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「イオ様は、私に何と呼ばれたいですか?」
翌朝、朝食の席で早速カマルはイオに聞いていた。
話し合った次の朝には行動に移している辺りのカマルの素直さが、セイジにはとても愛しく感じられる。セイジのことも昨日呼び方を変えたので『セイジさん』になっているはずだった。
「イオをですか? イオはイオでいいですよ」
「呼び捨てにするわけにはまいりません」
別にイオは呼び捨てでも構わないと言っているがそれはカマルの気が済まないようだった。考えてからイオがカマルににっこりと笑いかける。
「『イオくん』がいいのです」
「イオくん、ですか?」
「そういう風にイオのことを呼んでくれるひとはいなかったのです。カマルさんは、イオのお母さんみたいなのです」
年齢的にはイオの母親としてはカマルは若いかもしれないが、十八のときの子どもだと思えば納得もできるかもしれない。
「師匠のことを父親と思ったことは一度もありません。イオにはそういうものは必要ないと思っていました。でも、カマルさんの作ったお菓子を食べると、イオはとても幸せな気分になるのです」
母親がいたとしたらこんな感じかとイオはカマルのことを思っていた。そう告げられてカマルがイオのことを『イオくん』と呼ぶのを断れるはずがない。
「い、イオくん」
「はい、カマルさん」
「あの……お母さんでもいいですよ?」
「それだと、師匠がお父さんになっちゃうんですよ」
セイジをお父さんと呼ぶのは非常に不本意そうなイオに、カマルが「余計なことを言ってしまいました」と俯くのに、イオが青い目を輝かせている。
「お母さんと思ってもいいというのはとても嬉しいのです。イオは自分の両親を覚えていません。正確には、自分を捨てたような輩を両親と思いたくないのですが」
制御できない強い力を持って生まれたイオは、両親にとっては脅威だっただろう。六歳になるまでにどんなことをしでかしたのか分からないが、魔物がいるような山の中にイオの両親はイオを置き去りにして捨てた。セイジが見つけたときにはブラックベアに襲われていて、イオの能力がなければイオは死んでいただろう。
ブラックベアの腕を捩じったイオを恐れてセイジも即座に逃げ出したが、結局追いかけて来て押しかけ弟子になられてしまった。何かと面倒は見ているが、イオにとってセイジが優しい存在ではなかったのは、セイジにも自覚があった。
「イオくん、やっぱり、お料理を覚えませんか?」
「だから、イオが料理を覚えてしまうと大変なのですよ」
昨日セイジが必死に止めてしまった話題をカマルがまた持ち出している。カマルもセイジと同じように言いくるめられるのだろうと見守っていると、カマルが華奢な手でイオの手を握っていた。
「生きていくために食べることが大事だとセイジさんが私に教えてくれました。セイジさんはイオくんにもそのことを知ってほしいのだと思います。材料を使い過ぎる問題は、私かセイジさんのいるところでしか料理はしないという約束をすれば解決をするのではないでしょうか?」
穏やかに語り掛けるカマルに、イオが珍しく戸惑っているのがセイジには分かった。セイジのことならば簡単に言い負かせてしまうイオが、カマルには困惑している。
「師匠の話は長くて眠くなってしまうのです。料理をしていても、説明が聞けません」
「私の話はどうですか?」
「カマルさんの話なら、聞いてもいいのです……。分かりました、イオは、カマルさんと一緒にお料理をします」
しないとセイジにははっきりと宣言して、セイジにも絶対にするなとまで言わせたイオの気持ちを、カマルは変えることができた。それはセイジにとっては大きな驚きだった。
生まれながらに強大な力と見抜く目を持ったイオは、周囲の大人にとっては脅威であったし、何も教えることなどできない存在だった。世界最強の魔術師と呼ばれるセイジですら、イオには何も教えていない。イオは自分の学びたいことは勝手に見て学び、それ以外は興味も示さなかった。
