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魔女(男)とこねこ(虎)たん 3

143.日常に戻るために

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 魔女の森の今後のことに関しては、エリシュカとブランカがエヴェリーナと協力して他の魔女たちに伝えていくということで話は纏まった。

「自分の親が自分と同じ姿で、子どもも全く同じ姿で、不審に思っていた魔女は多いと思うんだ」
「老木が散ったことで全ての魔女に『彼女』の記憶が伝わったのも確かだ」
「私たちは若い魔女たちが混乱しないように導いていくわ」

 エヴェリーナとエリシュカとブランカの言葉に、アデーラとダーシャは頭を下げる。

「お願い、曾お祖母様、エリシュカ母さん、ブランカ母さん」
「これから、魔女の森は本格的に変わっていくわね」

 これから日常に戻って行けると安心して、アデーラとダーシャはエヴェリーナとエリシュカとブランカに後のことを託して離れの棟に戻った。離れの棟には国王陛下とヘルミーナとフベルトとイロナが待っていた。
 ヘルミーナとフベルトとイロナは、テーブルの上に大量のおにぎりと唐揚げと卵焼きと茹でたブロッコリーを用意してくれていて、アデーラとダーシャとルカーシュとレオシュは自分たちがお昼ご飯も食べていないし、もう晩ご飯の時間になっていることに気付いて鳴き出すお腹を押さえた。

「疲れているでしょう。フベルトとイロナと簡単なものだけど作りました」
「お弁当で作り慣れてるものしか作れなかったけど、れーくんたちは、すごい戦いに行ってきたんだろ?」
「お腹いっぱいにして、お話ししてね」

 ヘルミーナとフベルトとイロナに言われてアデーラとダーシャとレオシュとルカーシュはお礼を言いつつ、遠慮なくテーブルの上のものをご馳走になった。温かいお茶をヘルミーナが淹れてくれて、それが身に染みるように美味しい。

「魔女の森の奥に行ったら、雪が降ってなくて、霧が濃くて、ときが止まったようなところがあったんだ」
「れーくん、そこでどうしたんだ?」
「魔女が操られて襲ってきたんだけど、エリシュカお祖母ちゃんとブランカお祖母ちゃんが先に行けって言ってくれて、私たちは老木のところに行った」
「老木に何かあったのか?」
「老木に近寄ったら、私のポーチの中の宝石が光って、足元が開いたんだ」

 おにぎりを食べながら話すレオシュにフベルトは夢中になって聞いている。

「そうか、れーくんが鼻に詰めた宝石が光ったんだな!」
「その、鼻に詰めたってところ、いらなーい!」

 真剣に話しているのにフベルトに言われてしまって、レオシュが叫び声をあげている。
 老木の中に吸い込まれて、老木の下にある空間に連れて行かれたこと、そこには呪いの元凶となる人物が眠っていたことをレオシュは話す。

「そのひとは、死んじゃったのか?」

 恐れるように眉を下げて問いかけるフベルトに、アデーラが言葉を添えた。

「千年以上も時を止められて、無理やりに生かされて、そのひとは生きているけど死んでいるようなものだった」
「ママと私で終わらせてあげたんだ」
「待ってよ、私とルカーシュはどこに行ったの?」
「あ、お兄ちゃんも、最期にそのひとの手を握ってあげてたんだよ」
「私は?」
「ダーシャお母さんも、頑張ってた、頑張ってた」
「なんか適当!?」

 適当に扱われるダーシャに、レオシュは澄ました顔をしている。既に死んでいたような相手だとしても、一人の命を奪ったことは確かなので、レオシュがショックを受けていないか気になっていたアデーラだったが、そんなこともないようなのでほっとしていた。

「ルカーシュは大丈夫?」
「僕は……あのひとを救えたんだろうか」

 ダーシャに問いかけられてルカーシュが呟く。

「あのひとが求めていたのは、自分の愛した皇太子だったんじゃないかな。僕は嘘で手を握ってしまった」
「ルカーシュ、あのひとはもう何も分かっていなかったのよ。ルカーシュがしたことは、死にゆくひとを心安らかにする、大事な役目だったわ」
「ダーシャお母さん、僕、少し怖かった……。握った手が崩れて行って……」
「怖くても最後まで手を握っていてくれて、ルカーシュのおかげであのひとの魂は安らかに眠れたと思うわ。ルカーシュ、ありがとう」
「ダーシャお母さん」

