世界最強の魔術師の恋 ~最強のはずなのに弟子が怖いんですけど~

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
11 / 30

11.

しおりを挟む
「街に出ていた魔物を退治してきたのです。賞金をもらったので、カマルさんが欲しいものがあればなんでも買ってあげるのですよ」
「どれだけ倒したんだ!」

 金貨の入った袋を持ち帰って来たイオに、セイジは思わず突っ込んでしまっていた。どんっとイオがテーブルの上に置いた袋にはぎっしりと金貨が詰まっている。慎ましく暮らしていれば、普通の市民ならば半年は暮らせそうな額だった。
 それだけ魔物が街に現れているというのも問題だったが、イオが倒したのはそれだけでない。

「魔族もいたのです。魔族が魔物を操っていたのです」
「魔族が……やはり、私がここにいるせいで」

 イオの言葉はカマルを不安にさせるには十分だった。魔王がカマルに執着していることを知っているからこそ、見せつけるように魔族に魔物を操らせてカマルたちがいる山の近くの街を襲わせているというのも、可能性としてなくはない。
 青ざめた表情のカマルにイオが拳を握る。

「大丈夫です! 被害が出る前にイオが捻り潰すのです!」

 毎日イオが街まで降りて守っているのならば安心ではあるが、イオがいないときを狙って襲って来られては困る。

「街に結界を張ろう。それでかなりマシになるはずだ」
「イオが賞金をもらえなくなるじゃないですか!」
「賞金よりも街のひとの安全だろう」

 それほど他人に興味はないが、戦えない相手を魔族が狙っているのはさすがにセイジも見過ごせなかった。山を下りる前に魔王の腕をすり潰した石を持っていく。魔族の王である魔王の気配が強く残るその石は、結界を張るためのいい媒体になるだろう。
 街に行けば警備兵たちからイオは声をかけられる。

「イオくん、さっきはありがとう!」
「いつもこの街を守ってくれて助かるよ」
「俺たちでは太刀打ちできない魔物のときもあるからな」

 訓練を受けて王都から派遣されている警備兵だが、この街はそれほど大きくないので数は多くない。どれだけ集団で戦う訓練を受けていても、同時多発的に魔物が現れてバラバラになってしまうと、それぞれの力が発揮できない。
 守って追い払うことはできても、止めを刺すことができないので、また魔物が街を襲って、戦いの繰り返しになってしまう。それが一番警備兵たちを疲弊させる。
 魔物に止めを刺して、魔族も倒せるイオの存在は彼らにとってとてもありがたいものになっているのだろう。
 街の中心部の広場に来て、セイジは魔王の腕をすり潰した石を広場の中心の噴水の中に落とす。石を媒体にして結界の魔術を編んでいくと、街全体が繊細で緻密に編まれた魔術の網に覆われたようになっていく。

「ひとは出入りできるが魔物は出入りできない結界を張っておいた。これで魔物は街の中に入れないだろう。街から出るものはくれぐれも注意して、護衛を付けるように伝えてくれ」

 イオに声をかけていた警備兵たちに説明をすると、セイジは感謝される。

「世界最強の魔術師様とイオくんがいてくれて良かった」
「本当にありがとうございます」
「魔王が倒されればいいのに」

 魔王を倒すという言葉に、カマルがびくりと震えたのをセイジは見逃さなかった。

「カマルさん、魔王がいなくなっても、あなたが処刑されることはない」
「私は既にこの街にご迷惑をかけています。私のせいで魔族たちがこの街を襲っている」
「カマルさんのせいじゃない、身勝手な魔王のせいだ」

 言葉を尽くしてセイジはカマルを説得しようとするが、カマルはもう聞きたくないというように首を振って拒否をする。

「お世話になりました。何も恩返しができなくてごめんなさい!」

 掴んだ手を振り払ってカマルが走り出す。白い花柄のワンピースが翻るのをセイジは一瞬呆けたように見ていた。

「師匠、何をしているのですか! 追いかけないと!」
「そ、そうだ! カマルさん! 待って! 待つんだ」

 イオに叱責されて我に返ったセイジはカマルを追いかける。足の速さも肉体強化の魔術でどれだけでもあげられるし、捕まえるのは簡単なはずだった。
 それなのにカマルの姿が見えない。

