世界最強の魔術師の恋 ~最強のはずなのに弟子が怖いんですけど~

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
29 / 30

29.

しおりを挟む
 麓の街にも街医者はいる。
 セイジはカマルを連れて何度も検診に出向いた。魔術を使える医者はカマルのお腹に手を当てて退治の様子を見ているようだった。
 治癒の魔術が使えないわけではないが、セイジは医学の専門家ではない。それでもカマルのお腹に手を当てて感じ取っていた生命力と、医者の見立ては一致した。

「これは、双子ですね。産むのは大変かもしれませんが、こまめに診せに来てください」
「双子、ですか?」
「そうです。赤ちゃんが二人お腹にいます」

 双子という単語自体を知らなかった様子のカマルに、医者が説明する。

「子どもたちって、セイジさんが言ったのは、気付いていたんですか?」
「何となく、カマルさんのお腹に二人いるような気がしたんだ」

 手を当てたときにカマルのお腹に二つの命を感じた。医者の見立てでそれが間違いではなかったのだとはっきりする。一度に二人の子どもを産むのはカマルにとっては負担かもしれないが、驚きながらもカマルは喜んでいた。

「イオくんに話さないと。赤ちゃんは二人ですよって」
「イオにも分かってる気がするんだがな」

 診察から帰って来ると、ソファに座ったカマルにイオが駆け寄って来た。セイジは何となく嫌な予感を覚えていた。

「お母さん、どうでしたか?」
「赤ちゃんは二人だということが分かりました。双子なんだそうです」
「やっぱりそうでしたか。イオは滋養にいいように準備してきましたからね!」

 物凄く嫌な予感がするのだが、イオはにこにこと嬉しそうにカマルに告げる。

「ワイバーンを取って来ました! ワイバーンステーキにしましょう!」
「はぁ?」

 思わずセイジは頭を抱えていた。
 イオがイノシシやシカやコカトリスやブラックベアを取って来るのはもう日常になっていたが、まさかワイバーンを取って来るとは予想外だった。

「サプライズなのです」

 庭にカマルとセイジを連れ出して、森の中に隠しておいた巨大なワイバーンを担いでくるイオの姿に、カマルが口元を押さえるのが分かった。急いでカマルは小屋の中に避難させて、セイジはイオに説教する。

「カマルさんは妊娠中で体調がよくないんだぞ? なんでワイバーンなんだ」
「妊娠すると貧血になるから、鉄分を多くとった方がいいって、本に書いてあったのです! ワイバーンのレバーと心臓は鉄分豊富で滋養にもいいのです!」
「他のものもあるだろう! 血生臭い解体作業を見て、カマルさんの吐き気が酷くなったらどうする!」
「師匠が解体するから平気なのです。イオは汗をかいたのでシャワーを浴びますね」

 説教を全く聞かない体勢でイオが立ち去るのに、セイジは頭痛しか感じなかった。
 イオなりのカマルに対する気遣いなのだと分かっているが、何故ワイバーンなのだろう。普通に街の肉屋で家畜のレバーと心臓を買ってくるわけにはいかないのか。

「確かに、小さな街だから肉が売り出すのもときどきだし、レバーや心臓は手に入りにくいけど……」

 解体しても氷室にしている倉庫に入りきらない予感しかしないワイバーンを前に、セイジは立ち尽くしてしまった。
 死んで血抜きをされたワイバーンを放置しておくとカラスや魔物が寄って来るので、仕方なくセイジはワイバーンを解体する。硬い鱗のある皮を剥いで、内臓の処理をして、骨から肉をそぎ取っていく。
 解体が終わったら外は寒いのに汗びっしょりになっていて、セイジは一度小屋でシャワーを浴びた。

「イオ、倉庫に入りきらない。麓の街に分けて来てくれ」
「仕方がないですね。帰ったら特大のワイバーンステーキを焼いてくださいね」

 仕方がないも何も、自分が持って来たのにセイジのせいのように言うイオに呆れつつも、セイジはカマルの隣りに腰かけた。

「カマルさん、気分は悪くないか?」
「は、はい。ちょっと驚いただけです」
「ワイバーンの心臓とレバーを調理したら食べられそうかな?」
「心臓とレバー?」

 どういうことかと聞き返すカマルにセイジが説明する。

「妊娠中には鉄分が必要らしいんだ。それで、イオはワイバーンを取って来た。心臓とレバー……肝臓には、特に鉄分が多いんだ」
「そうなんですね。お肉屋さんでは売ってませんからね。イオくんは私のために取って来てくれたんですね。大丈夫です、食べてみます」

