世界最強の魔術師の恋 ~最強のはずなのに弟子が怖いんですけど~

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
25 / 30

25.

しおりを挟む
 シャワーを浴びて部屋に行くと、先にシャワーを浴び終えていたカマルがベッドに座って膝の上に本と乗せて読んでいた。長い髪はタオルで纏めて水気を取っているのが分かる。何を読んでいるか気になって隣りに座ると、甘いシャンプーの香りがしてくる。

「カマルさん、何を読んでるんだ?」
「さっきは聖典を、今は歴史と政治の本を読んでいました」

 セイジの書斎から借りてきた本と、神殿で渡された本をカマルは読んでいたようだ。政治に興味があるタイプだと思っていなかったので、セイジは意外な気分だった。

「政治に興味が出たのか?」
「女王になれと言われて、考えることがあって」

 真剣な眼差しのカマルはネグリジェの下の胸が気になるし、甘いいい香りもするし、そのままベッドに誘いたかったが、それを許さない気配にセイジは姿勢を正した。
 大事な話があるのだろう。それをなし崩しにして抱いてしまうような最低な男にセイジはなりたくなかった。欲望は健全な男なので当然あるが、カマルを欲望の対象とするためだけに傍に置いているのではない。
 心の底からカマルを愛しているのだから、身体の関係だけでなくカマルが真剣に話したいことがあるときには聞きたいし、悩みがあるときには相談に乗りたい。

「魔族の指導者を決める方法がないのか調べていたのです」
「カマルさんが指導者になるつもりはないんだよな」
「はい。でも、指導者がいなければ魔族はバラバラになってしまう。それならば、全員で指導者を決める場があったらよいのではないかと思ったのです」

 そう言われればその通りだとセイジは納得した。

「つまり、王制ではなくて、議会制にしたいわけか」
「議会制? それはどういうことですか?」

 身を乗り出して聞いてくるカマルにセイジは説明する。

「魔族の中で議員を選ぶんだ。その議員が議会を開いて、議員で話し合いをして国の指針を決めていく。そういう国が大陸の別の場所にあると聞いたことがある」

 この国は王政だが、議会制で政治を行っている国もあることをセイジは知識として知っていた。詳しくは、議会で法律を制定する立法権を持つ会議のことなのだが、詳細まではセイジはよく分かっていなかった。

「その制度が書かれた本がありますか?」
「書斎にあった気がするな」
「貸してください」

 立ち上がったカマルを止めることができず、セイジはカマルと一緒に書斎まで行った。書斎の天井まで作り付けている本棚の上の方に立ててある本を一冊、浮遊の魔術で浮いて取って降りてくると、カマルはそれを両手で受け取った。
 ページを開いて読み込んでいくカマルの表情はとても真剣だ。

「議会制……これが魔族の居住区で行えれば、選ばれた議員が話し合いでひとびとを導いていけばいいんじゃないですか?」

 女王になれと言われて、カマルはカマルなりに真剣に魔族の将来のことを考えていたようだ。魔王の異母姉という立場で、ずっと魔族に生かされてきたカマル。それが異母弟の魔王を抑えるための贄としてだったとしても、魔族がバラバラになって滅びの道を歩むというのは耐えられなかったのだろう。

「カマルさんは責任感が強いんだな」
「そうですか? 自分のできることをしようと思っただけです」
「立派だと思うよ。その本、カマルさんが必要だと思うなら、魔族のひとに渡していいよ」
「くださるのですか!?」

 驚いて顔を上げるカマルに、セイジは笑顔を見せる。

「大事な可愛いお嫁ちゃんの力になりたいんだよ」

 セイジの顔が若干にやけていたとしても、それは仕方のないことだった。
 魔族に議会制の載った本を渡すことによって、カマルがしつこく女王として誘われるようなこともなくなるだろうと予測できる。長年魔王の圧政に苦しめられていた魔族たちにとっては、一人の魔族を指導者として仰ぐのではなくて、民衆に選ばれた議員たちで話し合って国の指針を決めた方がずっと繁栄の道を歩んで行ける気がする。
 カマルの考えが魔族全体を救おうとしていた。


