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魔族の居住区では話し合いが行われて、王政から議会制への理解が深まっているとセイジもカマルも話を聞いていた。
セイジとカマルが出会ってから季節が一つ変わった。
過ごしやすい季節が終わって、山は急激に寒さに覆われる。カマルを連れてセイジは防寒具を買いに麓の街ではなく、大きな町に行っていた。ウエディングドレスが出来上がったという知らせも届いていたのだ。
仕立て職人のところに行くと、出来上がったウエディングドレスを見せてもらう。光沢のある純白のマーメイドラインのドレスが刺繍で飾られて、長いベールにも同じ刺繍が施されていた。
「カマルさん、これを着たらものすごく似合うだろうな」
想像してセイジがにやけてしまうのも仕方のないことだった。カマルが恥じらいながらセイジの耳元に唇を寄せる。
「結婚式は早い方がいいかもしれません」
「そうだな。早くカマルさんが俺のものだと神様に示したい」
「そ、そういう意味ではなくて」
何か言いづらそうにしているカマルに、セイジは不思議そうに首を傾げる。
「聖女だということを気にしてるのか?」
「そうじゃないんです……あの、セイジさん、私と一緒にお医者様のところに行ってもらえませんか?」
お願いされてセイジは慌ててしまった。
「どこか悪いのか!? すぐに医者に行こう!」
抱え上げるようにして仕立て職人の店から町医者のところに行くと、カマルがセイジに付き添ってくれるようにお願いした。診察室には老人や子どもなどたくさんのひとたちが待っている。
順番が来るまでセイジは気が気ではなかった。
「どうぞ、お入りください」
かなり待ってから順番が来てセイジはカマルに付き添って、診察室に入った。カマルは目を伏せている。深刻そうな表情ではないのだが、セイジは落ち着かなくて堪らない。
「月のものが来ていなくて、最近……ちょっと気分が悪いことがありまして」
「確認させてもらいたいのですが、旦那さんとの夜の営みは?」
「あの……あ、あります」
答えるカマルにセイジは違う意味で心拍数が上がって来た。セイジが世界を美しいと認識した朝、カマルに変化が起きていたのではないだろうか。そのことがセイジの世界を変えた。
全く気が付いていなかったが、カマルの変化がセイジの無意識に働きかけてきたのかもしれない。
「幾つか質問をさせてください」
医者がカマルに質問をしている間も、セイジはずっと落ち着かない気分だった。医者が席を外した隙に、セイジはカマルの細い腹部に手を当ててみた。輝きの源はそこだとセイジは直感していた。
「俺とカマルさんの赤ちゃんか?」
「はい……多分」
「俺とカマルさんに赤ちゃんが! 俺が父親になる!」
イオにはそれも見えていたのかもしれない。イオがカマルに「お母さんと呼んでいいですか?」と聞いた日、カマルのお腹には赤ん坊が宿ったのかもしれない。抱き合った回数はもう数えきれないくらいだからいつできたのかは分からないが、イオがあんなことを言ったのだからあの日だと確信できる。
感動に打ち震えているセイジの手をカマルが握る。セイジもカマルの手を握り返した。
「おめでとうございます。赤ちゃんができていますね」
医者に言われてセイジはカマルを引き寄せて抱き締めていた。
結婚式はできるだけ早くしなければいけない。カマルのお腹が目立ってくる前に。
明日にでも結婚式を挙げたい気持ちと、カマルに無理をさせたくない気持ちが渦巻いて、セイジは混乱の中で幸福を噛み締めていた。
防寒具だけでなく、これからはカマルの体型も変わって来るだろうから、服装もゆったりとしたものに買い替えなければいけない。病院を後にして、服を売っている店に寄ると、セイジは真剣にカマルと服を選んだ。
「少し前からそうかとは思っていたのですが、核心に変わったのは最近で……勘違いだったら嫌だったので、お医者様に診てもらってセイジさんに話そうと思っていたのです」