料理も食べることには意欲的だが、作ってもらうのが当然と思っていたイオをカマルが変えた。
「美味しいおやつの作り方を教えてくれますか?」
「もちろん。私、セイジ様に習って、料理も覚えたんですよ。一緒に作りましょうね」
話し合うイオとカマルは目の色も髪の色も肌の色も全く違ったけれど、親子のような親しさがあった。微笑み合う二人の様子に、セイジも心和まされた。
イオが料理を作るにあたって、セイジは少しだけ心配もしていた。六歳のときに素手でブラックベアの腕を捩じってしまうような子どもだったイオは、腕力が人並み外れている。調理用具を壊して、キッチンも壊してしまうのではないかという恐れがあったのだ。
キッチンに立ってエプロンを着けたカマルがイオに玉ねぎの切り方を教えている。お昼のメニューは薄焼きのハンバーグサンドだった。
「根っこの部分を残して縦方向に切り目を入れます。それから横方向に切っていくと、みじん切りになって、根っこの部分だけが残ります」
「やってみるのです……うぅ、目に沁みます」
魔王すら退治した勇者として崇め奉られるイオが、玉ねぎに苦戦している。セイジが手伝うと怒られるので、セイジはリビングを掃除しながらキッチンの中の様子を伺っていた。
「玉ねぎは強敵なのです……魔王よりも強いです」
「みじん切りが上手にできましたね。塩を混ぜて粘り気を出したひき肉に、玉ねぎとパン粉と卵を入れてよく混ぜましょう」
「卵が潰れてしまうのです」
「力加減が大事ですよ」
文句を言うことなくイオは大人しくカマルの指示に従って、料理を習っている。塩コショウと香辛料で味付けした玉ねぎとパン粉と卵の混ざったひき肉を薄く伸ばしてカマルとイオで焼いていく。フライパンの上で牛肉の焼ける香ばしい匂いがしていた。
「トマトソースは作っていたものがあったはずです。レタスを洗って千切ってくれますか?」
「レタスはどれくらいの大きさに千切ればいいのですか?」
「イオくんの一口大くらいでしょうか」
レタスを洗って千切るイオは素直にカマルに従っている。魔術を教えるときにも、セイジにカマルのような優しさと丁寧さがあればよかったのかもしれない。イオの方に聞く耳がなかったから、早々にセイジは諦めてしまったが、もう少し粘ればイオはもっと能力を制御できる子どもに育ったかもしれないという後悔がセイジの胸に生まれるが、結局セイジとイオの関係は変わらなかっただろうから、あり得ないことを想像しても無駄だという結論に落ち着いた。
焼き上がった薄焼きのハンバーグをレタスを敷いたパンの上に乗せて、カマルがセイジの作り置いておいたトマトソースをかけてハンバーグサンドにする。イオも真似してレタスを敷いたパンの上にハンバーグを乗せてトマトソースをかけるのだが、イオの方はパンの切り方も厚くて、ハンバーグも分厚いものを選んでいて、レタスもたっぷり挟むので、カマルが作ったサンドイッチの三倍くらいの厚みになっていた。
「師匠、できたのですよ! これでイオに料理ができないなんてもう言わせないのです」
「元から言ってない」
「イオは料理もできるいい男になってしまったのです。カマルさんを取られないように気を付けるのですね、師匠」
「はぁ? カマルさんは俺のだ!」
軽口を叩いたイオに本気で反応してしまうセイジに、カマルがくすくすと笑っている。大量に作った分厚いハンバーグサンドをイオは口いっぱいに頬張っていた。
「イオが作った分は師匠にはあげないのです」
「そうかよ」
「私が作った分がありますからね、セイジさん」
「ありがとう、カマルさん」
反抗期のイオと優しいカマルの対応の差に苦笑しながら、セイジもハンバーグサンドを受け取る。ミルクティーを淹れながら、これはまだカマルに教えていなかったとセイジは思い出す。
「カマルさん、お茶の淹れ方も教えるからな」
「はい。セイジさんから教えてもらって、私がイオくんに教えるんですね」
「カマルさんからなら習ってもいいのですよ」
奇妙な感じになっているが、結果的にイオが料理を覚える気になってくれて、カマルとの仲もよくなってよかったとセイジは思わずにはいられなかった。
