世界最強の魔術師の恋 ~最強のはずなのに弟子が怖いんですけど~

秋月真鳥

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 魔王が倒された。
 その日のうちに魔族の居住区から使者が王宮に送られた。
 魔族と人間との和睦のためだ。
 小屋に帰って平和にカマルと過ごそうと思っていたセイジの元にも、王宮から使者がやって来ていた。

「勇者のイオ様とその師匠のセイジ様を王宮にお迎えして、魔王退治の労を労いたいと国王陛下が言っております」
「俺は行く気はない」
「師匠、美味しいものが食べられるかもしれませんよ」
「行きたいなら、イオだけで行け」

 これでイオも勇者として認められて王宮に取り立てられるだろう。そうなればセイジはカマルと一緒に静かに暮らすことができる。
 王宮の人間関係の煩わしさが嫌で逃げて来たセイジが、再び王宮に戻るという選択肢はなかった。

「魔族との和睦の道を開いてくれたのはそちらにおいでのカマル様とお聞きしております。カマル様にもどうか、王宮に来て、魔族との話し合いに参加していただきたいのです」
「私が、話し合いに参加するのですか?」
「魔族を本当に信頼してよいものなのか、国王陛下は迷っておられます。カマル様からお言葉がいただければ、国王陛下のお心を動かすことができるかもしれません」

 使者の言葉にカマルは迷っているようだった。セイジの正直な感想としては、カマルを誰にも見せたくはないし、王宮のような場所には連れて行きたくはない。半分は魔族であるということでカマルが傷付かないという保証はないのだ。

「セイジ様、私、行ってもいいですか?」

 上目遣いで金色の瞳で見つめられて、セイジは迷ってしまう。
 カマルに王宮の人間たちの汚いところを見せたくない気持ちと、魔族と人間が手を取り合える世界を願うカマルの心を重視したい気持ちとの間で、セイジは葛藤していた。

「師匠が連れて行かないから、イオが連れて行きます」
「イオ様、私はセイジ様の許可をいただいて行きたいのです。私はセイジ様のものですから」

 カマルの言い方にも少し引っかかるところを感じていた。カマルにはカマルの意思がある。それをセイジは尊重するつもりだったが、カマルはまるでセイジの所有物であるかのような言い方をしている。
 そうではなくて、カマルとセイジは対等な恋人同士なのだと思い込んでいただけにセイジにはショックだった。

「カマルさんはカマルさんの思うようにしていい。俺には口出しする権利はない」
「セイジ様……」
「もちろん、カマルさんが行くなら俺も行って手伝うよ」

 カマルの意思を尊重したいと言ったつもりなのに、突き放すような言い方になってしまって、セイジは慌てて言葉を付け加えた。
 このときから、既にすれ違いは始まっていたのかもしれない。
 移転の魔術で王都まで飛んだときには、時刻は夕暮れに差し掛かっていた。
 大量のおやつのお弁当のサンドイッチを全部一人で食べてそれほど時間は経っていないのに、イオはもうお腹を空かせてきゅるきゅると腹の虫を鳴かせていた。

「王宮のご馳走は豪華なのでしょうね。早く食べたいです」
「口いっぱいに頬張るなよ? マナーが大事だからな」
「マナーなんて面倒くさいのです。美味しい食事が台無しなのです」

 とにかく美味しいものを大量に食べたいイオにとっては、王宮のマナーなど知ったことではないようだった。
 城に辿り着くと門を守る騎士が大声で告げる。

「勇者イオ様のご一行、ただいまお着きになられました!」

 伝令が走らされて、イオとセイジとカマルは国王陛下の御前に招かれた。そこには背中に羽の生えた魔族が同席している。

「今、魔族の使者殿と話をしていたところだ。そもそも、魔族は魔王に従いたくなかった。それを無理やりに魔王の力で押さえつけられていた。今は平和に暮らすために我らと和睦したいと言ってきておる」
「お久しぶりです、国王陛下」
「あぁ、セイジか。よく戻った」
「戻ったつもりはありません。私の妻が話したいことがあるというので、同行したのみです」

 わざと「妻」という単語を使ったのも、国王陛下を牽制するためだった。カマルほどの美しい女性ならば、国王陛下が下心を出してもおかしくはない。何より、カマルが自分のものだと示しておきたい独占欲がセイジにはあった。

「カマルと申します。前魔王と攫われた聖女の間に生まれた、討伐された魔王の異母姉です」

 正直にそんなことを明かすことはないのにとセイジは考えてしまうが、カマルを見て国王陛下は眉根を寄せた。じっと見つめられて、カマルは俯きもせず顔を凛と上げている。

「そなたが、噂の聖女か」
「聖女!? 私は聖女ではありません」

 答えるカマルに国王陛下がカマルの胸元のアメジストのペンデュラムを指さす。

「そのペンデュラムは聖なる力を持っている。聖女以外には使えないものだ」

 薄々セイジもそうではないかと考えていたが、イオが思い込んでいた通り、カマルは聖女だった。


 聖女だと告げられたカマルはとても驚いていた。
 生まれてから三十年間魔王城に閉じ込められて、魔王の暴挙を目の当たりにしてきて、自分が半分魔族の血が……しかも前魔王の血が入っているのだという事実に苛まれてきたカマル。それが聖女だと言われてもにわかには信じがたいことだろう。

