世界最強の魔術師の恋 ~最強のはずなのに弟子が怖いんですけど~

秋月真鳥

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 カマルと一夜を過ごしてからセイジのカマルに対する態度は明らかに変わった。カマルが愛しくて堪らないし、可愛くて堪らない。絶対に傷付けたくないし、腕の中に閉じ込めてどこにもやりたくない。誰かに見せるのも嫌なくらいだった。

「カマルさん、今日は何の本で勉強する?」
「歴史をもう少し深く知りたいです」

 魔術は才能がないので教えられないが、カマルは生徒としてもとても真面目で優秀だった。書斎から借りて来た本を一冊ずつ読んで行って、分からないところがあるとセイジに聞いてくる。
 歴史や地理を教える時間もセイジにとってはカマルと過ごせる大事な時間だった。

「師匠、顔が気持ち悪いのです」
「どういうことだ」
「にやけてます」

 指摘してくるイオも、カマルがもう逃げ出すことはないだろうという気配に、安心しているように見えた。

「カマルさんと結婚式挙げたいなぁ。どこがいいだろ。街の神殿で挙げるか、二人きりでドレスを買って挙げるか」
「セイジ様、結婚なんて、そんな……」
「嫌か?」
「嫌ではありませんが……」

 カマルが躊躇う理由をセイジは知っている。魔王がまだ魔王城に残っていて、魔族を人間の住む地域に送り込んでいるのだ。山の麓の街は小さいから魔術師もおらず、結界も張られていなかったが、大抵の大きな町は結界が張られて悪しき心を持つ魔族は入れないようになっている。
 狙われるのは街から街への移動の道中なのだが、それも冒険者や護衛がいればほとんどの場合は防げてしまう。強大な力を持つ魔族は既に魔王の元から離れて、小物だけがつき従っているような印象をセイジは持っていた。
 魔王を退治してしまわなければカマルとセイジの間で結婚は成立しない。

「結婚なんてしなくても、セイジ様のお傍にいられるだけで、私は幸せです」
「初めて生涯一緒にいたいと思った相手なんだ。俺にカマルさんをもっと幸せにさせてくれ」

 真剣な表情で口説くセイジと恥じらって目を伏せるカマルを、イオがサンドイッチを山盛り食べながら奇妙な顔で見つめていた。

「イオ、魔王を退治するぞ!」
「いきなりやる気になって……師匠、下心が見え見えなのです」
「お弁当を作ってやるから」
「分かりました! さぁ、行きましょう!」

 変な顔でセイジを見ていたイオも、お弁当の一言に手の平を返した。前回は魔王城から溢れる瘴気で持ち帰ったサンドイッチが傷んでしまっていたので、今回はクリームチーズではなく、傷みにくいジャムを挟む。大好物のナッツとレーズンを入れて黒糖で甘くしたパンにジャムを挟んだサンドイッチを一斤分大きなお弁当箱に詰めて渡すと、イオは意気揚々と立ち上がった。

「行きましょう、カマルさん」
「え? 私もですか?」
「カマルさんには見届けてもらわないといけないのです。それに、イオたちがいない間にカマルさんを攫いに魔王が来たら、すれ違いになってしまいます」

 カマルを連れて行くことにセイジは賛成できない気持ちだったが、イオの言うことも確かだった。セイジとイオがいない間に魔王がやってきてカマルを攫って行ってしまえば、セイジとイオが魔王城に攻め入る意味が全くなくなってしまう。

「俺が守る。カマルさん、来てくれるか?」
「はい、セイジ様。イオ様もよろしくお願いします」

 嫌な思い出のある魔王城にカマルを連れて行くのは心配でもあったが、これ以外に方法がない。残虐な行いをしたとは言え、長年一緒に暮らしてきた異母弟が倒されるのを目の当たりにして、カマルが傷付かないか。
 魔王を倒すことに関しては全く不安はなかったが、カマルに関してだけはセイジは気にしていた。


 魔族の居住区に飛ぶと、前回よりも明らかに瘴気が薄れているのが分かる。多くの魔族を退治して、魔王城の柵に刺されていた惨たらしい遺体も焼いて浄化したのがよかったのだろう。
 セイジやイオは平気だが、濃い瘴気にカマルが当てられないか気にしていたセイジだったが、すぐにカマルが半分魔族の血が入っていることを思い出す。抱き合ったがカマルが半分魔族であることも、魔王の異母姉であることも、セイジには全く気にならないことだったから忘れていた。
 この辺りはイオと師弟同士似ているのかもしれない。
 興味のないことにはとことん興味がない。それがセイジなのだ。
 舗装されていない林の中の土の道を歩いて行っても、魔族も魔物も出て来る気配はない。警戒しながらも、セイジはカマルの手を取っていつでも守れる体勢で歩いて行った。
 魔王城に入るとさすがに瘴気は濃くなっていたが、城の中はがらんとしている。ひとの気配がないのは先日入ったときと同じだ。骨を飾ったような趣味の悪い玉座の間に行っても魔王の姿はなかった。

