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魔王が退治されてからイオとセイジの暮らしが変わるかと思っていたが、結界のおかげもあるのかそれほど変わりはしなかった。セイジとカマルを王都に招こうとする使者については、山に入り込めないように魔術をかけていた。
魔族からも謝られて真相を知り、自分が聖女であることも知ったカマルは、前よりもずっと明るくなって輝いていた。汚れたシーツを洗濯して庭に干すカマルの姿にセイジは目を細める。
イオがいるので気を付けてはいたが、夜はイオは早寝をして朝まで起きて来ないことがほとんどなので、寝静まってからセイジはカマルと部屋で過ごすようになった。結婚するのだから堂々と一緒にいていいはずなのだが、それにしてはセイジの部屋は狭いし、ベッドも二人で眠るにはもう少しゆとりが欲しい。
セイジは小屋の増築と改装を考えていた。
「イオ、大事な話がある」
「パンケーキのお代わりはもう終わりですか!?」
昼ご飯にパンケーキをカマルが焼いてくれた。それにソーセージとザワークラウトを添えて食べていたのだが、山盛り焼いていたパンケーキは既に残り数枚になっていた。カマルは小さなパンケーキを二枚、セイジは四枚食べたが、それ以外の何十枚とあったパンケーキはほとんどイオのお腹の中に消えた。
「カマルさんはもう食べないか?」
「はい、私はもうお腹いっぱいです」
「それなら、残りは全部食べていいから、話を聞け」
パンケーキに気を取られて大事な話を聞かれないとなると困るのでセイジが言えば、大口でバターと蜂蜜を塗ったパンケーキを食べてイオが黙る。
「カマルさんと結婚しようと思っている。お前はまだ十二歳だから、ここを出て行くつもりならそれでいいが、残るつもりなら、カマルさんと俺の部屋を増築しようと思っている」
「師匠、バスルームも広げて、脱衣所をきちんと作った方がいいですよ」
「賛成なのか?」
「イオには最初から分かっていました」
こうなることが分かっていたというイオにセイジは恐ろしさを感じる。初めて会ったときからセイジがカマルを気にしていたのは気付かれていただろうと思っていたが、カマルとの情事も全てお見通しではないのかとぞくりとした。
「イオは出て行きませんよ。師匠にはカマルさんという運命のひとが現れたのかもしれませんけど、イオにはまだ運命のひとはいませんからね」
運命のひと。
イオの言葉にセイジはカマルと自分の関係を正しく表現するのはそれだと直感的に思っていた。
カマルにとってセイジは運命のひとで、セイジにとってカマルは運命のひと。
イオの運命のひととはどこにいるのだろう。
「イオ、お前の運命のひとって……」
「イオには分かっているのです。まだ待たなければいけないことが」
未来が見えるのではないかと恐れるほどにイオは鋭い。自信満々にイオが言っていることなのだから、きっとイオには見えているのだろうとセイジは考えていた。
今までの小屋を母家として、母屋に繋がっている増設した新しい離れに、魔術を使って作り上げたカマルとセイジの部屋を置いた。二階全体を二人の部屋にして、一階には簡易キッチンとバスルームも準備して、母屋のバスルームも広く脱衣所が区切られるように改築する。
始めに小屋を建てるときには慣れずに少し苦労したが、二階を増築したりしてきたので、今回の増築も半日とかからずに出来上がった。
まだ家具を揃えていないので、離れの小屋の中は何もないが、それも増やしていけばいい。
とりあえずは、セイジの部屋のベッドや机や椅子を運び込んで、カマルと寝られるようにした。これでイオの目を気にせずにゆっくりと二人で過ごすことができる。
「結婚式にはカマルさんにはウエディングドレスを着てもらわないとな」
「ウエディングドレス、ですか?」
結婚式を挙げること自体考えていなかった様子のカマルは驚いて問い返す。目の前で材木が組み上がっていく光景にも驚いていただろうが、それ以上の驚きをカマルは感じているようだ。
「そんなことしなくても、私はセイジ様のものです」
「俺がカマルさんのもので、カマルさんも俺のものだとはっきり神の前で誓いたいんだよ。カマルさんは特に神の加護を得ている聖女だから」