「カマルさん、ものすごく嬉しい」
「よかった……セイジさんが子ども嫌いだったらどうしようと思っていました」
イオとの仲はカマルから見ればいいと思われているようだが、セイジとイオとの間にも微妙な壁のようなものがある。それをイオも感じ取っているのはセイジにも分かっていた。
軽口を叩き合うようでも、イオがセイジの話を聞かなかったり、セイジと料理を作りたがらなかったりする理由を、カマルも考えるところはあったようだ。
「子どもをちゃんと育てられる父親になれるかは分からない。不安なところはあるけど、カマルさんが俺の赤ちゃんを産んでくれるのは嬉しいよ」
「セイジさん……私、無事に健康な赤ちゃんを産みたいんです」
カマルの言葉にセイジは思い出す。カマルの母親の聖女は、カマルを産んだ後に命を落としている。魔王に穢されて子どもを産んだことに絶望して命を断ったのが、産後の肥立ちが悪くて亡くなったのかは分からないが、カマルが不安になるのもセイジには分かる気がしていた。
「これから寒くなるから、温かい格好をしような。重いものは持たないようにして、きつい仕事もしないようにして……」
「元から私は甘やかされて、重いものも持たされていませんし、きつい仕事もさせられていませんよ」
「これからはますます甘やかさないと。イオにもこの話をしないと」
イオには既に気付かれている気がするが、セイジはこのめでたい報告をイオにも早く伝えたかった。
カマルの防寒具と新しいお腹周りがゆったりした胸の下で切り替えのあるワンピースを買って、セイジは続いて神殿に向かうことにした。神殿で結婚式を早めてもらうのだ。
神殿に行くとカマルは囲まれてしまう。
「カマル様、相変わらず聖なる力に包まれていらっしゃる」
「以前よりも力が強くなられた気がします」
「聖典を読まれたのですね」
聖なる水源を探し出すことで神殿に誘いをかけることを止めたカマルだが、やはり来てしまうと聖女として崇め奉られてしまう。
「カマルさんは妊娠してるんだ。結婚式を早めてもらえるか?」
「聖女様が身籠っていらっしゃる!?」
「聖女様の力が失われる!?」
妊娠したことで聖女の力が失われるのかどうかは、セイジにはよく分からない。生まれた子どもに聖女の力は受け継がれるのかもしれないし、赤ん坊を産んだ後もカマルは聖女の力を持ち続けるのかもしれない。
これまでの聖女は穢れを受けることなく、ずっと未婚でいたので前例がないのだ。カマルの母親もカマルを死んですぐに亡くなっているから、聖女の力を失ったのか、カマルに受け継がせたのか、よく分からない。
「聖女の力がなくなっても、カマルさんは俺の大事なお嫁ちゃんだからな?」
「はい。山にはもう聖なる水源を見つけていますし、力が失われても平気ですよね」
心配させることのないようにカマルに言ったセイジだが、実のところカマルは力を失ったりしないのではないかと考えていた。赤ん坊ができたことによって聖女の力が強くなったカマルならば、子どもを産んだ後ますます力が強くなることはあっても、なくなることはないとセイジは予測していた。
セイジにとって大事なのはカマルの存在自体で、聖女の力を失ったところで愛には全く変わりはない。
「それよりも、不安なのは……俺がいい父親になれるか、だよな」
これまでイオを育ててはきたけれど、育てたというよりもイオは勝手に自分で育った感覚しかない。子ども時代もセイジは魔力の高さから両親は距離を置いて、子育てにもほとんど関わって来なかった。育てたのは乳母で、その乳母も最低限セイジが生きていられる程度の世話をしただけで、十代では既に世界最強の魔術師として認められて王宮に召し上げられていたセイジ。
セイジに子ども時代などなかった。自分になかったものを自分の子どもに渡せるのか。それがセイジは不安だった。
「なれますよ。私も子育ては初めてですから、一緒に勉強して行けばいいんですよ」
手を握ってくれるカマルに、セイジは心が落ち着いてくるのを感じる。
