合うつもりのないセイラン様と、リラを抱き締めて魔女族の長を睨み付けるレイリ様に、魔女族の長はため息を吐く。

「頼むよ、土地神様。男の子の方だけでもいい、私に渡してくれないか?」
「水に沈めるつもりか? それとも土に埋めるのか? 可愛い我が子をそんな風にはさせられない」
「その子は災厄の子。必ずや魔女族に災いをもたらす」
「生まれただけで何故殺されなければいけない。この子は生まれる場所も種族も選べなかった。この子には何の咎もない。土地神としてこの土地に生まれて来た赤ん坊を守るだけのことだ」

 決して退かないセイラン様に魔女族の長が苦笑する。
 僕は怖くて漏らしてしまったし、涙も止まらなくてセイラン様の胸に顔を埋めていた。

「その子たちは生まれたのは偶然この土地かもしれないが、本来は魔女族の森で生まれ育ったはずの子」
「それは魔女族の理屈で、私たちの理屈ではない。魔女族から逃れ来た魔女がこの土地を選んで産んだのであれば、我が土地の守護を得るのは道理」

 魔女族の長がなだめすかそうとしても、脅しても、セイラン様の答えは変わらなかった。
 魔女族の長は暖房器具を置いてため息をついている。

「災厄をもたらすようになってからでは遅いのだよ?」
「そのようには育たぬ。この子は白虎族の祝福を受けて、幸いの子に育つだろう」

 はっきりと答えたセイラン様に、魔女族の長の方が根負けした。
 緩く両手を上げて降参の意を示している。

「それならば、土地神様にその命預けよう。だが、長じて魔女族に害をなすようなことがあれば、土地神様の子でも許しはしない」
「決してそのようなことはない。誓ってもいい」

 はっきりと言うセイラン様に、魔女族の長はこれ以上社にはいられないと判断したようだ。
 帰ろうとする魔女族の長にレイリ様が問いかける。

「災厄の子は男の子だけ? この子は違うのですか?」

 リラのことを聞いているレイリ様に、魔女族の長は愉快そうに笑った。
 その気味悪い笑い声に、僕は怖くて震えが止まらない。魔女族の長の顔を見るのも怖くてできないのだ。

「災厄の子と共に生まれてきただけでその子にも災いの力があるだろう。元凶の災厄の子を殺せば、それは消えるだろうがな」
「子どもを殺すなんてできません。あなたも何人もの子どもを産んで来たでしょう? どの子も愛しかったはずです。僕は自分の育てている子をとても可愛いと思っています」
「そんな甘い感情と、一族の存亡を秤にかけるつもりはない」

 冷たく言い放った魔女族の長だが、それ以上僕にもリラにも近付こうとせず、セイラン様とレイリ様に言い聞かすようにして帰って行った。

「くれぐれも、その子たちを呪われた子にせぬように」

 魔女族の長が帰ってからも僕は震えが止まらず、セイラン様に抱き締められていた。オムツを替えてくれてからセイラン様は僕を抱いたまま暖房器具を確認する。

「妙な魔法はかけられていないようだが」
「もし妙な魔法がかけられていて、僕たちに害があれば魔女族と白虎族の戦争になりますからね」

 神族と人間との間にあるとはいえ、魔女族が生粋の神族である白虎族に勝てるはずがない。魔女族の長は魔法のかかった暖房器具には小細工は仕掛けて来なかったようだ。

 僕は生まれたときから災厄の子と言われ、呪われた人生を生きることが決まっているように魔女族の長は言っていたが、セイラン様とレイリ様の意見は違った。

「正しく愛されて、教育されれば、この子は魔女族を滅ぼしたりしない」
「ラーイとリラが災厄の子になるはずがありません」

 自信を持って言ってくれるセイラン様とレイリ様が保護者でよかったと僕は心から思っていた。

 魔女族から届いた暖房器具はストーブで、スイッチを押すとストーブの中で明るい魔法の炎が燃える。魔法の炎は暖かいが触れても火傷するようなことはなく、安全だった。

 マオさんとリラがストーブにくっ付いて暖を取っている。
 僕はセイラン様に抱き付いている方が好きだったが、セイラン様もずっと僕を抱いているわけにはいかない。
 マオさんの部屋にも同じストーブが入れられた。

 ストーブは社を暖め、居心地よくさせた。

 ストーブの前に座って中の炎を見ていると、僕は眠くなってきてしまう。瞼が重くなって、こくりこくりと眠りかけていると、隣りに座っているリラも眠りかけている。

 年越しには土地のひとたちからつきたてのお餅が届いた。
 お餅が食べたくて突進しようとするリラをレイリ様が押さえている。僕も食べたい気持ちはあったが、僕には問題があった。

 僕はまだ一歳なので歯が生え揃っていないのだ。
 前歯は生えているし、横の歯も生えているが、奥歯が生えていない。

 これではどれだけお餅を食べたくてもよく噛むことができない。
 お餅はよく噛まないと喉に詰まらせる凶器だということを、僕は知識として知っていた。

 食べたくて涎が出るが食べられなくて、悲しくて涙も出る。

 レイリ様の腕で暴れるリラと、食べられなくてしくしくと泣いている僕のために、マオさんがお餅を小さく小さく切ってくれた。

「これなら喉に詰まらせませんよ」
「ラーイ、リラ、食べてみるか?」

 やっと許されて、僕は意気揚々と椅子に座った。
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