「何か、術を使われた!?」

 カマルは魔術を使えるとは言っていなかったが、アメジストのペンデュラムを使うことができる。絶対に見つからない道をペンデュラムで探したのだとすれば、逃げられてしまってもおかしくはない。

「カマルさん! カマルさん、どこだ?」

 街の中に長々と残ってはいないだろう。
 カマルは心を決めたのならば、自分の命を絶つことも厭わない潔いひとだ。
 心配でセイジは自分の手が震えていることに気付いた。


 魔術でカマルの居場所を探したセイジが気配を感じたのは、魔族の居住区の中だった。セイジとイオの傍から離れたカマルを、魔族が回収して行ったのだろう。

「カマルさんは魔王城に戻されている」
「やることが素早いですね。カマルさんを取り返しに行かないと」
「俺も行く」

 宣言したセイジにイオが驚いている。
 魔王がいることはずっと分かっていたが、セイジは積極的に関わって行こうとはしていなかった。聖女が攫われたのもセイジが生まれる前のことで、聖女が無事ではないことは分かり切っていた。ときどき部下を使って他の領地に魔物を発生させる魔王は、発声させた魔物も部下もほとんど警備兵や冒険者に撃退されていたし、小悪党に過ぎなかった。退治するまでもないとセイジは思っていたのだ。
 それが今は状況が全く違う。
 魔王が大して侵略に興味がなかったのは、カマルという異母姉がいて満たされていたからなのだ。カマルを脅し、支配して、自分が他の女性の魔族と陸み合う様子まで見せていた変態シスコン魔王を、ずっと抑え続けていたのはカマルの忍耐だった。
 カマルという枷が外れて、魔王は山の麓のそれほど大きくない街に侵略を繰り返している。
 イオがいなければ警備兵の少ない街はすぐに壊滅していただろう。

「カマルさんの犠牲でこれまでの平和は保たれていたんだ。カマルさんが戻れば魔王は大人しくなるかもしれないが、カマルさんは……」

 自ら命を絶ちたいと考えるくらい追い詰められた生活を強いられることになる。
 それがセイジには許しがたかった。
 セイジにとってカマルはもう大事な相手になっていたのだ。

「俺にはカマルさんが必要だ。それをもっと早く言っておけばよかった!」

 カマルさえ戻れば魔王はどうでもいいのだが、これからも邪魔をしてきそうだから封印してしまうに限る。魔族にも二度とセイジとイオに関わらないように知らしめておかなければいけない。
 セイジの決意は固かった。

「それじゃ、師匠、お弁当ですね!」
「はぁ?」
「魔王を退治するにはお腹が空くじゃないですか。お弁当が必須です!」

 伝説の武器でも、最高の魔導書でもなく、イオが求めるのはお弁当ただ一つ。
 ここでイオの機嫌を損なって魔王退治にでかけられないというのも困るので、セイジは渋々お弁当を作る。ナッツとレーズンを入れて黒糖で甘くしたパンにクリームチーズを挟んで、サンドイッチにして一斤分詰めると、イオは大きなお弁当箱を抱えて満足そうに出発の準備を始めた。
 魔族の居住地までは移転の魔術で飛ぶことができるが、それは入口までのこと。そこから先は濃い瘴気が立ち込めて、移転の魔術を使うことができない。

「勇者の一行が来たぞ!」
「首を切れ! 四肢をもげ!」
「ケルベロスの餌にしろ!」

 ケルベロスやコカトリスやバジリスクをけしかけてくる魔族に、立ち込める瘴気に顔を顰めながら、セイジが魔術を放つ。炎の魔術で焼かれても飛びかかって来るケルベロスは、イオが手を振って衝撃波で首を落とす。
 魔王城までどれくらいの敵がかかってくるのか。

「お前らの魂に恐怖を刻み込んでやる」

 全て倒して行けば二度と魔族は人間を襲って来たりしないだろう。
 暗く微笑むセイジに、イオが「師匠、変な顔なのです」と言っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...