やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
30 / 30

30.万里生は父親になる

しおりを挟む
 ファビアンの妊娠が分かってから、万里生は食事も全部自分で作ったし、家事もやった。ファビアンを車で会社にも送り迎えしていた。

「車で送ってから、一度戻って大学に行くのは大変だよね。僕、自分で運転するよ?」
「いや、ファビアンに万が一のことがあったら困るから、傍にいたいんだ」

 ファビアンは今、普通の体ではないのだ。移動中に体調を崩したりしたら、すぐに対処できないかもしれない。それでファビアンのお腹にいる赤ちゃんに何かあったら万里生は悔やんでも悔やみきれない。
 絶対に譲らない万里生にファビアンの方が折れてくれた。

 お風呂でも万里生はファビアンの体を優しく洗う。髪も洗って二人でぎゅうぎゅうになってバスタブに浸かるのが万里生の幸せなひと時だった。
 そんなときにも不安は過る。

「赤ちゃんって首が据わってないんだよな。最初はどうやってお風呂に入れるんだろう?」
「赤ちゃん教室っていうのがあるって先生は言ってたね。行ってみる?」
「行こう!」

 分からないことがたくさんの万里生にとっては、地域の助産師がやっている赤ちゃん教室はとても役立つことがたくさんだった。
 ベビーバスを使った首の据わっていない新生児の入浴の仕方、離乳食の作り方などを習って、体験学習では妊娠している状態と同じ重りのついたベストを着て教室内を歩く学習もあった。

「これは、膝にくるな。かなりきついんじゃないか?」
「僕はまだお腹が大きくなってないし、元の体が大きいから増える比重が違うんだけどね」
「ファビアンがこんなに頑張って赤ちゃんを産んでくれるなら、俺はいい父親にならないと。ファビアン、俺、頑張るからな!」

 万里生はいい父親になりたくて必死だった。
 万里生は父親というものを知らない。どうすればいい父親になれるのかも分からない。それでもできることをしていればファビアンは感謝してくれるし、褒めてくれる。

「ファビアン、俺、いい父親になれるかな?」
「なれるよ。マリオは頑張ってくれてる。ありがとう」

 不安になると万里生は何回でもファビアンに聞いて、ファビアンは何回でも万里生に答えてくれた。

「赤ちゃんが生まれたら、ファビアン一人で日中見るのは大変だろう? 俺、休学して、赤ちゃんの面倒を見るよ」

 大学の休学を考える万里生にファビアンは違う考えを持っているようだった。

「日本ではベビーシッターは雇わないの?」
「え? 聞いたことない!?」
「育児が大変だと、ドイツではベビーシッターを雇うのが普通なんだけど」

 ベビーシッターを雇うなど、聞いたことがない。
 ファビアンに確認すると、ドイツでは育児が大変なときにはベビーシッターを雇うのが当然で、親だけで外出したいときなどもベビーシッターに子どもを預けるのだという。
 そういう制度が確立していない日本でベビーシッターを雇えるのかということに関しては、万里生は全く分からなかった。

「ベビーシッター? そんなの、日本にいるのか?」
「いないの?」

 理解の及ばない万里生と違って、ファビアンは冷静にベビーシッターについて調べている。
 ベビーシッターは日本では制度として確立してはいないが、個人的に雇う分に関しては問題がなさそうだった。ベビーシッターの協会があって、そこに登録するとベビーシッターを紹介してくれるようだ。

「ベビーシッターさんとの相性もあるから、早めに会わせてもらおうね。家事も手伝ってくれるって書いてあるよ」
「ベビーシッターを雇うとか全く頭になかった……」

 ベビーシッターなどという単語自体縁遠い万里生にとっては、協会から紹介されるベビーシッターに警戒もしていた。
 男性のベビーシッターだがファビアンを誘惑してこないとも限らない。
 会わせてもらったベビーシッターが熊のような大男だったので、万里生はますます警戒心を深めた。

「ウーレンフートさんと阿納さんの御夫婦ですね? 私を選んでくださって嬉しいです。男性のベビーシッターはあまり選ばれなくて……」
「なんでですか? 僕とマリオは男性同士なので、赤ちゃんも男性の方が見てくださる方が安心かと思ったのですが」
「男女のカップルの方が多いので、女性の母親と二人きりにしたくないとか、赤ん坊を性的な目で見ているのではないかとか、偏見がつきまとうんです」

 男性のベビーシッターはそれはそれで大変なようだ。
 それでも警戒心を解かない万里生に見せつけるように、ファビアンがベビーシッターと握手をした。そのままベビーシッターを取り押さえるような格好になるファビアンに万里生の目が輝く。