聖女として神の加護を得ている身であるカマルは、国王陛下にも狙われているし、各地の神殿でも喉から手が出るほど欲しい人材だろう。はっきりとセイジの妻だと示しておいた方が安心する。
それを説明すればカマルが金色の目を伏せる。
「嬉しいです。私、セイジ様が国王陛下に私のことを『妻』って言ってくれたとき、本当はすごく嬉しかったんです」
恥じらいながら告げるカマルの肩をセイジは抱き寄せる。
セイジとカマルとイオだけの式でも、セイジは神にまで聖女は自分のものだと知らしめたかったのだ。
カマルは女性にしては背が高い方だし、胸も豊かである。腰が括れていて魅力的な体付きをしている。カマルを一番美しく見せるドレスを選ぶには、既製のものではほぼ不可能だった。
「最速で仕上げてどれくらいかかる?」
「一か月はいただきませんと無理ですね」
「そうか……」
最高の衣装でカマルには結婚式を挙げて欲しい。セイジの願いを叶えるにはどうしても時間が必要だった。普段行く山の麓の街ではなく、少し大きな町に来ていたセイジは、カマルの採寸をしてもらってドレスのデザインを選んでいた。
豊かな胸が強調されて、腰のラインも強調されるデザインがいい。
それで行きついたのはマーメイドラインという体に添うデザインだった。
純白の生地には刺繍が入って華やかになると仕立て職人が説明する。魔術を使って作っても一か月はかかってしまうウエディングドレスにセイジは了承するしかなかった。
「家具も見ていくか。キッチン用品も必要だな」
「王都は大きかったけれど、見て回れる余裕はありませんでしたし、こんな大きな町を見て回るのは初めてです」
はしゃいでいる様子のカマルにセイジも自然と笑顔になる。
「結婚式はこの町の神殿で挙げることになるだろうから、そっちの下見もしておこう」
「結婚式にはご馳走が出ますか?」
「イオみたいなことを聞くんだな」
「イオ様が楽しくなければ、私も嫌ですから」
はっきりと自己主張をするようになったカマルは表情も明るく輝いている。まばゆいほどに美しいカマルに目を細め、セイジはカマルと家具を見てキングサイズのベッドを買って移転の魔術で小屋に送り、その他、増築した離れの小屋に入れる家具やキッチン用品も買い揃えた。
「セイジ様、あれは何ですか?」
甘い香りのする露店を指さしてカマルが興味津々でセイジの手を引く。手を繋いで連れて行かれた先は、揚げたてのチュロスを売っている露店だった。
「これはなんですか?」
「チュロスだよ。美味しいよ、お姉さん」
「チュロス……」
星のような形の突起のある棒のようなお菓子を見てカマルが目を丸くしている。甘いものには興味のないセイジは食べたことはなかったが、カマルとならば食べてもいいとそれを二本買った。
紙に包まれて渡された熱々のチュロスを食べると、さくりとした歯ごたえと生地のもっちりとした食感に、カマルが一生懸命もぐもぐと咀嚼している。飲み込んでからカマルが言う。
「イオ様にお土産に買って帰りましょう」
「何本いるんだろうな……」
「二十本くらい?」
それならば揚げている間に冷めてしまうだろうし、持って帰るとなると尚更冷めて揚げたての美味しさはなくなってしまうだろう。
「レシピが売ってるかもしれない。作り方を調べてみよう」
神殿に寄った後は町の本屋に行くことが決まった。
神殿に顔を出してみれば、神官たちがカマルの姿を見てざわめいていた。
「もしや、聖女様ではありませんか? 首から下げているペンデュラムは、代々聖女様に伝わるものです」
「神殿で教育は受けていませんが、聖女だとは言われています。できることは聖なる水源を探すくらいなのですが」
答えるカマルの肩を抱いてセイジが力強く告げる。
「彼女との結婚式を挙げさせてほしいんだ」
「それは構いませんが……聖女様、これをお持ちになりませんか」
大急ぎで神殿の奥から神官が分厚い本を持って来る。神殿の歴史や神聖魔術に関する記述のある本なのだろう。カマルが神殿に行ったことがなくて、何も学んだことがないということで、学んでほしいということなのだとセイジは理解した。
「聖女様さえよければ、いつでも神殿にいらしてください」
「神は聖女様を歓迎いたします」
