世界最強の魔術師の恋 ~最強のはずなのに弟子が怖いんですけど~

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
13 / 30

13.

しおりを挟む
 カマルを連れて小屋に帰ると、セイジは一番にカマルの部屋でその体を見せてもらった。魔王に囚われている間に怪我をしていないか確かめたかったのだ。下着姿のカマルは恥じらっていたが大人しくセイジに従っている。
 腕を取ってじっくりと見て、隠れた胸や足の間は見ないように気を付けつつ、胴や太ももや脚に傷がないか確かめる。大きな傷はなかったが縄の擦れた後はあった。

「カマルさんの肌を傷つけるなんて許せん」

 手を翳して擦れた痕を一つ一つ丁寧に癒していく。魔王が付けた痕がカマルに残っているのが許せない独占欲もあった。セイジに癒されるとカマルはシャワーを浴びに行く。
 バスルームとリビングは直結しているので、カマルがシャワーを浴びている間はセイジはイオと二階の部屋にいた。今回も魔王に逃げられたことに関してイオは不満そうではあったが、仕方がないとも思っているようだ。

「カマルさんをあんなに変質的に大事にしてたのに、命が危なくなると盾にするなんて最低です」
「魔王だからな。カマルさんが無事でよかった」

 呟いてからセイジはじっとイオの顔を見つめる。ふわふわの金色の髪に青い目のイオは不思議そうにセイジを見つめ返している。

「その……カマルさんと俺のことだが……」
「イオは師匠の恋路なんて知ったことではないのです。カマルさんはイオに美味しいお菓子を作ってくれる。だから助けるのです」
「お前はそういう奴だよな」

 苦笑しつつ、イオの前でカマルと抱き合ったのに態度の変わらないイオに、セイジは安堵してもいた。気を遣われても気まずいし、カマルもイオの態度が変わったら気まずいに違いない。

「お腹が空いたのです。晩ご飯はミートローフにしてください」
「分かった分かった」
「肉団子と卵とワカメのスープもつけてください」

 カマルの治療を優先させたので夕食には遅い時間になっている。おやつでパンを一斤近く食べたのにイオのお腹はきゅるきゅると鳴いて空腹を訴えていた。
 バスルームからカマルが出て部屋に行ったのを確認して、セイジはリビングに降りてキッチンに入る。対面式のキッチンにしたのは、料理を運びやすくするためだけの理由だったが、イオとカマルと暮らすようになってこの作りでよかったと思うことが多かった。
 まだイオが小さい頃には妙なことをしていないか見張りながら食事を作らなければいけなかったし、カマルが来てからはカマルが部屋に入って来たのがすぐに分かる。
 濡れた髪を纏めてカマルはリビングに入って来てセイジの隣りに立った。

「お手伝いします。玉ねぎのみじん切り、できますよ?」
「シャワーを浴びた後だろう。手が玉ねぎ臭くなるよ」
「平気です、それくらい」

 させてくださいと言って玉ねぎのみじん切りをするカマルは手際がいい。魔王に囚われていた期間もお菓子作りはしていたし、料理の才能があったのだろう。カマルに玉ねぎをみじん切りにしてもらって、卵とパン粉とひき肉と混ぜてガラス容器に入れてオーブンで焼く。焼いている間に肉団子と卵とワカメのスープも作った。ついでに蒸し野菜のサラダも作る。
 出来上がってテーブルに乗せると、イオは待ちきれない様子でフォークとナイフを構えている。きゅーという音がしてカマルの方を見れば、恥ずかしそうにお腹を押さえていた。

「魔王の元で何も食べていないので」
「そうだったのです、カマルさんにはおやつが残っていたのです」
「それはイオ様が食べていいですよ。晩ご飯で私はお腹がいっぱいになりそうです」

 食べていいと言われていそいそとお弁当箱を取り出したイオは、蓋を開けて衝撃を受けていた。魔族の居住地に充満する瘴気は何でも侵してしまう。変質して食べられる状態ではなくなっているナッツとレーズンを入れて黒糖で甘くしてクリームチーズを挟んだサンドイッチに、イオはぎりぎりと歯噛みしていた。

