土地神様に守られて 〜転生したらまた魔女の男子だった件〜

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
7 / 180
転生したらまた魔女の男子だった件

7.魔女の長の来訪

しおりを挟む
 冬の間、僕は寒くてセイラン様の抱っこから離れられなかった。セイラン様のお体はいつも温かくて抱き締められるとほっとする。
 社は風通しがよくて、冬場はとても寒いのだ。

 白虎族で神族のセイラン様とレイリ様は寒さというものを感じていないようだった。
 洗濯物を洗うマオさんの手が赤くなっているのに気付いている気配もない。
 レイリ様の膝の上に抱っこされているリラは、「くちん! くちん!」とくしゃみをして洟を垂らしている。

 ここは僕が頑張らなくてはいけない。

 遠慮して言えないマオさんや、前世の記憶のないリラのためにも、僕が頑張って伝えなくてはいけない。

「ママ!」

 まだ「セイラン様」と呼べないので「ママ」になってしまうのは仕方がない。

「どうした、ラーイ?」

 セイラン様も僕がずっと「ママ」と呼んでいるのでその響きに慣れてしまっている。

「ちゃむーい」
「寒いのか? もう少し服を着るか?」

 そうではない。
 それでは根本的な解決にならない。

「ちゃむい、やーの」

 できれば炭や薪で部屋を暖めるストーブが欲しいのだが、それが僕の口では上手く言えない。
 一歳児はあまりにも無力だった。

 自分の無力さに崩れ落ちていると、レイリ様が気付いてくれる。

「暖房器具が必要なんじゃないですかね。リラも洟を垂らしています」
「くちん! くちん!」
「はい、ちーんしましょうね」

 洟を拭いてもらってずびずびと洟を啜っているリラに、レイリ様は僕たちが寒いことに気付いてくれたようだ。

「暖房器具か。火を使うものはラーイとリラが触ってしまうかもしれぬ」
「魔法を使ったものがいいかもしれませんね。部屋を暖める魔法のかかった暖房器具など」

 僕は火に触るようなことはないが、前世の記憶がないリラは火に触ってしまうかもしれない。リラに危険がないようにしたいのは僕も同じだった。
 暖房器具は魔女の森に注文して作らせることになった。

 魔女の森から暖房器具を持ってきたのは、魔女族の長だった。

「長直々に来てもらえるとは思わなかった」
「ずっと社に入る隙を狙っていた。この社には厳重な結界が張られていて、招かれた者しか入ることができないからね」

 ぎらぎらと目を光らせる魔女族の長に、僕は震え上がってセイラン様の足にしがみ付いた。オムツがじんわりと濡れる感触がする。

「その子たちは魔女族の子どもだね?」

 やはり魔女族の長には見抜かれていた。
 若く美しい姿だが、何百年生きているか分からない魔女族の長は、そこにいるだけで恐ろしい。その体からぶわりと黒い靄のような瘴気が立ち上って、リラがレイリ様の腕の中で大声で泣き出した。
 僕も半泣きで、リラは激しく泣いている。
 鋭い目を光らせる美しい魔女族の長に、セイラン様もレイリ様も怯むことはない。

「その問いかけに答える義理はない」
「この子たちは僕たちの元に来た子ども。既に僕たちの子どもです」

 取り合うつもりのないセイラン様と、リラを抱き締めて魔女族の長を睨み付けるレイリ様に、魔女族の長はため息を吐く。

「頼むよ、土地神様。男の子の方だけでもいい、私に渡してくれないか?」
「水に沈めるつもりか? それとも土に埋めるのか? 可愛い我が子をそんな風にはさせられない」
「その子は災厄の子。必ずや魔女族に災いをもたらす」
「生まれただけで何故殺されなければいけない。この子は生まれる場所も種族も選べなかった。この子には何の咎もない。土地神としてこの土地に生まれて来た赤ん坊を守るだけのことだ」

 決して退かないセイラン様に魔女族の長が苦笑する。
 僕は怖くて漏らしてしまったし、涙も止まらなくてセイラン様の胸に顔を埋めていた。

「その子たちは生まれたのは偶然この土地かもしれないが、本来は魔女族の森で生まれ育ったはずの子」
「それは魔女族の理屈で、私たちの理屈ではない。魔女族から逃れ来た魔女がこの土地を選んで産んだのであれば、我が土地の守護を得るのは道理」

 魔女族の長がなだめすかそうとしても、脅しても、セイラン様の答えは変わらなかった。
 魔女族の長は暖房器具を置いてため息をついている。

「災厄をもたらすようになってからでは遅いのだよ?」
「そのようには育たぬ。この子は白虎族の祝福を受けて、幸いの子に育つだろう」

 はっきりと答えたセイラン様に、魔女族の長の方が根負けした。
 緩く両手を上げて降参の意を示している。

「それならば、土地神様にその命預けよう。だが、長じて魔女族に害をなすようなことがあれば、土地神様の子でも許しはしない」
「決してそのようなことはない。誓ってもいい」