カマルがいれば大丈夫だと思えたセイジだった。
セイジとカマルが出会ってから季節が一つ変わった。
過ごしやすい季節が終わって、山は急激に寒さに覆われる。カマルを連れてセイジは防寒具を買いに麓の街ではなく、大きな町に行っていた。ウエディングドレスが出来上がったという知らせも届いていたのだ。
仕立て職人のところに行くと、出来上がったウエディングドレスを見せてもらう。光沢のある純白のマーメイドラインのドレスが刺繍で飾られて、長いベールにも同じ刺繍が施されていた。
「カマルさん、これを着たらものすごく似合うだろうな」
想像してセイジがにやけてしまうのも仕方のないことだった。カマルが恥じらいながらセイジの耳元に唇を寄せる。
「結婚式は早い方がいいかもしれません」
「そうだな。早くカマルさんが俺のものだと神様に示したい」
「そ、そういう意味ではなくて」
何か言いづらそうにしているカマルに、セイジは不思議そうに首を傾げる。
「聖女だということを気にしてるのか?」
「そうじゃないんです……あの、セイジさん、私と一緒にお医者様のところに行ってもらえませんか?」
お願いされてセイジは慌ててしまった。
「どこか悪いのか!? すぐに医者に行こう!」
抱え上げるようにして仕立て職人の店から町医者のところに行くと、カマルがセイジに付き添ってくれるようにお願いした。診察室には老人や子どもなどたくさんのひとたちが待っている。
順番が来るまでセイジは気が気ではなかった。
「どうぞ、お入りください」
かなり待ってから順番が来てセイジはカマルに付き添って、診察室に入った。カマルは目を伏せている。深刻そうな表情ではないのだが、セイジは落ち着かなくて堪らない。
「月のものが来ていなくて、最近……ちょっと気分が悪いことがありまして」
「確認させてもらいたいのですが、旦那さんとの夜の営みは?」
「あの……あ、あります」
答えるカマルにセイジは違う意味で心拍数が上がって来た。セイジが世界を美しいと認識した朝、カマルに変化が起きていたのではないだろうか。そのことがセイジの世界を変えた。
全く気が付いていなかったが、カマルの変化がセイジの無意識に働きかけてきたのかもしれない。
「幾つか質問をさせてください」
医者がカマルに質問をしている間も、セイジはずっと落ち着かない気分だった。医者が席を外した隙に、セイジはカマルの細い腹部に手を当ててみた。輝きの源はそこだとセイジは直感していた。
「俺とカマルさんの赤ちゃんか?」
「はい……多分」
「俺とカマルさんに赤ちゃんが! 俺が父親になる!」
イオにはそれも見えていたのかもしれない。イオがカマルに「お母さんと呼んでいいですか?」と聞いた日、カマルのお腹には赤ん坊が宿ったのかもしれない。抱き合った回数はもう数えきれないくらいだからいつできたのかは分からないが、イオがあんなことを言ったのだからあの日だと確信できる。
感動に打ち震えているセイジの手をカマルが握る。セイジもカマルの手を握り返した。
「おめでとうございます。赤ちゃんができていますね」
医者に言われてセイジはカマルを引き寄せて抱き締めていた。
結婚式はできるだけ早くしなければいけない。カマルのお腹が目立ってくる前に。
明日にでも結婚式を挙げたい気持ちと、カマルに無理をさせたくない気持ちが渦巻いて、セイジは混乱の中で幸福を噛み締めていた。
防寒具だけでなく、これからはカマルの体型も変わって来るだろうから、服装もゆったりとしたものに買い替えなければいけない。病院を後にして、服を売っている店に寄ると、セイジは真剣にカマルと服を選んだ。
「少し前からそうかとは思っていたのですが、核心に変わったのは最近で……勘違いだったら嫌だったので、お医者様に診てもらってセイジさんに話そうと思っていたのです」
「カマルさん、ものすごく嬉しい」
「よかった……セイジさんが子ども嫌いだったらどうしようと思っていました」