「絶対に魔王は許さないのです。次こそはすり潰します」
「魔王が退治されて私は平気なのでしょうか」
「カマルさんは聖女だから平気なのですよ」

 自信満々で答えるイオに、セイジもそんな気がしてきていた。
 聖女が産んだ聖なる水源を探せる人材なのだ、カマルは本当に聖女かもしれない。半分だけ魔族の血を引いていることなど聖女の条件としては関係ないのかもしれない。

「私は聖女なんかじゃありません」
「出来立てのミートローフなのです! いただきましょう!」

 ミートローフにイオがナイフを入れると中から肉汁が溢れて来た。


 セイジとイオとカマルの生活はまた平穏に戻った。
 魔物退治でイオが手に入れた金貨で、セイジとイオはカマルに動きやすい服装や新しい服、靴などを買い揃えた。山の中に出るときにカマルに小屋に残っていてもらえばいいのだが、一緒に行く方が安全な場合もある。そういうときのために山歩きができる格好は必要だった。

「こんなに買ってもらっていいのですか?」
「カマルさんに似合うよ。カマルさんは美人だから」
「セイジ様は、私に甘すぎます」

 買い揃えたカマルの服の他にも、セイジはイオの服も選んだ。成長期のイオは少し背が伸びた気がする。毎日大量に食べているので成長していない方がおかしいのだが。
 シャツやズボンを新調したイオは美少年なのも相まって、どこかの貴族のようだった。最初にイオが捨てられていたときに山に迷い込んだのかと思っていたが、制御できない力を持つイオを持て余して両親は捨てたのだろう。

「師匠、お昼ご飯を食べて帰りましょう!」
「それだけはダメだ。お前の食べる分を支払うと破産する」
「イオが稼いだお金ですよ! イオが自由に使っていいはずです」
「昼ご飯は俺が作ってやるから、我慢しろ」

 言い争っていると、聞いているカマルがくすくすと笑っている。魔王の元で泣き顔を見てしまったが、笑い顔は久しぶりに見た気がして、セイジは心が明るくなる気がする。カマルの一挙手一投足にセイジは目を奪われてしまう。

「イオ様、私も帰ったら何か甘いものを作りましょうね」
「それなら、帰るのです」

 セイジの料理よりもカマルのお菓子の方がイオにとっては魅力的なようだった。小屋に戻るとカマルとイオは買った服を片付けに行って、セイジはキッチンに立つ。毎度のことだが、イオの食事に関しては困りものだった。量が多くて簡単に作れるものでなければいけない。
 パスタを二掴み塩を入れた沸騰したお湯の中に入れて、隣りのコンロにフライパンを乗せてベーコンと玉ねぎを炒めてトマトとミルクを注ぐ。塩コショウで味付けして、大量のトマトクリームパスタを作り上げて、セイジはイオの分とカマルの分と自分の分を分けた。
 イオの分は山盛りで、カマルの分は少しで、セイジの分は普通の一人前程度。
 テーブルに並べて紅茶を淹れているとカマルとイオが戻って来た。カマルは新しいワンピースに着替えている。
 明るい色が似合うカマルにセイジが進めたのは淡いラベンダー色のワンピースに白いフリルがついたものだったが、それはとてもよく似合っていた。

「カマルさん、綺麗だな」
「セイジ様……ありがとうございます」
「師匠、食べていいですか?」
「分かった、どうぞ、召し上がれ」

 カマルと良い雰囲気になろうとしてもイオがいる限り無理だとセイジは悟っている。促すとイオはフォークにパスタを巻き付けて大口で食べ始めた。
 もぐもぐと食べている横でカマルが控えめにパスタを頬張る。

「美味しいです」
「カマルさんのデザートも楽しみなのです」

 食事を摂りながらも既にデザートのことを考えているイオの胃袋は異空間なのではないだろうか。そんなことを考えながら、セイジも食べ始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...