翌朝、朝食の席で早速カマルはイオに聞いていた。
話し合った次の朝には行動に移している辺りのカマルの素直さが、セイジにはとても愛しく感じられる。セイジのことも昨日呼び方を変えたので『セイジさん』になっているはずだった。
「イオをですか? イオはイオでいいですよ」
「呼び捨てにするわけにはまいりません」
別にイオは呼び捨てでも構わないと言っているがそれはカマルの気が済まないようだった。考えてからイオがカマルににっこりと笑いかける。
「『イオくん』がいいのです」
「イオくん、ですか?」
「そういう風にイオのことを呼んでくれるひとはいなかったのです。カマルさんは、イオのお母さんみたいなのです」
年齢的にはイオの母親としてはカマルは若いかもしれないが、十八のときの子どもだと思えば納得もできるかもしれない。
「師匠のことを父親と思ったことは一度もありません。イオにはそういうものは必要ないと思っていました。でも、カマルさんの作ったお菓子を食べると、イオはとても幸せな気分になるのです」
母親がいたとしたらこんな感じかとイオはカマルのことを思っていた。そう告げられてカマルがイオのことを『イオくん』と呼ぶのを断れるはずがない。
「い、イオくん」
「はい、カマルさん」
「あの……お母さんでもいいですよ?」
「それだと、師匠がお父さんになっちゃうんですよ」
セイジをお父さんと呼ぶのは非常に不本意そうなイオに、カマルが「余計なことを言ってしまいました」と俯くのに、イオが青い目を輝かせている。
「お母さんと思ってもいいというのはとても嬉しいのです。イオは自分の両親を覚えていません。正確には、自分を捨てたような輩を両親と思いたくないのですが」
制御できない強い力を持って生まれたイオは、両親にとっては脅威だっただろう。六歳になるまでにどんなことをしでかしたのか分からないが、魔物がいるような山の中にイオの両親はイオを置き去りにして捨てた。セイジが見つけたときにはブラックベアに襲われていて、イオの能力がなければイオは死んでいただろう。
ブラックベアの腕を捩じったイオを恐れてセイジも即座に逃げ出したが、結局追いかけて来て押しかけ弟子になられてしまった。何かと面倒は見ているが、イオにとってセイジが優しい存在ではなかったのは、セイジにも自覚があった。
「イオくん、やっぱり、お料理を覚えませんか?」
「だから、イオが料理を覚えてしまうと大変なのですよ」
昨日セイジが必死に止めてしまった話題をカマルがまた持ち出している。カマルもセイジと同じように言いくるめられるのだろうと見守っていると、カマルが華奢な手でイオの手を握っていた。
「生きていくために食べることが大事だとセイジさんが私に教えてくれました。セイジさんはイオくんにもそのことを知ってほしいのだと思います。材料を使い過ぎる問題は、私かセイジさんのいるところでしか料理はしないという約束をすれば解決をするのではないでしょうか?」
穏やかに語り掛けるカマルに、イオが珍しく戸惑っているのがセイジには分かった。セイジのことならば簡単に言い負かせてしまうイオが、カマルには困惑している。
「師匠の話は長くて眠くなってしまうのです。料理をしていても、説明が聞けません」
「私の話はどうですか?」
「カマルさんの話なら、聞いてもいいのです……。分かりました、イオは、カマルさんと一緒にお料理をします」
しないとセイジにははっきりと宣言して、セイジにも絶対にするなとまで言わせたイオの気持ちを、カマルは変えることができた。それはセイジにとっては大きな驚きだった。
生まれながらに強大な力と見抜く目を持ったイオは、周囲の大人にとっては脅威であったし、何も教えることなどできない存在だった。世界最強の魔術師と呼ばれるセイジですら、イオには何も教えていない。イオは自分の学びたいことは勝手に見て学び、それ以外は興味も示さなかった。
料理も食べることには意欲的だが、作ってもらうのが当然と思っていたイオをカマルが変えた。
「美味しいおやつの作り方を教えてくれますか?」