イオとの仲はカマルから見ればいいと思われているようだが、セイジとイオとの間にも微妙な壁のようなものがある。それをイオも感じ取っているのはセイジにも分かっていた。
軽口を叩き合うようでも、イオがセイジの話を聞かなかったり、セイジと料理を作りたがらなかったりする理由を、カマルも考えるところはあったようだ。
「子どもをちゃんと育てられる父親になれるかは分からない。不安なところはあるけど、カマルさんが俺の赤ちゃんを産んでくれるのは嬉しいよ」
「セイジさん……私、無事に健康な赤ちゃんを産みたいんです」
カマルの言葉にセイジは思い出す。カマルの母親の聖女は、カマルを産んだ後に命を落としている。魔王に穢されて子どもを産んだことに絶望して命を断ったのが、産後の肥立ちが悪くて亡くなったのかは分からないが、カマルが不安になるのもセイジには分かる気がしていた。
「これから寒くなるから、温かい格好をしような。重いものは持たないようにして、きつい仕事もしないようにして……」
「元から私は甘やかされて、重いものも持たされていませんし、きつい仕事もさせられていませんよ」
「これからはますます甘やかさないと。イオにもこの話をしないと」
イオには既に気付かれている気がするが、セイジはこのめでたい報告をイオにも早く伝えたかった。
カマルの防寒具と新しいお腹周りがゆったりした胸の下で切り替えのあるワンピースを買って、セイジは続いて神殿に向かうことにした。神殿で結婚式を早めてもらうのだ。
神殿に行くとカマルは囲まれてしまう。
「カマル様、相変わらず聖なる力に包まれていらっしゃる」
「以前よりも力が強くなられた気がします」
「聖典を読まれたのですね」
聖なる水源を探し出すことで神殿に誘いをかけることを止めたカマルだが、やはり来てしまうと聖女として崇め奉られてしまう。
「カマルさんは妊娠してるんだ。結婚式を早めてもらえるか?」
「聖女様が身籠っていらっしゃる!?」
「聖女様の力が失われる!?」
妊娠したことで聖女の力が失われるのかどうかは、セイジにはよく分からない。生まれた子どもに聖女の力は受け継がれるのかもしれないし、赤ん坊を産んだ後もカマルは聖女の力を持ち続けるのかもしれない。
これまでの聖女は穢れを受けることなく、ずっと未婚でいたので前例がないのだ。カマルの母親もカマルを死んですぐに亡くなっているから、聖女の力を失ったのか、カマルに受け継がせたのか、よく分からない。
「聖女の力がなくなっても、カマルさんは俺の大事なお嫁ちゃんだからな?」
「はい。山にはもう聖なる水源を見つけていますし、力が失われても平気ですよね」
心配させることのないようにカマルに言ったセイジだが、実のところカマルは力を失ったりしないのではないかと考えていた。赤ん坊ができたことによって聖女の力が強くなったカマルならば、子どもを産んだ後ますます力が強くなることはあっても、なくなることはないとセイジは予測していた。
セイジにとって大事なのはカマルの存在自体で、聖女の力を失ったところで愛には全く変わりはない。
「それよりも、不安なのは……俺がいい父親になれるか、だよな」
これまでイオを育ててはきたけれど、育てたというよりもイオは勝手に自分で育った感覚しかない。子ども時代もセイジは魔力の高さから両親は距離を置いて、子育てにもほとんど関わって来なかった。育てたのは乳母で、その乳母も最低限セイジが生きていられる程度の世話をしただけで、十代では既に世界最強の魔術師として認められて王宮に召し上げられていたセイジ。
セイジに子ども時代などなかった。自分になかったものを自分の子どもに渡せるのか。それがセイジは不安だった。
「なれますよ。私も子育ては初めてですから、一緒に勉強して行けばいいんですよ」
手を握ってくれるカマルに、セイジは心が落ち着いてくるのを感じる。
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