 熊のようなベビーシッターよりもファビアンの方が強かった。

「僕の方があなたより強いですね。これをマリオも見たはずです。安心してうちに通って来てください」
「ありがとうございます。でも、ちょっと手加減してください」

 苦笑しながら頭を下げるベビーシッターに万里生もやっと「よろしくお願いします」と頭を下げられた。

 冬になって万里生は二十歳になった。
 ファビアンのお腹は大きくなって、産休に入っている。
 万里生が大学に行っている間は、ベビーシッターが家に来て家事を手伝ってくれていた。

 帝王切開なので産む日は決まっている。
 年が明けてからファビアンは出産のために病院に入院した。
 万里生はファビアンと医者からあらかじめ告げられていた。

 赤ん坊は双子だったのだ。

「心音が二つ聞こえますね。双子です」

 そう言われたときの喜びと不安は忘れていない。
 双子だと赤ん坊が小さく生まれて来るので、育てるのが難しいと言われている。
 心配でならなかったが、万里生はファビアンを手術室に送り出した。

 生まれて来た赤ん坊は二人とも二千グラムを超えていて、未熟児ではなかった。

 男の子と女の子の双子は、男の子がファビアンに似た金髪に緑の目で、女の子が万里生に似た黒髪に黒い目だった。

「ものすごく小さい……可愛い……ファビアン、産んでくれてありがとう」

 涙を流しながら新生児室の赤ん坊を見ていると、ファビアンの意識が戻ったと呼ばれる。個室の病室ではファビアンがなんとか体を起こしていた。

「赤ちゃんにおっぱいをあげたいんだ。胸が張ってる」
「看護師さんにお願いするよ」

 涙を流したままで万里生は看護師にお願いして赤ちゃんを連れてきてもらう。
 泣き出していた赤ちゃんはまず女の子の方からお乳を飲ませてもらっていた。女の子の方は飲みながら寝てしまう。続いて男の子の方に飲ませると、胸に吸い付いて離れない。

「この子は食いしん坊みたいだ」
「ファビアンに似てる?」
「どうかな? 母さんたちに聞いてみよう」

 赤ん坊の写真を撮ってドイツにいるファビアンの両親に送ると、すぐに返事が来る。

『男の子はファビアンそっくりですね。ファビアンも小さい頃から食欲旺盛でしたよ』
『女の子はマリオに似ています。美人に育ちそうですね』

 眠っている赤ん坊の手に指を添えると、ぎゅっと握られる。小さな手に指を握られている幸福に万里生はまた涙を流した。

 ファビアンと出会ってから秋で三年目になっていた。
 二年の間にファビアンと万里生の関係は大きく変わった。
 最初は警戒してファビアンに心を許さなかった万里生が、一年後にはファビアンの両親に挨拶をして、その一年後にはファビアンのお腹には赤ちゃんが二人いて、今、万里生は父親になっている。

「ファビアン、俺、ドイツ語も頑張って覚える。この子たちは日本語とドイツ語が喋れるようにしよう。俺、ドイツにも行くよ。ファビアンの生まれた土地にこの子たちを連れて行きたい」

 ファビアンの手を握って告げる万里生に、ファビアンは優しく微笑んでいる。

「ドイツ語は無理しなくてもいいよ。僕が通訳できるから。ドイツには行こうね。僕の生まれた場所を、マリオにも見て欲しい」
「ファビアン、赤ちゃんを無事に産んでくれてありがとう」
「マリオ、これからもよろしくね」

 これから、万里生とファビアンと子どもたちの新しい生活が始まる。
しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

白銀きな子
2023.12.04 白銀きな子

最初は懐かない野良猫のようだった万里生くんが最終章では立派になられて……! 素敵なハッピーエンドでした!

秋月真鳥
2023.12.04 秋月真鳥

最後まで読んでいただきありがとうございました!
懐かないやんのかステップの子猫ちゃんだった万里生も立派になりました。
応援ありがとうございました!

解除
nanaco
2023.12.03 nanaco

年上の大きくてかっこいい受け様が大好きなので最高でした。
甘く優しい素敵なお話をありがとうございます!

秋月真鳥
2023.12.03 秋月真鳥

大きくて男前の受けが大好きで書いた物語です。同志様に届いてよかったです。
読んでいただきありがとうございました!

解除
白銀きな子
2023.11.22 白銀きな子

最新話まで読みました、素敵な夫夫ですね!(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

秋月真鳥
2023.11.22 秋月真鳥

読んでくださってありがとうございます!
そう言っていただけて本当に嬉しいです!

解除

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。