「もちろん。私、セイジ様に習って、料理も覚えたんですよ。一緒に作りましょうね」
話し合うイオとカマルは目の色も髪の色も肌の色も全く違ったけれど、親子のような親しさがあった。微笑み合う二人の様子に、セイジも心和まされた。
イオが料理を作るにあたって、セイジは少しだけ心配もしていた。六歳のときに素手でブラックベアの腕を捩じってしまうような子どもだったイオは、腕力が人並み外れている。調理用具を壊して、キッチンも壊してしまうのではないかという恐れがあったのだ。
キッチンに立ってエプロンを着けたカマルがイオに玉ねぎの切り方を教えている。お昼のメニューは薄焼きのハンバーグサンドだった。
「根っこの部分を残して縦方向に切り目を入れます。それから横方向に切っていくと、みじん切りになって、根っこの部分だけが残ります」
「やってみるのです……うぅ、目に沁みます」
魔王すら退治した勇者として崇め奉られるイオが、玉ねぎに苦戦している。セイジが手伝うと怒られるので、セイジはリビングを掃除しながらキッチンの中の様子を伺っていた。
「玉ねぎは強敵なのです……魔王よりも強いです」
「みじん切りが上手にできましたね。塩を混ぜて粘り気を出したひき肉に、玉ねぎとパン粉と卵を入れてよく混ぜましょう」
「卵が潰れてしまうのです」
「力加減が大事ですよ」
文句を言うことなくイオは大人しくカマルの指示に従って、料理を習っている。塩コショウと香辛料で味付けした玉ねぎとパン粉と卵の混ざったひき肉を薄く伸ばしてカマルとイオで焼いていく。フライパンの上で牛肉の焼ける香ばしい匂いがしていた。
「トマトソースは作っていたものがあったはずです。レタスを洗って千切ってくれますか?」
「レタスはどれくらいの大きさに千切ればいいのですか?」
「イオくんの一口大くらいでしょうか」
レタスを洗って千切るイオは素直にカマルに従っている。魔術を教えるときにも、セイジにカマルのような優しさと丁寧さがあればよかったのかもしれない。イオの方に聞く耳がなかったから、早々にセイジは諦めてしまったが、もう少し粘ればイオはもっと能力を制御できる子どもに育ったかもしれないという後悔がセイジの胸に生まれるが、結局セイジとイオの関係は変わらなかっただろうから、あり得ないことを想像しても無駄だという結論に落ち着いた。
焼き上がった薄焼きのハンバーグをレタスを敷いたパンの上に乗せて、カマルがセイジの作り置いておいたトマトソースをかけてハンバーグサンドにする。イオも真似してレタスを敷いたパンの上にハンバーグを乗せてトマトソースをかけるのだが、イオの方はパンの切り方も厚くて、ハンバーグも分厚いものを選んでいて、レタスもたっぷり挟むので、カマルが作ったサンドイッチの三倍くらいの厚みになっていた。
「師匠、できたのですよ! これでイオに料理ができないなんてもう言わせないのです」
「元から言ってない」
「イオは料理もできるいい男になってしまったのです。カマルさんを取られないように気を付けるのですね、師匠」
「はぁ? カマルさんは俺のだ!」
軽口を叩いたイオに本気で反応してしまうセイジに、カマルがくすくすと笑っている。大量に作った分厚いハンバーグサンドをイオは口いっぱいに頬張っていた。
「イオが作った分は師匠にはあげないのです」
「そうかよ」
「私が作った分がありますからね、セイジさん」
「ありがとう、カマルさん」
反抗期のイオと優しいカマルの対応の差に苦笑しながら、セイジもハンバーグサンドを受け取る。ミルクティーを淹れながら、これはまだカマルに教えていなかったとセイジは思い出す。
「カマルさん、お茶の淹れ方も教えるからな」
「はい。セイジさんから教えてもらって、私がイオくんに教えるんですね」
「カマルさんからなら習ってもいいのですよ」
奇妙な感じになっているが、結果的にイオが料理を覚える気になってくれて、カマルとの仲もよくなってよかったとセイジは思わずにはいられなかった。
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