これまで半分魔族として負い目を感じていたカマルが、いきなり聖女と言われても戸惑ってしまうのは分かるのだが、セイジはカマルの世界を広げてあげたいと思っていた。
魔族からも謝られて真相を知り、自分が聖女であることも知ったカマルは、前よりもずっと明るくなって輝いていた。汚れたシーツを洗濯して庭に干すカマルの姿にセイジは目を細める。
イオがいるので気を付けてはいたが、夜はイオは早寝をして朝まで起きて来ないことがほとんどなので、寝静まってからセイジはカマルと部屋で過ごすようになった。結婚するのだから堂々と一緒にいていいはずなのだが、それにしてはセイジの部屋は狭いし、ベッドも二人で眠るにはもう少しゆとりが欲しい。
セイジは小屋の増築と改装を考えていた。
「イオ、大事な話がある」
「パンケーキのお代わりはもう終わりですか!?」
昼ご飯にパンケーキをカマルが焼いてくれた。それにソーセージとザワークラウトを添えて食べていたのだが、山盛り焼いていたパンケーキは既に残り数枚になっていた。カマルは小さなパンケーキを二枚、セイジは四枚食べたが、それ以外の何十枚とあったパンケーキはほとんどイオのお腹の中に消えた。
「カマルさんはもう食べないか?」
「はい、私はもうお腹いっぱいです」
「それなら、残りは全部食べていいから、話を聞け」
パンケーキに気を取られて大事な話を聞かれないとなると困るのでセイジが言えば、大口でバターと蜂蜜を塗ったパンケーキを食べてイオが黙る。
「カマルさんと結婚しようと思っている。お前はまだ十二歳だから、ここを出て行くつもりならそれでいいが、残るつもりなら、カマルさんと俺の部屋を増築しようと思っている」
「師匠、バスルームも広げて、脱衣所をきちんと作った方がいいですよ」
「賛成なのか?」
「イオには最初から分かっていました」
こうなることが分かっていたというイオにセイジは恐ろしさを感じる。初めて会ったときからセイジがカマルを気にしていたのは気付かれていただろうと思っていたが、カマルとの情事も全てお見通しではないのかとぞくりとした。
「イオは出て行きませんよ。師匠にはカマルさんという運命のひとが現れたのかもしれませんけど、イオにはまだ運命のひとはいませんからね」
運命のひと。
イオの言葉にセイジはカマルと自分の関係を正しく表現するのはそれだと直感的に思っていた。
カマルにとってセイジは運命のひとで、セイジにとってカマルは運命のひと。
イオの運命のひととはどこにいるのだろう。
「イオ、お前の運命のひとって……」
「イオには分かっているのです。まだ待たなければいけないことが」
未来が見えるのではないかと恐れるほどにイオは鋭い。自信満々にイオが言っていることなのだから、きっとイオには見えているのだろうとセイジは考えていた。
今までの小屋を母家として、母屋に繋がっている増設した新しい離れに、魔術を使って作り上げたカマルとセイジの部屋を置いた。二階全体を二人の部屋にして、一階には簡易キッチンとバスルームも準備して、母屋のバスルームも広く脱衣所が区切られるように改築する。
始めに小屋を建てるときには慣れずに少し苦労したが、二階を増築したりしてきたので、今回の増築も半日とかからずに出来上がった。
まだ家具を揃えていないので、離れの小屋の中は何もないが、それも増やしていけばいい。
とりあえずは、セイジの部屋のベッドや机や椅子を運び込んで、カマルと寝られるようにした。これでイオの目を気にせずにゆっくりと二人で過ごすことができる。
「結婚式にはカマルさんにはウエディングドレスを着てもらわないとな」
「ウエディングドレス、ですか?」
結婚式を挙げること自体考えていなかった様子のカマルは驚いて問い返す。目の前で材木が組み上がっていく光景にも驚いていただろうが、それ以上の驚きをカマルは感じているようだ。
「そんなことしなくても、私はセイジ様のものです」
「俺がカマルさんのもので、カマルさんも俺のものだとはっきり神の前で誓いたいんだよ。カマルさんは特に神の加護を得ている聖女だから」
聖女として神の加護を得ている身であるカマルは、国王陛下にも狙われているし、各地の神殿でも喉から手が出るほど欲しい人材だろう。はっきりとセイジの妻だと示しておいた方が安心する。
それを説明すればカマルが金色の目を伏せる。