 魔族に本を渡して議会制を説明するのは朝になってからにするとして、セイジはカマルの身体を抱き締める。甘い雰囲気にカマルが目を伏せた。

「セイジ……部屋に行きましょう」
「そうだな」

 ここは書斎だったと気付いて、セイジはカマルの手を取って部屋に戻る。部屋の机の上に本を置いて、カマルはセイジの胸に飛び込んで来た。抱き留めると、カマルが間近からセイジの黒い瞳を見上げてくる。

「セイジ、私の話を真剣に聞いてくれて、私を導いてくれてありがとうございます」
「カマルが考えたことだ。カマルの発想がなければできなかったことだよ」

 お礼を言うカマルの表情は重い荷物を下ろしたかのように晴れ晴れとしていた。やはりカマルには憂い顔よりも笑顔が似合うとセイジは抱き締めながら思う。頭に巻いていたタオルを外すと、艶のあるたっぷりとした長い黒髪が零れ落ちて来た。
 緩やかに波打つ豊かな髪に、セイジは口付ける。

「カマルは髪も、目も、手も、顔も、身体も、心も、何もかも美しい」
「セイジ、恥ずかしいです」
「綺麗なカマルの身体を見せてくれるだろう?」

 促すと恥じらいながらカマルがネグリジェを脱いでいく。下着姿になったカマルの膝裏に腕を入れて、セイジはカマルを軽々と抱き上げた。シーツの上にそっとカマルの身体を横たえると、下着をつけた体を腕で隠そうとしている。

「カマルが見たい。見せて欲しい」

 甘く囁きかければ、カマルはおずおずと腕を外す。濃い蜜を流したような漆黒の肌が美しく、胸は零れ落ちそうに豊かだ。胸元に口付けを落とすと、カマルの手がセイジの髪に差し込まれる。

「セイジ、口付けを……」
「どこにして欲しいんだ?」
「唇に……」

 恥じらいながらも小さな声で告げるカマルの唇を、セイジは自らの唇で塞いだ。
 優しくしたかったけれど、最終的には貪るようにカマルを抱いてしまって、ぐったりとしてベッドで息を乱しているカマルに、セイジは身体を合わせるようにして寄り添っていた。重くないくらいに体重をかけて、腕で身体を支えながら、セイジはカマルの肌の滑らかさと柔らかさを堪能する。
 このまま眠ってしまえそうな気分だった。

「カマルが神殿相手にも、魔族相手にも、毅然とした態度を取ってくれて、嬉しかった」
「セイジ……」
「カマルは本当に心が美しい上に、強いんだな」

 初めて会ったときには魔王と一緒に命を断とうとしていたカマルが、今は自分の幸せのために動くことを考えて、神殿には聖なる水源を見つけ出すことで神に仕えるよう誘われることを避けるようにしたし、魔族には女王になることを断る代わりに議会制を提示しようとしている。
 出会ってからまだ季節が一つも過ぎていないのだが、カマルは本当に変わった。その変化がセイジにとっては嬉しかった。

「私にはセイジがいてくれるから」
「俺が?」
「私を愛してくれて、認めてくれて、価値がないと思っていた私に対して怒ったり悲しんだりしてくれる家族がいますから」

 セイジだけではなくイオもまたカマルの心の支えになっているのだと、セイジにはよく分かった。イオとセイジとの関係も、カマルが来てから変わった気がする。
 変わったのは恐らく、カマルだけではないのだ。

「俺は愛情とか、そんなものがあるとは思ってなかった。俺にはそんなものは現れないのだと思ってた。カマルに出会って、俺は愛を知ったし、幸福を知った。傲慢だった自分を反省もした」
「セイジが反省することなど何も……」
「いや、俺はイオのこともずっと子ども扱いしなかった。そのせいでイオは子どもらしくない子どもに育ってしまった」

 イオに関しても反省していると告げると、カマルがセイジの髪を撫でる。慈愛のこもった動作に、セイジは目を閉じた。

「イオくんはいい子ですよ。それはセイジが育てたんでしょう?」
「俺は至らない師匠だった」
「いいえ、セイジももっと自信を持っていいと思います」

 優しいカマルの声を聞いているとセイジは眠気が襲ってくる。

「カマル、このまま寝てもいいか?」

 問いかけるとカマルはセイジの髪を撫でて、そっとセイジの額に口付けをしてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...