 はっきりと言うセイラン様に、魔女族の長はこれ以上社にはいられないと判断したようだ。
 帰ろうとする魔女族の長にレイリ様が問いかける。

「災厄の子は男の子だけ? この子は違うのですか?」

 リラのことを聞いているレイリ様に、魔女族の長は愉快そうに笑った。
 その気味悪い笑い声に、僕は怖くて震えが止まらない。魔女族の長の顔を見るのも怖くてできないのだ。

「災厄の子と共に生まれてきただけでその子にも災いの力があるだろう。元凶の災厄の子を殺せば、それは消えるだろうがな」
「子どもを殺すなんてできません。あなたも何人もの子どもを産んで来たでしょう? どの子も愛しかったはずです。僕は自分の育てている子をとても可愛いと思っています」
「そんな甘い感情と、一族の存亡を秤にかけるつもりはない」

 冷たく言い放った魔女族の長だが、それ以上僕にもリラにも近付こうとせず、セイラン様とレイリ様に言い聞かすようにして帰って行った。

「くれぐれも、その子たちを呪われた子にせぬように」

 魔女族の長が帰ってからも僕は震えが止まらず、セイラン様に抱き締められていた。オムツを替えてくれてからセイラン様は僕を抱いたまま暖房器具を確認する。

「妙な魔法はかけられていないようだが」
「もし妙な魔法がかけられていて、僕たちに害があれば魔女族と白虎族の戦争になりますからね」

 神族と人間との間にあるとはいえ、魔女族が生粋の神族である白虎族に勝てるはずがない。魔女族の長は魔法のかかった暖房器具には小細工は仕掛けて来なかったようだ。

 僕は生まれたときから災厄の子と言われ、呪われた人生を生きることが決まっているように魔女族の長は言っていたが、セイラン様とレイリ様の意見は違った。

「正しく愛されて、教育されれば、この子は魔女族を滅ぼしたりしない」
「ラーイとリラが災厄の子になるはずがありません」

 自信を持って言ってくれるセイラン様とレイリ様が保護者でよかったと僕は心から思っていた。

 魔女族から届いた暖房器具はストーブで、スイッチを押すとストーブの中で明るい魔法の炎が燃える。魔法の炎は暖かいが触れても火傷するようなことはなく、安全だった。

 マオさんとリラがストーブにくっ付いて暖を取っている。
 僕はセイラン様に抱き付いている方が好きだったが、セイラン様もずっと僕を抱いているわけにはいかない。
 マオさんの部屋にも同じストーブが入れられた。

 ストーブは社を暖め、居心地よくさせた。

 ストーブの前に座って中の炎を見ていると、僕は眠くなってきてしまう。瞼が重くなって、こくりこくりと眠りかけていると、隣りに座っているリラも眠りかけている。

 年越しには土地のひとたちからつきたてのお餅が届いた。
 お餅が食べたくて突進しようとするリラをレイリ様が押さえている。僕も食べたい気持ちはあったが、僕には問題があった。

 僕はまだ一歳なので歯が生え揃っていないのだ。
 前歯は生えているし、横の歯も生えているが、奥歯が生えていない。

 これではどれだけお餅を食べたくてもよく噛むことができない。
 お餅はよく噛まないと喉に詰まらせる凶器だということを、僕は知識として知っていた。

 食べたくて涎が出るが食べられなくて、悲しくて涙も出る。

 レイリ様の腕で暴れるリラと、食べられなくてしくしくと泣いている僕のために、マオさんがお餅を小さく小さく切ってくれた。

「これなら喉に詰まらせませんよ」
「ラーイ、リラ、食べてみるか?」

 やっと許されて、僕は意気揚々と椅子に座った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

かみたま降臨 -神様の卵が降臨、生後30分で侯爵家を追放で生命の危機とか、酷いじゃないですか?-

牛一/冬星明
ファンタジー
神様に気に入られた悪女令嬢が好きな少女は眷属神にされた。 どう見ても人の言う事を聞かなそうな神様の下で働くなって絶対嫌だった。 少女は過労死で死んだ記憶がある。 働くなら絶対にホワイトな職場だ。 神様のスカウトを断った少女だったが、人の話を聞かない神様が許す訳もない。 少女は眷属神の卵として転生を繰り返す。 そいて、ジュリアーナ・マジク・アラルンガルはこの世界に転生された。 だが、神々の加護を貰えないジュリアーナはすぐに捨てられた。 この可哀想な神様の卵に幸はあるのだろうか?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

処理中です...