「嬉しいです。私、セイジ様が国王陛下に私のことを『妻』って言ってくれたとき、本当はすごく嬉しかったんです」
恥じらいながら告げるカマルの肩をセイジは抱き寄せる。
セイジとカマルとイオだけの式でも、セイジは神にまで聖女は自分のものだと知らしめたかったのだ。
カマルは女性にしては背が高い方だし、胸も豊かである。腰が括れていて魅力的な体付きをしている。カマルを一番美しく見せるドレスを選ぶには、既製のものではほぼ不可能だった。
「最速で仕上げてどれくらいかかる?」
「一か月はいただきませんと無理ですね」
「そうか……」
最高の衣装でカマルには結婚式を挙げて欲しい。セイジの願いを叶えるにはどうしても時間が必要だった。普段行く山の麓の街ではなく、少し大きな町に来ていたセイジは、カマルの採寸をしてもらってドレスのデザインを選んでいた。
豊かな胸が強調されて、腰のラインも強調されるデザインがいい。
それで行きついたのはマーメイドラインという体に添うデザインだった。
純白の生地には刺繍が入って華やかになると仕立て職人が説明する。魔術を使って作っても一か月はかかってしまうウエディングドレスにセイジは了承するしかなかった。
「家具も見ていくか。キッチン用品も必要だな」
「王都は大きかったけれど、見て回れる余裕はありませんでしたし、こんな大きな町を見て回るのは初めてです」
はしゃいでいる様子のカマルにセイジも自然と笑顔になる。
「結婚式はこの町の神殿で挙げることになるだろうから、そっちの下見もしておこう」
「結婚式にはご馳走が出ますか?」
「イオみたいなことを聞くんだな」
「イオ様が楽しくなければ、私も嫌ですから」
はっきりと自己主張をするようになったカマルは表情も明るく輝いている。まばゆいほどに美しいカマルに目を細め、セイジはカマルと家具を見てキングサイズのベッドを買って移転の魔術で小屋に送り、その他、増築した離れの小屋に入れる家具やキッチン用品も買い揃えた。
「セイジ様、あれは何ですか?」
甘い香りのする露店を指さしてカマルが興味津々でセイジの手を引く。手を繋いで連れて行かれた先は、揚げたてのチュロスを売っている露店だった。
「これはなんですか?」
「チュロスだよ。美味しいよ、お姉さん」
「チュロス……」
星のような形の突起のある棒のようなお菓子を見てカマルが目を丸くしている。甘いものには興味のないセイジは食べたことはなかったが、カマルとならば食べてもいいとそれを二本買った。
紙に包まれて渡された熱々のチュロスを食べると、さくりとした歯ごたえと生地のもっちりとした食感に、カマルが一生懸命もぐもぐと咀嚼している。飲み込んでからカマルが言う。
「イオ様にお土産に買って帰りましょう」
「何本いるんだろうな……」
「二十本くらい?」
それならば揚げている間に冷めてしまうだろうし、持って帰るとなると尚更冷めて揚げたての美味しさはなくなってしまうだろう。
「レシピが売ってるかもしれない。作り方を調べてみよう」
神殿に寄った後は町の本屋に行くことが決まった。
神殿に顔を出してみれば、神官たちがカマルの姿を見てざわめいていた。
「もしや、聖女様ではありませんか? 首から下げているペンデュラムは、代々聖女様に伝わるものです」
「神殿で教育は受けていませんが、聖女だとは言われています。できることは聖なる水源を探すくらいなのですが」
答えるカマルの肩を抱いてセイジが力強く告げる。
「彼女との結婚式を挙げさせてほしいんだ」
「それは構いませんが……聖女様、これをお持ちになりませんか」
大急ぎで神殿の奥から神官が分厚い本を持って来る。神殿の歴史や神聖魔術に関する記述のある本なのだろう。カマルが神殿に行ったことがなくて、何も学んだことがないということで、学んでほしいということなのだとセイジは理解した。
「聖女様さえよければ、いつでも神殿にいらしてください」
「神は聖女様を歓迎いたします」
これまで半分魔族として負い目を感じていたカマルが、いきなり聖女と言われても戸惑ってしまうのは分かるのだが、セイジはカマルの世界を広げてあげたいと思っていた。
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