「イオたちの気配を読んで逃げたのですか!?」
「そんな頭のよさそうな奴には思えなかったけど」

 前回はカマルを玉座の隣りに下着姿で荒縄で吊るして、よからぬことをしようとしていた魔王である。セイジやイオが気配を消す魔術をかけていたとしても、あまりにも無防備だった。
 無防備だったことを反省して警戒するようになったのか。
 考えているとカマルが首に下がったアメジストのペンデュラムを外して右手に持った。

「魔王のいる場所を教えて」

 アメジストのペンデュラムが震えて回り出す。

「真っすぐ……セイジ様、イオ様、このまま玉座を通り越して、真っすぐ進んでください」

 胸中で位置を問いかけたのだろう。カマルの導く通りにセイジとイオは玉座の裏側の壁まで真っすぐに歩いて行った。壁に手を翳すと、違和感を覚える。

「隠し部屋があるな」

 魔術で隠された部屋を暴けば、壁に引き戸が現れた。それを引いて中に入ると、強烈な甘い匂いが鼻孔を突いて、セイジは吐き気すら覚えた。部屋に妙な香が炊かれている。

「誰だ……邪魔をしに来たのか?」

 半裸の女性の魔族を二人と絡み合って、部屋の中のベッドの上にいた魔王はほぼ全裸だった。眉根を顰めてカマルが顔を背けているのが分かる。
 過去にカマルが見せられていたのはこういう場面だったのだろう。

「姉上……やはり私のところに戻って来たのか」

 喜色を浮かべてカマルに歩み寄ろうとする魔王に、イオが間に入った。

「カマルさんはもう師匠のものになったのです! お前は最初から入る隙などなかったのです」
「なんだと、貴様! 私の姉上を!」

 半裸のままセイジに飛び付こうとした魔王を、セイジは編み上げた魔術で払いつつ、カマルを抱き寄せた。見せつけるようにカマルの身体を強く抱き締める。

「カマルさん、見なくていい」
「セイジ様……」

 カマルの顔を肩に埋めさせている間に、イオが魔王に一撃を与える。身を二つに裂かれた魔王の血しぶきを浴びるのも遠慮したかったので、セイジはその体が塵となって消えていくように魔術を編み上げていた。
 抱き締めていたカマルが顔を上げたときには、魔王の姿は完全に塵となって消えていた。

「カマル様、お許しください」

 魔王の相手をしていた魔族の女性たちは、魔王の消滅を見てセイジとイオに命乞いするかと思えば、カマルの足元に額を擦り付けている。

「暴走する魔王にカマル様がいれば、大したことはしないと……」
「私たちも魔王の暴挙が嫌で、それでも、魔王の力が強いから逆らうことができなくて、従うしかなかったんです」

 女性の魔族たちも抱かれている姿をカマルに見られるのは本意ではなかったのだろう。それでも、カマルを生け贄にして魔王の傍に置いておけば魔王は暴走しない。それが分かっていたから、カマルを魔王の傍に置き続けて、魔王が求めればカマルを取り戻しに行こうとした。

「私たちは魔王に従っていたのは事実です。処刑されても仕方がないと思っております」
「カマル様だけはどうか、勇者様、お助け下さい。カマル様を利用したのは私たちです」

 濃い甘い香りが嫌でセイジがカマルを連れて玉座に戻ると、魔族たちが集まって来ている。カマルとセイジとイオを取り囲む魔族に警戒していると、彼らは素早く膝をついて頭を下げる。

「我ら魔族は勇者様に降伏します。元々、魔王のやり方には納得していなかったのです」
「魔王は力が強いので逆らえなかったけれど、いなくなった今は、自由に発言できます」
「カマル様を魔王に捧げるような形でこの国を保っていたこと、どうかお許しください」

 魔族たちはカマルの置かれている状況を理解していて、その苦しみも分かっていた。

「私は……誰にも憎まれても恨まれてもいなかった……」

 驚くカマルの呟きに、セイジはカマルの肩を抱いた。

「これからは、魔族と人間が手を取り合えるかもしれないな。カマルさんが間に入って」
「セイジ様……セイジ様のおかげです」

 潤んだ瞳を伏せてカマルはセイジの胸に寄り添った。
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