 イオの好意を理解して頷くカマルに、どうすれば臭みなく食べられるのか、調理方法をセイジは考えていた。


 ワイバーンの心臓とレバーはよく血抜きをして、水洗いをして、水気を取って、塩コショウで味付けして、パン粉をはたいてオリーブオイルで揚げ焼きにした。バルサミコ酢とハーブを散らせば、臭みもかなり気にならなくなる。
 一人で食べきれる量ではなかったが、時間を置くと臭みが酷くなるので、カマルの分を取り分けた後にセイジはイオに残りをあげてしまう。特大のワイバーンステーキを焼いてもらったイオは、ステーキもレバーも心臓も全部食べ尽くした。

「美味しいです。ありがとうございます、イオくん、セイジさん」
「口に合ったならよかった」
「お母さんは元気な赤ちゃんを産むのですよ?」

 「お母さん」とカマルを慕うイオが言うのに、セイジは不思議な気分になる。自分のことは一度も「お父さん」などと言ったことはないし、思われているはずもないセイジだが、イオはカマルのことは受け入れた。
 これが聖女としてのカマルの人徳というものなのだろうか。
 カマルが来てセイジも変わったが、イオも明らかに変わっていた。

「イオくんの弟か妹か、両方かもしれませんね」
「イオの弟でも妹でもないのですよ」

 カマルの言葉にイオがあっさりと否定する。

「イオの運命のひとなのです」
「は?」
「イオには分かるのです。お母さんが産むのは、イオの運命なのです」

 イオには未来視のような力があることがセイジには分かっていた。だからこそ、イオが冗談ではなく本気でそれを言っていることが分かる。
 生まれる前からイオが自分の運命と決めているのが、セイジの息子か娘だなんて信じられない。

「お父さんと呼ぶのは今じゃないって、そういう意味か!?」
「師匠は昔から察しが悪すぎるのですよ!」
「カマルさんのことも『お母さん』じゃなくて、『お義母さん』だったのか!?」

 あまりのことに叫んでしまったセイジだが、カマルは意外と落ち着いていた。

「そうだったのですね。イオくんにお母さんって呼ばれるのが嬉しくて気付いていませんでした。お義母さんだったのですね」
「お母さんは、本当のお母さんのような気持でいるのです。師匠は……まぁ、いつか『お義父さん』になりますね」
「断言した!?」

 まだ十二歳のイオだが、大人になれば自然とセイジの元を離れて独り立ちしていくのだとセイジは勝手に思っていた。しかし、イオの言うことが本当で、セイジとカマルの子どもがイオの運命の相手ならば、イオはセイジの元を離れていくというのはなさそうである。

「師匠とお母さんの仲を応援したのも、お母さんに幸せになって欲しかったのもありますが、師匠とお母さんが結ばれない限り、イオの運命は生まれないと分かっていたのです」
「イオ、お前、何がどこまで見えているんだ!?」
「それは、内緒なのですよ。師匠は言ったじゃないですか、ひとの秘密を暴いてはいけないって。師匠もイオの秘密を暴くようなことしようとするなんて、悪趣味なのです」

 未来のことが分かっていてそれを告げずに立ち回っていたイオの方がよほど悪趣味だと思うのだが、イオが怖くてそのことがセイジは口に出せない。産まれてくる息子か娘がイオの運命であったとしても、他の相手ならば「うちの子を奪うなど許さん」と戦争ができるのだが、イオにだけはセイジは勝てる気がしない。

「私とセイジさんの子どもがイオくんの運命だなんて、ロマンチックですね」

 ほのぼのとしているカマルを味方に付けることもできず、セイジは口を閉じるしかない。
 世界最強の魔術師であるセイジの怖いものは、やはり弟子のイオだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神嫌い聖女と溺愛騎士の攻防録~神様に欠陥チートを付与されました~

咲宮
恋愛
 喋れない聖女×聖女を好きすぎる護衛騎士の恋愛ファンタジー。  転生時、神から祝福として「声に出したことが全て実現する」というチートを与えられた、聖女ルミエーラ。しかし、チートに欠陥が多いせいで喋れなくなってしまい、コミュニケーションは全て筆談に。ルミエーラは祝福を消そうと奮闘するもなかなか上手くいかない。  そして二十歳の生誕祭を迎えると、大神官は贈り物と称して護衛騎士の選択権を授けた。関係構築が大変だとわかっているので、いらないのが本音。嫌々選択することになると、不思議と惹かれたアルフォンスという騎士を選択したのだが……。  実はこの男、筆談なしでルミエーラの考えを読める愛の重い騎士だった!? 「わかりますよ、貴女が考えていることなら何でも」 (なんか思っていたのと違う……!?)  ただこの愛には、ある秘密があって……? ※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しております。 完結いたしました!!

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...