 繊細だったのはやはりルカーシュの方でダーシャに抱き付いて涙を流している。ルカーシュにあの役目を任せたのは酷だったかもしれないと反省しつつも、アデーラはあの場では最善の方法を選んだとも思っていた。
 死にゆく彼女を一人で逝かせるのは、アデーラにはとても無理だった。アデーラの木の根を切る手が止まってしまっていただろう。

「ダーシャ、ルカーシュに酷い役目を任せてごめん」
「アデーラ、あの場では仕方のないことだわ」
「アデーラお母さん、僕がしなきゃいけなかったことだったんだと思う。大丈夫、分かっているよ」

 ダーシャもルカーシュも理解してくれているが、アデーラの胸には後悔が残った。
 山盛りのおにぎりと唐揚げと卵焼きと茹でたブロッコリーを食べ終わると、国王陛下とヘルミーナとフベルトとイロナは隣りの棟に帰っていった。
 後片付けを終えてアデーラがお茶を飲んでいると、レオシュが膝の上に上がってくる。

「レオシュ、お風呂に入ってもう寝ないといけない時間だよ」
「ママは、平気だった?」
「え?」

 レオシュの問いかけにアデーラの動きが止まってしまう。
 淡々と彼女を侵食する木の根を切っていったアデーラ。その作業が彼女の死に繋がるということはよく分かっていた。

「私は、彼女を殺した」
「ずっと終わりたかったんだよ。助けてほしかったんだよ」
「それでも、彼女を殺した」

 アデーラの呟きに、レオシュが体面で膝の上に乗ってアデーラの頬に手を添える。こつんっと額を突き合わせられて、アデーラはレオシュの水色の目を間近に見た。

「ママが殺したんだったら、殺すのを手伝った私も同じことをした。ママは一人じゃないよ。私とお兄ちゃんとダーシャお母さん、みんなでやったことだよ」
「私だけじゃない……」
「みんなであのひとのことを終わらせてあげようって決断して、みんなで行動したんだ。ママ一人じゃない」

 一人で背負わなくていいと言ってくれるレオシュにアデーラは自分がこんなにも彼女を殺したことを気にしていたのだと分からされた。レオシュの細い体を抱き締めると、レオシュも背中に腕を回して抱き付いてくる。

「レオシュ、ありがとう」
「ママ、ずっと一緒だよ。これから、どんなこともママと一緒に背負ってあげる」

 優しいレオシュの言葉にアデーラはレオシュの肩に顔を埋めて少しだけ涙を流した。
 レオシュをお風呂に送り出すと、ダーシャがアデーラの隣りの椅子に座る。

「レオシュも成長したわね。しっかりアデーラのこと見てるじゃない」
「ダーシャ……」
「レオシュが言わなければ、私が言ってたわ。彼女を終わらせるって言うのは、私とアデーラとレオシュとルカーシュ、みんなの意志で、アデーラだけが背負うものではないってね」

 先にレオシュに言われちゃったと笑うダーシャに、アデーラも泣き笑いの顔になる。

「私はパートナーがダーシャで本当によかった」
「私も、パートナーがアデーラで本当によかったと思っているわ。アデーラとでなければ、今回の件は解決できなかった」

 ダーシャにしみじみと言われて、アデーラもその通りだと思う。アデーラとダーシャとルカーシュとレオシュ、誰が欠けても魔女の森の呪いを解くことはできなかった。

「自由って怖いね」
「そうね。これからは自由なのだと思うと、逆にどうしていいか分からなくなるわ」

 これから魔女の森で出産や子育てをしなければいけないという掟がなくなって、交わった相手の要素も持った子どもが生まれて来るかもしれない、それが男性である可能性もあるとなると、魔女たちは戸惑っているだろう。
 交わる男性は誰でもよかったとエリシュカもブランカも言っていたが、これからはそこに感情が伴うかもしれない。
 初めて経験する感情に魔女たちはどんな反応をするのだろう。

「分かってることは、私は変わりなくルカーシュが好きで、愛しいと思っているということだわ。ルカーシュも私を求めてくれている」

 ダーシャの中ではその感情に既に名前がついているが、アデーラの中ではまだまだその感情に名前をつけることができない。レオシュのことは確かにこの世で一番可愛いと思っているが、それが恋愛感情なのかどうかと言われると、困ってしまう。
 これからが始まりなのだとアデーラは思っていた。
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