「私が聖女?」
「カマル殿には聖女として大神殿に来て欲しいものだな」
「いえ、私はセイジ様といます。私は、セイジ様の妻ですから」

 誘う国王陛下にカマルがセイジの言葉を借りて返事をすれば、国王陛下の表情が曇った。

「この国に聖女は必要だ。世界最強の魔術師のセイジ殿にも戻ってきてほしいと考えている。二人で王都に住めばよいではないか」

 この男は何を言っているのか。
 セイジが王宮の人間関係に疲れて隠居を決めたことを知っているはずなのに、無理やりに王都に戻そうとしている。カマルの聖女の話も口実で、結局はセイジに戻ってきてほしいだけなのかもしれない。

「カマル殿とセイジ殿が戻って来るなら、魔族との和睦も順調に進みそうなのだがな」

 長年魔族たちは魔王の暴走を抑えるためにカマルを生け贄にしてきた。魔族たちも聖女から生まれたカマルが聖女である可能性に気付いていたのではないだろうか。聖女だからこそ、魔王を止めることができた。
 イオが始めの出陣でカマルを連れ帰ってから魔王は暴走して魔族に人間の街を襲わせ始めた。それで魔族たちは魔王の暴走を止めようとカマルを取り返そうと画策した。
 それも全部セイジとイオに阻まれたのだが、魔族全体がカマルに魔王の世話を押し付けていたということで、カマルに負い目がある。
 それと同じことを国王陛下もカマルにさせようとしているのではないか。

「お断りします。私と妻は王都ではなく、もっと静かな場所で平穏に暮らすのです」
「広い屋敷とたくさんの使用人を与えよう。そうだな、公爵の地位を与えても構わない」
「失礼します!」

 カマルの腕を引いてセイジが退室しようとしていると、イオが場違いに声を上げていた。

「イオは魔王を退治したのです! 早くご褒美のご馳走をください!」
「そうであったな。勇者の一行に素晴らしい晩餐を用意せよ!」

 一行と言っているからセイジのこともカマルのことも入っているのだろうが、セイジはカマルをそこに混ぜる気はなかったし、自分も王宮の晩餐になど参加する気はなかった。

「イオだけで楽しめばいい。俺は帰る」
「イオも食べたら帰りますねー! 師匠、また後でー!」

 食欲につられたイオは晩餐を食べ終わるまでは帰る気はないようだが、セイジはカマルの手を引いて王宮の廊下を歩き始めた。かなり強い力でカマルの腕を掴んでいたので、カマルが眉を顰めていたのにセイジは気付いていなかった。

「セイジ様、待ってください」
「カマルさん……すまない、痛かったか」

 腕から逃れようとするカマルの様子にセイジが手を放すと、カマルは躊躇うように金色の目を泳がせた。その目が潤んでいるのにセイジは気付いていた。

「私が断ったことによって、魔族と人間との和睦の道が閉ざされはしないでしょうか?」
「あぁ、気にすることはない。国王陛下はああいう戯言がお好きなのだ」
「私は聖女だった……神殿に行った方がいいのですか?」

 カマルの問いかけの意味が分からず、セイジは戸惑って答えられずにいると、カマルは両手の拳を握って震えている。

「セイジ様は私を『妻』と言ったり、口出しする権利はないと言ったり……私は、どうすればいいのか……」
「カマルさんの思うようにすればいい」
「私は、セイジ様と……」

 言い争っている間に、セイジは近くに胸を強調するドレスを着た妖艶な美女が近付いてきていたのに気付いていなかった。セイジの腕を取って美女が微笑む。

「セイジ様、わたくしの元に戻ってきたくださったのですね」
「あなたは……誰だ?」

 本当に全く覚えていなかったので問いかけると、美女の眉間にぴしりと皺が寄る。厚塗りの化粧の匂いでセイジは吐きそうになっているのに、美女はぐいぐいと胸を腕に押し付けてくる。

「国王陛下の姪です。結婚の約束をしたではないですか」
「はぁ?」
「あの熱い一夜を、わたくしはこの六年間、ずっと忘れられなかったのです。やっとわたくしの元に戻って来てくれた」

 愛していますとねっとりと美女が囁くのに、カマルが呆然と立ち尽くしている。

「違う、カマルさん、俺は名前も覚えていないような……」

 名前も覚えていないような相手と寝る男だと自分が公言していることに気付いて、セイジは言葉を切ってしまった。
 その瞬間、カマルは廊下を走り出していた。
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